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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私の純愛

作者: 蒼原凉

「お前が男ならよかった」

 それが、あの人の口癖だった。

 血縁上では父の、父親だった人の言葉。だけど私はあの人のことを父親だとは思えないし、その名前で呼びたくもない。それどころか、思い出したくもないくらいだ。絶対に家族っていうのは、生まれたときの関係じゃなくって、愛情の深さで決めるものだと思うよ。

「お前は必要ない」

 これも、あの人の言葉。正直なところ、私は虐待されてたんだと思う。必要な愛情を受けずに育った。でも、かわいそうな子どもだなんて思わないで欲しいな。実は、少しだけ、そのことに感謝もしているから。だって、そのおかげで君と出会えたんだもん。

 上川大樹君。両親が、大木のように人を守ってくれるようになりますようにって名づけた優しい名前。そして、私のヒーロー。私を手狭な四畳半から解放してくれた人。そして、世界で一番愛する人。

 君は言ってくれたよね。「俺にとって君は必要だから、だから、自分を必要ない人間だとか、そんなことは言わないでくれ」って。一言一句覚えてる。ただの同級生だった私にそう言ってもらえたのがうれしくて、天国なんて信じてないけど、天国に昇る心地だったの。そして、君の横に立つ人になろうって決めたんだ。

 君が好きだ。君のその凛々しい眼差し、彫の深い鼻立ち、柔らかな唇、頼りなさそうに笑うその口元、首筋、うっすらと体についた筋肉。そして、その君の、優しい心。全部、全部が好きだよ。君のことを、世界で一番愛してる、大樹君。そんなことくらいでしか、言い表せない自分がもどかしいの。

 君も、私のことが好きなんだよね? だって、私を必要だって言ってくれたんだもん。私のことを大切に思ってくれるよね? 私を必要としてくれるよね?

 私、君の役に立つから。料理も得意だし、勉強教えるし、家事もするし、仕事にもいくし、育児もちゃんとするから。君のために、ずっとかわいくいるし、君のそばを離れないから。だから、私を見て。私を必要として。

 結構、かわいいっていう自信はあるんだ。みんなにも那月ちゃんかわいいねって言ってもらえてるし。それに、君のために努力もしてるから。私は、かわいいよね? 君なら、そう思ってくれてるんだよね?

 私、君のことが好き。君のことを、世界で一番大切に思ってる。だから、なんだってささげるから、私のことを見てくれるよね。

 できることなら、大樹君には私だけを見ていて欲しい。私だけに、その優しい瞳を向けて欲しい。でも、わかってるよ。君はそんな器用なことができる人じゃないって。きっと、困っている女の子がいたら、何も考えずに助けちゃうんだろうなあって。わかってるよ。だって、それが君の優しさだもん。だから、私耐えて見せる。そりゃ、他の女の子に目移りしちゃうのはちょっと、ううん、かなり悔しいけど、それでも、最後には私を見てくれるって信じてるから。だって、君にも私は必要でしょ?

「大樹君のことが大好き」

 そう言ったら、大樹君はいつもちょっと困ったような顔をして、ありがとうって言ってくれるの。照れ隠しだけど、彼だって私のことが大好きなんだ。私が君の横にいて、君が私の横にいる。互いの鼓動を感じられるような、そんな関係。だよね?

 

 

 

 ずっと、私は孤独だった。あの人から受けた愛情なんてこれっぽっちもない。君からもらった愛情百パーセントなのはうれしいんだけど、その時はとても寂しかったんだ。涙は流れなくとも、笑顔が作れても、それはただの影絵で、不十分で未完成だった。

 要らない子、必要ない、どうして生まれてきたのか。そんな、蔑みの目。同情なんてなかった。そんな人いなくて。私は、私を封印するしかなかった。いい子を演じて、必死に好かれようとして、私はどこにいるんだろうって。でも、パズルピースが埋まるはずなくて、そもそもピースの大きさすら違っているような感覚で。

 偽りの自分が他の人と仲良くできるわけもなくて、どこか小さな小窓からずっと世界を眺めてた。私の体をロボットにしてコックピットから操縦してた。

 そんな人間が、完全体なわけなかったんだ。本体だけが解け落ちた皮。ディスプレイだけのパソコン。何か致命的な部品が足りなくて、不良品ですらない、異物だった。

 君に愛された今だから分かる。私に足りなかったのは愛情だって。きっと愛情はもらいっぱなしなんかじゃなくて、もらえばもらうほど、それを誰かに返したくなる、送りたくなるようなものなんだってことに気づけたの。まるで永久機関みたいにね。

 そこに、君が現れた。誰からも必要とされていなかった私に、愛情に飢えていた私に、両手を差し伸べてくれた。一つは送る手。もう一つは返す手。

 それは、地獄に私だけのテグスが下りてきたような、一面の炎が銀世界に変わったようなそんな感動で、陳腐な言い方かもしれないけど、世界が変わったんだ。初めて、太陽を知ったモグラは、眼が見えなくてもその美しさに暖かさに圧倒された。

 君の横にいたい。いなくちゃいけない。だって、それが私のレゾンデートル。私を殻から出してくれた君の擦り込みみたいに、君を必要としてる。君の隣にいたいの。

もし、存在理由を失ってしまったら、だとすれば私は何になるのだろう。梅干しのない日の丸弁当? 若しくは実をつけないバナナみたいな、そんな無意味なものになってしまう。大樹君に愛されない私なんて、ただの人形になってしまう。

それは、嫌だ。それだけは、嫌だ。もう、あんな暗い所には帰りたくない。もう二度と、あんな思いはしたくない。狭い無関心の牢獄に閉じ込められるなんて考えられない。せっかく手に入れた太陽を失うだなんて、奪われるだなんて。考えられない。

 だって、愛ってそういうものでしょ? 一度その人を好きになったら、もうその人からは逃れられない。好きになった人のために何でもしてあげたい。その代わりに、愛情を独り占めして、出来ることなら身も心もすべて自分のものにしたい。純愛ってそういうものでしょ? それが、本物の愛。駆け引きなんて言葉は、ただの偽物に囚われた人たちの言葉で、そんなものが愛だなんて私は認められないよ。

 ねえ、大樹君。大樹君は私だけのものだよ。他の誰かに優しくしてもいいけど、手を差し伸べるのは私だけ。そうだよね? 私を必要としてくれた君なら、私に生きる意味を与えてくれた君なら、私を大切にしてくれる。だから、私に絶望なんて言葉を与えないで。ちゃんと最初から最後まで私を見て。手を差し伸べてくれた責任があるんだから。ね? 私からのたった一つのお願いだから。

 

 

 

 いつも通り、朝5時に起きて、君のためにおそろいのお弁当を作るの。おばさんは朝早くから大変でしょうって言われるけど、そんなことはないよ。むしろ、ちょっと遅くなったくらい。それに、大樹君に喜んでもらえるのに私が手を抜くわけないじゃん。

「いつも大樹のためにありがとうね」

「いえいえ、好きでしていることですので」

「今日もヨーグルト食べてく?」

「はい!」

 おばさんと一緒に大樹君の家のリビングへ。舅小姑ばっちりだよ。私は母親の顔を知らないから、ちょっと、憧れてる部分もあるんだ。

 大樹君は血圧の最高が110位、最低が70位とちょっと低めで、ついでに平熱も35.8度と低い。なので、朝は寝ぼけ眼でいることが多いし、起きてくるのも遅い。卓球部の朝練も、いつも遅刻寸前になっちゃう。でも、開かない瞼をこじ開けようと目をこすっている大樹君はそれはそれでとってもかわいい。私と、おばさんしか知らない至福の時間なんだ。

「おはよう、母さん。それと、那月」

「おはようございます。今日はロールキャベツ風味にしてみました」

「いつもありがとうね。ほら、あんたも礼を言う」

「那月、いつもありがとう。おいしいし、感謝してる」

「どういたしまして」

 顔がにやけちゃう。でも、きっとこれは私だけの感情じゃなくって、誰にも見せる顔なんだよね。そう思うと、鳩尾を殴られた気がしてしまう。

「ほら、さっさと食べて学校行く。朝練遅れるよ」

「あ、うん」

 カバンに私のお弁当を放り込むおばさんをしり目に、大樹君は朝ご飯を、私はヨーグルトを口に含む。でも、大樹君の食べ方ってすごくきれいだよね。こんな感じで手料理を食べてもらえたら、私は幸せだなあ。

「ごちそうさま、おいしかったよ。それじゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい。那月ちゃんも気をつけて」

「はい!」

 本当は、大樹君と腕を組んでいきたいところなんだけど、それをしちゃうと、大樹君が走れなくなって遅刻しちゃう。だから、腕は駅までお預け。でも、二人きりになれるのは、そこまでなんだよね。

「ほら、那月も急いでってば」

 君の顔がまぶしい。逆光だけじゃない。君の笑顔がとってもまぶしくて、暖かいんだ。それは私だけのものだよ。この笑顔は、他の人に見せて欲しくない。だから、お願いね?

「あ、大樹、那月、おはよー」

「おはよう、美鈴」

 心の中で舌打ちをする。泥棒猫って。白崎美鈴、大樹君と小学生の時からの幼馴染。こいつは、敵だ。私の純愛を邪魔する敵。

 ……でも、それでも、大樹君には嫌われたくないの。きっと、大樹君は優しいから、こいつが傷つけば悲しむから。だから、こいつを傷つけるなんてことはしない。でも、大樹君は私のものだ。だから、色目を使うのは許せない。

 それと、一応美鈴には恩もあるから。大樹君の家を教えてくれたのはこいつだから、だから、私たちの邪魔をしない限りは、ギリギリ許そうって思ってる。美鈴は大樹に恋愛感情もってないみたいだし。でも、腕を抱いていいのは私だけだよ?

 大樹君、私っていい女だよね? 大樹君に尽くしてるし、最低限譲歩もしてる。私だけを見てって言いたいのを我慢して、他の女の子とも仲良くさせてあげてる。大樹君の優しさが私は好きだから。だから、私を拒絶したりなんかしないよね? お願いだよ、約束だよ、絶対だよ? 君に必要とされなくなったら、私は……、ううん、何でもない。そんなこと、あるはずないもんね。

「あ、そうだ。そう言えば、文化祭の時、私の塾の友達が来てたでしょ。その子たちが、大樹って素敵だよねって。モテモテだね、このこの!」

 肘でつつかれてよろめく。優柔不断な笑顔、出来れば私だけに見せて欲しいんだ。

「いや、流石に名前も知らない子から素敵って言われても困るし、それに……」

「私がいるもんね」

「あ、うん」

 優しげな笑顔。ちょっと、嘘っぽく照れてるのもかわいらしいな。大樹君のやさしさに触れているような気がして、甘えたくなっちゃうんだ。

「えいっ」

「もう、那月は本当に大樹ラブだよね」

 大樹君をちょっとよろめかせて首筋をはだけさせる。そこに小さくキスマークを残すの。本当は、もっとしっかり残したかったんだけど、大樹君と私の体格差じゃ、しっかりとしたのは残せない。それが、ちょっぴり残念。唇にキスしようとしたら、照れて逃げられちゃうし。もうちょっと、素直になって欲しいって思う。

 ちょっと小聡明く、でも、小聡明すぎない、ギリギリのライン。君に好かれたくって、もっと愛情を注いでほしくて。そんな照れ隠しなんていらないよ。私は君のこと、嫌いになったりしないから。どんな君でも、私は大好きだから。

 照れて困ったような顔もかわいいけど、そろそろこのままじゃなくて、もうちょっと次の関係に行きたい。深い関係になりたい。もっと、君とつながっていたい。

 君にもっと愛されたいって思うのは、エゴなのかな? 君を独り占めしたいって、私だけのものにしたいって思うのはだめなのかな? そんなことないよね? 本当に人を愛したのなら、自分の愛と同じだけの愛情で混ざり合いたくて、自分のものにしたくて、ずっともっと奥深くまで沈んでいきたいって。そんなふうに思うものだよね? そろそろ、妥協を外したいなって思うんだ。だから、君も、そろそろ素直になって欲しいって、そう思うの。ねえ、私を、もっと見て欲しいな。君なら、なんだって見せても構わないからさ。

 でも、そんなことを思っているうちに至福の登校タイムはおしまい。高校はクラスが違うし邪魔者も多いから、大樹君はその相手をしちゃうんだ。でも、それでも、大樹君のところに遊びに行ったときは溜息でごまかしながらも相手をしてくれるんだけどね。




 突然なんだけど、次の段階に進もうと思う。

 本音を言うと、もうちょっと、大樹君を待とうと思ってた。でも、事情が変わってしまったから。大樹君が言いだしてくれるのを待ってたんだけど、ちょっと強引に行こうって思った。

 もともと、いつかはそういうことをする予定だったんだけど、今日思い立ったのには理由がある。というのも、昼休みに不穏な会話を聞いてしまったんだ。

「上川ってさ、卓球部の割にイケメンだよね」

「あ、それわかる。ちょっと狙ってみようかな」

 弁当箱が形状記憶プラスチックでよかったと心から思った。

 殺しちゃおうか。死体は山に埋めれば見つからないし。いやでも、同学年の子が行方不明になっちゃったら、大樹君はきっと心配する。優しいもん。でも、障害物は壊して燃えるゴミに出さないと。

「でも、彼女持ちだって噂だし」

「それじゃあ、仕方ないよね。それより、サッカー部の城白が今フリーだって」

 スカートのポケットに突っ込んだ左手を握りしめる。金属の冷たさが私を落ち着かせた。よかったね、名もなき女子。大樹君の優しさと私のナイフに感謝してくださいね。今日のところは、私のことを『彼女』って言ってくれたから許してあげるけど、次は即身仏になりますよ?

 でも、私もうかうかしていられないなって思った。そういう意味では、きっかけをくれたのは事実なんだけど、感謝する気はない。

 大樹君が部活に行っている間に家に帰って、服を着替える。下着も新品のものを買ってきた。大樹君喜んでくれるよね? 大樹君の趣味は調べてあるから、ばっちりだよ。私の私服も、大樹君結構好きでしょ?

 何度と通った街並みだけど、夕暮れに訪れるのは1週間ぶりかな? おばさんは呼び出しておいたし、大樹君のスマホも自室にあったし、準備オッケー。

 鍵は、玄関横の鉢植えが二重になってるのの間に隠されてます。何度か、お邪魔したことあるから覚えてるんだ。

 ……あ。……れれ……、?

 おかしい。靴の数が合わない。大樹君の靴でしょ、スニーカーでしょ、おじさんは二足を交互に吐いてるから一足でしょ、サンダルが二足でしょ。……一足多い。

 ……コノアカラサマニオンナモノノローファーハナンデショウネ……?


 あ、わかった。この靴は私のものを大樹君が持ち帰ったわけじゃない。っていうことは、大樹君に女装癖があるんだよ。今まで、誰も見てないところでしかやってないけど、そんな趣味があったなんて。また一つ、秘密を知っちゃった。靴のサイズ22.5だけど気にしない。大樹君は右足が27.5で左足が27だけど気にしない。

 でもまあ、そういう趣味はちゃんと隠さないと。私はできる女の子だから、ちゃんと靴箱にしまっておくよ。その代わりに幼い時のスニーカーをもらおう。

 私の鞄にしまっておく。そこそこ大きいんだ。私としては、プラトニックに行くつもりなんだけど、大樹君が望んだら、その、ね。

 階段を上る。大樹君の声。あれ、大樹君ってこんなに高い声も出せたんだ。私の前でも女装してくれないかな。そう思っていたのに、私は突如として鞄を取り落としてしまった。


 ドアの隙間から、知らない裸の女と睦み合っていた




 ……エ?




 まさか、浮気? 大樹君が? 私の大樹君が、他の女の子と浮気? 私だってまだしてもらってないのに、それに、私は頼んでもらえたら応じるよ? いつでもどこでも、私はあなただけのものだよ? なのに、ちょっと目を離した隙に浮気? 私の大樹君が?

 いや、そんなまさか。そこの障害物が大樹君を襲おうとしただけだよね。女の方が上に乗ってるし、女が傷つくかもって抵抗できなかっただけだよね。うん、私は信じてるから。

「え、那月なんでここに! か、鍵は」

 問題はこれをどうするかだよね。ばらすのは決定としていくつにしよう? 5つだと少なすぎるよね。子宮をずたずたに引き裂くのは決定として内臓も一つずつ壊しちゃおっか。それとも指の関節を一つずつ切り落とす? 顔も口と鼻と目と耳と脳を分解しよう。歯も一本ずつ引っこ抜く。あとは左足を焼却炉に放り込んじゃってもいいかな。でもどうしようかなあ。まだ足りないよなね。私の大樹君を無理やり奪おうとしたんだもん。普通に殺したりなんてしないよ。たっぷり生まれてきたことを後悔させてあげる。

「ちょっとあんたなんなのよ!」

 顔面を殴る。失態だよ。大樹君に嫌われないように、ナイフを家に置いてきちゃった。すぐ殺せない。ううん、苦しませながら殺せるって思えばそれもいいか。

「大樹君、わかってるよ。このアメーバみたいなやつに無理やり言い寄られたんでしょ。言わなくてもわかってるから。大丈夫、私と大樹君の愛を邪魔するやつは消しちゃわないとね。うん、わかってる。なるべく痛みつけるから。生きてきたことを後悔させるから。それと、処理は任せて。完璧に隠蔽してあげるから。大丈夫、大樹君のためだよ。それともし途中でせかされてた……」

「ちょっと待って那月、違うんだ!」

「ナニガチガウノ」

 まさか、この女を庇うつもりなの? 大樹君、優しいのはいいけど、優しすぎるのは毒になって自分をむしばむよ? それに、誰でも彼でも庇ったら、この女みたいに自分を誤解するやつが現れちゃう。大樹君は私だけのものでいいの。

「好乃はその、彼女なんだ」




 ……ナニソレ?




 だって、私は大樹君の恋人なんだよ。大樹君の家族を除いたら一番近いんだよ。そんな私がいるんだったら、他に彼女なんていらないでしょ? なんで、なんでそんなこというの。

「二股、かけてたってこと……」

「さっきから何なのこの女。いきなり入ってきたらあたし殴るし、ていうか大樹の彼女は私だし」

 アメーバ女は黙っていろ。もうこれは知らない。私は大樹君と話をしているんだ。

 きっと何かの冗談だ。どんな理由があるかは知らないけど、大樹君が私を悲しませるようなこと、するわけがないもんね。そう思ってた。でも、違った。

「その、ごめん」

「なんで謝るの!」

 私が君の彼女。唯一無二の彼女。そうでしょ?

「その、那月は恋人とかじゃないから」




 ……嘘……、でしょ?




 嘘だよね、嘘に決まってる、そんなはずありえない、嘘だと言って。お願いだから、嘘だって言ってよ。私を見捨てないで。

「ごめん、その、ほんとにごめん。小学生のころから好乃のことが好きで、その」

「私言ったよね! 大好きだって言ったよね! どうして嘘ついたの!」

 どうして、どうして胸のあたりが気持ち悪いの。視界がぐちゃぐちゃだよ。首筋も少しひりひりするし、頬が熱い。もう、お洋服が濡れちゃったじゃん。これじゃあ、大樹君に喜んでもらえないよ。ねえ、大樹君。ねえってば。

「それは、その。友達として好きだって思ってて」

 言葉を失った。湧き水はどんどん増えていく。ねえ、どうして、なんで。もがけばもがくほど、水が体にまとわりついてくる。

 嘘だ。嘘だよ。だって、大樹君に裏切られたら私はどうしたらいいの? 恋人として認められてない私に何の価値があるの? もう嫌だよ。あんな絶望なんて二度と味わいたくない。ねえ、私を殺さないで。助けてよ。このままじゃ、私、耐えきれなくて死んでしまいそうだよ。お願い、大樹君にすがらせてよ。

「でも、私は本気だったんだよ。だったら、大樹君だって私のこと好きだよね? それに、毎朝弁当受け取ってくれてたじゃない」

「ごめん、その。昔から好乃のことしか眼中になくて。ごめん、僕はそんなつもりじゃなくて。誤解させちゃったみたいで、その、ごめん」

「そんなことが聞きたいんじゃない!」

 そうだよ。ごめんも聞きたいけど、私を肯定してよ。お願いだよ、私の存在を肯定して。ここにいてもいいって言ってよ。恋人だって今からでもいいから言ってよ。お願いだからさ。アメーバ女なんかじゃなくて、私のことを大切に思ってるってそう言って欲しいよ。

「ずっと前に言ってくれたじゃん。私が必要だって。私を助けてくれたじゃん。暗闇から救い出してくれた。私が特別だったからなんでしょ。私が好きだったからなんでしょ。わかってるんだから」

 そうだよ、私は、大樹君にとって特別なんだ。だから、きっとわかるはずだってそう信じてもらってるんだ。アメーバ女の方が傷つきやすいから。でも、そんな奴にまで優しさを払わなくていいよ。もう、私だけを大切にしてくれたらいいの。だから、さ。

「大樹君が優しいのは知ってるけど。私だけを見てよ。必要って言ってくれた私だけを見て。もう、他の女の子の評判なんて気にしなくていいからさ」

「違うんだ、こういうことを言ったら喜ぶんじゃないかって冗談のつもりだったんだ。別に那月がその異性として好きとか、そういうわけじゃなくて」

「嘘、でしょ」

 視界から、光が消えてモノクロになった。白と黒が入れ替わってる。

「ずっと前から、好乃のことだけが好きで。だから、本当に何も考えてなかったんだ」

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」

 そんなの嘘だ。だって、大樹君は私のことが好きなんだから。私のことを大切だって言ってくれたんだ。私をあそこから救い出してくれたんだ。そんな大樹君がずっと他の女が好きだったなんて信じない。そんなわけない。だって、私たちは相思相愛なんだよ。お弁当作ったらちゃんとおいしいって言ってくれるし、私の純愛も受け止めてくれてるし。なのに、なのにこの女のせいで。これのせいで。

 大切だって言ってくれたんだ。運命の人だって思ったんだ。それは嘘なんかじゃない。本気だった。本気で好きで、だから大樹君も私のことが本気で好きなはずだったんだ。そんな、特別な優しさを向けてくれてたのは私だけだった。他の女の子じゃない。

 私、頑張ったよね。すっごく頑張ったよね。毎日お弁当作ってるし、勉強も頑張ってるしかわいくなったし大樹君に迷惑をかけないようにもした。この結果がこれなの。すっごく必死に努力したのに、努力は報われないといけないのに、嘘を吐いちゃいけないのに、君は嘘を吐くの。

 そんなの認めない。私は君と幸せになるんだ。君と幸せになるって決めたんだ。怖いよ。とっても怖い。私をそんな風に扱わないでよ。一番大切に扱ってよ。私のことが必要なんでしょ? それじゃあ、私を悲しませるようなことをしないでよ。私を悲しませる大樹君なんて嫌いだよ。二つに割って廃棄処分に出してしまいたいよ。

 嫌だよ。私を拒絶しないで。存在しなければいいなんて言わないでよ。お願い、必要として。大切にしてよ。どんなことにも応じるから、お願いだから捨てないで。大樹君に捨てられたら、私、ほんとに死んじゃうよ。

 怒るよ。本当に怒るよ。そんな悲しい嘘吐かないで。私だって傷つかないわけないんだから。何でも言うことを聞く人形じゃないんだから。君に捨てられたら怒るよ。こんな変な馬の骨なんか連れ込んで。骨女のどこがいいっていうの。私の方がもっといいに決まってる。

 壊そう。全部。全部、壊しちゃえ。大樹君が私のことを嫌いな世界なんて、必要ないもん。二人が幸せになれない世界なんて、要らないでしょ。まずは、手始めに、骨女から殺そう。私と大樹君の仲を引き裂こうとしたんだ。この罪は一番重いに決まってる。これだけは、絶対に許せないもん。

 そうだよ、最初からそうすればよかった。そうすれば、身も心も、私だけのものになったのに。私って馬鹿だなあ。

 ふふ、そう考えたら何か楽しくなってきちゃった。

「那月、何をするんだ」

「え、大樹君の心を捕まえるために、邪魔なものを全部壊すの。最初からそうしておけばよかった。ね、私たちだけになれば、邪魔なんてなく、気兼ねなく愛し合えるよ」

「好乃に何をする気だ」

「何って、不必要なものは捨てないと」

 ゴミをためていたら、ゴミ屋敷になっちゃう。不必要なものは処分する。これ、世界の心理。

「やめろ。もう、いい。好乃を傷つける気なら、那月なんて大っ嫌いだ」

「……え?」




 その瞬間、私の心臓がメルトダウンした。




「大樹君は、最初から私のことなんて眼中になかったんだね」

 酷い。酷いよ、大樹君。地獄に戻されるというのなら、蜘蛛の糸なんていらなかったのに。なのに、なんでそんな中途半端な優しさを差し伸べたの。私を落とそうとするの。

 それでも、大樹君のことが憎いくらい好きだ。たとえその愛情が嘘だったとしても、かけてくれた言葉が、行動までが嘘になるわけじゃないから。私が、大樹君の言葉で助けられたのは事実なんだ。恨んでも、恨んでも、どうしても君を嫌いになるなんて、私から光を捨てるなんて、出来るわけがない。

「でも、大樹君をどうしても嫌いになれないの。大樹君が欲しいって思っちゃう」

 欲しいよ。足りなくても、どれだけ足りなくて、どれだけ恨んでも、それでも好きだから。すべて、すべて欲しいって思ってしまう。身も心も全部、全部私のものにしてしまいたい。どれだけ傷つくことを言われても、やっぱり嫌いになんてなれるわけがない。でも、

「でも、君の心は別の人に向いてる。私に向くなんてありえないんだね。だから」

 だから、せめて。

「だから、君の体だけでも私のものにするね」


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