表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
里斗と秋葉  作者: ほしな まつり
1/8

里斗と秋葉・いち

二匹の妖狐の物語、はじまりです。

真っ暗な部屋の中、堪えきれずに「くっ」と漏らしてしまった声とも呼べない程の小さな呻きに目の前の小ぶりな栗色の三角耳がひょこんっ、と動いたかと思えば耳の持ち主である腕の中の少女がぼやけた声で「里斗りと?」と自分の名を口にした。

いつもなら起きてしばらくの間は頭が働かないらしく、ぼうっ、と夢の世界と現実を行き来しているくせに、こんな時だけ……と内の苦しさを抱えながらもその反応に呆れるやら嬉しいやらで表情が定まらない里斗はそれでも最後には、やっぱり今夜は一緒に寝るんじゃなかったかな、と己の第六感に従わなかった事に後悔する。

そうは言ってもこの住処すみかには他にベッドなどなく、九年前、赤ん坊だった少女をこの家に連れてきた時から今日までいつもこうやって抱きしめて寝ているのだから、実際、離れて眠るなど無理な話なのだが……せめて身体を離していれば、と考えて、それも無理か、と一瞬で結論に辿り着いた。

ベッドの広さの問題もあるが、それ以上に、そんな事をしても無駄なのだと今までの経験があざ笑う。

グルグルと無駄な思考を切り捨て、里斗は我慢していた荒い呼吸に彼女の名を乗せた。


「ごめんね……秋葉あきは……起こして」


いつものように彼の胸元にくっつけていた顔を少し上げると、暗闇の中でもわかる、辛そうな顔に無理に笑顔を混ぜようとしていて、秋葉は急いでぷるぷると顔を振った。

一方、里斗は自分を見上げてくる顔が自分より苦しそうで、痛そうで、悲しそうで、普段は感情をあまり表に出さない秋葉だから、彼女の表情の変化には敏感になってしまっていて、そんな時は自分の黒い尻尾で彼女の頬を撫でてやれば幼い頃はすぐさまふにゃり、と頬を緩ませてくれたのに今夜は反対に細い眉が寄り、真ん中に縦皺を作る。

それでも尻尾の毛先で柔らかい頬をつついていると秋葉はむぐっ、と唇を噛みしめた後、求めるように「里斗」と吐息のような声を紡いだ。


「尻尾……二叉になってるよ」

「そりぁ……妖狐だから……ね」


真剣に言っているのに……秋葉は唇に不満を表したまま、辛そうな息づかいで、額に汗を浮かべて、茶化すような口ぶりで、尻尾で優しく頬を撫でながら真っ黒な瞳で自分を見つめてくれる五つ年上の少年の両耳にそっと手を伸ばす。

尻尾と同じ色の耳の付け根を掴んで後ろ側をカリカリと掻くと里斗がほんのちょっと力を抜いて目を細めた。

秋葉が病にかかってしんどい時やこわい夢を見た時、いつも里斗は自分の尻尾で彼女の頬を撫でながら耳の後ろを掻いてくれるからそれを真似してみたのだが……他の者に自分の耳を触らせる行為の意味を秋葉はまだ知らない。どのみち里斗は秋葉にしか自分の耳を触らせるつもりはないし、秋葉の耳を他の者に触らせてやる気もないので意味を教えようと思ってもいない。

里斗の両耳に触れているせいで寝ていた時よりもずっと彼の顔が自分の近くにあって、秋葉は深夜で灯り一つない寝室内だというのにはっきりとわかる綺麗な黒い前髪の奥の苦しげに歪んだ眉を見つめてもう一度「里斗」と口にしてから更に顔を近づけた。

いつもは周りの妖狐達と同様にひとつしかない尻尾の先が二叉になっている時点で秋葉にはバレバレなのだけれど、それ以上距離を詰めてこない彼女に謝るように「いい?」と聞けば、秋葉が同意を示すように目を閉じる。

自分より五つも年下の少女を頼らなければ己の力の制御すら出来ない情けなさに苦痛からではなく顔をしかめた里斗だったが彼女が無防備に差し出してくる唇を見た途端、獲物を狩る獣のように自分の唇で荒々しくそれを奪った。里斗の豹変ぶりにビクッと両肩を跳ねかせた秋葉だったが、それさえも秋葉を知り尽くしている里斗には想定内だったのか、腰回りに巻き付いていた両手を移動させて片方の手で彼女の肩を慈しむようにさすり、反対にもう片方で捕らえるように後頭部を支え口づけを深くする。

どうやら秋葉が思っていた以上に里斗はギリギリの状態だったようだ。

いつもなら触れるように軽く唇だけを何回か合わせた後、上唇と下唇を交互に喰まれ、それから舌で甘えるように丹念に舐められてから、するり、と口内にそれを入れてくる。

僅かに開いた唇の間から自分の御しきれない妖力を少しずつ口移しで秋葉に流し込むと同時に、里斗は自分の想いを染み込ませた舌で彼女の柔らかな部分へ緩やかに刺激を与え続けるのだが…………今宵は唇を押し当てられた瞬間に半ば強引にその隙間をこじ開けられた。驚きでつい引いてしまった自らの舌に、まるで見えているかの動きですぐに里斗の舌が絡みついてくる。

舌先が痺れてくるのに里斗は緩めてくれるどころか唇全体にきつく吸い付き、その反対に体内には大量に彼の妖力が流れ込んできていた。普段なら体調を崩した我が子に母親が白湯を飲ませるかごとき心地よい交わりで、徐々に、徐々に自分に馴染んでいく里斗の妖力が今日ばかりはいきなり火酒でも呑まされたように全身を熱く駆け巡っている。

寝ている秋葉を起こしたくなかったのだろう、出来る事なら内で抑え込もうとしていた里斗の中の膨大な妖力はまさに爆発寸前まで膨れあがっていたようで、ようやく与えられたひとつの出口に向かいすさまじい勢いでなだれ込んでいた。

しかし、その流れは突然引き離された唇によって断絶される。


「はぁっ……はぁっ……はぅっ……ご……めん、秋葉……」


咄嗟に秋葉の両肩を握って腕を突っ張り、無理矢理彼女から腕の長さ分距離を取った里斗が浅い呼吸を繰り返しながら先程よりも痛々しい表情で彼女を見つめた。視線の先にはやはり肩で息をしながらもどこか酔ったように焦点の合っていない目で自分を見つめ返している秋葉がいて、いまだに痺れているのだろう、ぼんやりと開いたままの唇が未成熟の少女にしてはやけに艶めかしい。

しかし、それも束の間、ぱちぱちと瞬きを数回すればすぐに我に返り、いつもの無に近い表情となって里斗の耳に触れていた手で今度は彼の前髪をはらい、額の汗を拭い始めた。

普段の様子と変わらない秋葉に安心したのか、ほっ、と息を吐き出した里斗は腕の力も抜いてお返しとばかりに自分の尻尾で彼女の頬をゆっくりと撫でる。小さい頃のふにゃり、とした笑みではなかったが、やはり気持ちが良いのだろう、僅か笑みの表情となって里斗の緩んだ両手をすり抜けて胸元へとすり寄ってきた。


「まだ、平気なのに」

「うん、わかってる。でも俺ももう大丈夫だから……」


「ほら」と言って頬を撫でていた尻尾を彼女の目の前まで持ち上げれば、さっきまで二叉に分かれていた毛先が今はひとつにまとまっている。

強請るように両手を広げてくる秋葉の元へふわり、と尻尾を寄せると彼女は満足そうに里斗の真っ黒な尻尾を抱え込んで珍しく満面に笑みを浮かべ頬ずりをしてきた。


「ホント、秋葉は俺の尻尾、好きだよね」


里斗の尻尾を抱きしめたまま秋葉の頭が小さく縦に動く。


「身体、痛くない?……一気に流し込んだから慣れるまで時間かかるだろ?」


痛くない?、には答えず、秋葉は抱きしめている里斗の尻尾の端から僅かに顔を覗かせて上目遣いに「朝には落ち着くよ」とだけ告げると、里斗も「そっか」と言って放りだしたままの両手で秋葉をしっかりと包み込んだ。


「ちゃんと秋葉の奥に隠しておいて。他の奴らにみつかるとうるさいから」


再びこくり、と頷いた秋葉は体内を熱く巡っている里斗の妖力をひとつずつ集めて自分の僅かな妖力のずっと奥深くにしまい込む。そこはとても広くて普通の妖狐数人分の妖力などまるまる収まってしまうほどだったが産まれてこのかた秋葉はそこに里斗以外の妖力を入れたことはなかった。

秋葉に尻尾を貸したままの里斗は尻尾の代わりに手で彼女の背中をぽん、ぽん、と軽く叩く。


「ゆっくりでいいよ。俺もちょっと疲れたから朝は少しのんびりしよう」


秋葉に受け入れてもらったお陰でようやく妖力の暴走も静まり……それでも保有している妖力の量は一般的なそれの倍以上だったが、ようやく身体のあちこちの痛みを自覚するほどに感覚が戻った里斗はこれから数時間かけて他者からの妖力という異物を受け入れる為、昏々と眠り続けるであろう秋葉を守るようにその身を丸めた。

お読みいただき、有り難うございました。

いきなりの攻めなケモイチャ(?)ですみませんっ(苦笑)

次からは割とほのぼの……になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ