272 シロウの推察
アキラはキャロルの話を興味深く聞いていた。
『アルファ。ミハゾノ街遺跡にいる時だけ旧領域接続者に近い状態になるって言ってるけど、そういうことってあるのか?』
『十分考えられるわ。一口に旧領域接続者と言っても、いろいろあるからね』
旧領域接続者にも通信能力には種類も個人差もある。中途半端な接続状態の者が遺跡に行き、遺跡の拡張現実機能との相性で急に所謂旧領域接続者として目覚めることもあれば、その逆もある。
恐らくキャロルは目覚めた時に、拡張現実機能のフィルターを全て取り払った状態になってしまった。その所為で余りの通信量の過負荷で脳に障害を負い、一度は機能した通信能力をすぐに損傷して失った。
ミハゾノ街遺跡の拡張現実機能だけ活用できるのは、その損傷による悪影響で汎用的な接続能力を失った所為かもしれない。或いはまだ機能している時に遺跡の都市システムに何らかの登録をしたことにより、非常に弱い通信能力でも接続可能になっているのかもしれない。または全く違う理由も考えられる。
アルファはそれらのことを、所謂旧領域接続者の知識と共にアキラに説明した。
『キャロルはアキラのように汎用的な旧領域通信は出来ないし、クズスハラ街遺跡に行っても私は見えないわ。だから旧領域接続者ではないというのも嘘ではないわね。まあ、その辺りは解釈次第でしょうけれど』
解釈に依っては東部の人間ほぼ全てを旧領域接続者と呼ぶことも出来る。アルファはその辺りの知識も一緒に伝えた。
『へー。成る程。じゃあこの話、本当なのか。キャロルも随分珍しい経験をしてるんだな』
アキラはそれでキャロルの話の感想を締め括った。つまりキャロルの話を聞いても、面白い話を聞いたという感想しか覚えなかった。
アルファがそこで指摘を入れる。
『それでアキラ、どうするの?』
『どうするって、何が?』
『キャロルの事情は分かったでしょう? 護衛はどうするの?』
『だから、何がだよ』
アキラも単に自分の察しが悪いことは理解しているのだが、何を尋ねられているのかは分からなかった。そしてそこでキャロルの様子に気付く。
キャロルはどこか追い詰められているようにも開き直ったようにも見える複雑な表情で、アキラの返答を待っていた。話してしまった、漸く話せた、その両方の感情を覚えながら、じっとアキラを見ていた。
そこでアキラも、キャロルが旧領域接続者であると坂下重工に知られてしまったという今の状況で、今後の護衛をどうするのかと聞かれていたのだと、やっと理解が少し追い付いた。そしてキャロルもその説明を待っているのだと気付き、少し唸ってから答える。
「えっと、キャロルの護衛だけど……、俺にも事情や用事がある。だから悪いんだけど……」
続く言葉を想像し、キャロルの顔が悲しく残念そうなものに変わった。だがそれもすぐに変わる。
「……前に言った装備を手に入れた時点で一度区切りにさせてくれ。それでまずは俺は用事を済ませる。その後に護衛を継続するかどうかは、その時にその時の状況から考えさせてくれ。他には……」
驚いた顔を浮かべているキャロルの前で、アキラが現状で他に説明しておくことを考えながら続けていく。
「……あいつは坂下重工のやつだから、キャロルが逃げるのならオーラム経済圏の外まで行かないと駄目なのか? 悪いけど、そこまでは付き合えない。さっき言った装備のこともあって、俺はクガマヤマ都市から余り離れられないんだ。装備を手に入れて、用事を済ませた後なら……送るぐらいなら良いか? まあ、それもその時の状況次第だ。あとは……」
アキラは護衛依頼の追加確認事項に見落としがないか唸りながら考えた。しかしこれ以上はこれといって思い付かなかった。
「キャロル。そっちから他に何か確認しておきたいことはあるか?」
仮に後で気付いて悩むようなことがあっても、自分とキャロルの両方が見落としていたものなら、依頼として大きな問題にはならないだろう。アキラはそう考えて結構真面目に聞いていた。
すると、キャロルが軽く吹き出してから嬉しそうに笑う。
「私も特に思い付かないわ。何かあったら、その時に調整しましょう」
「……? そうか」
アキラはそのキャロルの態度を少し不思議に思ったが、自分がまた普通の感覚とはズレたことでも言ったのかもしれないと考えただけで、特に気にしなかった。
「杞憂、だったわね」
「杞憂? いや、あいつが現れたんだから、どっちかと言えば用心しておいて良かったになるんじゃないか? いや、取引って言ってたし、旧領域接続者を無理矢理捕まえに来たって様子じゃなかったし、護衛の必要性から考えれば、杞憂、なのか?」
「その辺の判断は難しいわ。凄い護衛が付いていたから取引に切り替えたのかもしれないしね。まあ何にしろ、何かあったらしっかり護衛を御願いね」
「ああ、分かってる」
キャロルが再び吹き出し、楽しげに笑った。アキラは首を傾げていた。
旧領域接続者であると判明したキャロルを坂下重工が狙っているのであれば、アキラもそれは流石に割に合わないと、護衛を打ち切るかもしれない。アルファもキャロルもそう考え、それを期待し、恐れていた。だがアキラにその考えは無く、選択肢にすら上がらず、頭に浮かんですらいなかった。
『アルファは何か思い付くか?』
アルファは自分もアキラに依頼を頼んでいる立場なので、アキラに依頼を途中で投げ出すように勧めることは出来ない。そこで出来る限りアキラ自身が思い付くように促したのだが無駄に終わっていた。
『いいえ。無いわ。護衛の期限、区切りの確認も出来たのだから、そこまでは、一度引き受けた依頼をしっかりやり遂げなさい』
そのアルファの言葉を自分なりに深読みしたアキラが、ちゃんと分かっていると言いたげな口調で答える。
『分かってる。装備が届いたら、アルファの依頼の方を優先するって』
『期待しているわ』
アキラの機嫌を取る為に、アルファは嬉しそうに笑って返した。
その日の夜、アキラはいつものようにキャロルの側で仮眠を取っていた。
キャロルはしっかりと眠っている。柔らかなベッドの上に全裸で身を投げ出し、透けるように薄いが十分な保温能力を持つシーツを羽織り、心地良さそうな寝息を立てている。以前に自棄になった時にも似たような姿をしていたが、自暴自棄になっていない分だけ優美な裸体を際立たせており、アキラを意図的に誘っていない分だけ艶めかしさよりも不思議と色香を抑えた自然な美しさを感じさせる姿となっていた。
その裸体を前にしても然程反応を見せずに座って仮眠を取っていたアキラが急に立ち上がった。そして外に出る準備を始める。銃を身に着け、迷彩機能付きの防護コートを羽織ったところで、キャロルがその気配に気付いて目を覚ました。
「アキラ。どうしたの?」
「気の所為かもしれないけど、妙な気配を感じたからちょっと周りを見てくる」
「それなら私も行くわ」
「いや、迷彩を使うなら一人の方が良い。勘違いかもしれないし、キャロルは寝てて良いぞ」
アキラはそう言い残し、徒歩で車から出ていった。
キャロルは無意識に車両の後方、アキラのバイクを停めてある方向に視線を向けた。そして、周囲をしっかり見て回るつもりなら、或いは自分を置いてこっそり出ていくつもりならバイクに乗っていくだろうと考えて、アキラを信じているがそれとは無関係に心配性な自分に苦笑を浮かべた。
車内では軽い様子だったアキラが、外に出るのと同時に表情を引き締める。
『アルファ』
『あっちよ』
アキラは防護コートの迷彩機能を使わずに、アルファに教えられた方へ歩いていった。そして少し離れた場所、瓦礫の山の側で足を止め、溜め息を吐く。
「何の用だ」
すると瓦礫の陰から人影が現れる。シロウだ。シロウの方も武装はしているが迷彩は解いていた。
「待ってたぜー。これだけ近付いても来なかったらどうしようかと思ったぞ?」
「無視しても良かったんだが、車両の周りをずっとウロチョロするのなら、追っ払うぐらいはしないと不味いと思ったんだよ」
「そう言うなよ。旧領域接続者同士仲良くしようぜ?」
シロウにそう指摘されても、流石にアキラももう動じない。
「取引だとか言ってたが、俺を態々脅しにでも来たのか? 俺も坂下重工を無駄に敵に回すつもりは無いが、限度はあるぞ?」
アキラは柄にもなく駆け引きのようなことを言っていると思いながら、一応嘘ではないと視線を鋭くした。もう少しで最前線並みの装備が手に入るという状況で坂下重工を敵に回すのは可能な限り避けたいとは思っている。だがその為に全てを許容するのであれば、クロエを殺そうとして賞金首になるような状況には陥っていない。
だがシロウはアキラの威圧を流しながら、少し大袈裟に首を横に振る。
「とんでもない。俺はお前に仕事を頼みに来たんだ。必要なら坂下重工さえ敵に回しても構わないっていう、その仕事に対する姿勢を期待してな」
怪訝な様子を強くするアキラとは対照的に、シロウが笑みを強くしていく。
「500億オーラム、お前の賞金と同額を出す。どうだ?」
その言葉に、流石にアキラも驚きを隠せなかった。
「本気で言ってるのか?」
「本気だ。お前を殺すのに500億オーラム掛かるんだ。お前を雇うのに同額掛かっても不思議は無いだろう? まあ流石に全額前金でって言われても困るから、その辺は受け渡し方法も含めて要交渉ってことで……」
「いや、そうじゃなくて、いや、それも含めてだけど、普通賞金首を雇おうとするか?」
「別に坂下が賞金を懸けた訳じゃないしな。俺は気にしない」
これを、そういうものか、として流すのはアキラにも無理だった。その表情に困惑の色が強くなる。
「それじゃあ具体的な話を始めるけど……」
仕事の期間は1ヶ月ほど。その間、自分の戦力としていろいろやってほしい。具体的に何をするかはまだ話せないし、状況次第なところもあるので自分にも正確には分からない。しかし未発見の遺跡に何の情報も無いまま乗り込めるぐらいの戦力は期待したい。500億オーラムは経費込み。ハンターとして雇うので、戦闘は確実にあると思ってほしい。シロウはそれらのことを、突拍子も無い話に困惑するのが精一杯で流されているアキラに話していった。
「あと、先に十分な経費を貰った方が余裕を持って戦えるってのは分かるけど、だからってそれで先に200も300も欲しいって言われても困る。様子を見てまずは50ぐらいから……」
話がそこまで進んだ辺りで、アキラが漸く我に返った。
「ちょっと待て。勝手に話を進めるな。引き受けると言った覚えは無いぞ」
「断る理由も無いだろう?」
「ある」
「何だ?」
「お前、坂下重工から逃げてるんだろう? そのお前に雇われたら坂下重工を敵に回すことになるじゃないか」
アキラは敢えてそう言い切った。尤も確証は無い。ミハゾノ街遺跡でシロウと会った時の騒ぎの大きさと、坂下重工から逃げているという事情でもなければ態々自分を雇う必要など無いはずだ、という考えを基にした推察にすぎない。そして相手の反応からどこまで正しいか探ろうとしていた。
シロウの顔が険しくなる。普段のシロウならアキラの意図を読んで惚けつつも逆に聞き返すぐらいはしていた。だが先日のスガドメとの遣り取りで追い詰められていたシロウは、アキラの発言を過剰に受け取った。
「……俺は個人的にお前を雇おうとした。お前もそれを分かっているから、その辺のことは口に出さないでいてくれたと思っていた。だがそれを口に出すなら、こっちにもその辺の話をすることになるぞ?」
「何が言いたい?」
「俺の後ろに坂下重工がいるように、お前の後ろにもお前を支援する者がいるってことだよ!」
驚愕と共にアキラの警戒が一気に高まる。反射的に銃を握り銃口をシロウに向けた。
シロウはアキラの動きにまるで反応できなかった。しかし銃を突き付けられてもたじろがず、厳しい表情で、だが笑ってアキラを見詰め返す。
「図星……ってことで良いんだな?」
そう問われたことで、アキラは自身の反応でシロウの言葉を肯定してしまったことに気付き、顔を更に険しくした。
『アルファ、どうする? ここで殺すか?』
アルファがアキラの前に立ち、いつもの笑顔でアキラを見詰めて落ち着かせようとする。
『アキラ。落ち着きなさい。まだ私の存在が露見したと決まった訳ではないわ』
『そ、そうなのか?』
『彼を殺すかどうかは私が決めるわ。アキラはとにかく落ち着いて、余計なことを言わないように気を付けて。良いわね?』
『……分かった』
アキラは自己暗示を兼ねて大きく息を吐いた。続けて深く吸い、深く吐き、頭から動揺を消し去って冷静さを保つ。そして裏でアルファと話しながらシロウとの話を再開する。
「……図星だったとして、そうすると、俺が次にすることは、この場でお前を殺して口封じ、になるんだけど、俺がそれを出来ない理由があるなら聞いておこうか。当然だけど、そういう理由があるから言ったんだよな? それとも、図星を衝ければ死んでも良いって思ってるのか? 違うよな?」
アキラが頑張って薄く嗤う。
「一応聞いとくけどさ、坂下重工の工作員である自分をその程度のことで殺す訳がないって、そんな程度の理由じゃないよな? 俺はお前が言った通り必要なら坂下重工でも敵に回すんだ。その程度の理由なら、十分に、必要だ」
シロウは冷や汗をかきながらも、笑みを維持していた。
「当然違う」
「じゃあ何だ? 話せないのなら、理由は無い、と同じだぞ?」
「俺を殺せば、坂下だけじゃなく、多津森も、月定も……」
シロウがそう言った時、アルファが急に服装を変えた。それを見たアキラが怪訝に思い、自覚すら出来ない程度にそれを僅かに顔に出す。
「……千葉も、いや、五大企業全体、統企連が敵に回るからだ」
『アルファ。何で急に着替えたんだ?』
『気にしないで』
『いやこんな時に急に着替えたら気になるって』
『いいから、アキラは彼との話に集中しなさい』
アルファの方から自分の気が散る真似をしたのに何なんだと思いながらも、アキラは意識をシロウに戻し、表情を引き締める。
「ハッタリだな。お前を殺した程度で統企連が動くかよ」
「それはどうかな? まあ、統企連が動くってのは言いすぎかもな。でも、月定辺りは非常に嫌がるんじゃないか?」
シロウが意味深に笑いながらアキラへの視線を強めた。それと同時にアルファがまるでキスでもするようにアキラに顔を近付けた。アキラが思わず頭を僅かに後ろに反らし、顔を怪訝そうに歪ませる。
『アルファ!? さっきから何だ!?』
『後で説明するから今は気にしないようにしなさい』
『無茶言うな』
よく分からないが、それでも指示は指示だとアキラはアルファに反応しないように心掛けた。しかしその所為でアキラの表情は少し硬いものになった。
そのアキラの一連の反応を見て、シロウは図星を衝いたと確信した。そしてそれを初めから知っていたように告げる。
「お前は月定層建のエージェントだ。クズスハラ街遺跡の調査の為に地元のハンターとして潜り込んでいるんだろう? 違うか?」
アキラの沈黙を、シロウは肯定と見做した。
「リオンズテイル社と敵対したのも、お前が単なるハンターならただの馬鹿な真似としか思えないが、それが月定の作戦なら意図もいろいろ思い付く。例えば、リオンズテイル社の代表が近々こっちに来るらしいが、それに合わせた妨害や警告とかな。まあ、これは俺の想像で、調べた訳じゃないけど」
今のリオンズテイル社の話は想像だと強調して、暗に月定層建のエージェントの話は想像ではないと臭わせる。そちらはちゃんと調べて知ったのだと、アキラを騙そうとする。
アキラは険しく難しい顔を浮かべて黙っていた。それは自分が迂闊なことを言ってしまうとそこから相手の誤解が解けてしまうのではないかという焦りの所為だったが、シロウには図星を衝かれた焦りにしか思えなかった。
「お前のこっちでの経歴も調べた。多くの騒ぎでランク詐欺のような戦果を何度も残しているな? 一度や二度ならともかく、ちょっと多すぎる。それをごまかそうと戦歴を売ったりもしている。本来の実力を隠すにしても、ちょっと手際が悪いんじゃないか?」
アキラが不機嫌そうに顔を歪めて舌打ちした。アルファに言われてやったことだったが、過去の不運を思い出した本心も混ざっていた。
その態度を見てシロウが笑みを深める。
「もしかして、賞金首になったのも何かの不手際か? それとも作戦か?」
「……お前の妄想に付き合うとして、坂下重工の工作員が月定層建の工作員を雇う理由は何だ? 単に人がいるならそこらのやつで良い。重要な増員が必要なら坂下に頼めば良い。なぜ態々俺を雇う?」
シロウは返答内容を僅かに迷った。しかしここでの虚言は今後に差し支えると思い、嘘は吐かないと決めた。
「俺は今、極めて個人的な事情で動いている。その為に必要なら坂下を敵に回す覚悟もしている。そして目的達成の為に戦力が要る。お前を選んだのは、その都合だ」
シロウが求める者は坂下重工と敵対する恐れがある仕事でも引き受ける実力者だ。そのような者は当然ながら坂下重工でも無下に扱えないほどの者となり、基本的に最前線付近にしかいない上にコロン払いの依頼となる。
だがシロウは手持ちのコロンを使い切ってしまった。加えてコロンに余裕があったとしても該当のハンターを最前線付近からここまで呼び寄せる時間的猶予も無くなってしまった。
そこで仕方無く妥協した。強く、この近隣にいて、オーラムで雇うことが可能で、仕事に誠実で、金を積めば危険な内容でも引き受ける者。その条件に抑えて、出来る限り一致する者を探したのだ。
その結果、アキラというハンターが見付かった。リオンズテイル社に喧嘩を売って賞金首になり、クガマヤマ都市からモンスター認定まで受けている。間違いなく真っ当なハンターではない。だがだからこそ大企業を敵に回す裏稼業紛いの仕事でも引き受ける可能性があると判断した。そして経歴を調べ、人格はどうであれ仕事に対しては忠実らしいという情報も得た。
そして悩んだ末にアキラを雇うことに決めたのだ。
アキラはそれらの話を、明らかに説明の仕方に注意している様子のシロウから聞いた。
『アルファ。この話、本当だと思うか?』
『発言に気を付けているのは確かよ。でも嘘を吐いてる様子は無いわ。アキラを選んだのはただの妥協です、と嘘を吐く理由も無いはずよ』
『妥協か。まあ裏事情を下手に隠されるよりはそっちの方が良い』
アキラが大きく息を吐く。
「俺を雇いたい理由は分かった。それで、俺がお前を殺せない理由は?」
「……俺の目的には、ある遺跡の攻略も含まれている。単純に遺跡としても非常に貴重で、東部の在り方にとっても重要な遺跡だ。俺に雇われて仕事を済ませれば、当然その情報が手に入る。旧領域接続者であっても、一介の工作員にとっては価値が高すぎる情報だ。持ち帰れば功績になる。お前の月定層建での地位も上がるだろう。聞いてしまった以上、その情報が欲しいだろう? お前は絶対に功績を求めている。俺を殺せば、手に入らないぞ」
アキラが悩む。個人的にはそんな情報も功績も不要なのだが、アルファの存在を隠す為には、自身が月定層建のエージェントであるという誤解を維持しなければならない。しかし月定層建のエージェントが、その情報をどれだけ欲しがるかなど分からない。そこで探りを入れる。
「俺が功績を欲しがっていると、どうして言い切れる?」
するとシロウは僅かな懸念を見せた。
「……指摘しても良いけど、何を言っても怒らないと約束できるか?」
「……、じゃあ黙ってろ」
本物の工作員であれば非常に癇に障る内容なのだろう。アキラはそう判断し、それ以上聞くのを止めて不機嫌そうに顔を歪めた。そして内心ではこの反応で良かったのだろうかと焦りながら、大いに悩んでいるような態度を取りつつ話を進める。
「良いだろう。雇われてやる。だが条件がある」
「何だ?」
何を言われるのだろうと警戒したシロウは、その条件を聞いて顔を思わず歪めた。
キャロルは寝ないでアキラを待っていた。裸体のままベッドに腰掛けている。そこにアキラが戻ってくる。
「お帰りなさい。大丈夫だった?」
「あー、キャロル。そのことでちょっと話があるから服を着てくれ」
「ん? 分かったわ」
キャロルはアキラの様子から、強化服の着用を望むような危険な状況ではなく、単に全裸のままだと話し難いだけだろうと判断すると、部屋着用のローブを羽織った。透けない素材だがゆったりとした作りのローブを軽く着ているだけなので、胸の谷間などははっきりと見える。
「それで、話って?」
「あー、悪い、キャロル。ちゃんと服を着てくれ。強化服でも良いから」
キャロルの強化服は所謂旧世界風の尖ったデザインであり、それを着用しても、ちゃんと、服を着たと見做せるかどうかは微妙なところがある。キャロルもそれぐらいは理解している。その上で、アキラの要望が、取り敢えず肌をしっかり隠せという意味なのは分かったので、一度リビングルームから出てしっかり着替えて戻ってきた。
「これで良い?」
「ああ、悪いな。ちょっと待っててくれ」
アキラはそう言って一度下がり、車のドアを開けた。
キャロルが驚きを露わにする。シロウが入ってきたのだ。
「お邪魔するぜー」
「……アキラ、どういうこと?」
思わず困惑の表情を浮かべたキャロルに、アキラが難しい顔を向ける。
「そいつが俺達を500億オーラムで雇いたいそうだ。で、その交渉がしたいんだってさ」
シロウがキャロルに向けて調子良く笑う。
「そういうこと。まあ、座りなよ」
そう言って勝手にリビングルームのソファーに座ったシロウが、キャロルにも座るように手で促す。キャロルは怪訝な顔をしたままだったが、アキラが招いた以上一定の安全は確保されているのだろうと判断し、そのまま向かいに座った。
アキラがキャロルの隣に座り、自分が話さなければならないことを思案する。
「キャロル。取り敢えずそいつの話を聞いてから、受けるかどうか決めてくれ。これは俺がキャロルの護衛を続ける前提での話で、その上でそいつの仕事も一緒に引き受けるかどうかってことだ。そいつには、キャロルが承諾したら受けても良いと言ってある」
キャロルに余計なことを話さない。キャロルの護衛は続ける。その上で、キャロルが良いと言ったら引き受ける。それがアキラがシロウに提示した条件だった。条件は他にもあるのだが、まずはその条件を満たさなければ駄目だと告げていた。
「俺の仕事の優先順位は護衛が先だ。護衛が疎かになりかねないから嫌だってなら、それで良い。キャロルの依頼を先に受けたんだからな。キャロルが決めてくれ。どっちでも良いなら受けることになる」
予想外の事態が続いたことにキャロルは混乱と困惑を強めていた。それでも何とか事態を把握しようと、アキラの説明を頭の中で何度も繰り返し、反芻し、状況への理解を深めようとする。
「アキラ。私が嫌だって言ったらどうするの?」
「まずそいつを車外に叩き出す。そして急いで移動だな。そいつを生かしたまま置き去りにするか、死体にして置き去りにするかは、要相談だ」
「そこは生かしておこうぜー」
「お前には聞いてない」
「坂下重工の人間を無闇に殺すのはお勧めしないぜー」
かなり真面目な様子のアキラと、敢えて軽い調子を見せているシロウ。その二人の視線がキャロルに向けられる。
「えっと、アキラ、その、つまり、私が断ったら、500億オーラムの依頼が流れるのよね? それ、アキラはどう思ってるの?」
「気にしなくて良い」
「そ、そう言われても……」
億に満たない小銭であれば、以前のミハゾノ街遺跡での騒ぎの元になったであろう者となど関わりたくないと、キャロルもアキラには悪いとは思うが断っていた。しかし流石に金額が大きすぎた。
そこにシロウが口を挟む。
「一応言っておく。俺はアキラを雇いに来たんだ。でもキャロルの護衛依頼を既に受けているって断られたから、アキラ達を雇うって形式に変えたんだ。それは知っておいてくれ」
キャロルが驚いて思わずアキラを見た。アキラが僅かに顔を顰める。
「余計なことを言うなと言ったはずだぞ?」
「いやいやいや、これは余計なことじゃないだろう」
「じゃあ必要最低限のこと以外は全部黙ってろ」
そう釘を刺されたシロウは、やれやれと言うように首を軽く横に振った。
「仕方無いなー。それなら俺の事情とかを詳しく話すのは止めて、キャロルさんの承諾を得られる話を端的にするか」
今まで軽い調子だったシロウが、真面目な表情でキャロルを見る。
「この話を受けてくれたら、キャロルさんへの報酬として、坂下重工を含む各企業が旧領域接続者をどう扱っているか教える」
キャロルが劇的な反応を見せた。その手の情報はキャロルも昔から様々な手段で調べようとしていた。だが結局は確証の無い噂のような情報しか手に入らなかった。
「坂下重工所属の旧領域接続者として、旧領域接続者の捜索方法や判別方法など、社外秘に関わる情報も含めてしっかりと教えてやる。企業から逃げるにしろ隠れるにしろ、逆に利用するにしろ、非常に役に立つ情報ばかりだ」
副業の代金として、その手の情報を引きだそうとしたことも多い。だがそこまでの情報を知っている者はいなかった。
「俺だって普通は絶対に教えない。一応社外秘だからな。だが今は俺にも事情がある。だから特別に教えてやる」
頷けば、それが手に入る。五大企業の工作員などでなければ知り得ない貴重な情報が得られる。その機会を目の当たりにして、キャロルは震えていた。
「どうだ? 知りたいだろう?」
キャロルの反応から確かな手応えを得たシロウは、勝ったと言わんばかりに笑った。


















