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 ドングリ池を目指しながら、前を歩くキツネは、子グマに道を教えます。


「子グマのぼうや、見えるかい。これが『けもの道』だよ。『けもの道』ってのはボクたち、動物だけが使う道さ。」

「幾つかあるけど、分かるかい? この『けもの道』を選んで、真っ直ぐに通って行けば、『ドングリ池』に着くんだよ。」


「あ、見えたよ、きつねのおじちゃん。ぼく『けもの道』分かるよ。」


 けもの道を見極めた子グマは、余程うれしかったのか、ふんふんと鼻息を鳴らすと、キツネの腰に、ぶつかりながら追い越して、先頭を歩き出しました。

 キツネは、前を歩く子グマの歩幅に合わせて、ゆっくりとついて行きます。

 そんなキツネの顔は、自信満々の笑顔を見せる子グマよりも、やわらかく、嬉しそうでした。


 二人が、けもの道をしばらく進むと、森が少し開けました。

 二人の目の前には、大きな川。

 普段は穏やかな川ですが、今は、雪解け水で、溢れんばかりの大水が、流れています。そんな川には、今にも崩れ落ちそうな吊り橋が、掛かっていました。


「こまったね、子グマのぼうや。先に進むには、この『オンボロ橋』を渡らなくちゃいけないんだよ。」


 キツネが、オンボロ橋に掛かる最初の木の板に、片足を乗せると、「ギイギイ。」と軋む音が鳴り響きます。

 川の水は、ごうごうと、まるで、龍の背のように力強くうねり、荒々しい風と、音を、オンボロ橋にぶつけています。

 まるで、橋を渡るものは、全て、川へ引きずり込もうとしているかのようでした。


「きつねのおじちゃん。この川と橋、ちょっとこわいねえ。」


「そうだね。おじさんも少しこわいよ。」


 軋む吊り橋の前で、二人が立ちつくしていますと、美しい歌声とともに、コマドリがやってきました。


「あら、キツネさん、こんにちは。それに、まぁ、かわいいクマの、ぼうやだこと。」

「こんなところまで、何のご用なの?」


 キツネは、コマドリに訳を話しました。すると、コマドリは、すんと胸を張って、歌を歌いだします。


「♪歌は友達♪ 歌は勇気♪ 音は心を楽しく揺らす♪ らんらんらん♪ らんらんらん♪」


「わあ、コマドリさんのお歌を聞いてると、元気がどんどん出てくるね。」


「うふふ。さあ、子グマちゃん。勇気をもって渡れば、オンボロ橋は何も怖くないわ。」

「川は「ごうごう。」と脅かしてるんじゃないの。「ゴーゴー。」って応援してくれているのよ。」

「~♪踏み鳴る橋のギシギシも~♪ 歌に乗せれば楽しいわ~♪ さあ子グマちゃん~歌に合わせて1♪ 2♪ 1♪ 2♪ 渡って行こう1♪ 2♪ 1♪ 2♪」


「川のごうごう♪ ゴーゴーゴーッ♪」


「楽しく渡ろう♪ らん・らん・らん♪」


「橋の~ぎしぎし1♪ 2♪ 1♪ 2♪」


 コマドリの楽しい音楽に合わせて、子グマとキツネは、元気に腕を振ってオンボロ橋を渡り切りました。


 オンボロ橋を渡り、コマドリにお礼を言って別れると、二人はその先の、けもの道を進みます。

 そしてお日様が森へ沈みかける頃、子グマとキツネの前に、一面が空に感じるほどの、とても大きな湖が現れました。


「子グマのぼうや、よくがんばったね。ここがドングリ池だよ。」


「うわ~っ。おおきなお池だね。」


 夕日で赤く染まるドングリ池に子グマは駆け寄りますと、そこにはやっぱり赤く染まった子グマの姿が映し出されました。けれど、夕日は森の下へと隠れてしまい、池から子グマの姿は消えてしまいます。


「さあ、子グマのぼうや。願いを叶えるためにドングリを投げ入れて。」


「うん、そうだね。」

「あれ、あれ、ぼくのドングリどこだっけ。」


 子グマは、しまっておいたはずのポケットを探しますが、ドングリが見つかりません。

 右のポケットも、左のポケットも、おしりのポケットも、どのポケットを探しても、ドングリは見つかりませんでした。

 子グマのまゆは下がり、口はへの字に曲がります。


「こまったな。春に木の実は落ちていないし。この辺に落としてはいないかな。」


 キツネは、子グマが落としたドングリを探して、小石や小枝などを拾っては落とし、拾っては落とししています。


「ああ、子グマのぼうや。もう、日も落ちたし、また今度にしようか。」


「ぼく、ドングリをおうちに取りに帰ってくる。」


 あきらめきれない子グマは、半べそをかいて、来た道を戻ろうとしました。と、その時です。


 がさっ。がさっがさっ。


 くらやみに包まれた森の茂みが音を立てて大きく揺れました。それから二つの大きな目玉が闇夜に光りました。

 これは夜行性の肉食獣。トラか、オオカミか。そう考えたキツネは、とっさに子グマを抱きかかえて小さなくぼ地に身を隠しました。


「ふうっ。ふうっ。」


 まだ春になったばかりの夜は深く、寒いため、のしのしと歩み寄る巨大な影が吐き出す息は、荒い鼻息と一緒に、勢いよく白い煙のように辺りに漂います。

 キツネは息を止め、子グマの口に手を当てました。そして祈る思いで「ぎゅっ」と目をつむりました。


 ぐうう~っ。


 しかしその時、辺り一面に、まるで大熊の、いびきのような音が鳴り響きました。

 朝から、何も食べていなかった子グマの、おなかが鳴ったのです。

 キツネは顔を青くして、恐る恐る目を開きますと、二つ並んだ目玉がキツネの目の前にありました。

 キツネは恐ろしくて声も出ません。顎をガクガクと震わせるだけです。すると、子グマが言いました。


「あ、かあちゃん。」


 キツネは、子グマの言葉にまた驚いて、目玉の主を、よく見つめました。すると、お日様の代わりに登ってきた月が、母グマを銀色に照らしました。


「ああ。やっと追いついた。ぼうやったら、大切なドングリを、おうちの玄関に落としてるんだもの。母さん怖いことも忘れて、追いかけてきちゃったわ。」


 母グマはそう言うと、ピカピカに光るドングリを、子グマに渡してやりました。

 子グマは大喜び。渡されたドングリを大事そうに両手に握りしめ、あちらこちらを飛び跳ねました。


 そして、静かに月を浮かべる池の中へ、子グマはドングリを投げ入れました。

 ドングリはぽちょんと一つ音を立てると、音の中心から幾つもの輪っかを広げます。


「ドングリ池さん、お願いします。ぼくね、逆さ虹に行ってみたいの。」


 子グマは、両手を胸の前で組み、両ひざをついて一生懸命祈りました。


「ぼくのお願い叶うといいなぁ。ねえ、かあちゃん。かあちゃんも、ドングリ投げてお願いしてごらんよ。」


「ふふふ、そうねぇ。でも、もう母さんの願いは叶ったから。」


 にっこり笑った母グマはそう言うと。子グマを優しく抱きかかえ、そのまま子グマにお乳をあげて寝かしつけました。


 次の日の朝。母グマとキツネは子グマの騒ぎ声で目を覚ましました。


「かあちゃん! キツネのおじちゃん! 起きて、起きて! ぼくの願いが叶ったよ!」


 まだ眠い目をこすって、母グマとキツネが体を起こします。朝霧でしょうか、まるで雲の中のようで、辺りがあまりよく見えません。

 そんな中、騒ぎ立てる子グマの声は、上から聞こえます。母グマとキツネが顔を上げると、そこには巨大な虹の橋が掛かっていました。


 それはまるで、ドングリ池の湖面に、反射した逆さ虹が、そのまんま現れたかのようでした――。


 子グマは、逆さ虹の天辺に、大の字を描いて立つと、両手を大きく広げて、逆さ虹の森を一望しました。

 右手に登ってくる朝日を、左手に春風を感じながら。


 新しい森の朝を迎えたのです。

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