第二話
◇◇
現在は視界に入っていた森の中にいる。
「いや~、楽だな。本当便利だよゴーレムは。疲れないし不満言わないし最高だ。な~岩ちゃん」
岩ちゃんとは俺を運んでくれているゴーレムのことだ。意思のないただの無機物の塊なのだが愛着が湧いてくる。
横にある頭を撫でながら様子を窺うが、足をリズミカルに動かして言葉には反応しない。
「さらに魔力を込めたら感情も芽生えたりするんだろうか?」
やってみる価値はあるが、今やることではないな。しかし暇だ。森の中に入った当初は久々の自然に目を輝かせていたが、どうも飽きっぽい性格がでたらしい。今では代り映えしない光景に変化が欲しいくらいだ。
「『ステータス』」
目の前に透明な画面が浮き出てくる。もう驚くことはない。俺がみたいのはスキルの欄だ。
『鑑定(十)』
この漢数字の十は何を示してるんだろうか。全部が十だからいまいちよくわからない。十が一番いいのか、それとも一番悪いのか。これもまた悩みどころだな。
試しに岩ちゃんに使ってみるか。
「『鑑定』」
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名前:岩ちゃん 〇歳
種族:ゴーレム
レベル:十(固定)
体力:--
敏捷力:E
防御力:C
筋力:C
知力:--
魔力:--
魔法耐性:E
魔法適性:なし
スキル:なし
―――――――――
「え・・・・・・俺、この鈍重そうな岩ちゃんよりも敏捷力低いってどういうことよ?」
ちょ、ちょっと本当に心のダメージが・・・・・・ん? 岩ちゃんが首を回してこっち見てるような気が。
お、おい。なんか哀れみを感じるんだが。お前本当に意思ないんだよな、な?
手で無理に首を回して前を向かそうとしてもびくともしない。岩ちゃんは未だに顔のない顔でこちらを見つめてくる。
「や、やめろ。そんな目で俺を見るなあああァァァ!!!」
すると、急に岩ちゃんの両手が俺を掴み腹の下に抱えるように蹲る。
ま、まさか反逆!? わ、悪かった岩ちゃん! 俺が悪かったからやめてくれ!
ガキンッ!
ん? 何だ今の音?
頭の上に疑問符を浮かべていると、岩ちゃんが動き出して俺に背を向ける。そして腕を振りかぶって地面に叩きつけ、深くえぐられた地面から土が舞い上がっていた。
「何やってんの岩ちゃん?」
前に回り込んで岩ちゃんの手元を確認してみる。
「うげっ!!」
俺は思わず声を上げてしまった。でもこれは仕方ないと思う。
そこには頭の原型を留めていない、何かの死体が横たわっていた。さっきの岩ちゃんの一撃で頭が地面に陥没し、地面には放射線状にひびが入っている。しかしそれも当然だ。重量級のゴーレムの一撃なんだから。
なかなかにスプラッタな状況だな。
血が今でもこぼれ出てるし、岩ちゃんの持ち上げた腕には肉の破片がこびりついて、赤黒い染みができている。あとで、水場でも見つけたら洗ってあげよう。そう俺は決意した。
◇◇
さっきのいつの間にか終わった戦いの後、スキルにある『異次元収納』を使って何かわからない死体を収納した。触りたくないな、でもしまいたいなと思ったら瞬間移動するように消えてしまった。ちゃんとしまえたという感覚はあった。不思議なものだ。
そして今は探検を再開し、岩ちゃんの左肩に座っている。右肩でもよかったのだが、血に濡れた手で押さえられるのはちょっと・・・・・・。
そういうわけで俺たちは順調に進んでいる。木々の隙間から見える太陽もまだ位置的には高い。当分は行動ができそうだ。
ただ、心配なのは日が沈んだ後。さっきの襲撃のようなものが夜にあったときに、岩ちゃんでも対処できるかわからない。
あっ、岩ちゃんには目がないから光は必要ないか。ただ、そうだとしたらさっきはどうやって察知したんだろう? 謎は深まるばかりだ。
できれば夕方までには知性のある生命体の集落に行きたいんだけどなあ。
そんなことを考えていると急に開けたところに出た。
一瞬生物基礎で習った、ギャップにでも出たのかと思ったが違うようだ。
「左右に真っすぐ続いてる」
獣道とも違う。しっかりとした道が森を二つに割っていた。肩から飛び降りて地面をよく見る。すると轍の後が確認できた。
「ここは街道か」
ということは、だ。これを辿っていけばどこかしらに着く。少し希望が持てたな。
そう思って街道の先を見つめていると何かが見えた。
「ん? なんじゃありゃ?」
土ぼこりを舞わせてすごい勢いで近づいてきているように思える。
「な、なんかやばそうだ。岩ちゃんこっち来て! 茂みに隠れるぞ!」
ドスドスと音を鳴らしながら急ぎ足で来る。
俺はしゃがむだけで隠れられるが、岩ちゃんはそうはいかない。だから地面へと這いつくばらせている。それでも若干怪しいが、まあ大丈夫だろう。
そんな状態で待っていると、しっかり目で確認できるまで近づいてきた。
「んん~? あれは馬か? みた限り馬だな、うん、馬。ってことは後ろの車輪がついた箱は馬車か」
見たところ四頭立ての馬車。四馬力分の力で引いている馬車は相当な速度がでている。
「おいおい、あんな速度出してたら転倒したときに大惨事になっちまうぞ。まるで何かに追い立てられてるよう・・・・・・って、ん?」
馬車の後ろに何かが見える。ただ影だけだ。砂埃の中だからわからない。
さらに近づいてきたためにやっと確認できた。
「盗賊、だな」
恰好がまさに盗賊、っていう感じだ。あれに追われてんだな。あの馬車は。数は二十ってところか。てか、やっぱ人間いるんだ。よかったよかった。
よく見れば馬車はなかなかに豪華そうな装飾をしている。
「馬鹿だな~。あんな豪華そうにしたら狙ってくださいって言ってるようなもんだろ。正直言って自業自得だな、うん」
目の前を盗賊に追いつかれた馬車を通り過ぎて行った。背面には矢が針の筵のように刺さっている。そうとうな距離を走っているようだ。
あっ、転倒した。
どうやら盗賊は馬を狙ったようだ。てか当たり前だよな。機動力をつぶすのは当然だし。
盗賊たちも下馬して、横に倒れた馬車に乗って側部を叩いている。ドアを叩いてこじ開けようとしているんだろう。
俺と岩ちゃんはもちろん静観だ。こんなめんどくさそうなことに手を出したくない。あっ、悲鳴と歓声が聞こえてきた。前者は女性の甲高いものだ。馬車に乗ってたのは女性だったようだ。そして後者は盗賊の発したもの。口笛とか指笛はどこにでもあるんだな。
そんなことを思いながら見つめる。
中から女性が三人引きずり出されて服を剥がれている。そしてされているのは・・・・・・まあ言わずもがな、だな。
◇◇
「どうやら終わったみたいだな」
茂みの中で俺はそうごちる。時間にして三〇分。女性の声は悲鳴から喘ぎ声に変わり、最後には何も聞こえなくなった。
可哀そうだとは思う。だけど、思うだけだ。俺には何の関係もない。
盗賊たちはそれからも少しとどまった後に、来た時と同様馬に跨って来た道を戻っていった。
そこでやっと俺は立ち上がる。ジャージについた葉っぱや小枝を振り払い道へと躍り出る。岩ちゃんも俺の後に続く。
左右の林に若干の注意を払いながら歩き、馬車、の残骸へと近づく。
「二人の女性は残った襤褸切れから察するにメイドだろうな。てことは、この人はお偉いさんのお嬢さんだったのかな。まあこの状態からではわからんが」
岩ちゃんと変な獣との戦いでグロいものには耐性ができたらしい。首から上が切り落とされて、頭のなくなった断面を見てもなんとも思わない。まあ俺の生来の性格が影響してるんだろうが。
お嬢さんだとわかったのは素っ裸にされた体が幼いように思えたからだ。
「何か使えるもんはないかねぇ? 岩ちゃん! 持ち上げてくれる?」
手を横に伸ばして、体でTの字を作ると岩ちゃんが脇に手を差し込んであげてくれる。もうなれたもんだ。
「うーん、ねえな」
中を探っても何もない。無駄に華美な装飾がされているだけだ。
「この馬車は・・・・・・価値はありそうだけど、家紋とか刻まれてるし特定されやすいからいらないな。爆弾抱えるのも面倒だし」
結局したことといえば、繋がれたまま身動きの取れない馬を野に放してやっただけだ。このまま放っておくのも忍びない。
「女性の死体はどうしようかな。そういえば俺って土の魔法適性があるんだったな。なら、地面に穴をあけるとかできないんだろうか?」
試しにいろいろ口に出してみるが。ゴーレム生成のときとは違って何も起きない。魔法はそれほど簡単ではないみたいだな。
「じゃあちょっと岩ちゃん、お願いします」
街道の脇に岩ちゃんが大きな穴を掘っていく。それもだいぶ大きな穴だ。三人分の死体が入るには十分だろう。
それにしてもすごい速さだ。あそこだけめちゃくちゃ柔らかかったりしないのか?
そう思って岩ちゃんの脇で地面を突くが、かなり固い。やっぱ岩ちゃんはすげえなあ。
そのまま岩ちゃんに死体を運んでもらって埋めてもらう。
「誰かは知らないが、どうか成仏してくれ」
手を合わせて岩ちゃんに乗り、街道に沿って進む。もちろん、人がいるであろう盗賊たちが向かった方向へ。