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27 若手ハンターの認識

 都市の外周部にある広場に大勢のハンターが集まっている。そこにはアキラの姿もあった。

 都市と荒野の接点でもある広場はかなり広く、多くのハンターが定期的に集まることもあって、彼らを相手にする移動店舗なども集まっている。この場のハンターの大半はハンターオフィスから依頼を請け負った者達であり、広場は依頼の集合場所となっていた。

 ハンター達への依頼の斡旋(あっせん)もハンターオフィスの重要な業務だ。ネット等も含めて様々な方法で多種多様な依頼を提示している。そして大抵の依頼にはハンターランク等による請負制限が付いている。

 ハンターランク10。駆け出し未満、素人同然の評価のハンターが請け負える依頼は、当然ながら限られている。そのアキラが受けた依頼はクガマヤマ都市周辺の巡回だ。ハンターオフィスが用意した車両に乗って荒野を巡回し、都市周辺のモンスターを間引くのが主な仕事内容だ。

 この依頼はモンスターと遭遇しなかった場合でも基本報酬が支払われる。更に遭遇した場合は討伐内容に応じた追加報酬が加わる。実力の乏しい者でも運が良ければ車に乗っているだけで金が手に入る上に、運悪く多数のモンスターと遭遇しても、他のハンターと協力して戦えるので比較的生存率が高い。また金と実績を求めるのならば他のハンターよりも早く多くモンスターを倒せば良い。

 ある意味で、成り上がろうと意気込む駆け出しハンター達にとても都合の良い依頼だ。死なない程度に心を折られた結果、死なずに済むという意味においても。

 情報端末の普及により依頼の手続きを情報端末経由で済ませるハンターも増えてきた。その(ため)、最近は手続きの方法もそれに準じた形式が主流になっている。情報端末の操作も覚束(おぼつか)無いアキラでは依頼の申し込みも難しいが、アルファが情報端末の操作を代行して事なきを得た。そのおかげでアキラは集合日時に指定の場所に向かうだけで済んだ。

 時間になるとハンターオフィスの職員が拡声器でハンター達に指示を出す。

「並んでハンター証を提示してくれ! 指定された番号の車に乗り込むこと! 出発時刻までは好きにして構わないが、乗り遅れた場合は依頼放棄と見做(みな)す! 並べ!」

 ハンター達が手慣れた動きで列を作る。アキラも列に加わった。(しばら)くして順番が回ってくると、他のハンターを真似(まね)てハンター証を職員の端末に(かざ)した。

 職員がアキラの情報を読み取って事務的に振り分ける。

「14番に乗れ! 次!」

 列を離れて指定された車に向かう途中に、アルファが微妙な表情でアキラには少し気になることを口に出す。

『14か。アキラらしい番号と言うべきなのかしらね』

『どういう意味だ?』

『気にしないで。ちょっとした意味のある数字というだけよ』

『……その数字にどういう意味があるんだ?』

『気にしないで。大丈夫。私に任せておきなさい。私のサポートさえあれば大丈夫よ。頑張って生還しましょう』

 初めの内は少し首を(かし)げている程度だったアキラも、気になることを続けて言われた所為(せい)で慌て始める。

『だから、どういう意味なんだ!?』

『指定された車はあれよ。遅れないように乗り込みましょう』

 アルファは力強い微笑(ほほえ)みを浮かべるだけで、数字の意味を説明しようとはしなかった。

 指定された14番車両は荒野仕様の大型トラックだ。屋根のない荷台の両端に安っぽい長椅子が備え付けられている。荷台には既に他のハンター達が乗り込んでいた。そのハンター達の何名かが、荷台に乗り込もうとするアキラに何となく視線を向けた。

 至近距離にいる大勢の武装した者達。交戦すれば自力での勝ち目など無いに等しい者ばかり。アキラが無意識に最悪の事態を想像して緊張を高める。するとアルファがアキラの目の前で急に服装を変えた。

『アキラ。ここが()いているわ』

 アキラは戸惑いながら教えられた場所に座って前を見た。そして目の前の光景に先ほどの緊張など忘れて僅かに怪訝(けげん)な顔を浮かべる。

『アルファ。何で急に服を変えたんだ?』

 アルファが軽くポーズを取ってアキラに笑いかける。

『似合ってる?』

 荒野仕様の大型トラックの荷台に武装したハンター達が集結している光景の中に、かなり際疾(きわど)いデザインの水着を着た美女が惜しげもなく肌を(さら)しながら楽しげに笑っている。この時点でいろいろと不自然だ。

 加えて普通ならどう考えても注目を浴びるアルファの姿を、他のハンター達が誰一人気に()めていない。それが場の光景の不自然さを更に引き上げている。アキラはアルファの異常さを改めて実感していた。

 アルファが身に着けている水着はその魅力的な肢体を美しくも蠱惑(こわく)的に飾り付けている。アキラはその水着への率直な評価を口に出すのを何となく嫌がり、代わりに別視点の評価を返す。

『……少なくとも、この場所とは致命的に似合っていない。常識に疎い俺でも、水着がここで着る服じゃないことぐらい知ってる。荒野行きのトラックの荷台に似合った服装じゃないな』

 アルファが悪戯(いたずら)っぽく笑う。

『これから(しばら)く代わり映えのない荒野をひたすら見続けることになるアキラを気遣って、私がアキラの視界に彩りを添えているのよ。どう? 視界に欠けている彩りのなさを、私1人で書き換える華やかさでしょう?』

 確かに華やかさは加わった。それはアキラも認める。だがそれ以上に不自然さが過剰供給されている所為(せい)で、基本的には台無しだ。

『どうでも良いから元に戻せ』

 アルファはアキラを揶揄(からか)うように挑発気味に微笑(ほほえ)んでいる。

『険しい顔でこっちを見ると、不審者になるわよ?』

 アキラは軽く()め息を吐いてアルファの服を戻すのを諦めた。荷台に乗り込んだ時に覚えた過度な緊張や不安は、この馬鹿な()り取りで完全に四散していた。

 そしてそれこそがアルファが着替えた目的だったと気付けるほど、アキラは鋭くなかった。

 アキラが気を切り替えようとした時、隣に座っているハザワというハンターが不機嫌な様子で舌打ちする。

「またガキかよ! どうなってるんだ? この車は大外れか!?」

 近くにいたハンターが軽く笑いながら(はや)し立てる。

「何言ってんだ。獲物の取り合いにならずに済むんだから、(むし)ろ当たりだろう?」

 同じ車両に役立たずが乗っている。その認識は一致していたが、その先の判断までは一致していなかった。ハザワが周囲のハンター達を、特にアキラを含めた若手ハンター達を見ながら声を上げる。

「俺は安全にやりたいんだよ! 最近クズスハラ街遺跡にここらでは見慣れないモンスターが住み着いて、周辺地域のモンスターの分布が変化したって話も聞く! それが落ち着くまで安全にやって何が悪い! そんな状況でこんなガキだらけの班に配置されるなんて、大外れに決まってる!」

 アキラがトラックの荷台を見渡して同乗者を改めて確認すると、アキラと同世代の若手ハンターが結構混ざっていた。

 ハンター稼業は基本的に荒事だ。危険と報酬は比例する。過度な臆病さと慎重さは折角(せっかく)の稼ぎを逃し大成を遠ざける悪癖でもあるが、死を招く過ぎた欲を抑える歯止めでもある。それなりの経験を積んだハンター達はハザワの臆病さを軽く笑いながらも、その反応に理解を示していた。

 だがカツヤという若手ハンターはそれを笑い飛ばせなかった。怒りの表情でハザワに食ってかかる。

「馬鹿にするな! 俺のハンターランクは19だ! 装備だってお前達が使ってるような安物じゃない! お前らとは装備も実力も違うんだ!」

 カツヤは自分の実力に自信を持っており、確かにそれなりの実力を身に着けていた。だが若手だという理由で軽んじられることも多く、ハザワの言動が(ひど)(かん)に障ってしまった。

 ハザワがカツヤ達を見て小馬鹿にする。

「ふん。お前らドランカムのガキ連中だろう。ベテラン連中の尻に引っ付いて数字だけ上げたガキどものハンターランクなんか信用できるか」

 ドランカムはクガマヤマ都市を中心に活動しているハンター徒党だ。多数のハンターが所属している比較的大規模な組織で、その組織力を生かして多くの成果を上げていた。

 ハンターオフィスはそのような大きな影響力を持つハンター徒党を比較的優遇している。長期に(わた)って多数の人員が必要な依頼などの場合に、人員調整などを欠員発生時の対処も含めて徒党側の責任で任せられる上に、報酬配分なども押し付けられるからだ。また、どこかの徒党に所属させていた方が、基本的に荒っぽいハンター達を管理しやすい利点もある。

 それらの事情から、ハンターオフィスもハンターがどこかの徒党に所属するのを推奨しており、大規模なハンター徒党が生まれるのを後押ししていた。

 ハンターオフィスはそのハンター徒党も管理している。そして徒党を評価する指針の一つに、所属しているハンター達のハンターランクがある。主にハンターランクの平均値と総和だ。それにより、ベテランが比較的ハンターランクを上げやすい新人と一緒に依頼を引き受けて、ある意味で実績の横流しを行い、新人のハンターランクを意図的に効率よく引き上げることで、徒党のハンターランクの平均値を上げる手段が横行していた。

 ハンターオフィスはその行為をある程度黙認していた。視点を変えれば後進の育成でもあるからだ。引き上げられた評価に相応する危険度の依頼を徒党が完遂している限り、大きな問題にはしなかった。

 その(ため)、ハンターオフィスからの優遇処置を求めてハンターランクの総数だけを上げようと躍起になる徒党もある。その手の徒党にはハンターランクが高いだけの素人同然のハンターが多数在籍していることもある。それだけならまだ良いのだが、それを自分の実力だと勘違いして馬鹿な真似(まね)をする者もいる。集団行動の場合、そのツケはその愚か者と一緒にいる者達が支払うことになる。

 ハザワが声を荒らげて文句を言うのは、その手の愚か者の所為(せい)で危険な目に遭った経験があるからだ。加えて、カツヤ達の装備が自分のものより高性能なことに気付き、湧き起こった嫉妬心をカツヤ達への侮蔑で相殺しようとしていた。

「どうせその(すご)い装備だって、自分の稼ぎで買ったものじゃないんだろうが。気分だけ一人前の馬鹿に一緒にいられると迷惑なんだ。足手(まと)いなんだよ」

 カツヤが怒りの表情で激しく言い返す。

「足手(まと)いはお前だろ! 初めから他のハンターに倒してもらう気でいるじゃねえか!」

「何だと!? 俺はお前らの尻を拭くのは御免だって言ってるんだよ!」

 ハザワとカツヤは不毛な言い争いを続けて互いの苛立(いらだ)ちを高めていた。

 カツヤの(そば)には同じくドランカム所属の若手ハンターであるユミナとアイリという少女達がいた。ユミナが幼馴染(なじ)みに世話を焼くような態度でカツヤを(たしな)める。

「カツヤ。いい加減にして。騒ぎを起こすなって言われたでしょう?」

 アイリも同じくカツヤを止めようとして、火に油を(そそ)ぐ。

「カツヤ。それ以上そんな雑魚に構う必要はない」

 カツヤはユミナ達に少し不服そうな顔を浮かべただけだった。だが雑魚呼ばわりされたハザワはそれでは済まず、強い苛立(いらだ)ちを(あら)わにしてアイリを(にら)み付ける。

 アイリは気にせずに無自覚に更に続ける。

「私達が未熟者なら、そんな私達と一緒の班にされたやつも未熟者でしかない。私達はすぐに上に行く。こんな場所で(くすぶ)っている雑魚を一々相手にすることはない」

 場が静まった。一(まと)めに雑魚呼ばわりされたハンター達が敵対的な視線をカツヤ達に向けている。その一部はアキラにも向けられていた。同じ集団であると誤解されたのだ。

 その空気の中、シカラベというハンターが大げさに()め息を吐いた。そして低い声で場の全員を威圧する。

「3人ともいい加減にしろ」

 シカラベは他のハンター達とは装備も風格も異なっており、熟練した実力者の雰囲気を漂わせている。カツヤ達の引率役として同乗しているドランカム所属のハンターで、悪く言えば子守だ。

 シカラベが面倒そうな表情で周囲に視線を送る。それだけで、下手をすると乱闘が始まりそうだった空気が完全に()き消えた。

「こいつらの面倒は俺が見る。お前らに迷惑は掛けない。以上だ」

 他のハンター達は明らかに格上のハンターの宣言に渋々引き下がった。それを見たカツヤとアイリが少し得意になっていた。

 ハンターオフィスの職員が運転席から荷台へ向けて叫ぶ。

「時間だ! 今から出発する! これから騒ぐやつは依頼放棄と見做(みな)して(たた)き出す! それと、そこのドランカムのやつ! ガキの面倒ぐらいちゃんと見とけ! 出発だ!」

 職員の叱咤に他のハンター達が溜飲(りゅういん)を少し下げた。

 アキラは騒ぎが収まったことに安堵(あんど)しながらも、少し面倒そうな表情を浮かべていた。

『何で出発前からこんな騒ぎが起きるんだよ』

 アルファが少し楽しげに微笑(ほほえ)む。

『アキラの運が悪いからかもね』

 アキラはその言葉に納得しかけてしまい、それを振り払うように否定する。

『……いや、なんか強そうなハンターも同乗しているんだから、俺の不運は関係ないはずだ』

 トラックは落ち着きを取り戻したハンター達を乗せて荒野に出発した。


 トラックが大型の索敵装置で周囲を索敵しながら荒野を進んでいる。

 巡回依頼はモンスターの討伐実績から個別に報酬を算出する。基本的に獲物は早い者勝ちだ。モンスターの撃破判定と倒したハンターの識別は、車載の情報収集機器などで収集した情報から総合的に判定する。ハンター達が一斉射撃で獲物を倒した場合など、正確な討伐者が不明な場合、報酬は倒した可能性のある者で山分けになる。或いは乗車しているハンター全員で均等に分配する。一応判定や分配に文句を付けないことも依頼内容に含まれている。

 倒したモンスターの死体や残骸は、一応戦利品扱いでハンターオフィスに所有権がある。これはハンターが依頼の途中にそれらを持ち帰ろうとして予定を遅らせるのを予防する(ため)の処置だ。回収班が後でそれらの残骸を回収することもあるが、基本的にはそのまま放置される。単に非効率だからだ。

 トラックは順調に巡回を続けていた。何度かモンスターと遭遇したが単体や遠方からの接近が大半で、ハンター達の遠距離射撃で片が付いた。

 ハンター達は座っている椅子の位置で受け持つ方向を割り振られている。モンスターの出現方向はドランカム一同が座っている右側に偏っていた。アキラは左側に座っていたので、今のところ成果無しだ。

 ハザワは隣に座っているアキラをドランカムの一員だと勘違いしていた。不機嫌そうな態度でアキラを他所に退()かそうとする。

「お前もあっちに行けよ。何でこっちにいるんだ?」

 アキラが平然と答える。

「俺はあいつらとは無関係だ」

 ハザワが少し怪訝(けげん)そうな顔をする。

「そうなのか? お前も子供じゃないか」

「子供だって金は要る。ハンターランクの低い子供でも受けられる依頼はそんなに多くない。あいつらと同じ車に乗っているのは単なる偶然だ」

「それならその強化服は何だ? ドランカムからの借り物とかじゃないのか?」

 強化服は安物でもそれなりに高額だ。少なくとも駆け出しハンターに買える額ではない。アキラのような子供なら尚更(なおさら)だ。ハザワはそれらを根拠にしてアキラに疑いの目を向けていた。

 アキラが表情を少し真剣なものに変える。そこにはある種の決意と覚悟が(にじ)んでいた。

()めた金で、自分で買った。2世代ほど前の物でその分安い。それでも宿泊費を切り詰めないと無理だった。風呂付きの宿には泊まれなかった。だから(しばら)く風呂に入っていないんだ。俺はこの依頼の報酬で、風呂付きの生活を取り戻すんだ」

 ハザワがアキラの切実な思いを、覚悟を、決意を感じ取って少し引き気味になる。

「そ、そうか。あいつらと一緒にして悪かったな。まあ、俺も風呂ぐらいは毎日入りたいと思っているし、実際に毎日入っているから、まあ、お前の大変さは分かるぞ?」

 宿泊費を切り詰めた程度で強化服を購入できるのか。普段なら浮かんでいたその素朴な疑問は、アキラの気迫に押されていたハザワの頭には浮かんでこなかった。


 カツヤ達は軽い談笑を交えた少し緩い雰囲気でモンスターを銃撃していた。それが確かな実力を背景にした余裕からくるものであっても、危機意識に欠けた未熟さからくるものであっても、出発前の騒ぎでカツヤ達に反感を抱いているハンター達を苛立(いらだ)たせるには十分だった。

 カツヤが狙撃銃で遠距離のモンスターを狙う。しっかり狙って引き金を引いたが、車体の揺れ、目標との距離、本人の腕などによって、弾丸は目標から大きく外れた。

「外れか。難しいな」

 ユミナは少し(あき)れながらも笑顔を浮かべている。

「カツヤ。やっぱり遠すぎるのよ。もっと引き付けてから撃った方が良いわ」

 アイリが銃を渡すようにカツヤに手を伸ばして()かす。

「次は私の番」

「待ってくれ! 次は当てる!」

 獲物の撃破は早い者勝ちだが、狙っているのはカツヤだけだ。これは銃の有効射程の違いによるものだ。つまり、ドランカム所属の若手ハンター達の装備が他のハンター達より優れているのは事実だった。

 カツヤは何度か狙撃を続けたが、モンスターは被弾せずにトラックとの距離を詰めていく。他のハンター達が銃を構え始めた辺りで、ドランカム所属の若手ハンター達が少し長めの有効射程を生かして一斉射撃でモンスターを撃破した。消費した弾薬費から考えると、採算が取れているかどうかは微妙だ。

 カツヤが自分だけで倒しきれなかったことに残念そうにしながら銃を下ろすと、アイリがカツヤの方に手を伸ばす。

「カツヤ。交代」

「……分かったよ」

 カツヤが銃をアイリに渋々渡す。ユミナがその様子を見て苦笑していた。

 ドランカムの若手ハンター達は銃の性能を生かして獲物を独り占めしていた。獲物は早い者勝ち。ハンター稼業は実力社会。獲物を譲る義理も義務もない。だが他のハンター達の機嫌を損ねないかと言えば、別の話だ。


 ハザワがカツヤ達の様子を見て不機嫌そうに(つぶや)く。

「ガキどもが。調子に乗りやがって……。ああ、お前に言った訳じゃないぞ?」

 ハザワは隣にアキラがいることを思い出して軽く付け加えた。アキラに気にした様子はなかった。

「いいよ。子供だってことは自覚している」

「そうか。そういえば、お前の銃もAAH突撃銃だな。俺もなんだよ」

 ハザワが自分の銃をアキラに見せる。確かに同じAAH突撃銃だが、アキラの銃と比べると整備状態にかなりの違いがあった。それでも自分の愛用の銃と同じ銃の使用者を見付けて機嫌を良くしている。

「良い銃だよな。名銃だ。安い銃だと馬鹿にするやつもいるが、高い銃を使えば良いってものじゃない。高い銃を使ったって腕が追いつかないなら、外すやつは外す」

 ハザワがカツヤをチラッと見た。(わざ)と聞こえるように言った訳ではないが、荷台はそれほど広い訳でもなく、カツヤにも聞き取れてしまった。

 カツヤが不機嫌そうにハザワを(にら)み、それに気付いたハザワがカツヤを小馬鹿にするように笑う。

 アキラが何となく自分の意見を口に出す。

「移動中のトラックの揺れる荷台から遠距離のモンスターを狙うんだ。簡単に命中したりはしないだろう」

 アキラのカツヤを擁護するような言葉に、ハザワは不満げに顔を(ゆが)め、逆にカツヤは少し満足げに笑った。だがそれもアキラの続く言葉で覆る。

「俺は当たりもしない弾を散蒔(ばらま)いてモンスターを引き寄せた挙げ句、後始末を他の人間に押し付けるような真似(まね)はしないから安心してくれ。面倒を見る。こっちに迷惑を掛けない。そう言い切ったやつがいるんだ。モンスターがトラックに張り付くような事態になるまで、向こうのことは放っておけよ」

 暗にカツヤが足手(まと)いだと言っているようなアキラの発言に、ハザワが上機嫌になり、逆にカツヤが不機嫌になった。

 十分に機嫌を戻したハザワはカツヤへの興味を失い視線をアキラに戻した。そして機嫌良く告げる。

「同じ銃を使う(よしみ)だ。こっち側にモンスターが来たら、先手は譲ろうじゃないか」

「……どうも」

 (しばら)くするとアキラ達の受持範囲にモンスターが現れた。大きめの肉食獣のような風貌のモンスターがトラックに気付いてアキラ達の方へ勢いよく向かってくる。

 アキラは落ち着こうとして軽く息を整えながら銃を構えた。

『アルファ。サポートを頼む』

『どれぐらいサポートする? 普段の訓練とは違う折角(せっかく)の機会だし、少しは自分で狙ってみる?』

『いや、可能な限りサポートしてくれ。これだけ揺れていると、アルファに手伝ってもらわないと当たる気がしない。この折角(せっかく)の機会は、この状況にアルファのサポートがどこまで有効かを試す方向で活用するよ』

 アルファが勝ち気に微笑(ほほえ)む。

『あら、そんなことを言われると、私もアキラに私のサポートの有効性を見せ付けないといけないわね。任せなさい』

『頼んだ』

 アキラが揺れる荷台の上で銃を構え、照準器を(のぞ)いてしっかりと狙いを付ける。視界が拡張されて弾道予測の線とモンスターの弱点部位が表示される。車体の揺れの所為(せい)で照準器のぶれが表示先の景色を激しく変えるはずなのだが、照準器越しの光景はAAH突撃銃の有効射程ぎりぎりの位置にいるモンスターを正確に捉え続けていた。アルファが車体の振動に合わせて銃を僅かに精密に動かしているのだ。

 アキラが引き金を引く動作に入る。それを読み取ったアルファが荷台の揺れを計算に入れて強化服を操作する。限界まで出力を上げた強化服が、アキラの体勢と構えている銃を精密に固定した。

 アキラが引き金を引く。撃ち出された弾丸は、アルファのサポートによる極めて高度な精密射撃により、遠距離のモンスターの弱点部位に正確に命中した。更に2度引き金を引く。計3発の銃弾は異常とも思える命中精度で、移動しているモンスターの同一箇所に狂いなく着弾した。最後の弾丸はモンスターの頭蓋骨を突き抜けて脳まで達していた。モンスターは被弾のたびに負傷を軽傷、重傷、致命傷と悪化させて、派手に崩れ落ちて絶命した。

 ハザワは崩れ落ちたモンスターの姿を見て、驚きの余り少し引きつった笑顔を浮かべた。この距離で当たるとは欠片(かけら)も思っていなかった。

「や、やるじゃないか」

 アキラが銃を下ろして何でもないことのように答える。

「名銃だからな」

「そ、そうだな」

 当たって当然と言わんばかりのアキラの態度に、ハザワは更に驚きと困惑を強めた。

 アキラは実際に当たって当然だと考えていた。実際に当てたのは自分ではなくアルファだからだ。そのアルファは得意げに微笑(ほほえ)んでいる。

『どう? (すご)いでしょう?』

(すご)い』

 アルファが少し不満そうな顔を浮かべる。

『その割には反応が薄いわね』

『そうか? アルファと出会ってから驚くことばっかりだったからな。多分俺もそろそろ慣れてきたんだろう』

『そう? それなら、その内すぐにまた驚かせてあげるわ』

 アルファはそう言っていつものように楽しげに笑った。アキラはアルファに下手に反応して不審者とならないように平然としている。

 アルファを視認できない他者から見たそのアキラの様子は、非常に高難度の狙撃を容易(たやす)く成し遂げても笑いもしない実力者だ。それを見て驚いたのはハザワだけではなかった。


 都市周辺の巡回を終えたトラックが進路を都市に戻している。既に荷台のハンター達は警戒を解いていた。気を抜いて無駄話を始める者も多く、荷台は少々騒がしくなっていた。

 カツヤがアキラを見ている。アキラもそれに気付いていたが無視していた。

『アキラ。さっきから見られているわね』

『別に喧嘩(けんか)を売られている訳じゃないんだ。放っておくよ』

『そうね。単に自分達以外の子供が珍しいだけかもしれないわね』

 アキラはカツヤ達のことを不用意に騒いで面倒事を起こす者達だと判断している。向こうから干渉してこない限り関わる気はなかった。

 面倒事を起こす人物という意味では、先日シェリル達の拠点で騒ぎを起こしたアキラの方がより(たち)が悪いとも言える。アキラはそれを自覚した上で棚に上げていた。

『アルファ。結局モンスターを1体倒しただけで終わったけど、(しばら)くはこういう依頼を繰り返すのか? どの程度の報酬になるんだ?』

『少なくとも風呂付きの部屋に泊まれる金額にはまだまだ遠いわね。前みたいにモンスターの群れに襲撃されたりすれば報酬額も跳ね上がるけれど』

『勘弁してくれ。あんなことは二度と御免だ』

 アキラはモンスター襲撃時のぎりぎりの体験を思い出して顔を(ゆが)めた。だがアルファは余裕の笑みを浮かべていた。

『強化服が手に入ったから、次は走って逃げられると思うわ』

『嫌だ。俺の脚が千切れたらどうするんだ』

『その時は千切れる前に回復薬を使いましょう。千切れるまでかなりの時間が稼げるはずよ』

『具体的な対処方法は、その状態を避ける方法で考えてくれ』

 アキラは表情を(ゆが)めたまま顔を荒野に向けた。今の自分の表情について誰かに聞かれたら、余り稼げなかったことに不満を覚えていることにしよう。そう考えていた。


 怪訝(けげん)そうな顔でアキラを見ていたカツヤが(いぶか)しみながらユミナとアイリに尋ねる。

「なあ、あいつがモンスターを倒した時のことだけど、見てたか?」

 アイリが首を横に振って簡潔に答える。

「見てない」

「私も見てないわ。どうかしたの?」

 ユミナが不思議そうに聞き返すと、カツヤが少し残念そうな表情を浮かべた。

「2人とも見てないのか」

「私達は索敵の訓練をしてたからね。反対側は見ていなかったわ。……カツヤもそうだったはずよね? どうして反対側に出てきたモンスターが倒されるのを見ていたの? サボってたわね?」

 ユミナは笑顔に軽い威圧感を含ませていた。カツヤが劣勢を悟ってごまかすように笑う。

「わ、悪かった。ちょっと気になる会話が聞こえたから少しだけ見てたんだ」

「しっかりしてよ。私達はチームを組むんだからね。多少のミスは補い合うのがチームだと言っても、私がカツヤのミスをフォローするのも限度があるのよ?」

 カツヤは説教の体勢に入ったユミナを見て、助けを求めるような視線をアイリに送る。アイリが空気を読まないように口を挟む。

「何が気になるの?」

 カツヤがユミナの長くなりそうな説教を遮る(ため)に素早く答える。

「ああ、実はな……」

 ユミナはアイリの助け船に気付いて、仕方がないなというように軽く笑った。

 カツヤからアキラの射撃についての話を聞いたアイリが軽く考えてから答える。

「恐らく偶然か見間違い」

「あの距離で偶然でも当たるものなのか?」

「AAH突撃銃の有効射程ではある。偶然当たる可能性はある。それに命中はしていないかもしれない。近くの地面に当たって、驚いたモンスターが体勢を崩して地面に倒れて首の骨を折ったのかもしれない。他のハンターがほぼ同時に狙撃したのかもしれない。彼が意図的に狙い、命中させたとは考えにくい」

「そうか。でも俺にはあいつが当てたように見えたんだけどな」

「私はそれを見てないから、偶然としか言えない。それに……」

「それに?」

「別に狙って当てたとしても、私達には関係ない」

 ユミナが少し不思議そうに尋ねる。

「どうしてカツヤはそのことをそんなに気にしてるの?」

 アイリも少し不満げな様子で続ける。

「それよりも同じ徒党に所属しているハンターの動向を、同じチームのハンターを気にした方が良い」

 カツヤがアキラを気にしたのはハザワの態度が原因だ。自分達を子供だという理由で明確に馬鹿にしていた者が、アキラに対してはどこか認めるような態度を取っていたからだ。アキラがモンスターを倒した後はそれが更に顕著になった。

 同じ子供なのにアキラは認められ、自分は認められない。カツヤはそれが単に気に入らなかったのだ。しかしそれを正直に話すのも(しゃく)だったので、適当に言葉を濁す。

「あー、何でもない。俺と似たような(とし)のやつだったからちょっと気になっただけだ。勿論(もちろん)あんなやつよりユミナとアイリの方が大切だ」

 ユミナが気恥ずかしそうな様子を見せる。

「な、何よ急に……」

 アイリが少し(うれ)しそうに(うなず)く。

「それなら良い」

 ユミナ達もカツヤがごまかそうとしていることぐらい分かっていた。しかし()れた弱みで、それを分かった上でそのままごまかされた。


 ハザワがカツヤ達の様子を見てまた不満を()めながらアキラに話し掛ける。

「全く、最後まで目障りな連中だな」

 アキラがどうでも良さそうな態度で答える。

「放っておけよ。反応するだけ疲れるだけで、下手に関わって()め事にするだけ損だ。強そうなやつも近くにいるしな」

 ハザワがカツヤ達の近くにいるシカラベをチラッと見る。

「……まあそうだな。しかしお前みたいなやつもいれば、あいつらみたいなガキもいる。何でこう違うかね」

 ハザワにとってそれは大して意味のない(つぶや)きだった。しかしそれを聞いたアキラは、少し沈黙を置いてから少し真面目な口調で答える。

「あいつらと俺に大した違いはないよ」

「そうか? 俺には大違いに見えるけどな」

「同じだ。程度の差はあっても命懸けで荒野に出ていることに違いはないんだ。本人にその自覚がないとしてもだ。遺跡探索の運と実力。モンスターを相手にする運と実力。面倒事を処理する運と実力。賭け金が高くて勝率が低いほど報酬は大きくなる。それはあいつらも同じだ。荒野に出ている以上、ああいう連中と遭遇することもあるだろう。俺達にああいう連中を避ける実力も出会わずに済む運もなかった。それだけだ。そして何事もなく戻ってこられる運はあった。それだけだ」

 アキラはそれだけ言って心情を隠すように黙った。

 アキラが先ほど口にした内容は、(ほとん)ど自身への言い訳だった。

 ハンター徒党に属する最大の利点は他者のサポートを受けられる点になる。その点で比較すれば、アルファのサポートを受けている自分は、カツヤ達とは比較にならないほどの優遇を受けている。

 ただ、自分と同世代のハンターが同じ依頼を受けて同じ荒野にいるにも(かか)わらず、カツヤ達は遊んでいるように見えるほど余裕を持って楽しく過ごしている。それを少し羨ましく思ったのも事実だった。

 ハザワはそのアキラを黙って見ながら、ある思いを抱いていた。

 アキラの銃は自分と同じAAH突撃銃だ。その銃でアキラがモンスターをあっさり倒した姿をしっかりと見ていた。その時、表向きは平静を保とうとしていたが、内心かなり驚いていた。

 自分には同じ銃で同じことは出来ない。あの距離の相手に狙って当てる自信はない。散蒔(ばらま)くように銃弾を放ち、数発がどこかに当たることを期待して、動きを鈍らせた上で銃撃を続け、致命傷を与えた後で確実に(とど)めを刺す。自分にはそれが限界だ。アキラのように最低限の弾数で倒すのは不可能だ。そう理解していた。

 ハザワがアキラの銃と自分の銃を見比べる。同じAAH突撃銃だが、アキラの銃はしっかりと整備されているように見える。自分の銃を見て、最後にしっかり整備したのはいつだったか思い出そうとしたが、思い出せなかった。

 (ろく)に整備をしなくてもそこそこの性能を保つAAH突撃銃は確かに名銃だ。しかし整備を怠れば性能は下がるのだ。ハザワには自分の銃が急にみすぼらしく見えていた。

 ハザワが苦笑する。

(……こんな銃で荒野に出て、生きて帰ってこられたんだ。俺も運はある方なのかもな)

 死を恐れて危険の少ない討伐依頼を受けているのに、(ろく)に整備もしていない銃で荒野に出るという危険を冒している。(ただ)でさえ割に合わないと思っていた仕事を、更に割に合わないものに変えている。

 ハザワも昔はもう少し積極的なハンター稼業を行っていた。多くの遺跡に潜り、多くの遺物を見付け出し、多くのモンスターと戦い、生き残った。

 同時に多くの死を見てきた。それは一緒に遺跡に向かった同僚の死であったり、交戦した夜盗の死であったり、急に酒場に来なくなったハンターの姿だったりした。多くの死がハザワの脚を(すく)ませて危険から遠ざけた。それは身の安全と引き替えに大成する可能性を奪っていた。

(……危険を恐れて安い仕事ばっかりしていれば、うだつの上がらないハンターに成るのも当然か。俺も昔はもっと成り上がろうとしていたな……)

 ハザワがカツヤ達に強い不快感を覚えたのは、カツヤ達の態度に成り上がろうとする者の意思を感じたからでもあった。カツヤ達は少なくとも危険を顧みずに成り上がろうとしている。その運と実力が本物ならば、アイリの言葉通りもっと上の領域にすぐに駆け上がる。

 カツヤ達には少なくともその意思はある。かつてのハザワがそうだったように。

(……今日はもう仕事を終わりにして、しっかり銃の整備をしよう。そしてやり直すんだ。あの日夢見たハンターの姿を目指して。運はある方だ。今日こいつらに会ったのも、幸運だったんだ。運命が俺にやり直せと言っているんだ)

 人知れずハザワは決意した。

 事実、ハザワは運のある方だった。だから銃の整備の(ため)に、今日の仕事をこれで終わりにして宿に戻ったのだ。その幸運は、ハザワが思っている以上に強かった。

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