表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
里斗と秋葉  作者: ほしな まつり
3/8

里斗と秋葉・さん

それから「尻尾が邪魔よ」と他の妖狐達なら触れようとも思わない里斗の真っ黒な尻尾を躊躇いもなく無造作に、そしてわざと力いっぱいムギュッと握れば、里斗が「いっ」と妙な声を上げて毛先を自分の手元に引き寄せた。

握られた部分を丁寧にさすっている姿を少し心配そうに見つめている秋葉に律は母親のような穏やかさで「秋葉」と顔を近づけて、その内側を確認する。


「うん、秋葉の妖力は小っちゃいけど、今日もとっても綺麗だね」


普段から細くつり上がっている目をより一層細めて自分の周りに群れている妖狐達の面倒をちゃきちゃきと見ている律だったが、時折、こうやって一匹、一匹の妖力を覗いては気を配ってくれる。妖狐なら誰でも他者が持つ妖力の強さを見ることは出来るが、律の妖力はその色さえ見えてしまうのだ。その気遣いを見て一瞬身体を強張らせた里斗だったが、昨夜秋葉が言った通り、流し込んだ自分の妖力は全て身体に馴染ませてその内の奥深くに落ち着かせたのだろう、律が秋葉の中の里斗の妖力に気づいた様子はなかった。

秋葉としては、自分を蔑みの目で見てくる妖狐達は秋葉の妖力について「弱い」だの「少ない」といった言葉ばかりを並べてくるので、こうやって褒めてもらう事に慣れておらず、俯くことしか出来ない。

それでも律はそんな秋葉の態度に気を悪くするどころか、よけい笑顔になって「あ、照れてる、照れてる。秋葉、可愛いっ」と華奢な身体に抱きついてくる。

そんな姉妹のような二人のやりとりにはとうに慣れっこの里斗が呆れたように尻尾をくるり、と回していつもの様に毛先で秋葉の頬をくすぐった。するとほんの僅か秋葉の頬が色づき口元と瞳が緩めば途端に律が興奮の声を高くする。


「ひゃーっ、秋葉が笑った。もーっのすごっく可愛い」

「だよね」


少々自慢げな眼差しを二人の女妖狐めぎつね達に送ると、その表情が気に入らなかったのか律が笑顔を消して頬を膨らませる。


「もうっ、どうしてちっちゃい頃から秋葉は里斗の尻尾でしか笑わないのよぅ」

「だから言ってるだろ。秋葉は俺の尻尾が大好きなんだって」


もう何十回このやり取りを繰り返してきただろう、里斗が連れて来た時からずっと秋葉は里斗の尻尾にしか反応しない。それが悔しくて悔しくて律は幼い頃、何度も自分の灰色の尻尾を使って秋葉を笑わせようとしたが結局最後にはいつも秋葉を泣かせてしまっていた。九年が経った今では既に諦めがついているが、それでもやっぱり目の前で里斗の尻尾で頬を染める秋葉を見ると嬉しくもあり悔しくもあり、と複雑な心境だ。それでも感情の表現が薄く、常に心細そうな揺らいだ目で里斗の後ろにくっついている秋葉が見せた笑顔……というにはほど遠い小さな微笑は律の目を益々細くさせた。


「んーっ、やっぱり秋葉は可愛いね……秋葉、今度、うちに遊びにおいで。もちろん里斗は家に置いて」

「律…………キミんとこ、子妖狐こぎつねでいっぱいだろ。しかも全員メスの」

「お馬鹿さんな里斗、だからよ。女妖狐めぎつね同士でいっぱいお喋りするのっ。いぃい?、アンタ達オスの妖狐きつねはエサと妖力とメスがいれば生きていけるでしょうけど、私達女妖狐めぎつねが生きていくのに必要なものはエサと妖力とお喋りなのよっ」


勝ち誇ったように言い切る幼馴染みに、かける言葉も見つからないのかポカンの口を開けたままの里斗は同じように珍しく目をいつもより見開いて固まっている秋葉に気づき、その背後に素早く移動する。

少し屈んで後ろからその綺麗な栗色の三角耳を両手で塞ぎ、笑っていない笑顔で攻撃的な視線を律に向けた。


「うちの秋葉に妙な事を聞かせないでくれる?」


突然、両耳を里斗の手で触れられた秋葉は肩をすくめて無意識に目をきつく瞑り「んっ」と鼻にかかった声を上げる。その反応を見た律がジロリと里斗を睨んだ。


「里斗っ、勝手に秋葉の耳をっ……」


しかしすぐさま里斗の迷いのない声が律の言葉を遮る。


「いいんだよ。秋葉の耳に触っていいのは俺だけってもう決まってるから」


腰を落として秋葉のすぐ横に顔を寄せた里斗はふふっ、と勝者の笑みで「ね?、秋葉」と後ろから覗き込んだ。ずっと両耳に里斗の手が触れているせいで気持ち良さに意識がフワフワと浮き始め、問われた意味を深く考える事も出来なかったが、それでも耳に手を伸ばされて怖くないのは里斗だけだったから、秋葉は素直に「うん」と肯定の言葉を口にする。

しかしすぐに頭の上から律の怒鳴り声が降ってきた。


「いいわけないでしょっ」


電光石火の早業で律はついさっきまで連打していた扉よろしく、秋葉のすぐ隣にあった里斗の顔面にストレートパンチをお見舞いする。両手は秋葉の耳に、意識は秋葉へと、すっかり律の存在に油断していた里斗は見事に拳をくらい「うっ」と呻いて彼女の耳から手を離し、数歩、後ろによろけた。尻餅をつく寸前で体勢を立て直した時には既に律がしっかりと秋葉を抱きしめている。

見事に直撃を受けた鼻先を両手で押さえ、自然ににじみ出た涙で潤んだ視界のまま里斗は弱々しい声で不機嫌も露わな声を出した。


「……律、どういう意味?」


予想通りの反応によけい腹が立ったのか律の灰色の毛並みが僅かに逆立つ。


「チビで無愛想の小汚い真っ黒子妖狐こぎつねの頃は誰もときめいたりしなかったけどね、今じゃ、アンタ、結構女妖狐達からキャー、キャー言われてる存在なのっ」

「えぇ?」


言われた言葉がよほど想定外だったのか「こんな毛色なのに?」と真偽を疑う言葉を口にすると同時に自分の黒い尻尾の先を指で弄りながら理斗の瞳の黒が丸くなった。


「昔は妖力を暴走させてたけど、それも今は落ち着いてるでしょ。そうなるとここ近辺のオス妖狐の中じゃ一番の妖力持ちだし。それにね、物心ついた時から見慣れている私にはわからないけど、里斗の外見って年頃の女妖狐達が『黒もいいかも』って言わせるくらい整ってるらしいわよ。知ってた?」


とりあえず最後の質問には全力で首を横に振って否定を示せば、やっぱりね、と言いたげに律が大きな溜め息をついた。


「こんなに独占欲丸出しのお馬鹿さんだって事をみんな知らないのよ……」


説明に疲れたのか両肩から脱力している律の前で少しヒリヒリ感の残る鼻を気にしながらも独占欲丸出しという言葉さえ自分への賛辞と受け取った理斗が誘うように大きな尻尾をゆらり、ゆらり、と揺り動かせばすぐに秋葉が律の拘束をむずがる。


「うぅっ……」

「律、そろそろ秋葉が嫌がってるよ……おいで、秋葉」

「ええー、秋葉にすりすり出来るチャンスなのに……」

「秋葉じゃなくても律のとこには妹達が大勢いるだろ。家に帰ってあの子妖狐こぎつね達を存分にすりすりすれば?」

「妹達は妹達、秋葉は秋葉よ」


既に半分は里斗への意地なのだろう、秋葉のお腹に回した手を頑なに外そうとしない律に向け里斗の目に明らかな苛立ちが混じる。しかし先に言葉を発したのは意外にも秋葉だった。


「律、お願い……」


身体を捩り見上げてくる秋葉の大きな瞳は僅かに潤んでおり、へにょん、と垂れた耳と相まって律に猛烈な罪悪感を抱かせる。


「あーっ、もーっ、仕方ないなぁ。じゃあ約束して、秋葉。今度絶対うちに遊びに来るって」


律を見つめながらこくり、と頷いた秋葉を見て渋々つなげていた両手を外すと、とととっ、と跳ねるように秋葉が里斗の元へと駆け寄って、先程のように大きな尻尾へ抱きつこうと手を伸ばした瞬間、ひょぃっ、と自分の尻尾を反対側に振った理斗はそのまま自分の腕の中に秋葉を捕らえた。

ちょっと残念そうに「あぅっ」と声を漏らした秋葉の頬をすぐさま毛先で撫でてやれば、尻尾にしがみついた時と同じように目を細めてぐりぐりとおでこを理斗の胸にこすりつけて喜びを表す。そんな秋葉の頭を優しく撫でながら里斗は満足そうに微笑んだ。


「じゃあ律の言う事を聞いて窓を開けようか、秋葉。俺はご飯の準備をするから」


そんな二人のやり取りを見ながら律は疲れと呆れで出来た溜め息を深く吐き出すのだった。

うん、お喋りしないとダメなんですよ、メスってゆーのは(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ