第一話
◇◇
「ちょ、え、あ・・・・・・え? ここどこよ?」
一面に広がる平原の真ん中で間抜けな顔を晒す俺は悪くないはずだ。
「玄関開いたらその先は平原でしたってどんな冗談ですか?」
そう、先ほど昼飯を買いに行こうとジャージ姿に財布をひっさげて、使い古されたサンダルで玄関を開けたところ緑の絨毯がきれいな平原が広がっていた。
「いや、待て。これは夢だ、そうだ、そうに違いない。うちのドアはどこかの狸型ロボットの秘密道具ではないんだ。そして俺は小学校高学年にもなって、何から何まで他力本願なあいつではない!」
そう自分に言い聞かせることで何とか混乱せずにいられる。・・・・・・え? もう混乱してるって? ・・・・・・何のことやら。
「わ、わーい。夢の中でこんな意識がはっきりしてるなんて珍しいなー。これが明晰夢ってやつかー」
俺は今決して棒読みになどなっていない。決してだ。
「こ、この木の質感もやたらと本格的だなー。まるで本物の気を触ってるみたいだぞー」
近くにあった木を撫でくり回してみる。自然の中で木を触るのなんて何年ぶりだろうか。中一以来勉強漬けになっていたから五年ぶりくらいかー、ハハハ。
「フンッ!!」
気合の声と同時に顔面を木肌に叩きつける。夢ならばこれで覚めるはずだ、きっと!
「・・・・・・ほ、本当にえらくリアルな夢だなー、ハハ。鼻から血が滝のように出てくるよー・・・・・・」
・・・・・・そろそろ現実を見たほうが良さそうだな。
立ち上がり周りを見渡してみる。広がっている平原の先には森があり、そのさらに先には雪化粧の施された山脈が連なっている。
吹き付けてくる風はとても心地よい。屋内に篭り勉強ばかりしていた俺にとってはとても新鮮だ。子どもの頃を思い出す。
「どうやら本当の本当に、これは現実らしい」
薄々気づきながらも、心の奥底で認めるのを拒否していた事実。俺はどこか知らない土地へと来てしまったようだ。
誘拐? いや、それはない。うちは一般家庭だし、とるものなんてなんもない。第一、俺は玄関からここへ移動するまで意識ははっきりしていたはずだ。だけど、ここは俺には全く見覚えのない土地だ。子どもの頃にも来たことないはず、きっと、たぶん・・・・・・。
「うーん、いまいち状況が掴めない。いつの間にか知らない土地に来ている・・・・・・移動・・・・・・誘拐・・・・・・転移? いや、まさかな」
一つだけ思い当たる節がある。それは俺が勉強の合間に息抜きとして読んでいた小説サイトでテンプレの展開であったものだ。
「異世界転移なんて、あるわけないよ」
自分で口にしたことを自分で否定する。
それは小説の話であってあり得るはずがない。
「もしそうだとしても証拠がなけりゃどうしようもないよな。例えば《ステータス》「ブオンッ」なんて言って透明の画面、かなんかが、でれ、ば・・・・・・」
目の前に水色の透明な画面が現れた。
「出ちゃったあああァァァァ!!!! 本当に出てきちゃったよこれ!! ブオンッなんていう効果音まで出てマジかっこいいよ! てことは俺本当に異世界転移しちゃったのかよ!!! やったーーーーー!! ちょっと不安になって涙出そうだったけど全部引っ込んだわ! 何も親孝行できてないけど悪いな両親俺はここで生きるぜ!」
もう十七歳であるが、興奮は収まる気配はない。「神様感謝します!」と言いながら二礼二拍手一礼し、適当なお経を唱え、十字を切り、五体投地した。
少し落ち着いてから激しく後悔したが、これは誰にも見られていない。つまり! 俺が忘れればあったこともなかったことになる! よし、忘れよう。
落ち着いたところでステータスをよく見てみる。
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名前:秋田 蕩児 十七歳
種族:人族(男)
レベル:二
体力:G
敏捷力:F
防御力:F
筋力:G
知力:A
魔力:SSS
魔法耐性:A
魔法適性:土・時空・付与
スキル:『ゴーレム生成(十)』、『異次元収納(十)』、『鑑定(十)』、『鑑定阻害(十)』
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・・・・・・なんか、うん。がっつり後方支援型ですね。
いや、まあ確かに運動は苦手だけれども、だからといって太ってるわけでもないけれども、ちょっと上四つひどすぎませんかね? いや、別にいいんですよ。俺剣持ってブンブン振り回して戦いたいわけじゃないし、血が付くのとか嫌だし。
なんか、こう、なあ。自分のスペックをありありと見せつけられているようで落ち込んでしまう。お前はこの程度だぞ、と。だから高望みすんなよと言われてるようで傷つくなー、僕。
「・・・・・・気にしたほうが負けだな。よーし、気を取り直して冒険するぞーー!!」
◇◇
「ヒューッ、ヒューッ」
な、なんか呼吸をする度に変な音がする。足が棒みたいになってるし、足の筋肉がピクピクしてる。
「ま、まさか、こんなに、体力が、ないとは」
こんなに体力がなかっただろうか。絶対に異世界転移してから体力落ちたよ、うん、元からじゃないから絶対。
それにまだ三十分を歩いていないし、視界の光景が変わるほど移動してもいない。さっきの木なんてまだ見える。
「・・・・・・万事休すだ」
さっそくの危機だ。それもかなり深刻な。まさか最初の山場が外的な要因ではなく、内的な要因だとは。あ、目から汗が・・・・・・。
「そういえば、スキルにゴーレム生成ってのがあったな。どうやって使うんだ」
ゴーレムといえば、泥や石でできたごつごつとした人形、というイメージだ。うまく使えば移動にも利用できるんじゃなかろうか。
「どうやって使うん・・・・・・うん? なんかわかる」
使いたいと思ったら急に使い方がわかった。まるで思い出したような感覚だ。もとから知っていたというような、そんなはずはないのに。
「えーと、形、材質、能力? をイメージして魔力を放出する? なるほど、わからん」
とりあえず能力というのは置いておいて、形と材質を考えよう。
初めてだということでオーソドックスに人型でいいだろう。あと、イメージしやすいように、俺のもとからイメージのある石を材質にする。大きさは・・・・・・まあ大きいに越したことはないだろう。
「あとは、魔力を放出だが、うーん、わかんね。ということで適当に、『出でよゴーレム』」
・・・・・・は、恥ずかしいいいぃぃぃ!!!!
「なんだよ出でよゴーレムって! ちょっと期待してた俺が馬鹿だったわ!! 振付までしちゃって・・・・・・これはあれだ。マンガ読んで俺にももしかしたら、億が一の確率で錬金術使えるかもとか思って両手合わせて地面をたたいた時並みに恥ずかしいわ! あーもー、嫌なこと思い出しちゃったよどうしてくれ・・・・・・え?」
な、なんか地面が揺れてる気がするんですけど。あとさっきよりも体が重い気が。そういえばさっき体から何かがごそっと持っていかれたような感覚がしたような。はっ! もしかして何かの扉開いちゃった感じですか!?
「お、おい、ふざけてる場合じゃなかった! すごい揺れだよ! 漫画なら見開き一ページ分使ってゴゴゴを書き加えるくらいに揺れてるよ!!」
すると、数十メートル先の地面が急激に盛り上がり、どんどん天へと昇っていく。
あまりの光景に愕然としていると、揺れが収まりそこには大きな窪みと巨人がいた。
「や、やりすぎちゃった?」
地面に空いた窪みとは名ばかりの大穴が、巨人ゴーレムの体積を物語っている。見上げるだけでも首が痛くなってくる。東京に修学旅行行ったときに見たビルと同じくらい大きい。つまり、めちゃくちゃでかい。
「これ、俺のゴーレム?」
何かはわからないが、あいつとつながっている感じがする。ゴーレムに意識を集中させてみる。
「お? お、おお、おおおォォォォ!!?」
す、すごく目線が高い。地面がはるか下に存在する。森が雑草のような感覚だ。
「これって・・・・・・ゴーレムの目線か?」
いや、それ以外に考えられないだろう。ということは本当に俺の作り出したゴーレムのようだ。
試しに腕を上げてみる。
風を切る、いや、風を切り裂く音が鳴り響く。
「すっげええ」
けど、これどうしよう。作ったはいいけどこれで移動するのもなあ、かといって壊すのもなあ。
「うーん、そうだ! このまま真っすぐ歩かせよう。俺の作品の雄姿を他の人にも見てもらうことにしようそうしよう。あれ? でもここに人なんていんのかな? まあそんなことはどうでもいいか。真っすぐ進め!」
すると、ゴーレムがゆっくりと動き出し、足を進めるたびに轟音と微かな揺れを感じる。俺はその姿を見てご満悦だ。かっこいいなあ。
そのままゴーレムの背中が小さくなるまで見たあとで、実用的なゴーレムを作ることにする。決して見るのが飽きたわけではない、ない!
「さっきのでいろいろと感覚は掴めたな。よし、次はもっと細かく決めてみよう。さっきゴッソリと持っていかれたのはおそらく魔力だろうから、あんなもの作らなければそうそう魔力も尽きることはないだろ。ステータスでもなんかSSSとかついてたし」
頭でいろいろと考えた末に、右手を前に出して呟く。
「『出でよゴーレム』」
声は出す必要はないみたいだが、ここは出しておく。ロマンは大事だ。
再び地面が盛り上がり、人型を形成していく。そして、出来上がったのは二メートルほどの岩ゴーレムだ。先ほどのよりも体の細部にわたって工夫されている。関節部分には球体関節人形のような構造を取り入れて可動領域を広げ、動きやすくしている。装飾などは全く施されず、顔も作っていないためのっぺらぼうのようになっている。
「よし、まあまあの出来だな。俺を肩に乗せろ」
その言葉同時にゆっくりと腕が動き出し、優しく脇に手を入れてきて持ち上げられ、右肩に乗せさせられた。シートベルトのように右手で抑えられている。ここまでのことを考えて命令したわけではないんだが、いろいろと融通が利くみたいだな。
「よーし進め。再度、冒険へ出発だー!」
こうして俺の旅は本当の意味で始まったのだった。