第一章 灼熱の火山 ver.1
はっきり言って非常に長いです。第一章のver.1だというのに・・・。まあ、飽きずに読んでみてください。お願いします。
そう。その歴史に刻まれるのは君たちの名。
神が創りしその戦士たちは、己の道よりも世界に尽くした。
誰もが疑いもしなかった。この平穏な世はいつまでも続くものだと信じていた。
その期待は邪悪な手によって黒く染め上げられることになる。そんなことも知らずに。
希望は彼らだけ。神の結晶のもとに集いしその戦士たちは、疾風の如く走り抜ける。
光は彼らに託された。
皆が祈った。彼らが無事にこの世に光を取り戻してくれる、そう呟きながら。
さあ、突き進め。魔石に籠められしその魂を胸に秘めて―――
一 暗黒の夜
月も星も見えないような夜だった。黒き甲冑に身を包み、黒い仮面で顔を隠した男が、二体の怪物を連れ、ある館の前にたどり着いた。三階建てのこの建物は、いかにも大切な物を保管してあるような雰囲気を漂わせていた。
この館は魔道士たちの住む里の近くにあり、数多い見張りが厳重な管理体制が整えていた。少なからず、数刻前はそうだった。今となっては館への道は見張りの死体ばかりで、見るも無残な有様だった。
男は扉の取手を引くと、ギギギと音を立てて開いた。中はとても静かで、緊迫した空気が男の気を引き締めさせた。一歩踏み出すと、館内に足音がこだました。大広間らしきその空間には大きな柱が数本あり、正面は二階へ通じる階段があった。見上げると、吹き抜けの構造になっており、二階の階段付近が少し見えた。
「貴様ら!! 何者だ!?」
男は突然声をかけられ、足を止めた。そして、一度深呼吸した後、ゆっくりと振り返った。怪物たちも続いて、声のする方を確認した。
そこに見えたのは大きな人影。その影の人物は、今までの敵とは全く違う鎧を着た兵士。右手に大きな槍を握りしめ、体中がぶるぶると震えていた。
「あんた、怯えてんの?」
一人の怪物が、ふふと笑った。
「ガリスト、調子に乗るな」
ガリストと呼ばれた怪物はふふんと鼻で笑った。
長い金色の髪を押さえたこの怪物は、怪物らしき形をしておらず、ほとんど人間の女性の姿だった。しかし、その美貌からは想像もつかないほどの殺人を犯していたことは、空気から読み取れる。
「質問に答えろ!! 貴様らは何者だ!?」
兵士は恐怖を抑え、あくまで強気の姿勢を見せた。それと同時に槍を握っているもう片方の手をそっと槍に添えた。
「ぐふ、残念だがその質問には答えられないなぁ。なぜなら……」
そう言ったのは、もう片方の怪物だった。体についている数本の触手をくねくねと撓らせ、青く光る目を兵士に向けた。長い間口に獲物をくわえていなかった獰猛な肉食動物のように。
「タクラテス。あんたも余計なこと喋らなくてもいいよ」
ガリストはタクラテスを睨みつけた。
「ぐふ、指図するなぁ。俺に指図できるのは、この方だけだぞぉ。そもそも俺とお前は組んで
はいけない二人なんだぁ。そんなことはわかってんだろぉ?」
タクラテスは顔を背けた。
「あんたねぇ!!」
「いい加減にしろ」
男は仮面の下で怪物たちを睨んだ。
「わ、悪かったわよ」
「ぐふ、申し訳ない」
すっかり忘れられた存在だった兵士は、ここぞとばかりに猛突進した。怪物たちはドキリとしたが、何の構えも見せずに立っている。兵士は鬼のような形相で槍を突き出した。
しかし、ガリストの目の前で槍は止まった。
「……?」
兵士は力を込めて押したがぴくりとも動かない。兵士の顔は次第に恐怖へと変わり、槍を引こうとしたが、これも全く動かなかった。
すると次の瞬間、兵士の体は宙に浮き、そのまま柱に向かって投げ飛ばされた。鎧がガシャリと音を立てて柱に衝突し、兵士は体勢を崩した。
その様子をガリストたちは哀れむような目で見ていた。兵士は地に手をつき、何とか立ち上がる。しかし、その足には疲労と恐怖が圧し掛かり、足がガクガクと震えている。足取りも儘ならない。ガリストは笑みを浮かべながら、槍を兵士の足元へ転がした。兵士は顔を強張らせ、槍を拾い上げた。顔が兜に隠れて表情は見えなかったが、おそらくとんでもない顔をしていたに違いない。
兵士は槍を突き出し、もう一度突進した。やつらには半端な技術では勝てそうにない。そうなれば、方法はただ一つ―――力で押す。兵士は体中にある全ての力を槍の矛先に集めた。ガリストたちは相変わらず冷たい目で嘲笑している。
兵士はガリストたちの心を読んだ。今のやつらは油断している。これならひょっとするかもしれない。
恐怖と緊迫に張り詰めた環境のなか、兵士は大きく跳び上がり、槍を閃光のごとく振り下ろした―――
男と怪物たちは、足音を立たせ始めた。一人の姿を残して。
「ねえ、あんなところに置いておいていいのかい?」
ガリストは男に向かって言葉を発した。しかし、男からの返答は無い。ガリストはいつものように会話を終わらせた。
部屋の雰囲気は先ほどまでとは大きく変わり、あたりをどす黒い赤に染めていた。兵士の血によって。兵士は柱にもたれかかっている。しかも、原形すらつかめないほど無残な姿で。
男たちは目の前の階段に足をかけた。みしみしと木材がきしみ合う音が聞こえる。階段を上りきると、正面に青色に染められた大きな扉があった。扉には紋章が浮かび上がっているが取手が見当たらない。男は扉に触れようと手を伸ばした。すると扉の紋章が輝き始め、青白い柔らかな光が男の手を跳ね除けた。
「やっかいな封印だね」
ガリストがため息交じりに呟いた。
そのとき、多くの鉄のこすれ合う音が聞こえ始めた。この耳に障るような音は鎧がぶつかり合う音……たくさんの鎧をまとった人間、そう、館に援軍が駆けつけたのだ。鎧のぶつかり合う音は次第に大きくなり、すぐそこまで近づいている。タクラテスは体から数本の触手を伸ばした。続いてガリストは片手を差し出し、手のひらに力を集めた。その力は次第に実体化されパチッとは弾けて一本の鎌を生み出した。鎌の刃には固まって酸化された血がべっとりとこびりついていた。二人の部下は、男を守るようにして背中を合わせた。
次の瞬間、突如現れた数十人の兵士が電光石火の早業で弓を構え、男たちを包囲した。
「ぐふ、思ったより数が多い」
タクラテスは触手を撓らせてはいたが、先に動けば宣戦布告とみなされ、敵は総攻撃を仕掛けてくる。互いにピクリとも動かない緊迫した硬直状態がその場を覆った。その空気を破るかのように、一人の老人が兵士たちの間からすっと現れた。
「何年ぶりかの。久々に面を見せにやって来たかと思えば、こんな戯けたことを……」
老人は手にしていた杖で床をコツコツと叩いた。男はしばらく黙りこくっていたが、ようやく口を開いた。
「お久しぶりです。わが師……ルトン・アーブル殿」
剣と鎌がこすれ合い、火花が散る。兵士とガリスト、両者は一度退きあい、間合いを置いた。すかさず一本の矢が彼女めがけて放たれた。
ガリストはいち早くそれに気づき、鎌で矢を弾いた。矢が宙に弾むと、ガリストは跳び上がり矢を宙で掴み、弓兵に向かって投げた。弓兵は突然のことでかわしきれずに、運悪く胸部に直撃した。
血が噴出し、弓兵は床に倒れるとそのまま起き上がらなかった。あたりには、同じように起き上がらなくなった兵士たちの死体がごろごろと転がっている。剣を持った兵士はガリストの隙を突き、彼女の背中めがけて跳び上がりながら剣を振り下ろした。
しかし、剣は彼女の背中に当たる直前に急停止した。兵士はそのまま勢いで床に投げつけられた。
「残念ね。筋がいいとは思うけど、相手が悪かったね」
ガリストは容赦なく鎌を兵士に叩きつけた。彼女の顔は返り血でところどころ赤くぬれている。
そのとき後ろで、剣が空を切る音が聞こえた。ガリストは驚いて振り返った。もう少しで髪が切られるところだった。剣で一撃を放ったのは、現れた別の兵士だった。
「あんたねぇ。許さないわよ!!」
ガリストは鎌を床に突き刺した。すると、床に入った割れ目から少し風が吹き込んだかと思うと、風は次第に強まった。
「ウィンドストーム!!」
得意げにガリストが叫ぶ。兵士は剣を床に刺し、自分の体を支えるのが精一杯だった。散らばった兵士たちの死体やなにやらが吹き飛ばされていく。兵士はついに耐え切れずに、突風にあおられ宙に浮いた。ガリストは笑いをこらえていたが、とうとう我慢しきれずに大声を上げて笑い出した。その時、彼女の体に、奇妙な刺青が彫られてあるのが見えた。彼女だけはこの
風の影響を受けていなかった。
「ぐふ、ガリストの奴め。こんな技を使いおって。ただでは済まさないぞぉ」
タクラテスは二本の触手を床に突き刺し、自分の体を支え、残る数本の触手で次々と敵をなぎ払った。こちらはガリストとは別の場所で応戦している。しかし、ガリストの発生させた突風の威力は凄まじく、一階下のこのフロアまで風が吹き込んでいる。さすがのタクラテスも、触手が無ければ自分の体を支えることはできなかったであろう。風の影響で兵士たちは身動きができない上に、自分には体を支える以外の触手が数本残っている。こんな絶好の機会はなかった。
「ぐふ、ぐはははは。無様だなぁ」
タクラテスは触手を伸ばすと、触手の先についている鋭利な爪で一人の兵士の体を突き刺した。
「ぐふ、ぐふふふ」
タクラテスは奇妙に笑い、兵士を投げ飛ばした。
その時。一本の矢がタクラテスの顔をかすめた。タクラテスは怒りに満ちた目で、矢の発射方向を確認した。
すると、扉の取手に鎧をひっかけ、自分の体を飛ばさないようにしている弓兵の姿があった。タクラテスは大きく吼えると、目にもとまらぬ速さで触手を伸ばし、弓兵の体に巻きつけた。タクラテスは弓兵を引き寄せると、別の触手を彼ののど元に突きつけた。その時、兵士は見た。彼の体に刻まれた、奇妙な刺青を―――
「ぐふ、後悔しろ。俺に傷をつけたことをなぁ。死を持って報いるがいい」
タクラテスはぐふふと高らかに笑った。その声は、計り知れない力量を持った怪物の声であった。
男は魔力を持った特別な剣で、飛んでくる水球を斬り放った。男は重すぎるはずの鎧を装備していながらも、信じられないほどの軽い身のこなしを見せた。
突然、男は走り出し、杖をもった老人に斬りかかった。しかし、老人も老人でその年齢からは予想もつかない体捌きで男の一撃をかわした。
「アクアキャノンを軽々と斬り落とすとは……なかなかやるのぉ。しかし、おぬしの癖は相変わらず治っとらんの」
老人……ルトン・アーブルと呼ばれた老人は、かの有名な大賢者であった。この里一番の魔力を持った老人は、数々の魔術の扱いに長け、次第に彼は大賢者と呼ばれるまでにもなっていた。
しかしその年齢は、もはや戦う力さえ持たないのではないかと言われるほどであったが、彼にはそんなことは関係なかった。里を窮地に追い込む輩が現れたのなら、その輩を潰すのみ。
「アーブル殿。昔と変わらずその間抜けさは変わらないのですか?」
男はアーブルの足元に剣を向けた。アーブルはぎょっとして、足元を確認すると、そこには男の仕掛けた罠があった。起爆罠である。
アーブルはとっさに杖で魔法を唱え、自分の周りにうすい水の壁を作った。その直後に起爆罠が発動し、激しい音と煙があたりを包む。男は煙が晴れるのを待った。やったのか……。
しかし、過去にあの大賢者からは数々の魔術を教わった。その大賢者が、起爆罠などで命を失うことはない。あれこれ考えるうちに、煙は次第に薄くなり、視界が広がる。男は一歩前に進み出た。
そのときだった。長い一本の鎖が男の足に絡みついた。男は退こうとしたが遅かった。アーブルは男の後ろに立っていた。
その時、男の鎧に奇妙な紋章が彫られているのが見えた。その紋章は男の仲間の体に刻まれていた刺青と全く同じものだった。しかし、アーブルはそんなことは知らなかった。
「刻印……。おぬしよ、自分で言うのもなんだが、わしは自分のことを間抜けなどとは思っとらんぞ。今のリクリッドウォールが何よりの証拠じゃ」
アーブルは男に返事をさせる隙も与えず、魔法を唱える。杖に魔力が集められ、杖先が蒼く輝く。その輝きはフロア全体へと広がり、一瞬にして館全体を冷気で包み込んだ。
「さすがはアーブル殿。館全体を包むほどのキルエアリルを発生させるとは。しかし、結局その程度の魔術ならば……甘い。貴方は、何も知らない。何も……」
アーブルは一瞬うろたえた。男が何を言いたいのか、見当もつかない。男は剣を床に突き刺した。そして漆黒の兜に両手を当て、静かな音を立てながら兜を脱いだ。アーブルは目を見開いた。
「おぬし……そんな、馬鹿な……!!」
アーブルはがっくりと膝を突いた。その手からは杖がこぼれ、音を立てて床に転がった。男の足に絡みついていた鎖は、水となって消えた。男は兜を持ち上げ装備すると、床から剣を抜き放ち、アーブルの目前に突きつけた。
「貴方にこの苦しみは分からない。しかし、貴方をここで消すことで、この苦しみは少しだけ
和らぐ。力を貸してくださいますか?」
男は兜の下から、低い声で呼びかける。アーブルは、言葉すら発することができなかった。自分の弟子が、この長い間にこんな姿になっていようとは……。アーブルは目を閉じた。男はそれを合図だと受け取り、剣を振り下ろした―――
「これは一体…!?」
嵐が去った後のような道を数人の魔道師たちが歩いていた。そこらに散らばる武器の数々。あちこちに倒れている兵士たち。何か気持ち悪いものを見ているような表情をした魔道師たちは、杖を使って兵士たちの亡きがらを光で包む。感染病予防のためだった。
「私はアーブル様を探す。お前たちはこのあたりを片づけろ。いいな?このことは決して口外するな!!」
一人の若い魔道師が指示を出した。白いローブに身を包み、一際長い杖を携えた男だった。
「了解」
魔道師たちはうなずく。彼はおそらくここの里長であろう。
崩れ落ちた瓦礫の山を越え、その魔道師は杖に光を灯した。あたりが眩しく照らしだされる。
「ア、アーブル様!!」
その魔道師が見つけたのは、あの大賢者の遺体だった。
「アーブル様!!」
駆け寄って抱きかかえたが、その大賢者の首はがっくりと垂れるばかりだった。
魔道師は最後に大賢者の杖をその手から離し、遺体の傍らに置いた。
そして、あたりを見渡すと、やはり。厳重な封印が施されていたはずの扉が無残にも破壊されていた。
「…彼らが、動き始めた」
魔道師はぽつりとつぶやく。歩み寄った台座には、あったはずの秘宝がない。神の遺した光の結晶が。
そんな魔道師を影で見つめる少女の姿があった。少女は息を殺して身を潜めていた。しかし、涙が止まらない。
「アーブルおじいさん―――」
少女は涙をこぼした。茶色のセミロングの髪が揺れる。水色の服をきたその少女の手にも、杖が握られている。その杖先の結晶は、なぜか寂しそうな光を放っていた。
その夜。たった数人の凶悪な魔の手によって赤く染め上げられたのだった。
お疲れ様です。まだ主人公は登場していませんが、気にしないでください・・・。基本、「投稿は早めに」精神を心がけますが・・・。
これからもよろしくお願いします!!