全身鎧
九十階層ボスの猛禽類を倒し、それは大きな風の魔石を手にした。
俺は走り回り疲れた体をボス部屋の壁に預け、腰を下ろして少し休憩する。
アールヴは隣に来るも、腰を落とす事無く立ったままで壁に背を預け、俺の事を静かに見下ろした。
何となく催促されている気がするが、部屋を出る前に息を整えたい。
少しの間体を休め、息が整った所で身じろぎしながら右手を差し出し、アールヴに立ち上がる手伝いを催促するが、顔を背け先に歩き出してしまう。
仕方なく一人で起き上がり、足早にアールヴの前に出ると先に扉から飛び出した。
アールヴを先に行かせて怪我をさせる訳にも行かない、先に出て囮になる。
腰を屈めて低い木の下を転々としながら鳥の魔物を倒し、中央の安全地帯へと逃げる様に急ぎ帰って行く。
ボス部屋を出る前に整えた息が再び乱れる程の速さで走った、その為アールヴも大分疲れ果てている様だが仕方ない、時間を掛けて鳩に集まられるよりは良い。鳩の糞まみれに成るのはもう遠慮したい。
俺とアールヴは息を整えながら、ゆっくりと歩きエレベーターへと向かう。
「アールヴ、今一度装備を整えるから地上に戻ろう」
「……ぇえぇぇ嫌よぅ、試しに二、三個で良いから命の魔石を採ってからにしましょう? お願いよぅ! ね?」
アールヴは、色気の有る声で甘える様にして、両手を胸の前で組み上目遣いに言い寄って来る。
つい良い返事をしたくなってしまうが駄目だ! 誘惑に負けて怪我をさせては意味が無い、下手すれば命にも関わる、ダンジョンとはそう言う所だ。
「逸る気持ちも分るが命の魔石欲しさに怪我をしたら何もならないんじゃないのか?」
「……そ、そうなのだけど……でも一つ位なら……」
「もう少し、これくらいなら……っと言う気持ちが死に至る道、それがダンジョンだ」
「わかったのよね……」
アールヴはまだ何か言いたそうにしていたが、取り敢えずは納得した様に頷いて見せた。
アールヴが魅力的な分、俺は理性を保つのが難しい。だが受けた依頼は果たす。
一度地上階に戻りロッカールームへ行って装備を見繕う、ロッカーとは言え武器や防具を何種類も置ける広さが有り、もはや小部屋と言える程の大きさだ。
アールヴ用にと金属製の全身鎧を引っ張り出したが、大きさが合わずにかえって体を傷付けてしまうだろうか?
大きさを埋める為の皮製の服も出して鎧と一緒に運び、アールヴに渡す。
「鎧だけではブカブカだろうから、中に皮の服を着込むと良い、しばらく臭いは我慢してくれ」
「…………」
アールヴは皮と鎧に鼻を近付けて顔を顰めるも、黙って皮の服を手に取った。
少々皮の手入れが悪く微かにカビ臭かった、でも怪我をさせる訳にもいかないし、何せ鎧の大きさが合わないのだから我慢してもらう、アールヴには言わないが胸囲だって俺の方が有りそうなくらいだ、仕方ない。
せめて胸囲だけでも俺に勝っていれば、他の方法を考えたのだが……。
そんな事を考えていたら、つい目線がアールヴの胸に向かっていた様で、クルリッと背を向けられてしまった。
俺は肩を落とし再びロッカーに戻って自分の装備を整え始めるが、つい溜息が出てしまう。アールヴ嫌われてしまっただろうか?
自分用には全身を覆う鎖帷子を準備したが、地肌や薄着の上に鎖帷子は鎖の間に肉や体毛が挟まれかねない、念の為に厚手の服を中に着る。
頭部も帽子を被った上に、目以外の顔まで覆う鎖で出来た覆面の様な物を着けた。
少し怪しまれるだろうが、アールヴに鉄兜まで渡してしまったから他に防御力の高い頭装備が無い。
両手に厚手の革の手袋を嵌めて、左には少し大きめの丸い木の盾を、右手に約二mの細槍を手にした。
自分の装備を整え終わりアールヴの元へと行って見れば、まだ鎧に苦戦していた。
金属製の全身鎧は初めてなのだろう、一人では難しそうだと思い声を掛ける。
「手伝おうか?」
「……変な所は触らない?」
「あぁ」
「それなら……お願いするのよね」
アールヴの質問につい「あぁ」とは答えては見たものの、そもそもアールヴの体に変な所なんて有るのか? 変な所でなければ何処を触っても良い……んだよな?
そう思うと少し顔がニヤケてしまう。
手伝う振りして彼方此方触ってみたかったが、ココは地上階の広いフロアで人目が多い、……失敗した!
装備を手に持って歩くのは重いが九十一階層に下りてから装備させれば良かった、そうすれば地上階ほど人は居なかっただろう。
少々人目を気にしながら全身鎧の装着を手伝って、最後に鉄兜を被せて一回りアールヴの体を……いや、装備を確認する。
アールヴは見事に全身、手も足も完全に覆われた状態だ、「弓は使えないだろう?」と言ってみたが、置いて行く気は無い様で背中に有る大剣用の金具や革帯に、弓と矢を傷付けない様に装着した。
アールヴは鎧に体を慣らす様に歩いてエレベーターに乗り込み、自分の全身を手で触り聞いてくる。
「ここまでしないと行けない程の敵が居るのかしら?」
「何と言うか、どの階層も油断なんて出来る敵など居ないし、毎回毎層、それに見合った装備を整えているつもりだ」
正直な事を言ってしまえば、九十一階層ではアールヴの事を守りきる自信が無いが故の重装備なのだが、ココまで来て俺一人で行くと言っても絶対に付いて来るに決まってる。
かと言って正直な事を言って不機嫌にさせたり不安にさせても良くはない、適当に誤魔化す。
アールヴは納得が行かないのか? それとも動きを確かめているのか? 入念に体を動かし見て触っている。
そうこうしている内に九十一階層に辿り着き、否が応にも緊張は高まっていく。




