あの日の始まり
ある日の朝、いつも通りの時間に起きていつも通りの手順で俺と妹の分の朝ごはんを作る。
俺の父親は香恵さんと結婚してすぐ、俺が3歳の時に急な病でこの世を去った。
それ以来、香恵さんが一人で俺たち兄妹の面倒を見てくれているのだが、お店を一人で経営している香恵さんの朝は忙しく朝食を作るのはいつも俺の仕事だ。
そして俺が朝食を作り終えたタイミングで妹の佳奈が起きてきて一緒に朝食を食べる。
それがいつもの俺たち兄妹の朝。
「さて、完成っと。」
今日の朝食はベーコンエッグを乗せたトーストとお味噌汁、それに自家栽培で作っているミニトマトを3つ。
俺の飲み物は水で妹は砂糖たっぷりの甘いミルクコーヒー。
トーストと味噌汁を一緒に食べるのはどうなのかと友人には言われる事もあるが、それなら是非やってみてほしい。
きっと合う。
とまぁ、そんな事はどうでもいいか。
俺が起きてからちょうど30分。
さて、そろそろ佳奈が降りて来る頃だ。
そう思いながら出来上がった朝食に手を付けずに妹が降りてくるのを待つ。
「.........ん?」
カチカチと時計が静かに音を刻み、いつも通りの時間からおよそ5分。
いつも俺よりも早く起きて朝食が出来るまでに着替えと髪のセットをしている佳奈の事だから寝坊はないと思うが......。
そう不思議に思いながらも待ってみるが一向に降りてくる気配がない。
「.........様子見に行くか。」
あまり遅くなると学校に遅れてしまう。
階段を上がって妹の部屋の扉をコンコンとたたく。
「佳奈、起きてるか?」
「......お兄ちゃん。」
佳奈はかなり小さく、消え入りそうな声で返事をした。
「佳奈?......どうした?」
「お兄ちゃん......助けて。」
妹に震える声で助けてと言われて焦らない兄はいないだろう。
俺は考える間もなくバン!と扉を開いた。
「佳奈っ?!」
急いで部屋に入ると佳奈はベッドで横になったまま俺の方を見ていた。
「......お兄ちゃん。」
「な......なんだよ、ったく、心配したぁ...。」
ほっと胸を撫で下ろしつつも、ならばどうして助けてなんて言ったのだと佳奈のベッドまで近づく。
「で、どうしたんだ?身体の調子悪いのか?」
「...身体が.........。」
「ん?」
「身体が動かないの......。」
「.........は?」
つい間の抜けた声を出してしまう。
「えーっと、どう動かないんだ?」
「どう......うーん...首から下が全然動かない。」
「んー、ちょっと触るぞ?」
「えっ?!」
佳奈はボンッと顔を真っ赤に染めた。
「ち、違うぞ?!感覚はあるのかどうかの検証だ!」
「そ、そうだよね、あはは。うん、いいよ。」
まったく。言葉が足りなかったとはいえ、動けない妹に手を出すような兄だとは思わないでほしい。
俺は佳奈の着ている布団を捲ると、取り敢えず目に入った手を軽く握った。
よくよく考えれば妹の手を握ったのはかなり久方ぶりだ。
俺よりも小さな佳奈の手はプニプニで結構柔らかい。
「どうだ?握られてる感触は?」
「え、えーっと......あるよ。」
佳奈は少し悩んだ後に答える。
感触があるかないかなのだから何処に悩む要素があるというのか。
「じゃあ次は軽くツネるぞ。」
まぁ、感触があるのだから痛覚もあるとは思うが。
「どうだ?」
「うん、痛みも感じるよ。」
痛覚もある...か。
とまぁ、俺がいくら考えた所で医者でもない俺に原因が分かるはずもないか。
「取り敢えず病院だな。」
「えっ、病院っ?!」
「当たり前だろ。俺じゃ原因も解決法も分からないんだから。」
「でも学校はっ!?」
「は?そんなもん休むに決まっ「だめっ!」......は?」
「休むのはだめ!」
「そんな事言ったってお前がこんな状態じゃ放っておけないだろ。」
「そ、それは......でも休むのはだめ!」
なぜ妹を心配している俺が怒られているのか。
こうなった佳奈は何が何でも意思を曲げないからな。困ったもんだ。
「...はぁ、分かった。学校には行くよ。ちょうど今日は工事がどうとかで授業が午前だけだしな。」
「うん。あ、それとお兄ちゃん。」
「ん?」
「お腹空いたからご飯食べさせて。」
「あ、あぁ、そうだな。ちょっと待ってろ。今持ってくる。」
俺は佳奈の部屋を出て下に降りるとお盆を取り出してその上に佳奈とそして俺の分の朝食を載せて再び妹の部屋へと向かった。
チラッと時計を見るとまだ学校までは結構時間がある。
いつも早起きして時間にゆとりを持って行動してる賜物だな。
「持ってきたぞ。」
「ありがと。いい匂い。」
「それじゃあ取り敢えず起こすぞ?」
「うん。」
寝ながら食べるのは流石に危険だからな。
一度お盆を机の上に起き、了解を得てから背中と足の下へ両手を突っ込み、お姫様抱っこの要領で一度持ち上げてからベッドに面している壁へともたれ掛かるようにゆっくりと降ろした。
「結構軽いもんだな。」
「...う、うん。ありがと。」
女の子を抱きあげる事なんて滅多にないせいか、想像以上の軽さについ言葉を零す。
「さて、それじゃ、まず何から食べたい?」
お盆を持って佳奈の隣へと俺も腰をかける。
「んー、パンから食べたい。」
「パンだな。ほい口開けろ。あーん。」
「あーん。はむっ。美味しい。」
「そりゃ何よりだ。次は?」
「んー、もう一回パン食べたい。」
「ほい、あーん。」
「はむっ!」
そんな感じに食事は進み、味噌汁は零さないように若干苦戦はしたものの、15分ほどで無事に朝食を完食した。
「ごちそうさまでした。」
「ごちそうさま。さて、すぐ横になるのはダメだから俺が出る時までは座ってろよ。」
「うん。」
佳奈の返事を聞いてから食べ終わった食器を載せたお盆を持って下に降りると食器洗いやら着替えやらを済ませ、そして時計を見ればもういつも出ている時間になっていた。
「じゃあ、俺は行くけど何かしておいて欲しい事はあるか?」
「んーん、大丈夫。もう遅刻しそうなんでしょ?私は大丈夫だから早く行って。」
俺が再びお姫様抱っこでベッドに寝かしつけた佳奈は顔だけ俺の方に向けながら言う。
「あ、あぁ。......じゃあ、急いで帰ってくるから。」
「うん。」
心配でならないが、仕方なく鍵を閉めて家を出る。
それににしてもこんな事って本当にあるのか?
◆
ガチャン。
玄関で扉の閉まる音がしてすぐにガチャリと鍵の閉まる音がした。
「ふぅ、やっと行ってくれた。まぁ、そりゃ私がこんな状態になったらお兄ちゃんは心配するよね。」
特に一番初めに部屋に入ってきた時のお兄ちゃんの顔。
あんなに心配したお兄ちゃんの姿を見たのはもう何年ぶりだろう。
あれには少し心が痛む。
「でーも、もう始めちゃったんだから、今更止めないし止められないよね。」
動かさないように気を付けていた身体をギュゥッと伸ばす。
運動は疲れるけど、動かないというのも相当疲れる物なんだね。
「さて、まずはママに連絡かな。」
携帯を取り出してママに電話をかける。
ママが早く帰ってきてしまうと全てが無駄になってしまう。それだけは避けないと。
コールが続き少ししてからママが電話に出た。
「もしもし?佳奈?」
「あ、もしもし、ママ。」
「どうしたの?こんな時間に。」
「ママ、今日ね前に言ってた作戦、やってるから。」
「.........あれ、本当にやったの?」
「うん。だから今日は遅く帰ってきてね!あ、それとお兄ちゃんに遅くなるって電話してね。お兄ちゃんがママの帰りを待つって言ったらダメだから。」
「......え、えぇ。分かったわ。佳奈、」
「なに?」
「が、頑張りなさいね?」
「うん。ありがと。」
そう言って電話を切ると、ふぅと一息つく。
やっとこの日が来た。
ずっと前からママと計画していたこの作戦。
今日でお兄ちゃんをメロメロに篭絡してやる!
「さて、あとはお兄ちゃんを待つだけ。」
...............。
「うーん。お兄ちゃんが帰ってくるまで結構あるよね。あ、もうすぐテストだし勉強でもしてようかな。」
成績は決してよくはないのに学校休んで寝ている暇はない。
鞄から筆記用具と教科書、ノートを取り出して過去に習った授業の復習を始める。
そして、休憩を挟みつつも黙々と勉強を続け気が付けばあっという間にお昼になっていた。
「あ、もうすぐお兄ちゃん帰ってくる。その前にトイレ行っとこ.........あれ?朝からトイレ行ってないのにおしっこ漏らさないっておかしいかな...?」
トイレに行こうと扉に手をかけた所で足を止める。
「.....................。」
どんどん尿意が増していく中で私の頭の中では羞恥心を取るか信憑性を取るかの二択が天使と悪魔のように討論を繰り広げていた。
そして我慢も限界に近づき、急いで出した結論は、
「............ぁぁああ、もう!流石におしっこなんて見せられるかぁ!」
そう言ってぎゅっと扉を開こうとした時、ガチャンと下で扉が開かれ、
「ただいまー。」
お兄ちゃんが帰ってきた......。
「..................うそ......でしょ?」
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二話以降も、一話と同じように兄視点、妹視点の二つの視点を交互に出していきます。