兄の気持ち
今話は視点が二往復?します。
「さて、次は服だな。」
俺はそう言って下着を付ける時に邪魔で隣に置いていたチェック柄のパジャマを手に取る。
佳奈の下着姿。
さっきまでの全裸でいられた間は視線を逸らすのに必死だったからここまで来ればまだ何とか耐えられる。
「じゃあ、着せるぞ。」
「うん。」
佳奈の返事を聞いてから佳奈の身体を持ち上げつつ服を着せて行く。
ブラと違って男の服と違いの少ない衣類は随分と着せやすい。
そのおかげで服とズボンはあっという間に着せ終え、佳奈をソファへと下ろした。
「ありがと、お兄ちゃん。」
「ん、気にするな。次は髪乾かすぞ。冷風と温風、どっち派だ?」
「温風がいいかな。」
「了解。」
ドライヤーのプラグをコンセントに挿して、カチカチと温風で電源を入れる。
そして、手ぐしを入れながらドライヤーの風を佳奈の髪に当てた。
妹の、いやそもそも女の子の髪を乾かす事なんて初体験で上手くできているのかは分からないが、佳奈は気持ち良さそうに小さく声を漏らしているし、悪くはないのだろう。
そして乾いて行くにつれ、段々と佳奈の髪がふんわり柔らかく、サラサラに指の間を通って行く。
「髪サラサラだな。」
「えっ……あ、ありがと。」
よくよく考えれば妹の髪に触れるなんていつ振りのことだろうか。
今日は佳奈のおかげで、懐かしい事、初めての事をやり通しだ。
◆
「よし、だいたいこんな感じでいいか?」
「うん、大丈夫。ありがと。」
5分ほどお兄ちゃんの手ぐしを堪能していると、体感的にはあっという間に終わってしまった。
いつもなら髪を乾かす時間は面倒で仕方なかったけど、こんなに気持ちいいならこれからずっとお兄ちゃんにやってもらいたいくらいだ。
「っと、もう1時回ってるのか。お昼は親子丼でいいんだよな?」
「うん。親子丼!」
「了解。どうする?少し時間かかるけど、座ってる状態で辛くないか?横になるか?」
「え、えーっと、んーん、座ってるので大丈夫だよ。」
横になるとお兄ちゃんの姿が見えないしね。
「そうか。じゃあちょっと待っててくれ。」
「うん。」
そう言ってお兄ちゃんは私をソファに残してキッチンの方に向かった。
それから視界の端に見えるお兄ちゃんをずっと眺めて親子丼が出来るのを待つ。
そして15分ほどの時間がたった頃、ほのかに漂う美味しそうな匂いに、私のお腹がキュルルルゥと大きく鳴いた。
と、その時。
「お待たせ。悪いな、待たせちゃって。」
最悪のタイミングで戻ってきたお兄ちゃんは私のお腹の音に苦笑いを浮かべた。
「い、今のは、その、違うくて......忘れてっ!」
あうぅ、お腹の音ってなんでこんなに恥ずかしいんだろう......。
「わるい、わるい。ほら出来たぞ。」
お兄ちゃんはお盆に乗った2つの丼に盛り付けられた、トロトロで美味しそうな親子丼を座っている私にも見えるように持っているお盆を下げた。
「わぁ、美味しそう!さすがお兄ちゃん!」
たまにお兄ちゃんがいない時を見計らって携帯のレシピやママに習って料理の練習をするけど、これだけ料理が上手なお兄ちゃんにはまだまだ到底及ばない。
いつか、私ももっと料理が上手になったらお兄ちゃんに振舞ってみたいなぁ。
なんて、美味しそうな親子丼を見ながら考えていると急かすように再び私のお腹の虫は盛大に鳴いた。
キュルルルルルゥ...。
「あぅ............。」
「......た、食べるか。」
「...そう......だね。」
◆
いつもなら机を挟んで向かい合うように座るが、それだと食べさせてあげるには不便で、佳奈をいつもとは違う、俺の隣の椅子に座らせた。
「あ、ここに座るのって初めてかも。」
「あ、そういえばそうだな。」
俺達家族はそれぞれに座る椅子が決まっていて、いつも自分の席にしか座らないからな。
「さて、じゃあ、いただきますっと。」
「いただきます。」
「ほい、口開けろ。あーん。」
「あーん。はむっ。」
佳奈が美味しそうに頬張ってるのを見てから、俺も自分の親子丼へと手をつけた。
軽く味見はしていたが、まぁ、なかなかの出来だな。
「んー!とっても美味しい!」
咀嚼を終えた佳奈は飲み込んでからピクッと手を動かしながら声をあげた。
俺に気づかれぬよう、慌てて手に入った力を抜いてる様子の佳奈に、本気で喜んで貰えてるんだとついつい俺の頬も緩む。
「じゃ次な。あーん。」
「あーん。はむっ。」
そして、それからも交互に2つの丼から親子丼を口に運び、丼はすぐに空になった。
「ごちそうさま。」
「ごちそうさまでした。もうお腹いっぱい。」
「そりゃ良かった。じゃあ、俺は片ずけるからちょっとソファで休んでてくれな。」
俺はそう言って佳奈を持ち上げると、再びソファの方へ運び、腰を下ろさせた。
「ねぇ、お兄ちゃん。」
そしてすぐに食器を片付けに戻ろうとすると、やけに真剣な声色の佳奈に呼び止められた。
「今日ね、こんなにいっぱい迷惑かけちゃってるけど......もしかして嫌だったりしない?」
佳奈は今日...、いや、最近では全く見せた事のない程の不安そうな顔を浮かべていた。
いつかこういう空気になるだろうとは思っていたが、あまりに急な流れに俺は言葉に詰まった。
「嫌じゃないか......か。」
少しの間を持って気持ちを落ち着かせる。
ここで逃げるのは簡単だ。だが、俺もそろそろ向き合わないとここまで頑張った佳奈に対して兄として男として情けなさすぎる。
そして、ふぅと小さく息を吐くと、俺は意を決して口を開いた。
「あのなぁ、嫌なはずないだろ。今日1日で佳奈とこんなに言葉を交わせて触れ合えて、......距離が近くなったんだ。そもそも迷惑をかけられてるとも思ってねぇよ。」
昨日までの俺なら絶対に言わなかった言葉。
そしてこれが今の俺の覚悟だ。
それを聞いた佳奈は一瞬どう反応するか悩んだのか、何も言わなかったが、数秒後には両の目から涙が零れた。
「...そっか。......うん、ありがと。」
「おいおい、泣くなよ。」
「あ、あれ......えへへ、嬉しくって勝手に......。」
体を動かさない佳奈の代わりに零れた涙を拭う。
「...ありがと。お兄ちゃん。」
「あぁ。」
さて、そろそろ頃合だろう。
今日は色々な事があった。
昨日まではこんな日が来るとは夢にも思ってなかったが、佳奈の作戦は見事成功したという訳だ。
「佳奈、もう...、」
「あ、ごめんね、引き止めちゃって。皿洗いだよね。」
「...............、」
......まだ続けるのかっ?!
この流れは流石に嘘だったと告白する流れだろうっ?!
◆
「じゃあ皿洗ってくるから待っててくれ。」
そう言って背中を向けて歩いていくお兄ちゃんの背中。
......あぁ、だめだ。
お風呂に一緒に入って、着替えを手伝ってもらって、髪を乾かしてもらって、そしてお昼はお兄ちゃんの手作り親子丼をお兄ちゃんに食べさせてもらって。
それだけでも今日、この作戦を長い時間かけて練ってきた甲斐があるのに、まさかお兄ちゃんの口からあんな言葉が聞けるなんて............。
.........幸せすぎるよぉ。
まだ嬉しくってバクバクと大きく鼓動する心臓と、溢れ出てくる涙。
こんなに嬉しいと感じたのは今まで1度だってなかった。
「......嬉しい。」
お兄ちゃんが皿洗いの為に水を出したタイミングで、溜まっていた感情を小さく言葉にして零した。
.........ふぅ。
よし!
これで今日のノルマ、ううん、もっとそれ以上の事は成し遂げた。
だからこれからやるべき事はたったのひとつ。
今日のこの作戦、私が動けないって事が演技だってバレないこと!
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妹が兄の気持ちを知った状態でこれからの話を進めたかったので少し急な展開に感じるようなってしまったかもしれません……。