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44 揉め事の対応

 アキラの後を付けるようにして半ば強引に同行しているレイナが、地下街とはいえ随分と遅いアキラの移動速度を不思議がっている。

「シオリ。何であいつあんなに進むのが遅いの?」

「遺跡内部をどの程度の速度で移動するべきか。その基準や判断には個人差があります。彼は多少時間を掛けてでも索敵を念入りに実施する主義なのでしょう」

「それにしても遅すぎない? 3人で警戒しているのよ?」

 索敵の重要性はレイナも理解している。脇道や瓦礫(がれき)、店舗の廃墟(はいきょ)など、地下街はモンスターが潜んでいそうな場所だらけだ。しかもヤラタサソリは瓦礫(がれき)などに擬態までするのだ。念入りに警戒したくなる気持ちはよく分かる。

 だがそれを考慮しても、防衛地点で聞いたアキラの実力が正しければ、もっと速く移動しても問題ないはずだ。少なくとも索敵を3人で分担した移動速度としては遅すぎる。レイナはそう考えて疑問を覚えていた。

 シオリはその疑問に答えるのを少し躊躇(ためら)った。確実にレイナの気分を害する内容だからだ。しかし分からないと(とぼ)けるのも自身の忠義に(はん)すると思い直し、正直に自分なりの解釈を伝える。

「3人ではありません。1人です」

「えっ? 3人でしょう?」

「彼は私達を戦力に数えていません。索敵も同様です。私やお嬢様が確認済みの場所、方向を再確認していますので間違いないと思います。ヤラタサソリの群れと遭遇した場合に、彼の火力のみで対処可能な位置取りの確認もしています。つまり、実質1人で進んでいるのと変わりません」

 シオリの考察は正しい。それはアキラ自身の訓練の(ため)であり、モンスターの襲撃を受けた時にレイナ達がアキラを(おとり)にして離脱した場合への備えでもあった。

 レイナはそのアキラの行動を、自分達を完全な足手(まと)いだと考えてのことだと思い、表情を怒気で大きく(ゆが)めた。そして思わず声を荒らげようとしてしまったが、歯を食いしばって何とか耐えた。相手の意思を無視して無理矢理(やり)付いてきた挙げ句、怒鳴り声でモンスターを(おび)き寄せてしまえば、そう扱われる無能だと自身で証明しているようなものだからだ。

 レイナが何とか表向きの平静を保ちながら、静かな声で、しかし確かな怒りを込めて、憤怒(ふんぬ)で体を僅かに震わせながら、内心を口に出す。

「……私達の実力がそんなに信用できないってこと?」

 シオリはレイナの怒気を鎮める(ため)に、意図的に落ち着いた態度で答える。

「彼はお嬢様の実力を存じておりません。ハンターランクと交戦能力を結びつけないハンターならば致し方ない面もあります。知らない相手の実力に自身の命を預けるという不確定要素をできるだけ排除している。そうお考えください。一目で相手の実力を見抜くのは困難です。あれほどの実力を持つカツヤ様ですら、若手という理由だけで軽んじられているのです。残念ですが、我々ならば尚更(なおさら)でしょう」

「それはそうだけど……」

 ハンターランクはハンターの実力を示すものだが、それは各種能力の総合評価であり、モンスターとの戦闘能力を保証するものではない。索敵や遺物収集の能力は壊滅的だが、それを高い戦闘能力で補う者もいる。勿論(もちろん)その逆も存在する。そのどちらも最終的な成果が同程度であればハンターランクは同じになる。

 シオリに諭されたレイナが少し落ち着いた頭で推察する。広間で聞いた戦歴から判断すると、アキラは戦闘能力特化のハンターなのかもしれない。そして自分よりハンターランクが高く、戦闘能力が低いハンターを多数見てきたのかもしれない。それならば、この扱いも多少は納得できるし、仕方が無い。

 レイナはそう考えて勢いを更に落とした。だが不満の完全な解消には至らなかった。

「お嬢様。やはり戻りませんか? このまま同行していても、お嬢様の(ため)にはならないと思います」

「……。嫌よ」

 ここで戻ってしまえば、レイナの成果は呼ばれもしないのにやって来て、邪魔だけして帰っていったという(ろく)でもないものになる。それは嫌だった。そして、それ以上に、レイナは何かを(つか)みたかった。自分の実力を自身で認め、誇り、納得する。それを可能にする機会や切っ掛けを。その何かを。

 シオリは状況を危険視していた。レイナは半ば意地になって戻ろうとせず、アキラは恐らく自分達を味方とは認識していない。この状況で3人の手に余るほど大規模なヤラタサソリの群れと遭遇した場合、下手をするとアキラまで敵に回る。一人で逃げるために銃撃等で自分達の足を止めて(おとり)役を押し付けてくる可能性は否定できない。

 レイナが意思を変えないのならば、アキラの意思を変えるしかない。最低でも非常時に協力して撤退する程度まで関係を改善する必要がある。シオリはそう判断すると、その方法を考え始めた。


 アキラが地下街で足を止めて(うな)っている。15番防衛地点を襲撃したヤラタサソリの痕跡を探しながら結構進んできたのだが、今のところそれらしい痕跡は見付かっていなかった。

 このままだと15番防衛地点に到着してしまう。自分の探索能力不足による見落としではないか。そう疑ったアキラがアルファに一応確認を取る。

『アルファ。痕跡探しも俺の訓練だってのは分かってる。だから俺も一応注意して自力で探している。でも俺が見落としていたら黙っていないで教えてくれ。仕事なんだからな』

『大丈夫よ。ちゃんと教えるわ。訓練だからと教えなかった所為で、アキラにヤラタサソリの群れに飛び込まれても困るからね』

 少し楽しげな微笑(ほほえ)みを向けてきたアルファに、アキラは軽い苦笑を返した。

『それはどうも。そうすると、本当に痕跡はないのか。……このまま何も見付からなかったら、本部から文句を言われそうだな。何もなかったのに時間が掛かりすぎだって』

 アキラが僅かに顔を(しか)めた。アルファはそれが本部への文句ではなくアキラ自身の仕事ぶりへの疑念に起因するものだと見抜くと、アキラへ優しく微笑(ほほえ)んだ。

『その時は好きに言わせておきなさい。本部も本格的に調査するのなら探索チームを派遣するはずよ。防衛チームの人員が念入りに調査したので時間が掛かった。それだけの話よ。アキラが気にする必要はないわ。このまま焦らずに安全第一で進みましょう』

 アルファもアキラに仕事を頼んでいる立場だ。アキラの仕事への誠実さは大いに歓迎する。だがその誠実さの所為で、こちらの依頼を成し遂げる前に死なれては困る。不必要な誠実さを和らげる(ため)に、自身の目的の(ため)に、アルファはアキラの身を大いに気遣った。

『……。それもそうだな。分かった』

 アキラもそれで気を取り直し、今まで通りに先に進もうとした。そのアキラをシオリが呼び止める。

「お話が御座います。お聞きください」

 アキラはシオリを無視しようとした。だが次の発言に思わず振り返って反応してしまう。

「お嬢様の護衛を依頼します。依頼内容の詳細及び報酬についての交渉を希望します」

 余りに唐突な内容に、アキラはその内容を()ぐには理解できなかった。少し時間を掛けて(ようや)く理解が追い付いたが、今度はその意図が分からずに困惑した。そして若干の混乱を見せながら、その心情を端的に示した声を漏らす。

「……えっ?」

 少なくとも自分の話を無視せずに聞いている。シオリはそう判断すると、相手の混乱に乗じる意図も含めて話を続ける。

「依頼内容の説明を進めさせていただきます。護衛期間は今回のヤラタサソリ討伐依頼の期間内、かつお嬢様を護衛可能な距離にいる間とします。報酬は500万オーラム。成功報酬とします。本部等の指示で同行等が不可能となった状況でも報酬の減額は致しませんが、その状況を積極的に求めた場合や、お嬢様を危険に(さら)した場合などは、その過失分を相談の上で減額を……」

 レイナはシオリの唐突な発言にアキラと同じく固まっていた。だが(ようや)く我に返り慌てて口を挟む。

「ちょ、ちょっと! いきなり何言い出すのよ!?」

「お嬢様の護衛を依頼しております。お嬢様に14番防衛地点へ戻る意思がない以上、お嬢様の身の安全の(ため)に他の手段を取る必要があります。大人しく戻っていただけるのであれば、この依頼は取り下げます」

「い、いやでも、外部要員を雇うにしても、500万オーラムなんて報酬をドランカムが認めるわけないでしょう!?」

「御心配には及びません。私の私財から支払います。大金ですが、お嬢様の身の安全には代えられません」

 本当に500万オーラムを自費で支払おうとしている。レイナはシオリの真剣な様子から、その本気を感じ取ってたじろいだ。

 考え直せと言っても無駄なのはレイナもよく分かっている。それはレイナの安全を考え直せと言っているのと同義だからだ。シオリがそれを許容するのはあり得ない。

 レイナも自分の我が(まま)の所為でシオリにそこまでさせるのは流石(さすが)に悪いとも思う。自分が大人しく戻ればそれで済む話だと理解もしている。だが、何らかの成果を残すまでこの場に残りたいという気持ちもかなり強く、元々意地になる性格がそれを助長していた。その結果、レイナは軽い混乱状態で迷い続けていた。

 揺らぐ心と揺らがぬ忠義。レイナとシオリはそれを表情と視線に色濃く(にじ)ませながら互いを見ている。選択を、意思を衝突させている。

 アキラが無意識に半ば唖然(あぜん)とながら場の推移を追っていると、アルファから忠告が飛ぶ。

『アキラ。放っておくと依頼を引き受けるかどうかの決定から閉め出されるわよ?』

 我に返ったアキラが慌てて口を挟む。

「待ってくれ。そっちの戻る戻らないは別にして、その依頼は断る」

「……報酬が不足しているのであれば交渉に応じますが」

 シオリが報酬の増額を匂わせた。だがアキラはそれでも首を横に振る。

「違う。足りないのは報酬じゃなくて俺の実力の方だ。俺は自分の身を守るので精一杯だ。誰かの護衛までやる余裕はない。だから報酬を増やされてもその依頼は受けられない」

 レイナが意外そうな表情を浮かべる。

「でもヤラタサソリの群れからハンター達を一人で救出したりしたんでしょう? 本部の職員がそう言っていたけど、それでも実力が足りないの?」

「鼻歌交じりで余裕綽々(しゃくしゃく)で助けたとも言わなかっただろう。俺は手持ちの弾薬を使い切る勢いで辛うじて生き残ったんだ。もう一度やれと指示されても絶対に断る」

「じゃあどうしてそんな指示に従ったのよ」

「助けたハンターが本部に状況をちゃんと連絡しなかったんだよ。適当に虫っぽいモンスターに襲われたとでも説明したらしい。救援場所にヤラタサソリの群れがいるなんて俺が知ったのは、彼らを助けに行った後だ。後は成り行きだ」

「そんなに大変なら、どうしてこのヤラタサソリの巣の討伐依頼を引き受けたのよ」

 好き好んで依頼を引き受けたわけではないアキラが苛立(いらだ)ちを見せる。

「依頼元がクガマヤマ都市の長期戦略部なのにそう簡単に断れるか! 俺だって簡単に断れるなら断ってるんだよ!」

「そ、そう。大変だったのね」

 レイナはアキラの勢いに気圧(けお)されて誤魔化(ごまか)すように微笑(ほほえ)んだ。そしてその後に、()だ残っていた疑念を吐き出すように、念押しするように尋ねる。

「……つまり、アキラはそんなに強いわけじゃないのね?」

「当たり前だ」

 ヤラタサソリの群れの中に単身で突入し、その群れを蹴散らして救出対象を救い出し、全員無事に帰還させた凄腕(すごうで)のハンター。シオリとレイナが本部の話から無意識に思い浮かべていたその人物像は、アキラが余りにもはっきりと否定したことで崩れ去った。その思い込みが消えた後で改めて見たアキラは、どこにでもいそうな(ただ)の若手ハンターだった。

 妙な沈黙が場に流れる。前提条件が覆された後の状況を、全員が持て余していた。

 シオリは少し気まずそうなレイナを見て思案し、アキラに再度提案する。

「では、依頼内容を変更します。お嬢様のサポートをお願いします。依頼期間は防衛地点に帰還するまで。報酬は10万オーラムで先払いになります。如何(いかが)でしょう?」

「シオリ?」

 レイナはシオリの意図が分からず、少し困惑気な視線を向けた。シオリはレイナを(たしな)め見透かすような視線を返した。その視線は手間の掛かる妹を見る姉のものに近い。

「お嬢様が大人しく戻るつもりなら取り下げますが、そのつもりはないのでしょう?」

「……うっ」

 アキラを実力者だと勘違いして強引に付いてきて、実は大したことはないと知った途端に帰っていく。それは流石(さすが)に情けない。帰れと言われれば大人しく帰るが、自分からそれを尋ねるのも何となく気が進まない。シオリはそのレイナの心情を見透かしていた。

 そこでアキラに再度依頼を持ちかけた。断るのなら、それを口実にして帰る。引き受けるのなら、妙なことに巻き込んだ迷惑料代わりの依頼料を先渡しして関係の改善を促す。どちらでも良し。そう判断しての提案だった。

 シオリが視線をアキラに戻して返事を待つ。アキラがどうするべきか考えていると、アルファが口を挟む。

『また断って()めても面倒だし、引き受けたら? この依頼も、同行時に()めない(ため)の口実みたいなもので、別にアキラに彼女を真面目に守ってもらう意図はないと思うわ。引き受けて、この面倒事はお(しま)い。それで良いと思うわ。無理にとは言わないけれどね』

『……そうだな。そうするか』

 シオリ達も別に自分の実力に何か期待している訳ではない。その程度の援護を調査のついでにするだけだ。なら良いか。アキラはいろいろと面倒臭くなったこともあり、その程度の判断でそう決めた。

「分かった。その依頼を引き受ける。俺はアキラだ」

「シオリと申します。ではこちらを」

 シオリが1万オーラム紙幣10枚を取り出してアキラに差し出し、アキラがそれを受け取った。これで依頼は成立した。

 アキラが紙幣をしまいながらレイナに尋ねる。

「それで、どうする?」

「どうするって?」

「これからどうするかだ。依頼としてお嬢様のサポートを引き受けたんだ。だから大まかな行動方針はお嬢様の意思に沿うつもりだ。これからどうするのか決めてくれ。どうするんだ?」

「えっと……」

 レイナが戸惑う。元々何かあれば自分も活躍しようという程度の考えで付いてきただけで、具体的な作戦方針など考えていなかった。加えて、その前はカツヤの指揮下で動いていたので、全体の行動指針を考えるのに慣れていなかった。その所為で、急にそう問われても思い付かず、答えられずにいた。

 代わりにシオリが答える。

「当面は、アキラ様の調査方針で調査を続ける、で構わないかと思います。無理に変更する必要もありません。必要性を感じた時点で適宜修正する。それで十分かと」

「そ、そうね! そうしましょう!」

「了解」

 アキラは(うなず)き、レイナ達を連れて調査を再開した。


 調査を再開して(しばら)()った後、レイナはアキラの後方で周囲の調査、索敵を続けながら、アキラの様子を(うかが)っていた。今度は索敵方向などを全員で分担しているので、全体の移動速度は前より速くなっている。それでもレイナの感覚では比較的遅めだ。

 移動距離を稼げない一番の理由は、先頭にいるアキラの索敵の手際が悪いからだ。間違いなく全体の足を引っ張っている。未熟な若手ハンターを先頭にして部隊行動をしている以上、当然の結果でもある。

 だがレイナは再び疑問を覚えていた。アキラの実力が本当にその程度ならば、あの戦歴は有り得ない。本部の指示だからといって、文句も言わずに1人で調査に出るのも不自然だ。

 そもそもその程度のハンターにクガマヤマ都市の長期戦略部が依頼を出す訳がない。ドランカムの(つて)で依頼を受けたレイナ達とは異なり、恐らくアキラは個人で依頼を受けている。つまり、若手ハンターの未熟さを、チーム単位の運用で補うような真似(まね)はできない。確実にアキラ個人の戦力を評価して依頼を出している。

 実は大した実力は持っていない。そう自己申告した時のアキラの態度から、一度はそうなのかと納得した。だが冷静になって落ち着いて考え直すと、やはり辻褄(つじつま)が合わない。その辻褄(つじつま)を合わせる(ため)に、戦闘能力に極めて偏った実力の持ち主だと仮定しても、目の前の未熟な若手ハンターの姿がそれを否定する。そちらの面でも辻褄(つじつま)が合わない。

 結局のところ、アキラの実力は未知数のままだ。レイナはそれがどうしても気になっていた。

 シオリがそのレイナの様子に気付き、考え事で意識が散漫になっているのを(たしな)めるように声を掛ける。

「お嬢様。何か気になることでも?」

「あ、ごめん。何でもないわ」

 レイナが気を引き締める。だが(しばら)くすると、また少しずつ注意が散漫になっていった。

 シオリはレイナの内心をある意味で本人よりも察していた。レイナがアキラの実力を気にしている理由は、それを評価の基準にしてレイナ自身の実力を把握する(ため)だ。アキラの実力自体は、実は然程(さほど)重要ではない。しかしレイナにその自覚は薄く、少々思考の方向が()れてしまっている。

 その元の疑問を解消しないと何度注意しても効果は薄いだろう。シオリはそう考えて一計を案じた。

「アキラ様。アキラ様から見て、お嬢様の実力はどの程度だとお思いですか?」

 アキラが不思議そうに聞き返す。

「いや、そんなこと聞かれても、よく分からないとしか答えられない。一目で相手の力量を見抜く実力なんかないしな。何でそんなことを聞くんだ?」

「私の評価では身贔屓(びいき)が混ざります。ドランカムの評価では組織の事情が混ざります。折角(せっかく)の機会ですから、第三者の意見を参考にしたい。それだけです。お嬢様のサポートの範疇(はんちゅう)として、御意見をお聞かせください」

「そう言われてもな……」

 アキラが悩み始める。依頼の範疇(はんちゅう)だと言われた以上、アキラも真面目に対応したいとは思う。だが何を言えば良いか分からない。取りあえずアルファに助けを求める。

『アルファ』

『自分で考えなさい。初見の相手の力量を見抜く能力もハンターの大切な能力よ。これも訓練だと思って、アキラなりに悩んで考えなさい』

 笑ってそう答えたアルファの返事には、今後アキラに無闇矢鱈(やたら)喧嘩(けんか)を売らせない為の誘導も含まれていた。相手の力量を探り、喧嘩(けんか)を売るのは不味(まず)い相手だと判断したら、冷静になって()め事を回避する。その癖を付けさせる(ため)のものだ。

 以前にスラム街の徒党の者を殺した時も、遺跡でエレナ達を助けた時も、アキラはまず相手と敵対すると強く決めてから、その後処理としてアルファにサポートを求めていた。アルファとしては、無駄な()め事を避ける(ため)にも順序を逆にしてほしいのだ。まずは相手の実力などを推察してから、本当に敵対するかどうか決めてほしかった。

 そして、これはアルファがアキラの行動原理を把握できていない証拠でもあった。

 アルファの助けが得られなかったので、アキラは悩んだ顔で今度はシオリに尋ねる。

「うーん。実力って言われてもな。何か、評価の基準とかはないのか? 討伐系のハンターと探索系のハンターでも、評価の基準は違ってくるだろうし、評価の方法にもいろいろあるだろうし……」

「そうですね。では、アキラ様がハンター稼業の相方としてお嬢様を雇うとします。幾らまでなら支払えますか? 戦歴など追加の情報が必要でしたらお聞きください。質問内容にも()りますがお答えいたします」

 ハンターが他のハンターを雇うとして、その(ため)に幾ら支払えるか。ある意味でそのハンターに対する最も分かり(やす)い評価だ。非常に切実な評価基準であり、ハンターランクもその額を決める要素の一つにすぎない。

 レイナも自分の実力が、正しい評価が気になっている。下手に誤魔化(ごまか)した所為で評価が(ゆが)むのは嫌なので、下手に見栄(みえ)を張ったりせずに、聞かれたことには正直に答えるつもりだった。

 しかしアキラはいきなり結論を出した。

「ああ、そういうことなら、雇わない」

 予想外の答えに、レイナは憤慨する前に愕然(がくぜん)とした。報酬額の交渉以前の問題で、(ただ)でも嫌だと答えているのも同然だ。評価としては最悪に近い。

 アキラの口調はごく普通のもので、冗談や嫌がらせ、嘲りのようなものは全く感じられない。それが逆にレイナに強い衝撃を与えていた。レイナは軽い目眩(めまい)さえ覚えていた。

 シオリも流石(さすが)に不愉快を隠しきれず、不機嫌を(あら)わにしている。

「……アキラ様。流石(さすが)にその評価はないかと思います。訂正、又は納得できる理由の説明をお願いいたします」

 静かな口調だが、そこにはシオリの心情を代弁する(すご)みが込められていた。それを聞いたレイナが我に返るほどだった。

 アキラはその威圧にも動揺を見せず、やはりごく普通の口調で答える。

「単純に死ぬほど面倒だからだ。もしヤラタサソリの群れ、そうだな、50体ぐらいと、14番防衛地点にいた全員を余裕で殺せるぐらいに強いのなら、さっきの評価は訂正する」

 レイナが狼狽(ろうばい)しながら答える。

「さ、流石(さすが)にそこまで強いとは言えないわ。でもだからって……」

「あいつ、147番だっけ? そいつと()めてたけど、あの時、どこまで結果を想定して()めていたんだ? 銃を突き付け合うまで()め続けて、殺し合いになっても余裕で勝てるからあんなに喧嘩(けんか)腰だったのか? それともあいつには、絶対に自分に銃口を向けられない理由でもあったのか?」

 アキラはそのままレイナの返答を待つ。レイナは答えられなかった。質問には見栄(みえ)を張らず正直に答えると決めていたが、それは既に揺らいでいた。

 レイナ達を軽く見る相手が気に入らなかった。だから喧嘩(けんか)腰で()めた。あの時のレイナの思考はそこで終わりだ。だがそれを口にはできなかった。その代わりに、最悪の評価を出された衝撃を憤りで誤魔化(ごまか)すように、質問の回答ではなく、更なる質問を返す。

「じゃあ、じゃあどうすれば良かったのよ! あのまま馬鹿にされて、好きに言わせておけば良かったとでも言うの!?」

「いや、好きにすれば良いと思う。私を馬鹿にするなんて許せない。殺してやる。それでも良い。その結果を正しく想定した上で、結果を許容できるならな。()められると命に関わることもある。銃を突き付けて、調子に乗るなと脅した方が良い場合もある。覚悟の上での行動なら良いと思う。どんな結果を想定してたんだ?」

 アキラがまた普通に答え、尋ねた。そしてレイナをじっと見て再び返答を待つ。

 レイナは答えられない。そもそも何も想定していなかった。それを口には出せなかった。

 黙って聞いていたシオリが口を挟む。シオリはアキラに質問をしたことを既に後悔していた。

「アキラ様。状況がそこまで悪化した場合は、私が場を収めるため尽力いたします。ゆえにその仮定には多少無理があるかと」

「どんな状況になっても最終的にはシオリさんが何とかするので、何も考えず思うがままに行動した。それでも良いと思う。お嬢様個人ではなく、2人1組での評価を聞いていたのなら俺の評価は勘違いだ」

「ヤラタサソリ50体と他のハンター全員の話はどのような関係が?」

「それぐらい強ければ、最後まで()めて完全に敵対した上にヤラタサソリの群れに襲撃されても、その時にどさくさに紛れて後ろから撃たれても、十分対処できると思っただけだ。ただの目安だ」

「……極論が過ぎるのでは?」

「そうだよ」

 アキラはあっさりそう答えた。シオリの怒気が強まるが、それでも(ひる)まずに、シオリを見詰め返しながら続ける。

「今言ったのは極論だ。そうなる可能性は低いだろうし、普通はそこまで想定する必要はないと思う。要は程度の問題だ。どの程度の状況で、どの程度の対応をするか。その個人差の話だ。14番防衛地点の様子とか、俺や147番と話していた時の態度とか、その辺のことから考えて、無用な()め事を無意味に増やしそうな人物を、身銭を切ってまで雇いたいとは思わなかった。それだけだ。別に俺の意見が正しいなんて言うつもりはない。気に入らないのなら、馬鹿なガキが馬鹿なことを言っていると思って聞き流してくれ」

 シオリもレイナもアキラの話を黙って聞いていた。だがその反応は似通いながらも異なっていた。レイナは意気消沈して項垂(うなだ)れていた。逆にシオリはその表情に映し出されている怒気の性質を、静かだが暗く強いものに変えていた。

「……一応、納得は別にして、評価の説明は聞きました。では、最後に一つ聞かせてください」

 シオリはそう言った後、区切りを置いてから、内心を(にじ)ませた視線をアキラに向けた。

「その答え、私を怒らせるとは思いませんでしたか?」

 自分がレイナに仕えていることぐらい分かっているはずだ。結果を想定して話せと言うのであれば、そちらもこの結果を想定しているはずだ。そう告げるように、意趣返しのようにシオリはアキラを脅しに掛かった。

 ある意味で、この時点では()だ脅しだった。そして、次で互いに脅しではなくなった。

 アキラが覚悟を決めて答える。

「サポートの範疇(はんちゅう)として質問に答えろと指示を受けた。依頼として引き受けた以上、できる限りの努力をしたいと思った。適当に誤魔化(ごまか)さずに、相手を怒らせるとしても、正直に答えることが努力のうちだと考えた」

 シオリは尋ねた。私と殺し合う想定と覚悟はあるのか、と。

 アキラは答えた。ある、と。

 既にどちらも臨戦態勢だ。どちらかが僅かでも動きを見せれば、辛うじて残っている引き際も消える。今は両者が反撃を前提に(すき)(うかが)っている(ため)に、どちらも動きを止めていた。

 どちらも相手が銃口を突き付けて武装解除を求めてくるとは考えていなかった。即座に引き金を引き、最低でも戦闘不能にする。殺しきるかどうかはその時の余裕次第で、その余地が生まれる可能性は恐らく低い。どちらもそう理解していた。

 シオリが脅し、アキラが受けたのか。アキラが挑発し、シオリが受けたのか。どちらにしろ、どちらも引かない以上、原因が現状に差異を生むことはない。

 緊迫した空気の密度が上がっていく。両者が次の段階に移行するのは時間の問題だった。

「シオリ……、止めて……」

 それを止めたのはレイナだった。

「お、お嬢様……」

「……もう良いの。……止めて。……お願い」

 レイナは項垂(うなだ)れたまま、か細い声を出していた。それでシオリが先に臨戦態勢を解いた。アキラも合わせて臨戦態勢を解いた。

 取りあえず戦闘は回避された。緊張から解放されたアキラが息を吐く。その(そば)で、アルファがアキラを見ながら()れ見よがしに()め息を吐いた。

『いろいろ棚に上げて、いろいろ言っていたけれど、()め事発生器の性能はアキラも負けていないようね?』

『お、俺から喧嘩(けんか)を売ったわけじゃない』

 アキラが自分でも苦しい言い訳だと思って表情を固くする。アルファがそのアキラをじっと見詰めながら微笑(ほほえ)む。

『確かに依頼を受けろと言ったのは私で、自分で考えろと言ったのも私よ? でもね、アキラは私の高度な演算能力から算出された予想を覆せるって、そんなに頑張って誇示しなくても良いのよ? 大丈夫、ちゃんと分かっているわ』

『……す、すみませんでした』

 アキラは誤魔化(ごまか)すように謝った。アルファは和やかに微笑(ほほえ)んでいた。

 取りあえず適当にお世辞でも言っておけ。アルファがアキラにたったそれだけ助言していれば回避できた()め事は、怪我(けが)人も無しで、一応無事に収拾した。

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