導かれちゃった仲間たち
「話は聞かせてもらった!」
ばーんと音を立てて、酒場の扉が開かれる。
驚いて振り向いてみれば、フードを深く被った人間が立っていた。
「なんだアンタ?」
マスターは、そいつの雰囲気に飲まれるようにたじろぐ。
ていうか見てたんだよね、ボク。あの人、酒場の中にいたんだけど、一回外に出てから扉を強く開けて入って来たんだよ……。
「ふっ、聞かれたなら答えよう」
フードを取った彼は 黒髪黒目という少し珍しい容姿をしていた。顔は男前だ。服も羊毛じゃない。ただ、継ぎ接ぎだらけで少し苦労してる様子が見える。
「あ、アンタは?」
「オレは異世界から召喚された元勇者だ」
「へ?」
「そして好きだった幼馴染みを寝取られた男だ!」
「アンタもかよ!」
項垂れるボクと違い、隣の王子様はキラキラした目を一層輝かせて立ち上がった。
お互いに近距離で顔を突き合わせる。
無駄に余裕ぶった顔つきの王子様。
爽やかな顔の元勇者ってのが、フッとシニカルに笑う。
それから二人は拳を軽く付き合わせ、ニヤっと笑った後、肩を組んだ。
「同志よ!」
「ありがとう、同志よ!」
それだけで通じ合う彼ら。もうわけわかんないよ。
「事情を聞こうか、同志・元勇者!」
「聞いてくれるか、駄目王子!」
ごく自然に悪口言ってるなぁ、元勇者さん。
そして二人はわざわざボクを挟んで席に座る。
「……あの」
何でそうやって座ったお前ら。ボクを巻き込むつもりなのか。
「オレは相沢勇。こっちだとユウ・アイザワかな。日本っていう異世界から召喚された隣国の所属の者だ」
黒髪の爽やか男は、遠い目をしてカウンターの上にあるメニュー表を見つめていた。
「隣国の勇者集団かい。噂には聞いたことあるね」
ボクは全く聞いたことがないけど、王子様がふむ、と納得したように頷く。
「魔王軍がこの大陸に攻めてきたとき、あの国は戦力がなくてね。代々伝わる召喚魔法陣を使い、異世界から勇者を召喚することにしたのさ。そうしたら」
「そうしたら?」
「三十人ほど召喚されてしまってね」
「多いね」
三十倍だもんね。国も予算に困るよね。うちの牧場でも経営者が人件費人件費言ってるもんね。
「でもみんながみんな、特別な英霊の加護を与えられていたのさ。大魔法使いの加護だったり賢者の加護だったり、ボクみたいに勇者の加護だったりさ」
「そりゃなかなか強そうだね。確か加護ってのは幾つかのスキルがまとめてついてくる、お得セットみたいなヤツだったかな。神授職みたいな。それで魔王軍に対抗したのかな?」
へー。加護ってお得だなぁ。ボクらの神授職業みたいなものかな。
この世界では神授職というお告げを貰う人がいる。
貰う人と貰わない人がいるけど、実際に働くときにはそんなに優劣はない。
その結果、貴方にはこの職業が天職ですよと教えて貰えるのだ。実際、その神授職というのに即したスキルなんかもお告げと一緒に貰える。
これがボクの場合、『羊飼い』だったので、スキルが牧羊犬を操るためのものと『羊に愛される体質』というものを授かったというわけだ。
ただ貰った人はほぼ十割、その職業につくことになるそうだ。ボクもそうだ。
「そうだね。一緒に召喚された仲間で一致団結して追い返そうとした。こっからは長くなるけど良いかい?」
彼が念を押すので、王子とボクは神妙な顔で頷く。
もう展開が読める。
これ、あれだ。
つまるところあれだ。
恋い焦がれていた少女を誰かに取られたんだ、と軽く考えながら次の言葉を待った。
そしてユウさんが軽く息を吸った後、口を開く。
「とあるダンジョンにチャレンジしたところで、一人の仲間が落とし穴に落ちて死んでしまってね。みんな悲しんださ。でもそれは仲間の中に信じられないことに諍いが起きててね、死んだ彼を疎ましく思ってた男たちが仕組んだ事件だったんだ。そりゃオレだって許せなかったよ? だって仲間じゃないか。それがどんなに無能だろうと。無能だろうとさ。協力しあうのが仲間じゃないか。悲しいけどオレらは前を向かなきゃいけない。隣国の人々を救わなければいけない。それが義務だと思ってね、戦い続けたんだ。ある日、この国から勇者が派遣されてきた。同じ勇者同士さ。仲良くしようと思ったんだ。だけどその勇者は、死んでしまった仲間が生き延びて強くなっていた姿だったんだ。それがわかったら、オレの好きだった人も彼についていってしまってね。ついでに彼には加護を奪う力があって、オレの勇者の加護も取られてしまった。他の仲間たちも加護を彼に取られてしまって、全員が力を失った。オレもちょっとしたスキルしか残らなかった。ところがその新しい勇者の彼は、可愛い女の子や親しかった友達だけ優遇して加護を戻したりしたんだ。そしてその力で魔王軍を撃退して凱旋したってわけだ。まあ魔王は倒せなかったわけだけどもね。ああ、くそう、それはオレの立ち位置だろ畜生と思ったりもしたけども、隣国の人たちを救ってくれたのも確かだ。オレは頭を下げてありがとうと言ったさ。仲間だったしね。そしたら彼は何て言ったと思う? そうさ、『お前みたいな熱血漢で現実を見てないヤツじゃできなかったことだ』って。いやいやいやキミ何言ってんの? 現実見たら国で生きていくために立場作るしかなかったよね? それもあって協力してたのに、何言っちゃってんのこいつ。おかげで加護を奪われた男たちは、貧しい暮らしをしているってわけだよ、これがオレの事情ってわけだ」
「ホントに長いなオイ!」
思わず突っ込んでしまった。
さすが元勇者、これだけのセリフを一息で言うなんて。
「どうだ、聞くも涙語るも涙の苦労話だろ?」
「なんでドヤ顔してんだアンタ?」
苦労話をドヤ顔で話す奴にロクなヤツはいない。これは真実の一つだろうね。
「そういうわけで、オレはお金を稼ぐためにこの国までやってきたわけさ……」
「好きだった子を追いかけてきたわけじゃないんだ」
「……それもないわけじゃない。彼女とは幼馴染みだしな」
だよね。だって違う国でも良いのに、この国に来たわけだしね。
呆れた思いで隣の元勇者さんを見ていると、反対隣から王子様が身を乗り出してきた。
「何か稼ぐ宛はあるのかい?」
「いや……冒険者でもしようかと思ってるんだ。本国だと加護が残った女の子たちが依頼をこなしまくってて、稼げないからね」
「じゃあ、私と一緒にダンジョンレースに出ようじゃないか!」
「……いいのか? オレは加護も失った無能だ」
「構わないさ。ちなみに加護を失ったあと、ちょっとしたスキルしか残らなかったっていうけど、それはなんだい?」
「アンタは成長力増大とか言ってたな。正直、それよりも劣るさ」
再び遠い目でカウンター上のメニューを見る。
……ああ、お金がないのかな?
「何か食べるかい?」
王子様がキランと歯を光らせる。何で光らせた。
「お金がないからね。我慢さ」
「ふふん、金だけはあるよ。王子だからね。キミのスキルを聞かせてくれたら、好きな物を頼んでいいよ。情報料さ」
王子様の提案に彼は喉を鳴らす。ついでに腹も鳴った。
ホントに苦労してるんだな。異世界から召喚されたっていうのに大変だ……。
「いいよ、言おうか。オレみたいな無能な元勇者に残されたのは」
ボクと王子は息を飲んで次の言葉を待つ。
隣国の元勇者さんは、悲しげに目を伏せて口を開いた。
「異世界からの道具召喚さ」
「だからさあ!! 絶対強いヤツだろそれ!!!!」
思わず大声で叫んでしまった。
「い、いやいや、も、落ち着けルーク。異世界からの道具召喚と言っても、こちらの世界じゃ役に立たないんだ」
いきり立つボクを抑えるように、元勇者のユウさんが手で押さえる。
「なんでさ!?」
「元の世界じゃ道具を動かすのに、電気っていうエネルギー源が必要だったのさ。だから使ったら捨てるしかなくなる」
思ったより真面目な話だったので、ボクも落ち着いてきた。とりあえず腰を落とし、木のコップに入ってたエールで喉を潤す。
「それは呼び出せないんですか?」
一息吐いてからそう訪ねると、ユウさんは残念そうに首を横に振った。
「オレのスキルじゃレベルが低くてね。こんな小さな道具しか呼び出せないんだ」
彼はそう言って手の平を見せる。
「我、命ズ、道具召喚!」
先ほどまで何もなかった彼の手に、光る小さな魔法陣が現れた。
そこから見たこともない直方体の道具? らしきものが出現する。
「これは?」
「トランシーバー」
「とらんしーばー?」
「離れた場所と声のやり取りができる道具さ」
もうそれだけで凄そうな気がするけど、ぐっと堪えて待つ。
「どれぐらい届くんです?」
「遮蔽物がなければ五キロぐらいかな?」
「何が無能だクソッタレが!!」
「い、いや大して役には……」
「使用時間とか回数は!? 答えてみろよ、おう!?」
「れ、連続通話で二時間ぐらいかな?」
「ふざけてぇえんんのかああ!? そんだけ使えれば超すごいじゃん! よく知らないけど戦争とかで大活躍じゃん! 魔物を狩ったりするときだって役に立つじゃん! 何なのもう! 世の中の無能に謝りやがれ!」