4、それぞれの推し
とはいうものの。
こんなバカ……失礼。暗愚でいらっしゃるお人でも、王子は王子なわけで。
どうやって言い出そうと考えてはいるんだけど、言葉ではつい、
「ダ、ダンジョンって結構広いんですねー」
と関係のない感想を形にしてしまう。
入ってすぐの場所は、天井も高い石のブロックで作られた大部屋だった。
ユウさんは元勇者だけあって慣れてるのか、特に感心した様子もなく黙って後ろをついてきている。
「こっから三本の通路を選んで行く形式だね、ここは」
王子様が指さした先には、確かに縦横二メートルぐらいの通路が見えていた。
「どこも似たような距離だけど、運営が用意した魔物がいっぱい出る魔物通路、罠が多い罠通路、あとは魔物も罠もない王族専用通路があるんだ」
「へー……っておい、イカサマする気満々じゃないか!」
「はははっ」
「何笑ってごまかしてんだ!」
「勝った者が勝者だよ」
「上手いこと言った顔してるけど、全然上手くないからね!?」
「まあ本番は、どの道がどう設定されるか、私にもわからないから大丈夫さ」
ホントかな……この人といると、勝っても後ろ指を指されるだけのような気がしてきた。
「とまあ、三本の道を通って次の部屋に行くわけさ。軽く走るよ、二人とも」
「あ、はい」
「おう」
駆け足で進み始める王子様の背中を追い、ボクとユウさんもついていく。
「このダンジョン自体は三十二階層まであるけど、今回レースで使われるのは四階までさ。でもルーク君、意外と体力あるね」
「へ? そうですか? まあ、羊飼いですから、歩いたり走ったりを毎日繰り返してますし」
「このダンジョンレースは持久力も大事だからね。頼もしいよ。頼りにしてるから」
肩越しに軽い調子で褒めてくれる王子様。
軽い調子だからこそ、彼が本心で褒めてくれているような気がして、ボクは余計に嬉しかった。
「あ、ありがとうございます。がんばります!」
よぉし。本番も頑張るぞ!
気合いを入れ直し、ボクは王子様の後ろをついて走る。
ふと後ろのユウさんが、
「すごいな王子。いやルークが単純なのか?」
と呟いた。
「え? どうしたんです?」
「いつのまにかルークがやる気満々になってるからさ」
……。
…………。
……………………。
「ホントだっ!? 騙されるところだった!」
くっそ! 羊飼いの仕事なんて褒められることがないから、つい舞い上がってた! 危ない!
「ちっ、惜しい。ユウ君も黙って欲しかったな」
王子が不満げに口を尖らせると、ユウさんが首を横に振る。
「いやいやケガとかするかもしれんし、アイツらと戦うかもしれないんだから、簡単に参加しろって言うわけにはいかないだろ」
呆れたように苦笑するユウさん。彼はやっぱり基本的にいい人だ。ちょっと食い意地が張ってるけど。
だが王子は走りながらも器用に首を横に振ってため息を零す。
「参加は最低三人からだし、彼は今回に打ってつけの人材なんだ。だから是非参加して欲しいんだよ。彼はこのダンジョンレースのために生まれてきたような男さ」
なんかそこまで言われると、悪い気はしないから怖い。仮にも王子だし、国の偉い人に褒められるなんて……。
「やっぱ婚約者取られた最底辺羊飼いからの大逆転というのが、話題性として最高だよね」
「その言葉で台無しだよ! クソ王子が! 行くけどさ、ここまで来たらさぁ!」
「レース会場は全部で四階層さ。一階と二階は普通の洞窟、三階はモンスターの多い広場ばかり、四階の奥にボスがいて、ゴールは宝玉に触れたら、触れたチームの名前が周囲にばーんと浮かぶって仕組みさ」
「ほーん。それを撮影妖精さんが映像にして送るから、どっちが勝ったか一目瞭然ってわけか。なるほどな」
「ユウ君はさすが異世界人だけあって理解度が早いねえ。ルーク君もわかったかい?」
「あ、はい、たぶん。ところで、あの、王子様?」
「様付けなんていらないさ。気軽にサンジョルノ・ボンジョルノって呼んでくれ」
いや、王子様の方が短いし。
「魔物ってどんなのが出るんです?」
「まさかの無視。まあ、そんなに強いのはいないよ。今回は初開催だからね。定番のゴブリン、オーク、コボルト、それにスライムとか」
「ほっ、良かった」
それぐらいなら、ボクも見たことがある。ただの羊飼いだから、勝てるってわけじゃないけど。
「他にもレッドスライム、ブルースライム、パープルスライム、アサシンスライム、ガードスライム、ヒュージスライム」
「なんだよ、その熱いスライム推し」
ユウさんが呆れたように突っ込みを入れると、王子は目元をキラッと怪しく光らせ、
「品種改良した特別なタイプで、衣服だけを溶かすことができるんだ」
と意味深に呟いた。
「おいコラ。里奈の柔肌を撮影妖精に晒せないぞ!」
「ハハッ、じゃあ行こうか」
「おい、なんで流した!?」
ユウさんが王子の襟首を掴むが、彼は気まずそうに横に逸らす。
「ほら……そういう特典もあると注目度が……」
「そ、そうかもしれねえけど!」
「キミだって見たいだろ! 私は見たい!」
「お、オレはぜんぞんそんなななことねええし? ぜんぜんねえし? な、なあルーク?」
めっちゃ動揺しているけど、その意見には同意だ。
「そうですよ王子」
「ほら王子、ルークだって」
「羊毛を溶かしたら羊の神様に怒られますよ! バチが当たります! すごい強いんですよ!」
「え? そこ?」
なぜかユウさんがこっちを見てた。
「え? 他に何かありました?」
「い、いやキミの婚約者のエルナさんだっけ? 彼女の柔肌も」
「もちろん許しませんよ!」
「ほ、ほら!」
「彼女はボクの送った羊毛の服を着てるんです!」
「何その熱い羊推し!?」
なぜか突っ込まれた。なぜだ?
いやエルナの柔肌も大事だけど、ボクも見たことないしね……。
そこで王子がこほんと小さく咳払いをして、話題を変える。
「さあ、ともかく行こうか、スライムかどうかは運営に任せるとしてさ」
「はい」
「あ、ああ。なんか釈然としないけど」
再びボクらは歩き出した。
壁には照明が等間隔に灯してあって、視界は明るい。足元もしっかり見えるのは、撮影妖精さんのためだろう。
「そろそろ次のフロアだよ」
しばらく歩いていると、四階の奥にある下行きの階段が見えてきた。
デカデカと周囲に四階行きと書いてあるので間違いない。
「おや、誰か出てくるな」
「他の下見組かな?」
ボクらと反対に下から上がってくる四人組がいた。
そういえば入り口であと一組いるとか言ってたな。
階段は狭いので、相手が上がってくるのを待つ。
「あ」
「え?」
「げっ」
「うぇ?」
その四人組はそれぞれが変な声を上げた。
ボクらも相手が誰なのか気づいてしまった。
「やあ、勇者、それにマリアじゃないか」
これは王子様。
「り、里奈……」
これは異世界人ユウさん。
そしてボクも、見覚えのある人物がいた。
「え、エルナ……」
何よりも会いたかった幼馴染みだ。
「る、ルーク!?」
そう、ダンジョンレースの下見に来ていたもう一組は、勇者ハーレムチームだったのだ。
どっかのニンジャマスターさんがスライムの改良に協力しただろうことは想像に難くない。