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里斗と秋葉  作者: ほしな まつり
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里斗と秋葉・よん

それから数日が経ち……秋葉が律の住処に遊びに行くという約束を果たす日がやってきた。

わざわざ迎えに来た律が戸口で待っていると里斗に手を引かれた秋葉が奥から出てくる。相変わらず俯き加減でその表情はわからないが、里斗と繋いでいるのとは反対の手には小さなバスケットがあった。

里斗と秋葉が目の前までやってくると律はいつものようにしゃがんで秋葉と目線の高さを合わせる。


「こんにちは、秋葉。今日はいっぱい楽しもうね」


それから自分の言葉に応じてこわごわといった風に顔を上げてきた秋葉を見て「あれ?」と小さく疑問を口にした。


「秋葉の妖力……今日はなんだかマーブル模様で揺れ動いてるね」


その表現を聞いた里斗が思わず口元を抑えて肩を振るわせる。


「里斗?」

「ごめん……ああ、こんな秋葉を見られるなら律のとこにやるのもたまにはいいね」

「どういうこと?」

「秋葉、昨日からものすごく悩んでて……」

「えっ、うそっ?……秋葉、もしかしてうちに誘ったの……迷惑だった?」

「違うよ。よその住処に行くなんて初めてだからワクワクとかドキドキとか、あとちょっと不安もあって、緊張でほぼ一日中涙目でさ」


里斗に言われた内容に再び秋葉の大きな瞳に涙の膜が張った。しかし、そんな表情を目の前で見せられた律の唇は嬉しさに震え、両手は自然とその細い身体へ伸ばされる。


「秋葉…………なんて可愛いのーっ…………って、あれ?」


がばりっ、と抱きつこうとした律より先に里斗が慣れた手つきで秋葉を抱き上げた。溜まった涙を丁寧に口で吸い取ってやり、あやすように「秋葉」と名を呼んで真っ黒い尻尾の先で頬を撫で上げる。


「大丈夫だよ。律のところはみんな食いしん坊だけど、さすがに秋葉を食べようとする子狐はいないから」


少し戸惑いの混じった目で、それでも里斗の言葉に頷くとそれすら可笑しいのか里斗の黒い眉毛が楽しげなハの字になった。


「もし囓られそうになったら代わりにそれをあげればいいよ。きっと喜ぶ」


秋葉が大事そうに持っているバスケットへ里斗が視線を移せば、それでようやく安心したのか、秋葉がさっきよりも軽く大きく首を縦に振ったのを見て律も立ち上がり中を覗き込んだ。

中身を問うより先に秋葉が「……どんぐりのクッキー……律、好き?」と聞いてくる。

普段、会話らしい会話もしない秋葉が自分から話しかけてくれた事に満面の笑みとなった律がすぐに「うんっ、うんっ」と頭を深く何回も揺らして喜びを表した。


「私も大好きだし、妹達も大好物だよ。わざわざ作ってくれたの?、秋葉」


律の反応に不安が消えて今度は恥ずかしさがこみ上げてきたのか、目元を朱に染めた秋葉が小さく「うん」と肯定する。


「里斗に教えてもらって……手伝ってもらって……」


言いながら今度は羞恥の涙が湧いてきた秋葉の瞳へ呆れながらも楽しそうに里斗の舌がぺろり、と触れた。


「ちゃんと秋葉が自分で作ったんだよ。俺は隣で見てただけ。律、今、妹達は何人いるんだっけ?、でもそのくらいあれば足りるだろ?」

「八人よ。でもこれだけあれば十分っ。秋葉、みんな大喜びするわ。秋葉も一緒に食べようね。今日は秋葉が来るってみんな楽しみにしてるから」


常に律の家には子狐達で溢れている、というイメージが焼き付いている里斗は正確な数を知って「八人かぁ」と呟いた。


「でも、どうせまたあと数ヶ月もすれば一人増えるよね?」


当たり前のように尽きることなく毎年新しい妹がやってくる事実にさすがの律も苦笑いで「きっとね」と返す。


「けど、もっと暖かくなったらあやが巣立ちをするって言ってるから結局頭数は変わらないの」

「へぇ。他の巣穴を使うの?、それともおじさんやおばさんみたいに知らない土地を巡るのかな?」

「どうかしらね、最近、ちょこちょこ遠出はしてるみたいだけど…………」


それから律は少し唇を尖らせて何かを想像したらしいが、それが上手く描けなかったのか軽く頭を振って諦めたように微笑んだ。


「私には……ここを離れるなんて出来ないなぁ」

「ここから律がいなくなったら毎年必ずメスの子妖狐を産んで律に預けていくおじさんとおばさんも困るだろうしね」

「うーん、そう思うと妹達の面倒をみなきゃって思ってるから離れられないのかも……」


少々真面目な面持ちで考え込んでいた律だったが、すぐに「違うわね」と自身に告げるようにハッキリと言い切る。


「やっぱりここの皆が好きだし。食糧は豊富だし……秋葉もいるしね」


片目を瞑って秋葉に微笑みかける律を見て眩しそうに目を細めた里斗がすぐに片方の口の端を上げた。


「なるほど、エサと妖力とお喋り相手が揃ってるってことか」


茶化すように言われて少し乱暴に「そうよっ、最高でしょう?」と返した律は黙って二人の会話を聞いていた秋葉に、ふふっ、と笑ってから外へと足を踏み出した。

「じゃあ、行こうか?」と誘う律の言葉に里斗が抱いていた秋葉を降ろそうとすると、途端に心細くなったのか里斗の首筋に顔をうずめて、すんっ、と匂いを嗅いでくる。


「ほらね、こんな感じで昨日からすっごい甘えん坊になっちゃって……」

「里斗、その顔、全然困ってるように見えないわよ。だいたいアンタが常に秋葉の傍から離れないのが原因でしょ。少しは反省しなさい」

「何で反省?、当たり前だよ。ずっと俺から離れないように育てたんだから。でも今回は今までと違う可愛い秋葉を見れたからね、御礼にちょっとだけ律に秋葉を貸してあげる」


そう言って秋葉を地面に降ろすと尻尾の先でくるくると頬を撫で、手で頭を撫でた。


「行っておいで、秋葉。俺の匂いが恋しくなったら律に言えばいい。すぐにここまで送ってくれるよ」


静かに律の方へ向きを変えられ、そっ、と里斗に背中を押された秋葉は目の前に差し出された灰色の手に触れるためゆっくりと自らの片手を持ち上げる。もう少しでその暖かそうな律の手に届くという時、突然後ろから、ガッ、と秋葉の両肩を強く掴んだ里斗が素早く自らの元へと引き戻した。

いきなり、ぐらり、と傾いた秋葉の身体は背中から里斗の胸へぶつかるように密着する。

秋葉も律も目を丸くして里斗を見ると、その表情は彼方を睨み僅かに開いた口からはうなり声が漏れ、全身の黒毛が緊張でピリピリと震えていた。


「……里斗?」


強張った妖気を全身に纏わせた里斗に律がどうにか彼の名を口にすると、その声で二人の視線に気づいたのだろう、ふぅっ、と大きく息を吐き出して全身の力を抜き、頭を振って妖気を四散させる。


「どうやら律の住処へのお出かけは延期になりそうだよ、秋葉」


予言めいた言葉を疑うことなく秋葉の耳がふにょ、と僅かに萎むのを見て今度は律が眉を大いにしならせた。


「なぜ?、里斗……」


その時、一陣の風が木々の間を縫うように吹き抜け、勢いもそのままに里斗達の前までやって来ると小さなつむじ風のごとく渦を巻いたかと思ったら、パッ、と一瞬で弾けてそよ風となり空気に溶け込む。

そしていつの間にか渦のあった中心には一人の妖艶な女妖狐めぎつねが立っていた。

スラリと伸びた手足に豊満な胸、その下の引き締まったくびれはゆるい着物の上からでも明らかで、しかしその曲線美より遙かに目を引き付けるのは見事な白銀の毛並みだった。まるで新雪のごとき純白に銀の粉をふりかけたように煌めく毛色は陽の光を浴びてキラキラと光を放っている。一見、冷酷そうに見える面立ちだがどこか暖かみを帯びている気がするのは彼女の桔梗色の瞳が心の底から嬉しそうに弧を描いているからだ。


「ふむっ、勘の良さは及第点だ…………さて……この地は久々だけれど、あまり変わっていないね……」


里斗や律の先にある地形を見渡して感慨深そうに呟く女妖狐へ刺し殺しそうな視線を注いでいる里斗が細く「……か……」と一文字を吐いた途端、女妖狐は細い目を怒気で覆い、ぎろり、と里斗を睨み付け「私のことは『しき』と呼びなさい」と叱るように名を明かした。

その名を聞いた律が小首を傾げ目を凝らす。同時に鼻をヒクヒク動かしたかと思うと、それに気づいた識はそれこそ疾風の如き早さで律の隣に立ち、背中から手を回して肩を抱き寄せ、白銀の尻尾を律の顎から頬へさらりと舐めるように何度も往復させながら、企みのある笑顔を律の横顔に近づけた。


「この子妖狐は…………ああ、律だね…………ほおっ、随分と悟り上手になったものだ…………」


そして二言三言、耳打ちすると律の顔が段々と引きつり最後には灰色の三角耳がヘタリ、と潰れ、コクコクと主従関係を契ったように服従の意を表す。その表情を見て満足げな笑みを浮かべた識は次の標的を秋葉に定めたのか、くるり、と振り返って視線を下げた。

すぐさま自分の腕の中の秋葉を背で庇うような位置に移動させた里斗は、相手の目的を見定めようとジッと識をにらみ返すが、その時にはもう識は秋葉の背後を取り、その栗色の尻尾を手にして「おやおや」と唸り声をあげている。


「本物の色だね」

「か……識っ、秋葉に触るなっ」


素早く振り返って珍しく余裕のない声をぶつけてくる里斗に驚き秋葉の耳が小刻みに震えた。


「ごめん……秋葉に怒鳴ったんじゃないよ」


前から里斗に、後ろからは識に挟まれ秋葉は困惑で里斗を見ると、それを受けた里斗はなだめるように尻尾で頬をゆっくりと撫でながらその後ろにいる識に怒りを抑えた低い声を絞り出す。


「識…………本当に、秋葉は見ず知らずの妖狐は特に苦手で……」


今は里斗がいるし、すぐその後ろには律もいるから驚きが最優先になっているが、初対面の妖狐に尻尾に触れられているという感覚がじわじわと秋葉を侵食し唇が震え始めている。こわくて後ろを振り返る事が出来ないのだろう、背筋も尻尾も芯が入ったようにピンッと伸びたまま助けを求める目で里斗を見上げていた。しかし一心に秋葉の尻尾を観察している識はそんな反応を気にすることなく、一本一本を梳くようにして手触りを確かめ、恍惚とした光を瞳に浮かべている。


「素晴らしいね、色の統一感も見事だ。この色の妖狐にここで出会えるなんて……しかも特性から言えばこれはもう亜種と言ってもいいくらいの特別種だよ。年歳はどのくらいだろうな?」


秋葉の震えを少しでも治めようと両肩を抱きしめている里斗が刃のごとき視線を落としながら秋葉の代わりに答えた。


「九歳だ」

「九年……なるほど、小柄な身丈はむしろ狐族寄りと言うことか。ならば直接の二親は狐族なのだろうな。だとしたら先祖返りか突然変異か……どちらにしても大変貴重な存在に変わりない……この手でもっとよく調べてみたいものだ」

「……識」


今にも噛みつきそうな程、ギギギッと歯ぎしりをして不穏な妖気を纏い始めた里斗に対し識は軽く鼻であしらう。


「秋葉と呼んでいたね、この子妖狐を。秋葉にとって私は見ず知らずの妖狐だろうが、私の方は少なくともこんな妖力を持つ妖狐が存在するという記録は知っていたよ」


意外な言葉に突き刺すような視線を発していた里斗の瞳が大きく見開いた。自分が蓄えてきた知識でこの場の優位が決定したと感じた識は秋葉の尻尾から手を離して立ち上がり、今度は里斗を僅かに見下ろす位置で勝者の笑みを見せつける。


「当初の目的はお前の毛色だったのだけれどね、里斗…………それにしても、随分と潔く変色したものだな」


値踏みするようにじっくりと見つめられた里斗は居心地の悪さも手伝って秋葉を抱きしめる腕に力がこもると、そうこうしているうちに騒ぎに気づいた他の妖狐達が次々に集まってきた。

オスはもちろんメスの妖狐でさえ魅了される体型に加え、見た事もないような白銀の毛色にその場の妖狐達の目が釘付けとなる。季節は未だ繁殖期に入っていなかったが、その場にいるオスの妖狐達は一様に目に欲を宿し息を荒くし始めた。

そんな周囲の熱の籠もった視線など何の興味もさなげに「ふんっ」と一息で吹き飛ばしてから識は里斗の隣に立ち律に問いかけた。


「この近くに空いている巣穴はあるかい?、律。数日間、ここに留まろうと思う。その間、私の夜の相手はコイツにさせるから」


言うなり識はグイッ、と里斗の肩を引き寄せる。当然、続いてオスとメスの妖狐達の嘆きとも興奮ともとれる悲鳴が一斉に混じり合い、この場に響き渡った。

律の姉妹は全員年子ですが(笑)、全員が同じ住処で暮らしている

わけではないので……五人ほど既に抜けてます。

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