289 大巨人と観戦者
アキラ達は4体の巨人を相手にしなければならない状況に陥ったものの、キャロルのお陰でグートル達が参戦したことにより優勢を維持していた。
500億オーラムの賞金首が都市のすぐ側にいる状況で、その賞金首が突然都市を襲撃した場合に備えて配置されていたこともあり、グートル達の人型兵器の装備は対アキラ用の強力な物だ。苛烈な攻撃が一帯を灰燼にする勢いで繰り返され巨人達を粉砕する。そこにアキラ達の攻撃も加わり巨人達との圧倒的な質量差を覆して優勢を維持していた。
表現を変えれば、それでも、優勢の維持が限界だった。現在、巨人の数は8体に増えていた。
アキラが思わず叫ぶ。
「増えるな!」
巨人を1体倒す度に巨人が2体増えていく。しかし倒さない訳にもいかない。
『アルファ! 切りが無いぞ!』
『切りはあるわ。向こうが保持する回復薬や周囲の情報収集妨害煙幕が完全に切れれば終わりよ』
『それはいつなんだ?』
『そこまでは分からないわ。でも、私達は無駄な攻撃を続けている訳ではない、これだけは確かよ』
『……、やるしかないか!』
状況がどんどん悪化しているように見えるが、徒労を続けているように思えるが、それでも自分達は確かに勝利に近付いている。アキラはそう信じて必死に戦い続けた。
巨人達と戦うアキラの様子を廃ビルの屋上から見る者達がいた。
その中の一人、旧世界製の衣服を纏ったハルカという少女が同行者達に愛想良く微笑む。
「如何でしょうか?」
しかし同行者達の反応は鈍い。まず、オリビアが客向けの笑顔を返した。
「如何でしょうか、と、仰られましても。お客様。申し訳御座いませんが、お客様の護衛の最中に、社への別件での交渉は御遠慮させて頂いております」
続けて、クズスハラ街遺跡から出てきたツバキが愛想も返さずに言う。
「判断したのは私ですが、この程度の内容であれば、予備の端末とはいえ管理区域外への移動許可を承認したのは誤りでしたね」
最後に、自身の護衛を兼ねた側仕え達を連れてこの場に来たアリスが軽い苦笑を見せる。
「まあ、保留といったところですね。これで判断しろと言うのであれば、支援の継続は難しいとしか」
「さ、左様で御座いますか」
支援者と支援者予定の者達の厳しい態度に、ハルカは自身の硬い笑顔を柔らかくしようとして、結果微妙な表情となった。そして思わず隣の男、ヤツバヤシに視線を向ける。するとヤツバヤシは不機嫌な顔をハルカに返した。
「……何だ?」
「その、制作者として何かありませんか?」
「知らん。あれを作った覚えも、作成技術を公開した覚えも無い。人のデータを勝手に使いやがって……、何考えてやがる……」
ぶつぶつ言い出したヤツバヤシの態度に、ハルカは助言を貰うのを諦めた。
シロウはアキラ達の戦闘の様子を拠点の中から遠隔で探っていた。絶望的な体格差を物ともせずに応戦するアキラ達の様子に感心しながらも、その顔は険しい。
(これ……、勝てるか?)
アキラ達は間違いなく善戦しているが、勝利を得る気配は見られない。既に巨人の数は12体にまで増えている。シロウには倒す度に増えていく巨人達の圧力に徐々に為す術も無く押されているようにも感じられた。傍受しているグートル達の通信にも事態への焦りが滲んでいる。
『増援はどうなってるんだ!?』
『要請は出してる! 何度もな!』
『この状況で上はまだ静観か!? ふざけやがって! 帰ったらぶっ殺してやる!』
この状況で尚、都市の防衛隊が本格的に出動しないことを、シロウは異常事態とは思わなかった。
リオンズテイル社の圧力もある。防壁内の価値、安全の為に支払う対価の意味を明示する為にも、壁の外は定期的に壊滅した方が良いという思想を持つ者もいる。
また、防衛隊を本格的に出撃させるのはアキラが死んだ後で良いという考えもある。都市からモンスター認定も受けている。それとは別に、アキラにはここで死んでもらった方が都合の良い者もいる。イナベと敵対している都市幹部達などは特にそうだ。
シロウもそれは理解できる。だがそれで増援が来ないのは困るのだ。
(不味いな……。何か良い方法は……)
現時点での情報で良い手段が思い浮かばない時は、更なる情報が必要だ。情報収集妨害煙幕の影響も大分落ちている。何か新たな情報は無いだろうか。シロウはその考えで、スラム街の様子をより念入りに探った。すると妙な反応が見付かる。
(……ん? こんな場所に誰かいるぞ? どっかの諜報員が現地で戦況を確認してるのか?)
その反応の元である機器に侵入したシロウは驚きを露わにした。
(あいつは……、リオンズテイル社の代表……? それに……、クズスハラ街遺跡の管理人格……!? こいつら、何でこんな場所に……!? 他にもいる。この服、旧世界の……)
シロウは驚きながらも機器内のデータを取得していた。そこで逆侵入を探知し、反射的に通信を切る。
「……危ねえ!」
思わず上げた声と、なかなか落ち着かない荒い息が、非常に際疾い状況だったことを示していた。
不貞腐れていたヤツバヤシが僅かに怪訝な顔をする。
(……誰かが俺の機器に侵入していたな。良い腕だ。普通は探知すら出来ないはずなんだが……)
その様子を見てハルカが不思議そうにする。
「所長。どうかしたんですか?」
「何でもない。……あと、俺を所長と呼ぶな。そう呼ぶなら権限も返せ」
「私に言われても……」
少し困った顔を見せたハルカに、ヤツバヤシは不機嫌そうな顔を返した。
アキラ達の激しい攻防が続く。戦線に復帰したキャロルはキャンピングカーで現場の近くを移動しながら攻撃しつつ、宙を駆けるアキラに弾薬等を投げ渡していた。アキラはそれを空中で器用に受け取って補給を繰り返し、弾切れの心配をせずに激しい攻撃を続けている。
その結果、倒され、増えて、巨人の数は遂に16体となっていた。アキラも流石にうんざりしている。
『アルファ。本当に切りが無いぞ。何か状況が好転しそうな様子とか無いのか?』
『そうね。強いて言えば、追加の巨人はどんどん弱くなっているわ』
『質より量になってるのか……。そうすると一番初めのやつが一番強かった訳だから、それを一撃で倒しておいたのは正解だったな』
悪くはない話だった。そう思いながらもアキラの顔は険しいままだ。
切り札である対滅弾頭は非常に強力な敵の撃破には有効だが、それなりに強い個体で構成された群れの殲滅には不向きだ。残弾も僅かだ。
そして他の武装では、現時点の巨人達にはまだ効き目が薄い。巨人達が更に弱くなれば別だが、その時には巨人達の数も膨れ上がっている。
アキラとしては個体の弱さを数で補う群れよりも、その群れを1体で薙ぎ払う非常に強力な個体の方が戦いやすかった。
そしてだからこそ、巨人達は倒される度に増殖する群れとなってアキラを襲っていた。
巨人達がブレードを振るい、光波を放つ。アキラはその隙間を掻い潜りながら戦っているのだが、巨人を撃破する度に、周囲を切り裂き焼き焦がすブレードと光波の数が増えていく。威力は前より下がっていても、無視できるほど低くはない。そして数が増えるほどに回避が困難になっていく。アキラは徐々に追い詰められていた。
シロウから念話が来たのはその最中だった。
『アキラ。まだ生きてるな?』
『このクソ忙しい時に何だ?』
『今お前が戦ってるモンスターの情報……かもしれないものの一部を手に入れた。必要なら送るが、どうする?』
『その情報に敵の弱点でも載ってるのか? そもそも、かもしれないって何だ?』
『詳しいことは解析しないと分からない。弱点が分かるかもしれないし、そもそも全然関係無い情報かもしれない』
『それなら、解析してから送れ! こっちの状況分かってるのか!? 戦いながら調べろっていう気か!?』
状況が状況だけに思わず苛立った声を返してしまったアキラに、シロウの方も思わず強い口調で言い返す。
『手持ちの機器じゃ解析なんて出来ねえし、解析の為にデータを坂下の施設の機器に送ったら、俺の居場所がバレるんだよ! だから解析は月定の方で何とかしろって話だ!』
アキラはシロウの誤解を思い出して落ち着きを取り戻した。
お互いに旧領域接続者だ。単純なデータ送信だけであれば、データの形式を問わずに受け渡しは可能だろう。そして月定層建の工作員ならば、月定の施設で解析できるかもしれない。シロウからそう思われているのだと、アキラは少し遅れて理解した。
しかし実際には月定層建の工作員などではないので、五大企業の施設での解析が必要なデータなど送ってもらっても仕方無い。そう思いながらも、本物がこの状況下にいれば藁にも縋る思いで送ってもらうだろう、とも考えて、アキラは返事に困っていた。
そこでアルファから笑って言われる。
『アキラ。私が解析するから送ってもらって』
アキラはそれを意外に思ったが、アルファのいつもの自信に溢れた笑顔を見て、笑って軽く頷いた。そしてシロウに繋ぐ。
『悪かった。何とかしてみる。送ってくれ』
『よし。送るぞ』
シロウからデータが送られてくる。尤もアキラにはその内容など全く分からない。何らかの情報が送信されていることが感覚的に分かるだけだ。
一応、意識をその感覚に明確に向けることで内容を読み取ろうと試みることは出来る。しかしそれは、未知の言語で記述された専門的な論文の内容を理解する為に、文面の翻訳どころか解読から始めるようなものだ。内容の把握などアキラには無理だった。
だがアルファはそれを容易く成し遂げた。しかもそれだけではなかった。受け取ったデータにはヤツバヤシの機器からの逆侵入に気付いたシロウがデータ取得を強制中断した所為で欠損があったのだが、高度な解析により欠損部の補完まで実施していた。
そして何よりも、その解析結果から現状の突破口を発見した。それをアキラに知らせるように、アルファは勝利を確信した勝ち気で調子の良い笑顔を向ける。
『アキラ。今から少し無茶をするけれど、頑張りなさい』
それでアキラも意気を完全に取り戻した。同じように笑って返す。
『了解だ。よし! 行こう!』
バイクが加速して宙を駆ける。ここが勝負だと、巨人達の群れの中に敢えて突入する。
既に乱戦に近い状態ではあったが、それでもアキラ達はグートル達と連携して、巨人達を出来る限り包囲するような配置で戦っていた。その状態でアキラだけが突出すれば、敵から一斉に狙われることになる。
巨人達がアキラに向けてブレードを振るい、光波を放つ。巨大な鉄塊に高速で押し退けられた空気が暴風となり、光波に焼かれて熱風と化す。その荒れ狂う灼熱の大気の中を、アキラはギリギリで駆け抜けた。
エレナ達はアキラの突然の行動に驚きながらも、それを自暴自棄による暴挙とは思わなかった。寧ろ何らかの勝機を見出したのだろうとアキラの援護に回る。グートル達もそれを見て何らかの作戦だと判断し、一緒にアキラの援護を開始した。
そしてアキラがアルファの指示通りに両手のRL2複合銃を標的に向ける。なぜそれを、或いはなぜそこを狙うのか、アキラには分からない。だが悩まず、そして躊躇わずに銃撃した。アキラとバイクの武装から放たれた濃密な弾幕、大量のC弾、小型ミサイル、高出力レーザーが向かった先は、巨人達ではなくその足下に広がる緑がかった血肉の海だった。
着弾の衝撃や小型ミサイルで血肉の海が波打ち、肉片と金属片の飛沫が上がる。更に高出力レーザーで切り裂くように薙ぎ払われ、焼かれて塵となる。だがアキラには何か大きな変化が起こったようには見えない。海を殴り付けて波打たせ飛沫を飛び散らせても、水滴が海に戻るだけで意味は無い。そんな徒労にしか思えなかった。
そもそもこれまでの戦闘でも大量の流れ弾が血肉の海に降り注いでいるが、それで新たな巨人の出現を阻止できた様子は全く無かった。だからこそアキラ達もグートル達も、生成元を攻撃しても無意味だと判断して巨人達の方を攻撃していたのだ。
それでも、アキラにはアルファが無駄なことをしているとは思えない。巨人達の攻撃を掻い潜りながら血肉の海を必死に銃撃し続ける。
『アルファ! 効いてるようには全然見えないけど、あとどれだけ撃てば良いんだ?』
『とにかく撃ちなさい。私の計算通りならこの辺りのどこかに……、アキラ! あそこよ!』
アキラの視界が拡張され、血肉の海の中に埋もれて肉眼では見えない何かの姿が透過表示される。輪郭すらあやふやな状態だが狙うには十分だ。今までは広範囲に弾を散蒔いていたアキラが両手のRL2複合銃の照準をその一点に合わせる。そして濃密な弾幕を放った。
その銃撃は血肉の海の他の場所であれば、分厚い血肉の層を一瞬で貫きスラム街の地面まで吹き飛ばす威力を持っていた。だが標的には届かない。標的の周辺だけ血肉の濃度が高い上に、それらの血肉が強固な力場装甲を発生させて、銃弾を途中で止めていた。
『防がれた!? ……!?』
更に、驚くアキラの視線の先で、標的の反応が分裂して別々の方向に高速で逃げていく。
『アルファ! どれを狙えば良いんだ!?』
『待って……、あれよ!』
拡張視界上の反応が一つを残して消える。アキラが即座にバイクでその反応を追う。血肉の海の表面を走りながら標的の反応の真上に移動し、銃弾を遮る分厚い血肉の層を可能な限り薄くした上で、眼下の標的を銃撃する。無数の銃弾が血肉の力場装甲に衝突し、そこから生まれた強い衝撃変換光で血肉の海が輝いた。
アキラはその光に呑み込まれながらも、両手の銃の弾倉を空にするまで撃ち続けた。そして弾倉を交換しながら標的の反応を確認する。銃撃を止めたことで衝撃変換光も治まり、視認できるようになった血肉の海は大きく抉れていた。だが標的の反応は健在だった。
『これでも駄目か! ……うぉっ!?』
巨大なブレードが幾つもアキラに向けて振り下ろされる。その内の数本は遠距離の巨人から投げ付けられていた。大質量の鉄塊がアキラを一帯ごと吹き飛ばす勢いで叩き付けられ、実際に血肉の海を貫通し、スラム街の地面まで吹き飛ばした。
アキラはそれらをアルファの神懸かった運転技術で回避する。自由落下する水滴が静止して見えるほどに体感時間を圧縮した濃密な感覚の中、瓦礫や鉄塊がそのアキラの意識の中でも高速で宙を薙ぐ。そのすぐ側、無数の大質量が交差する僅かな隙間、ギリギリの位置をバイクで駆け抜けていく。突如激しくなった敵の攻撃に、アキラは顔を引き攣らせていた。
『アルファ! どうなってるんだ!?』
『全ての巨人が攻撃対象を私達に最優先で変えたわ! 全力で回避するから、振り落とされないように死ぬ気で掴まりなさい!』
『どうしてもあれを攻撃されたくないってことか! 分かった! 頼んだぞ!』
巨人達の攻撃がアキラに殺到する。近距離の巨人はブレードを振り回し、遠距離からブレードを投げ終わった巨人はアキラの方へ走りながら口元を光らせて光波を放とうとする。
それをエレナ達やグートル達が可能な限り邪魔する。突如自分達を完全に無視してアキラを攻撃しようとする巨人達の様子に、アキラが巨人達にとってそれだけ非常に不味い何かをしようとしていると即座に察して、全力でアキラを援護する。
エレナ達が巨人の間合いの中から相手の手を集中放火してブレードを落とさせる。肩に乗っても巨人から無視される人型兵器がその至近距離から砲火を叩き込み、光波の軌道を無理矢理捩じ曲げる。そのお陰でアキラへの攻撃は大分弱まった。
だがそれでもアキラの居場所は死地のままだ。冗談のような質量差の存在が、その数すら上回った状態で、まるで初めから刺し違えるつもりのようにアキラを襲っている。
ブレード同士が衝突して砕けて飛び散り宙を舞う中、無手の巨人がアキラを殴り付けようとする。その巨人を別の巨人が背後から突き刺してアキラを狙う。荒れ狂う剣戟の嵐に呑み込まれた巨人が四肢を刻まれながらもアキラに手を伸ばす。
アキラはその状況の中で尚、標的を撃ち続けていた。アルファの運転により死地を縦横無尽に駆けていくバイクの上で、両手の銃の弾倉を再度空にする。それでも標的の反応はまだ健在だった。
『……アルファ! 流石に一度離脱した方が良いんじゃないか!?』
『駄目よ! まだ早いわ! このまま撃ちなさい!』
『一度離れて対滅弾頭を使うのは駄目なのか!?』
『それも駄目! まだ取っておきなさい!』
『……! 分かったよ!』
アキラは自棄になって撃ち続けた。だが最速連射で撃っているので弾倉が空になるまですぐであり、このままでは手持ちの弾薬を使い切るのも間近だ。その焦りがアキラの顔を歪めていく。
そして次の契機が起こる。血肉の海が標的の反応を中心にして突如急激に盛り上がる。同時に、アキラの方へ走っていた巨人達が場に到着し、アキラの方へ飛び掛かるように他の巨人達と一緒に跳躍した。思わず顔を上げたアキラの視線の先に空は無く、巨人達で埋まっていた。
アキラがその光景に思わず圧死を想像する。だが痛烈な慣性で我に返った。バイクが乗員への負担を完全に無視した上に、ジェネレーターの破損すら考慮に入れた急加速で場から離脱を始めたのだ。
アキラには巨人達が大きすぎてゆっくりと落ちてくるように感じられる。だが実際には自由落下の速度で落ちてきている。瓦礫の山程度なら、その程度の落下速度であればバイクの機動力なら余裕で回避できる。だが空を覆うような天井、巨人達の体躯の塊が広すぎて、加速の為に走行中に分解する危険を受け入れてでも速度を取るバイクでも、そこからの離脱は際疾い状態だ。
『アルファ! 間に合うよな!?』
『良いからしっかり掴まっていなさい!』
そして天井が地面に激突した。地が揺れ、派手な土煙が舞い上がる。僅かに遅れて、その土煙の中からアキラだけが飛び出した。バイクは間に合わなかった。
天井が地面に激突する直前、間に合わないと察したアキラとアルファはバイクを捨てていた。バイクの前部に移動し、バイクを車体が大破するまで加速させ、その上で強化服の出力を全開にして、加速する足場から更に加速して飛んでいた。その二重の加速により弾丸のように飛び出したアキラは、ギリギリのところで巨人達に押し潰されずに済んでいた。
そのまま宙を飛んでいたアキラが、速度が落ち始めた辺りで近くの廃ビルの屋上に着地する。
「あ、危なかった……! アルファ……、あっちはどうなった?」
『上手くいったわ。見て』
アルファが笑顔で巨人達の落下地点を指差す。倒したと思ったアキラは笑顔でそちらを見た。だがすぐに怪訝な顔を浮かべる。
積み重なった巨人達が溶けるように崩れていき、血肉の海に呑み込まれていく。そしてその血肉の海が盛り上がり、人の形を形成し、再び巨人を作り出そうとしていた。
『アルファ……。どの辺りが上手くいったんだ?』
『質より量だったのを、量より質に切り替えさせたのよ』
そう軽く答えてから、アルファが作戦の詳細をアキラに話していく。
シロウから貰ったデータを解析したアルファは、その解析結果から緑がかった血肉の海が巨大な生物系モンスターに近い存在だと結論付けた。また群体でも個体でもなく、厳密には2体だと判断した。核となる個体が別の大型の個体を操作する形式で動いているのだ。アキラが狙っていた標的は、血肉の海の中に潜んでいたその核となる個体だった。
1体目の強力な巨人をアキラに対滅弾頭であっさり撃破されたことで、相手は巨人を質よりも数を重視して生成していた。生成に材料も回復薬も大量に使用する強力な個体をあっさり倒され続けるのは消耗が大きすぎるからだ。そして核となる個体は血肉の海の中に潜んで遣り過ごしていた。
しかしアルファにその存在を見抜かれ、位置まで把握され、核の個体を直接攻撃までされたことで、質より量では核を守り切れないと判断した。それにより戦術を量より質に切り替えたのだ。加えて、当初の質の基準ではまた倒されるだけだと、個体の質を可能な限り向上させようとしていた。
アキラがその説明を聞きながら、新たに生まれた巨人を見る。
『それで……、あれがその質を突き詰めた個体って訳か……』
そこには今までの巨人が子供に見える大型巨人が立っていた。その足下に血肉の海は無い。全て最後の巨人の材料になっていた。
『アルファ……。核があれになる前に、対滅弾頭で消しておけば良かったんじゃないか?』
『あの時点では標的の反応が囮である懸念が拭えなかったのよ。生成後の巨人の強さも未知数。確実に倒す為にも、無駄弾は使えないわ。あの状態であれば確実に囮ではないし、質を上げたことで肉体が強固になった分、内部の移動は難しくなったわ。そもそも融合して2体から1体になったから、核の内部移動は不可能のはずよ』
非常に強力な個体であっても対滅弾頭を使えば撃破できる。群れを相手にするよりは格段に倒しやすい。だから量より質に戻した。それが敵にとって最終的に悪手であっても、本能的に、設定的に、他の全てを犠牲にしてでも核を護ろうとすると、アルファは解析で見抜いていた。
アキラもそれを聞いて納得する。
『そういうことか。……ところでアルファ。俺、あの巨人の顔に見覚えがあるんだけど……』
『質が飛躍的に向上したことで、核となった個体の外観が強く反映されたのでしょうね』
『そうか……。じゃあやっぱり、あれ、ラティスってやつなのか』
特大の巨人の顔は奇怪な肉片の塊ではなく、しっかりとラティスの顔になっていた。髪もしっかり生えている。体を覆う金属片は強化服のような形状をしている。その外見に他の巨人達のような醜悪さは無かった。
アキラがパメラの言葉を思い出す。
『ラティスに殺されろって、そういうことだったのか』
自分達が戦っていた巨人達は、あのような姿ではあったが、全てラティスだったのだと、アキラは遅れて理解した。
そのラティスがブレードを生成する。掌から伸びた鉄塊が融解し、力場装甲で形状を整えて鋭利な刃を形成し、エネルギーを注ぎ込まれて発光し、高層ビルを両断可能な長さの光刃となる。そしてそのブレードを構え、振るった。
狙われたのはグートル達の部隊だ。大型の巨人が突如現れたことで動きを止めていたが、その相手が動き出せばグートル達も即座に動く。全ての武装からありったけの弾を吐き出してラティスを攻撃していた。そこを狙われる。全力で回避行動を取ったが、数機が避け切れず、消滅した。
加えて、その一撃はスラム街を斬り裂くどころか、クガマヤマ都市の防壁まで届いていた。光刃から放たれた飛ぶ斬撃、切断能力を持つエネルギーの波がそこまで到達したのだ。
それでも防壁そのものは都市防衛用の強力な力場装甲のお陰で無傷だ。だが斬撃の線上にあった下位区画には甚大な被害が出ていた。
アキラがその余りの一撃に唖然とする。
『どういう間合いで、どういう威力だよ……』
一方アルファは普段の調子で笑っていた。
『まあ、確かにかなりの威力だけれど、あの調子で戦えばすぐにエネルギー切れで餓死するわ』
『でもその前にこの辺りは壊滅するんだろう?』
『そうなるわね。だからその前に倒してしまいましょう。さっきの攻撃で相手が私達を認識していないことは確認できたから、落ち着いてしっかりと狙えるわ』
現在のアキラはアルファの操作で強化服の迷彩機能を有効にして潜んでいる状態だ。下手に動かない限り余程のことがなければ察知されない。それでも察知されている恐れは残っていたのだが、ラティスがアキラを狙わなかったことでその懸念は完全に消えた。認識されているのであれば、間違いなくアキラが真っ先に狙われるからだ。
その確認の為にアルファは先にラティスに動いてもらったのだと、ある意味でグートル達やクガマヤマ都市を囮にしたのだと、アキラも遅れて理解した。
『流石に対滅弾頭を撃てば気付かれるわ。だから1回で決めるわよ』
『……ああ。分かった』
アキラは僅かに生まれた感傷のようなものを、自分は手段を選り好み出来る状況ではないとして拭うと、気を切り替える。そして対滅弾頭を装填したRL2複合銃に持ち替えて、構えた。そして浮かんだ別の思いを、真面目な顔で口に出す。
「死んでからも、そんな姿になっても働くのは大したもんだ。でもそろそろ終わりにしてくれ。残りの弾、全部くれてやるからさ」
その言葉を手向けにして、アキラが引き金を引く。
「……、じゃあな」
残り4発の対滅弾頭が銃口から全て撃ち出され、射線上の全てを穿ちながら宙を駆ける。そしてアルファのサポートによる精密極まる計算を基に、最大の威力を発揮する地点に狂い無く着弾した。
生成された破壊の球が巨人を呑み込む。それで巨人は倒された。標的が大きすぎる所為で膝から下は残ったが、球の内側は一切合切消失し、その外側も衝撃で吹き飛んだ。
ビルの屋上でアキラが銃を下ろす。対滅弾頭による攻撃の余波が暴風となって吹き荒れ、それが落ち着き、漸く静けさを取り戻したスラム街の光景、もうただの荒野と化している風景を見て、大きく息を吐いた。
「これで4億オーラムか。まあ、あんたを倒せるなら、安上がりなんだろうな」
それは間違いなくアキラの本心だった。
『アルファ。一応聞くけど、倒したよな?』
『間違いなく倒したわ。飛び散った肉片が微妙に残っているけれど、核を破壊されて活動を停止しているから大丈夫よ』
『よし。終わったか。……まあ、これで全部終わった訳じゃないんだろうけどさ』
今回の襲撃が終わっただけで、本質的には何も済んでいない。リオンズテイル社とは敵対したままであり、クロエも生きている。終わったとするには早すぎる。アキラもそれぐらいは分かっていた。
それでも、流石に今日はもう何も無いだろうと、心身共に疲れた息を吐いた。
『当面は坂下から装備が届くのを待つとしても、スラム街にいてもこれなら、やっぱり装備が届くまで荒野に隠れてた方が良いかな?』
『そうね。その辺りもゆっくり休みながら考えましょう……、アキラ! 警戒して!』
笑って話していたアルファが急に非常に真剣な顔で警戒を促した。アキラも反射的に臨戦態勢を取る。
アキラの情報収集機器は周囲に突如出現した無数の反応を捉えていた。全ての反応は自身の存在をアキラに意図的に示した上で近付いてくる。そしてそのままアキラの周囲に姿を現し、取り囲んだ。
現れた者達は全員メイド服と執事服を着用しており、リオンズテイル社の者だと容易に推察できた。アキラの顔が非常に険しいものに変わる。だが表情を大きく歪めた理由の大半は相手の服装ではなかった。
アキラも多くの戦いを積み重ねたことで、相手の強さを多少は見抜けるようになっていた。そして曲がり形にも研鑽を積んだその技術は、自分を取り囲んでいる者達全員がハーマーズと同等の実力者か、或いはそれ以上の者であることをアキラに告げていた。
巨人の群れに囲まれていた時よりも絶望的に悪化した状況の中、一人のメイドがアキラの前まで来て微笑む。
「御心配無く。交戦の意志は御座いません」
「……誰だ?」
「リオンズテイル東部本店の代表をしておりますアリスと申します。お見知り置きを」
「東部……本店……?」
「はい。社を代表して、貴方と交渉しに来ました」
強い警戒を示しながらもあからさまに困惑しているアキラに向けて、アリスは愛想良く微笑んでいた。


















