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里斗と秋葉  作者: ほしな まつり
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里斗と秋葉・なな

いきなり会話に割り込んできた律に対し、三人は一様にニタリ、と怪しい光を帯びた目を向ける。自分達の知っている情報を披露したくてうずうずしているのが、分かりやすく尻尾の揺れに表れていた。


「そうなのよっ、律」

「だって考えてもごらんなさいな」

「一晩中、里斗は識の所に居るでしょう?」

「そうそう、毎日、毎日、お疲れで寝不足なわけよ、ふふっ」

「当然、自分の住処に帰って来るのは朝方で……」

「だから最近はいつもお昼頃まで寝てるらしいわ」


そこまでは律も知っている話であり真実なので、言い回しが微妙に気に入らないが素直に、うん、と頷いてみせる。


「けれど昼を過ぎたら今度はあの枯れ葉色の女妖狐めぎつねが寝てしまうのですって」

「お子様だものね」

「お昼寝よ、お昼寝」

「気楽でいいわぁ」

「ほんと、羨ましいくらい……あっ、羨ましいのはそこだけよ。私はあんな毛色も、無いに等しい妖力も絶対に嫌だわ」


肝心な部分だけを聞き入れた律は驚きで「お昼寝?」と予想もしていなかった単語を自ら口にしたが、あまりに小さな呟きだった為に三人の耳には届かず、律を置いてどんどんと会話は進んでいった。しかし律は流れてくる会話を一応耳に入れつつも内では自分の知る秋葉の姿を思い浮かべる。

基本、妖狐は利己主義だ。自分の利益にならない他者との関係性は求めない。だから他の妖狐の暮らしぶりなど知ろうともしないのが普通だが、ここ数日は色々な意味で強烈な印象の識の存在と彼女が里斗を指名し、里斗が意外にも素直に応じたという事実が興味を引いたのだろう、目の前の三人のように今まで里斗と秋葉には近寄りもしてこなかった他の妖狐達がおもしろ半分で遠巻きに観察の目を向けている。

だからそいつらは知らない、今まで秋葉は昼寝など全くしていない事を。

秋葉は利己主義とは正反対の妖狐だ。

常に里斗の為を考えて行動する。

食事の支度だけは里斗がするが、後は里斗の為に洗濯をして里斗の為に窓を開け掃除をする。川へ水を汲みに行く時や森の中へ食糧を調達しに行く時は必ず里斗が付いて行くけれど、秋葉は小さな身体で弱音一つ吐かずに水を運ぶし、高い所の木の実だって一生懸命採ってくる。

だいたい妖狐なら九歳と言えば成体となる一歩手前だ、いくら狐族の血が混じっていようとも毎日昼寝を必要とするような幼子とは違うとわかっているはずなのに、どこまでも秋葉を小馬鹿にする態度が律を苛立たせた。


「……あの半人前の妖狐が住処にひとり置いていかれるにしても、追い出されるにしても、ようやく里斗は自由になれるってわけね」

「そうよ、今回は識に取られたけど、あの枯れ妖狐が一緒じゃないのなら、次は私達の誘いを受けてくれるかもしれないし」

「だからね、里斗はあなたの親妖狐ではないのだから早く解放してあげなさい、って教えてあげたのに、あの子、耳が悪いの?、全然反応がなかったわ」


律は自分の耳が一回り大きくなったような気がした…………今、何て言った?


「ちょっと待って…………まさか、その話、秋葉にしたの?」


三人は秋葉の顔を見て更に優越感を得たのだろう。真ん中の一人がつんっ、と誇らしげに鼻を前に突き出す。


「ええ、もちろんよ。だってこういう事ははっきりした方がお互いの為でしょう?」

「……いつ?…………いつ、秋葉に言ったのっ?」

「いつだったかしら?……」

「ほらっ、初めて里斗が識の所へ行った次の日よ。あのちっぽけな妖狐が一人で洗濯物を干しているのを見て、私達、わざわざ立ち寄ってあげたのっ」

「あっ、そうそう。いつもは私達が近づくとすぐに里斗が住処から顔をだしてあの妖狐を呼び戻してしまうから全然お話が出来なくて……でもあの日はたくさん色んな事を教えてあげたわ」


三人の勝手な憶測と願望だらけの話を一方的に聞かされた秋葉の心はどれほど傷ついたことかと律はぐしゃり、と顔をしかめた。けれど、今この三人に何を言っても時間の無駄だという事は十分に理解していたから、それより一刻も早く秋葉の元へ行かなくては、と極力刺激をしない言葉を選びこの場を穏便に立ち去るため薄い笑顔を貼り付ける。


「そう、色々教えてくれて有り難う。じゃあ私は妹達の所に戻らなきゃ」

「えーっ、もう行ってしまうの?、律」

「もう少しここでお話しましょうよ」


急いている気持ちを悟らせないように、一旦住処を振り返った律は眉毛がひくついてないか注意しながら三人へ笑いかけた。


「でも、あまり住処を離れていると妹達が心配して探しに来るのよ。そうだ、だったらうちの中でお話する?、妹達も一緒だけど」


すると途端に三人の腰が引ける。


「えっ?、あのたくさんいる子妖狐達と?」

「そ、それは……ちょっと」


律はすでに後ずさりを始めている三人へとどめをさした。


「お客様は大歓迎するわ。ちょうど食事中だから妹達の手や口元が汚れていると思うけど、抱っこしてもらえれば皆、大喜びするから」


「ひぃっ…………律、ごめんなさいね。それはまた次の機会に」

「そうそう、私達、これから用事があるの」

「じゃあこれで失礼するわ」


口々に別れの言葉を告げ足早に去って行く三人を見送りながら律はべぇっ、と舌を出すと、出掛ける旨を伝える為すぐさま住処へ戻ったのだった。






はぁっ、はぁっ、はぁっ


里斗は全速力で自分の住処へと走っていた。

今夜も住処を出る時、秋葉は静かに眠っていて、きっとあんな強がりを言っても自分がいない部屋ではよく眠れていないのだろうと思い、少し嬉しささえ覚えて耳元にこっそりと「行ってくるね、秋葉」と囁いたのだ。

識が現れてから秋葉とまともに言葉も交わせないし食事だって一緒にとれていない。

それでも準備しておいた夕食は食べている様子だし、睡眠だってそこそことれているはずで、何より自分が昼まで眠ってしまっている間、きちんと家事をこなしてくれていたから少し寂しい思いをさせているくらいだと高をくくっていたのだ。

それに妖力の補充だって数日はしなくても大丈夫だと分かっていた。

だからついさっき、識の巣穴へ自分を呼びに行く途中だったという律にバッタリ出会った時、一瞬、里斗は律が何を言っているのか理解できなかった。


『この馬鹿里斗!、秋葉が死にそうなくらい弱ってるの、気づいてないのっ』


何を言ってるんだい律……だって、やっと識の用件も片が付いて、こうやっていつもより早くうちに戻れるから今夜だけは浅い寝りを繰り返しているだろう秋葉を起こして、これからはまたずっと秋葉と一緒にいられるよって伝えようと急いで帰るところなのに……。


『とにかく早く戻って秋葉に妖力をあげないとっ』


里斗が秋葉に妖力を分け与えている事をどうして律が知っているのか、そんな疑問はすぐに頭から抜けて、泣きながら怒っている律と一緒に秋葉の元へと駆けだした里斗はぎりり、と歯噛みをして自分の愚かさを悔やむ。

走りながら律が説明してくれた事の次第はこうだ。

三人の女妖狐達から話を聞いた律はすぐに里斗達の住処を訪ねた。今夜ばかりはノックの返事を待たず、すぐに居室を抜けて寝室の扉を開ける。

そして真っ暗な部屋の中で微かに見えた秋葉の妖力を手がかりにベッドに近づくと、そこには両方の前足と後ろ足それぞれを綺麗に重ね、静かに横たわっている秋葉の姿があった。

暗がりで見た秋葉は一見、大人しく寝ているだけのようだったが、律にはわかった、彼女の妖力が今にも消えそうに小さくなっていた事に。

急いで駆け寄り「秋葉っ」と声をかけ、肩を揺さぶったが秋葉は返事をするどころかピクリとも動かない。

それなのに空虚な栗色の瞳からは細い涙が絶えることなく流れ落ちているのだ。

その姿を見た時を思い出して律は更に声を震わせた。


『秋葉……流れてる涙に妖力が混じっていて……止めてって言っても、全然止まらないのっ』


どれほど涙と共に妖力を流し続けたのだろう、識の所から帰ってきた後、ちゃんと毎日秋葉を抱きしめて寝ていた里斗は特に違和感を感じていなかったが体重が減れば体型に表れるが妖力の減りは内を見るしかない。

妖力はそれこそ妖狐の本質だ。

唾液に混ぜることも、吐息に混ぜることも出来る。現に里斗はいつも口移しで秋葉へ自分の妖力を流し込んでいた。当然、涙に混ぜる事も出来るが秋葉が故意でやっているとは思えなかった。

涙に込めた想いが自身の本質である妖力が混ざるほど強いものなのだろう。

律の話を聞いた限りでは目を薄く開いたまま既に意識もなく、それでも流れ続ける秋葉の涙は最後の最後まで口に出来なかった言葉の代わりのようだった。

妖狐が妖狐たる所以は妖力を持っているかどうかだ。

妖力を操れる反面、体内の血液のように、酸素のように、生命を維持するひとつのエネルギーである妖力は枯渇すれば死に至る。

ただでさえ内に溜めている妖力の量が少ない秋葉が少しずつでも体外へ流し続ければ…………その先を想像して里斗は足をよろめかせた。

しかしすぐに体勢を立て直し、速力を取り戻す。

話を聞き終わった段階で律を妹達の待つ住処に戻らせた里斗は焦る心を抑えつつ、懸命に秋葉のいる住処へと急いだ。


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