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名もないオヤジたち 作者:牧空素
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Aは何故、天才なのか

 
 ここまで「私」と称して小説を書き続けてきたAは、はたと筆を止める。自分はどうしてここまで天才なのかをここに書かなくては読者は、不平を言うに違いあるまい。このままだと「何だか文学がわかっているような口をききやがってふざけるな」と文句を言われるだろう。それを避けるためには、この回で、つまりこの話の枠で、自分がいかに天才なのかを証明しないといけない。
 私の記憶では、幼稚園の頃に、気の強い女の子に、ぶん殴られたことがあった。マリー・マートンみたいな女性だった。話が戻るようであるが、今、YOUTUBEを見て発見したのであるが、マリー・マートンは別の男とも同じような演奏をしている。別の男にも一歩引かせて歌わせている。これはどういうことかというと、マリーの型があって、それにビングが合わせたのである。ここにおいて、幼稚園時代の彼女はそういう人間であり、多分、今でも旦那は恐妻家であろう。そんな話はどうでもいいのであるが、彼女はあることをAにきいた。するとAは
「それは昔のことだね」
 といった。すると、マリーは、立ち上がっていきなりAの頬をはたいたのだ。
「一年前の事っていうのは昔の事じゃないの!」
 それはそうだ。Aは確かに間違ったかもしれないが、どうしてぶつのだろうか。多分、その時の言いっぷりが憎々しかったのではないだろうか。Aにはそういう部分がある。何だかわからないが初対面で異様に嫌われることがある。
 どうしてかというと、どうも内面が筒抜けだからであろう。あまり演技をすること言うこともないし気を使うということもないのだ。つまらなそうに相手の話を聞いていることが実によくあるのだ。すると相手は先回りをして
「まあ、つまらないけどね」
 と言い出すのである。事実、つまらないのであるから。しかし、相手がそうなるともう、Aの方でどんなに面白い話をしても、相手はふてくされてしまうのである。というのも、相手の頭の中には
「こいつは俺のことをつまらないと思っている」
 ということでいっぱいだからだ。
 ときおり、Aは自分のことを自由すぎる野良犬みたいなものだと思えてならないのである。確かに周囲からしてみたらAの相手をするのは困るだろう。というのも余りにも天才が過ぎるからだ。まるで生まれて急に
「王手」
 あるいは
「チェックメイト」
 と叫んで出て来たかのような凄まじい天才ぶりである。このような天才に周囲は我慢ができないだろう。時空が歪んでしまうのだ。だからAはできるだけ、自分の天才性を出さないようにしているが、たまに出てしまうことがあるのだ。
「そういうときは~
 コカルドリンク飲んじゃって」
 という歌が今、Aの脳裏に響いた。
 これは小学校の頃の友人の長谷部君がコカール君と呼ばれていて、(当時、テレビ番組で「ビートたけしのスポーツ大賞」というのがあって、カール・ルイス選手の子供バージョンの、走るマシーンがあってそれと競争するという内容だった)そいつの飲むドリンクは、コカールドリンクだという話になってからの、この節回しの歌である。
 そして、最後には
「ローレッパティー」
 と、アフリカの歌をうたって、長谷部君をいじめたのである。Aはそれをずっと止めないで見ていた。自分もああいう風にされるかもしれない。しかも、おどけた子供たちは長谷部君に
「ローレッパティー!」
 と歌いだし
「あ、ユンケル~すれば、タモ~リング」
 と続けた。
 これは、タモリの四か国語麻雀を根底に置いたギャグであろう。どうして、小学生にそんな高度なギャグができるのだろうか。
 しまいには
「あっあっあっあ!
 ヤチクソ!
 ヤチクソ!」
 と歌い始める。サタデーナイトライブの物まねをしながらである。
 Aは、実は、劇団ひとりのようなお笑い芸人がこの集団の中に混じっているのではないだろうかと思えてならないのであった。劇団ひとりはちなみにAと同年齢の千葉出身である。
 この千葉というところが、Aは、ため息をつきたくなるのだ。自分は千葉というところに生まれて、特に東京を目指すということもなく、一時は中野に住んでいたが、特に友人を作ることもなく、そのままのんべんだらりと暮らし、千葉に帰って、このような糞みたいな文章を書いて、その内、消すことだろう。あるいは消さないかもしれない。どうでもいいんだ。
 それよりも、何を書いていたのかということであるが、どうしてAは天才なのかということであるが、多分、それは天才と思ってしまったから天才なのであろう。Aの父親は、こいつはどう考えても統合失調症なのであるが、こいつが、自分は天才だと思い込んでいた。
 その流れでAも天才だと思ったのであろう。人生というのは流れであり、もっとまともな親だったら、もっとまともな人生かもしれない。とはいってもそれは今からでもある程度はやり直せるので、やり直せるように頑張るしかあるまい。
 まずはこの呪われた文章を焼くことから始めよう。そして自分のことを天才なんて絶対に思わない方が良い。天才なんてものは存在するだけで、石を投げられるからである。Aは自分の夢は、横浜の黄金町で、爆乳のニューハーフに手コキで満足させてもらうことであった。というのも、もし性交をすると向こうはアナルであるし、病気になるからだ。
 Aは、病気にはなりたくない。だから、本当は接したくもない。でも、エロいことはしたい。二つの思いがバラバラに張り裂けそうで、間を取って、フィリピンパブ、あるいは、栄町の風俗に行くのであるが、最近はそういうこともしないようになった。
 そろそろ仙人になってきたのかもしれない。あるいは自殺するのだろうか。あ、そういえば、西部ススム先生が亡くなって、チャンネル桜でそのことを討論しているのであった。つまり、自殺はいかん。しかし、老人問題は考えないといけないということだった。
 多くの国では多分、自殺していると思う。だって、本当に弱ったら人は自然に死ぬのだろうがなかなか死ねない人も多いし、それで困ったら普通に自殺するだろう。しかし、カソリックは駄目なのだ。そこから変な歪みが生じるのではないだろうか。
 日本人には「葉隠」「腹切り」「特攻」など、自殺の文化が根付いている。だが、軍人とか侍ではないとそういうことはしないのである。一般市民は、ナラヤマブシコウであろう。あるいは、何だろうか、アッ関係がない。
 つまり、どうしてAが天才かということは証明できていないので、Aの言うことは全くあてになりません。もし、この文章から何かを得ようとしている怠惰な人は自分でいろいろなことを試してみるといいよ。
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