第三話
◇◇
進んでいるうちに森を抜け、草原を抜け、丘を越えた。ちょっと速さに物足りなさを感じたので、足を少しだけ改造した。関節がさらに円滑に動くようにしたところ、それが功を奏して速さは倍近くに上がった。
「おお、こりゃまた壮観だなあ」
岩ちゃんに足を支えてもらって上に立ち上がる。普通の高さでも十分見えるが、少しの高さでも違うものが見える。
視界には一面の麦畑―――おそらく―――が広がり、大きな城壁が見える。中に入るための門には長蛇の列ができており、そこから如何に街が栄えているかが窺える。
「よしこのまま・・・・・・って、これ岩ちゃん連れてっても大丈夫なのかな? まあ行けばわかるか」
そのまま進んでいき、列の後ろに並ぶ。肩からは降りており、自分の脚で歩いている。さすがに人に見られるのは、なんか、こう、恥ずかしいというか、うん。
周りの人からの視線を痛いほど感じる。うん、めっちゃ刺さってるよ視線。
岩ちゃんへの視線はわかるが、何で俺のことも見てくるんだ?
そう思っていると、どんどん列が消化されていく。門の衛兵によるチェックが円滑なんだろう。思わぬところで感心してしまった。
「次!」
お、もう俺の番か。
岩ちゃんと一緒に前へと進み出ると、衛兵たちの視線がすべて岩ちゃんへと集まった。
「うおッ!? なんだそいつは!!」
中でも隊長格らしき人物が持っていた槍を思わず構えてそう言った。
「俺のゴーレムなんですけど、まずいですかね?」
「いや・・・・・・まずくはないが、その、危険はないん、だな?」
「ああ、はい。それは大丈夫です」
「・・・・・・本当か?」
「だから大丈夫ですって!」
なんでそんなにも疑ってくるのかと思って、衛兵たちの視線を辿り納得する。
あ、洗うの、忘れてた。
岩ちゃんの右手にはベッタリと血が付いている。こりゃ疑われもするわけだ。
「えっと、これはですね。変な獣に襲われまして・・・・・・」
「変な獣?」
「ええそうなんですよ! なんて表現すべきか・・・・・・あ、いまだしますから」
彼らは「え、今出す? 何も持ってないのに?」と言ってひどく困惑しているが、俺はそんなことは気にせず右手を地面に向けて獣の死体をイメージする。
そして死体を取り出す。
それと同時に周りが騒ぎ出す。
「お、おい! 今の『異次元収納』じゃないか!?」「ああ、あんなふうに取り出すんだな! 初めて見たぞ!」「あの年で持ってるってことは先天的なスキルだろうな」「うちの行商に入ってくれねえかな? あのゴーレムも護衛としてちょうど良さそうだし」
あ、やばい。しくったか? このスキル結構レアみたいだな。次からは人目につかないようにしよう。
そう心の中で決意していると、衛兵たちもやっと納得してくれたらしい。
「これは・・・・・・フォレストウルフか? 顔が潰れてて判別しにくいが、緑がかったこの毛皮はフォレストウルフの特徴だ」
フォレストウルフ? ただのウルフじゃだめなのか?
「ふむ、なかなかの大きさだ。これをそいつが倒したのか? 大したものだな」
あれ? なんか褒められてる?
「まあゴーレムなんて珍しいものを連れてるやつなんてそうそういないからな。少し驚いたが、それは良しとしよう。身分証は?」
「え? 身分証? あ、身分証ね。いやー実はどこかで無くしてしまいましてねーワッハッハ」
ちょ、ちょっと演技が臭すぎるか?
「そうか、なら入場料銀貨一枚をもらわなければならん。冒険者組合証や商人組合証があれば無料で入場できるんだが」
え? 金? 持ってねえんだけど。
「あの実はお金のほうも失くしまして」
くっ、さすがにこの言い訳は苦しいよな・・・・・・。
「じゃあこいつを置いていけ」
そういって隊長が指さしたのはフォレストウルフの死体だ。なぜこれを置いていけばいいんだ?
「こいつなら銀貨三枚の価値はある。死体全部を持ち帰る奴なんてそうそういないからな。あとフォレストウルフの体は余すことなく色んなことに使える」
あ、そういうことか。
「どうせ冒険者になるんだろう? なら冒険者組合証を持ってくればこいつを引き渡す。別に持ってこなくてもいいんだけどな」
いい笑顔でそんなことを宣う。
こ、こいつ、なかなかいい性格してやがる。
苦笑いを浮かべながら頷き、そのまま通してもらえた。
くそ、まだ金銭感覚がつかめないからよくわからない。銀貨一枚っていったい何円くらいだよ!
そんなことをもやもやしながら考えていると、自分の周りが騒がしいことに気が付く。何だようるせえなと思って目を向けると、そこはもう街の中であった。
町一番の大通りであろうこの道は、人の波によって埋め尽くされている。そして、彼らを標的として、大通りの脇には所狭しと露店が並んでいるのだ。
「おお、なんか中世って感じがするなあ」
さっきまでの感情はどこへやら、俺は波の中に混じって歩き出した。
◇◇
「うぷっ」
あれから十五分。俺は人波によって路地に入り休んでいた。背中を岩ちゃんがさすってくれる。本当に岩ちゃんは優しいな、あと絶対お前意思あるだろ。
岩ちゃんに手を向けもう大丈夫だと伝える。
よし、どうしようか。適当に歩いたはいいが、ここがどこなのかよくわからないし、目的があるわけでもない。
「うーん、あ、冒険者組合に行かないといけないんだった。いけねいけね。貴重な財源を逃すなんてもったいない」
でも道がわからないんだよなあ、と考えていると路地の先に子どもがいるのを見つける。
ちょうどいいや、あいつに聞こう。
「少年! 道を教えてくれないか」
その声に気が付き、少年が近づいてくる。よく見るとかなり薄汚い恰好をしているし、臭いもきつい。
あー、声かけるやつ失敗したなーと考えていると、目の前まで来た。
「・・・・・・道を教えてほしいのか?」
「ああ、冒険者組合までの道を教えてほしいんだが・・・・・・」
言い終わる前に少年の懐からきらりと光るものが見えた。するとそれが俺に達する前に岩ちゃんの腕が光の速さで振るわれる。
岩ちゃんには手加減などできない。敵は敵としてしか認識できないのだろう。しかし、当たり所が良かったのか、吹っ飛ばされたあとも動けていた。
岩ちゃんが追い打ちをかけようとするのを止めて少年に近づく。
「少年よ、ナイフなんて人に向けるもんじゃねえぞ。殺されたくなきゃ道を教えろ」
殺されそうになって甘い顔してるほど俺は人間できていない。子どもだろうと容赦はしない。
ごにょごにょと言っているのを聞き取りそのまま路地から出る。後のことは知ったことではない。
◇◇
「おお、ここが冒険者組合か」
目の前には町の中でもトップクラスに入るほどの大きさを誇る建物がある。冒険者組合だ。看板として、盾の前で剣と弓と杖が交差したマークがある。冒険者組合を示すマークだろう。
喧騒が漏れ出ている扉を押して中へと入る。一応岩ちゃんには外で待機してもらう、無駄な混乱を呼ばないためにも。
中は典型的というかなんというか、まず酒臭い。よく見ると酒場が併設されている。冒険者らしきやつらが酒を飲んで暴れている。あ、テーブルが壊れた。
こりゃ注意したほうがよさそうだな。
受付と思われる場所へと向かっていると、急に暗くなる。なんだと思って見上げてみると強面の男が目の前に立っていた。
うわ、なにこいつ・・・・・・って酒くさッ!
「おい、ここは商人組合じゃねえぞ。さっさと失せなッ!!!」
・・・・・・え? まさか貧弱すぎて俺商人だと思われてんの? それとも馬鹿にされてんの? どっちなの? すんごい睨みつけてきてんだけど、てか臭いんだけど。
こういうときは伝家の宝刀!!!
「・・・・・・えへへ」
愛想笑い。これ以上に強い武器があるだろうか。完全に負けを認めた低姿勢で行くことで、相手に「え、これ以上いじめるの可哀そう」と思わせ戦意を削ぐのだ。しかし、効かない場合ももちろんある。
「てめぇ!! 何笑ってやがんだッ!!!」
あ、ダメだ効かなかった。
「人前に出るのが恥ずかしいくらいにぶん殴ってやるぜ、オラッ!!」
え? ちょッ!? 岩ちゃん!! 岩ちゃん来て!!!
「うっ!・・・・・・ん?」
痛みがない?
咄嗟にガードとして構えた腕をどけるとそこには石の壁、いや、石の背中があった。見紛うことなき岩ちゃんの背中だ。
どうやって現れたのかはいまいちわからないが、ありがとう岩ちゃん!
「いってぇぇェェェェェ!!!!!」
あ、あいつの声だ。
どうなってるのかとみてみると、右手を左手で押さえ込んで跪いている。石に向かって人を殴る気で殴ったんだ。痛いに決まっている。骨は確実にイってるな。
痛がってる様子を満足気に見ていると、男が涙目になりながら睨めつけてくる。
親の仇みたいに見てるけどそれ全部自業自得だから、自分のせいだからね、わかってる?
いらぬ恨みを買ってしまったな。
「てめえ、ぶっ殺してやる」
そう言って男が剣に手をかけようとしたので即座に次の命令を考えていると、外野から声がかかった。