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2 アルファのサポート

 モンスターから逃れて安堵(あんど)の息を吐いているアキラに、アルファが得意げに笑いかける。

『どう? 私のサポートがあって良かったでしょう?』

「あ、ああ。おかげで死なずに済んだ。ありがとう」

 モンスターの襲撃による興奮と動揺の名残。死ぬ気で走って乱れた呼吸。得体の知れない人物への(ひね)くれた警戒。助けてもらった感謝。とにかく落ち着こうとする意思。アキラはその他諸々(もろもろ)が入り交じった表情を浮かべていた。

 アルファは魅力的な微笑(ほほえ)みでアキラの警戒心を()ぎながら、相手の表情を観察してその内心を探っていた。

『どう致しまして。私の高性能ぶりを堪能してもらったところで、これからのことを話したいのだけれど、良いかしら』

「ああ」

 アルファが非常に大切なことを伝えるように、相手を見詰めながら一度しっかりと(うなず)く。

『アキラには私が指定する遺跡を攻略してもらうわ。ここではない別の遺跡で結構な高難易度よ。はっきり言って、今のアキラの実力で攻略するのは不可能。私の(すご)いサポートがあったとしても途中で確実に死ぬわ。生還どころか生きて辿(たど)り着くことすら無理。だからアキラにはその前段階として、遺跡攻略の(ため)の装備と技術を手に入れてもらうわ。それを当面の目標にして……』

 話が長々と続きそうな気配を感じて、アキラが少し言い(にく)そうに口を挟む。

「あの、ちょっと良いか?」

『何? よく分からないところがあったら、遠慮せずに何でも聞いて』

「そうじゃなくて、その、それも大切な話だってことは分かるんだけど、今後の予定とかこれからの話は後回しにして、まずはここから生きて帰る(ため)の話を優先してもらっても良いか?」

 アルファが話を止めて意味ありげに微笑(ほほえ)む。そしてアキラを無言でじっと見続ける。アキラは僅かにたじろいで表情を固くした。

(……不味(まず)い。怒らせたか? 途中で口を挟まない方が良かったか?)

 ウェポンドッグ達は今もビルの周囲を徘徊(はいかい)している。いつまでも屋上に隠れ続ける訳にもいかない。何とかしてこの窮地を乗り越えなければ、自分にはこれからなど存在しない。その不安と焦りから口を挟んだのだが、そもそもアルファの機嫌を損ねれば、この窮地を乗り越える手段そのものが消えかねないことに、アキラは今更ながら気付いた。

 アキラの顔に焦りと不安が(にじ)み出る。アルファはそれを確認すると、気にした様子も見せずに笑った。

『分かったわ。私も落ち着いていろいろ話を聞きたいし、まずはここから脱出してクガマヤマ都市まで戻りましょう。話の続きは遺跡を出てから。それで良い?』

「ああ。頼む」

 生還の見込みが大幅に増えて、その鍵となる人物の機嫌も損ねずに済んだと、アキラは安堵(あんど)の息を吐いた。

 だがその安堵(あんど)(たた)き潰すように、アルファが微笑(ほほえ)みながら新たな指示を出す。

『それなら今から下に戻って』

 アキラが驚きで吹き出し、軽く()き込んだ。そこから何とか回復した後は、アルファに唖然(あぜん)とした表情を向けたまま立ち尽くしてしまう。

 アルファはそのアキラの様子にも全く動じずに、指示通りに動こうとしないアキラを先導するように少し歩いて手招きする。

『どうしたの? 早く行きましょう』

 アキラが慌てながら抗議する。

「いや、ついさっきそこから逃げてきたんだろう!? 何でそこに戻るんだ!? 下にはまだモンスターが彷徨(うろつ)いてるんだぞ!?」

『指示の理由を懇切丁寧に説明しても良いけれど、ゆっくり移動しながらにしましょう。アキラが私のサポートを信頼できないって言うのなら仕方無いけれどね。無理強いはしないわ』

 アルファはそう言い残すと、アキラを置いてビルの中に続く出入口の方へ歩いていく。

 死地へ戻る恐怖がアキラの足を止めていた。だがアルファの姿がビルの中に消えるのを見ると、歯を食い縛ってその後を追った。

 自力で都市まで生還する自信はない。そして少なくとも先ほどの死地を乗り切ったのはアルファのおかげだ。だから一見無謀であっても、その指示に従うことが、生還の可能性を最も上げる選択のはずだ。今はそう信じて、得体の知れない人物の(もと)へ急いだ。

 ビルの中に入ると、アルファが出入口のすぐ(そば)で、待っていたと言わんばかりに微笑(ほほえ)んでいた。アキラは妙な敗北感と気恥ずかしさを覚えながら、階段を下りていくアルファの後に続いた。

 一度必死に駆け上がった階段を、今度はかなりゆっくりと下りていく。途中で何度も一時停止を指示されてその都度立ち止まり、再開の指示を受けて再び下りていく。

「……それで、何で下に戻るんだ? 危なくないのか?」

(すご)く危険よ』

 アルファはあっさりとそう答えた。アキラが一瞬(ほう)けた後、慌てて聞き返す。

「ちょっと待ってくれ! 危険なのか?」

『モンスターが徘徊(はいかい)している場所よ? 安全な訳がないでしょう。そんなことも知らずに遺跡に来たの? さっき襲われたのは非常に運が悪かっただけだとでも思っていたの?』

「そ、それはそうだけど、そういう話じゃないだろう。ちゃんと説明してくれ。移動しながらなら懇切丁寧に説明してくれるんだろう?」

『アキラがクズスハラ街遺跡からクガマヤマ都市まで無事に生還する(ため)には、まずはこのビルから脱出する必要があるわ。アキラに屋上から飛び降りても死なずに済むような実力があるとは思えないから、階段を使って下りる必要が……』

 説明するまでもないことまで細かく話そうとするアルファに、アキラは不満と不信を覚えて顔を(しか)めると、少し強い口調で口を挟む。

「分かった。これだけ教えてくれ。アルファの指示通りに動けば、俺はちゃんと生きて帰れるんだな?」

 アルファが真顔で答える。

『アキラが自力で何とかするよりは、高い確率で生還できると思うわ。前にも言ったけれど、無理強いはしないわよ。私の指示が信用できないのなら、私もアキラをサポートしないわ。するだけ無駄だからね』

 アルファはアキラをじっと見ながら返答を待っている。アキラの返答次第でアルファとの関係は決裂だ。

 (しばら)くしてから、アキラが少し自己嫌悪気味に項垂(うなだ)れながら答える。

「……ごめん。悪かった。アルファの指示に従うから助けてくれ」

 アルファが機嫌を直したように微笑(ほほえ)む。

『分かったわ。改めて(よろ)しくね』

 危なかったと内心で安堵(あんど)したが、それでも不安は残る。アキラが()()ずと尋ねる。

「……あと、出来れば不安を抑える(ため)に、あの指示の理由をなるべく分かり(やす)く、簡潔に要点だけでも教えてほしい」

『ウェポンドッグの行動パターンには個体差があるの。敵を見付けるとどこまでも追跡するもの。特定の範囲から出ないもの。敵を見失った場合に周辺の索敵を続けるもの。すぐに持ち場に戻るもの。私がそれらの個体の差異を見極めた結果、あの時点でアキラが下に戻れば、帰り道で遭遇するモンスターの数が激減すると判断したわ。ウェポンドッグの火器の弾薬は体内の製造臓器から生成されているの。そして体内に保持できる弾薬量には限りがあるわ。保有している弾薬を一度使い切ると、新しい弾薬が生成されて火器に再装填されるまで時間が掛かるの。その間なら、たとえまたウェポンドッグに見付かっても、走って逃げる途中で後ろから撃ち殺される可能性が大分下がるわ。食い殺そうとしてくる可能性もあるけれど、()み付けるほどの至近距離なら、威力の低い拳銃でも倒せる可能性が増えるわ。その大きな要素に加えてその他のいろいろな要素を比較検討した結果、下に移動するという指示を出したわ。かなり簡潔に説明したけれど、もう少し詳しい方が良いかしら?』

「……いや、十分だ。……その説明を屋上でしてくれれば良かったのに」

 また少し不満げな様子を見せるアキラに、アルファが幼い子を説き伏せるように微笑(ほほえ)みながら付け加える。

『危険な状況では、悠長に説明している余裕が無いことの方が多いのよ。一々説明しないと動いてくれないのなら、アキラはその内に死ぬわ。極端な話をすると、3秒後に眉間を銃撃されるから今すぐ素早く床に伏せてって説明しても、説明の途中で撃ち殺されるわ。伏せてって言われて、何でって聞き返しても結果は同じよ。私はアキラに触れられないから、アキラを力()くで床に伏せさせることは出来ないの。私の端的な指示に、理由を聞かないと納得できないからってすぐに動けないのなら、やっぱりアキラは死ぬのよ。(ちな)みに私が今こうして説明しているのも、今ならある程度は安全だと判断したからなのよ?』

「……。分かりました」

 アキラはアルファの話に納得しつつ、聞けば聞くほど自分の短慮を指摘する内容が返ってくる気がして、やや項垂(うなだ)れて(うなず)いた。

 1階まで戻ったアキラが自分を殺しかけた攻撃の跡を見て表情を険しくする。すぐに周囲を見渡してモンスターがいないことを確認すると、軽く息を吐いて緊張を緩め、その表情を和らげた。だがその緩みと安堵(あんど)も、アルファが再び真剣な表情で話し始めると消え去った。

『アキラ。私が今から言う指示をしっかり聞いてね。そして可能な限りその指示通りに動いてね。私の指示以外の行動を取るたびに、死ぬ確率が上がるわ。分かった?』

「わ、分かった」

『今から30秒以内に、全力でビルの外に走り出して。ビルを出たら左に曲がって、そのまま何があっても振り返らずに全力で道形(みちなり)に走り続けて。私が指示を出したらすぐに振り返って、正面に銃を構えてすぐに全弾発砲して。分かった?』

「……わ、分かった」

 悠長に指示の理由などを聞いていれば時間切れになる。それぐらいはもうアキラにも分かっていた。強く念押ししたアルファに、アキラは(おび)えと緊張の混ざった険しい表情でしっかりと(うなず)いた。

 アルファがアキラに道を譲るように横に移動する。そしてアキラを見ながらビルの出口を指差した。

 アキラが引きつった表情でビルの外を見る。そこにもウェポンドッグの攻撃の跡が残っている。死地の光景だ。勢いよく走り出す(ため)の体勢を取る。必死になって逃げ出した場所に向かって駆け出す(ため)に少し前傾姿勢を取る。しかし足は床に貼り付いたように止まったままだ。

 アキラは躊躇(ちゅうちょ)していた。理解と納得と行動は別だ。理解して納得したが、それを行動に移せるだけの覚悟が足りていなかった。

 アルファが秒読みを始める。

『5、4、3……』

 時間切れになったらどうなるのだろうか。アキラは一瞬だけその結果を想像して、覚悟を決めてビルの外へ駆け出した。

 半壊した高層ビルの谷間を全力で走り続ける。とにかく急いで走り続ける。すぐに息が切れ始め、走る速度が落ち始める。それでも必死に走り続ける。心肺機能が悲鳴を上げ始め、舗装された固い地面を蹴り続けている両脚が痛みを訴え始める。その痛みを我慢して走り続ける。

 辺りにモンスターの姿はない。誰かが交戦しているような音なども聞こえない。アキラは少しだけこのまま全力で走り続けることを疑い始める。

 辺りの静寂が遺跡の中には自分しかいないと伝えているように感じられる。肺と脚と心臓が罵声を上げながら休息を要求し続けている。アキラは少しだけ苦痛を訴える身体の要求に耳を傾けながら走り続ける。

 前方には何もいない。後方からも何も聞こえない。もう大丈夫なんじゃないか。そのような思考が無意識に浮かび、僅かに気が緩み始める。その途端、走り続けて()まっていた痛みと疲労がアキラの意識を一気に掌握してしまった。

 もう大丈夫だろう。アキラは少しだけ休息しようと立ち止まり、後方の安全を確認する(ため)に振り返った。あれ程念押しされたのにも(かか)わらず、アルファの指示に逆らってしまったのだ。

 アキラが硬直する。その視線の先、少し離れた場所には、大型モンスターの姿があった。群れではなく1匹だけだったが、その巨体の迫力はアキラを襲ったウェポンドッグの群れを超えていた。

 そのモンスターは少し前に見たウェポンドッグに似た外見をしていた。背中からは巨大な大砲を生やしている。しかし犬の部分は群れを作っていたウェポンドッグ達とは異なり、8本脚で脚の位置も非対称という、全体的に(いびつ)で、機能美に喧嘩(けんか)を売っている姿をしていた。

 犬に似た(ゆが)んだ頭部には、右に縦に2つ、左に1つの目が付いていた。目の大きさも不(ぞろ)いで、頭部の(ゆが)み方から考えても真面(まとも)な視界を確保できているのかどうか怪しく思える。

 だがそれらの目は、アキラの姿をしっかりと捉えていた。

 モンスターが大口を開いて咆哮(ほうこう)を上げる。更に背中の大砲が砲火を上げる。発射された砲弾がアキラから少し離れた位置に着弾して爆発する。着弾地点の瓦礫(がれき)が吹き飛ばされていく。

 瓦礫(がれき)が爆発の威力を四散させて周囲への被害を軽減したおかげで、アキラは弱い爆風を浴びただけで負傷せずに済んだ。

 モンスターが背中の大砲をもう一度撃とうとする仕草を見せる。だが砲弾は発射されなかった。弾切れだ。するとモンスターは再び咆哮(ほうこう)を上げ、不(ぞろ)いな脚でアキラを目指して走り始めた。

 アキラは振り返ってからずっと呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。モンスターが走り出した後も動けずにいた。

『走って!』

 アルファの姿はどこにも見えないが、声だけはアキラの耳に強く響いた。その叱咤(しった)でアキラが(ようや)く我に返る。即座に必死の形相で死に物狂いで走り始める。だが既に大分接近を許してしまっていた。振り返らずに走り続けていれば、もっとモンスターとの距離を稼げていた。アルファの警告通り、アキラはアルファの指示に逆らったことで、自分が死ぬ確率を大幅に上げてしまった。

 苦痛という全身からの訴えをアキラは全て無視して走り続けた。後方から聞こえるモンスターの足音はどんどん大きくなっている。

 (いびつ)な脚部の所為(せい)でモンスターの走りは比較的遅い。おかげでアキラもまだ追い付かれずに済んでいる。だが巨体を支える脚で地面を踏み付けるたびに、地を揺らし轟音(ごうおん)を響かせている。それは巨体の重量と、それを支える脚力の(すさ)まじさをアキラに有り有りと伝えていた。

 その音が響くたびに、振動が伝わるたびに、アキラの精神が容赦なく削り取られていく。その脚で踏み潰されたら一溜(ひとた)まりもないことは確実だ。

 必死に走り続けるアキラの横にアルファが現れる。僅かに浮いて滑るように移動して併走しながら、真剣な、だが少し(あき)れの混ざった表情を浮かべていた。

『だから勝手に振り返るなって言ったのに。次はちゃんと私の指示に従ってね。振り返って銃撃するタイミングを教えるから、できる限り合わせて』

「銃撃!? あんなやつにこんな拳銃でどうしろって言うんだ!?」

『何度も言うけれど、無理にとは言わないわ』

「お願いします!」

 アキラが貴重な呼吸の機会を消費して叫ぶように答えると、アルファが少し満足げに微笑(ほほえ)む。

『下手に狙おうと思わないで。正面に銃口を向けて、素早く全弾撃ち尽くすこと。良いわね?』

「分かった!」

 アルファが指を折りながら秒読みを始める。

『5、4、3……』

 アキラが必死の表情で覚悟を決める。このままなら死ぬだけだ。もうやるしかないのだ。

『……2、1、0!』

 アキラは素早く振り返り、狙いも付けずに銃を構えて即座に引き金を引いた。

 ちょうど銃口の先の位置に、モンスターの巨大な眼球が存在していた。至近距離で発砲された弾丸が、眼球を突き破ってモンスターの頭部に飲み込まれていく。

 アキラが半狂乱に近い状態で銃を撃ち続ける。その全ての銃弾が次々にモンスターの頭部に飲み込まれていく。モンスターの頭部に内部から多大な損傷を与えていく。

 だがそれほどの負傷を与えても、モンスターはその強靱(きょうじん)な生命力で即死を防いでいた。しかし瀕死(ひんし)に違いはなく、死ぬまでの僅かな残り時間で出来たことは、断末魔の絶叫だけだった。その絶叫が遺跡に大音量で響き渡った。

 絶命したモンスターの巨体がその場に崩れ落ちる。それでもアキラは全弾撃ち尽くした拳銃をモンスターに向けたまま引き金を引き続けていた。モンスターの頭部から流れ出る血を見て、完全に動かなくなった巨体を見て、(ようや)く引き金を引くのを止めた。

「……た、倒せた……のか?」

 アキラは荒い呼吸を続けながら、本当に倒したのかどうか確証を持てないまま、警戒しながらモンスターを見続けていた。そして息が整い始め、興奮も少し治まってきた辺りで、流れ出る血に沈んだ巨体の様子を改めて見て、(ようや)く倒した実感を得た。

『アキラ』

 そのままへたり込もうとしていたアキラが声の方へ顔を向ける。そして少し緩んだ表情で礼と謝罪を告げようとする。だが微笑(ほほえ)みながら遺跡の外を指差しているアルファを見て、再び顔を引き()らせた。

『10秒以内に……』

 アキラは最後まで聞かずに必死の形相で走り始めた。

 アルファはそのアキラをその場で見続けていたが、不敵に微笑(ほほえ)むと忽然(こつぜん)と姿を消した。モンスターの死体だけがその場に残された。

 迫ってくるモンスターから死に物狂いで逃げていたアキラに気が付く余地などなかったが、その時アキラの背後では様々なことが起こっていた。

 モンスターはアキラにしか見えないというアルファの姿を知覚しており、アキラのすぐ後ろにいたアルファを食い殺そうとしていた。

 アルファは自身の姿を(おとり)にしてモンスターの動きを誘導していた。そして絶妙に位置を調整した上でモンスターに自身を食い付かせた。

 モンスターは確かに()み付いたのにも(かか)わらず、その感触が全くないことに混乱し、僅かに動きを止めてしまった。

 アルファはその(すき)()いてアキラにモンスターを銃撃させた。振り向いたアキラがモンスターの眼球を銃撃するように、自身を食い付かせた時にモンスターの位置、状態、体勢を的確に操って、容易(たやす)く撃破させた。

 ウェポンドッグの群れはアキラがアルファの依頼を引き受けた途端に現れた。遺跡の外を目指して必死に走り続けるアキラがその関連性に気付くことはなかった。


 アキラはクズスハラ街遺跡の外に何とか辿(たど)り着いた。そこもそれなりに危険な場所ではあるのだが、それでも遺跡の中よりは安全だ。

 アルファは先回りをしていたかのように姿を現してアキラを迎え入れた。へたり込んで息を整えているアキラに優しく話しかける。

『休んだままで良いけれど、話の続きをしても良いかしら? アキラには私が指定する遺跡を攻略できるほどの装備と実力を身に着けてもらう。その方法を話していた途中だったはずよね』

「ああ。続けてくれ」

『装備は金を稼いで買うか、遺跡に潜って手に入れることになるわ。遺跡で見付かる旧世界製の装備品は、企業が一般向けに販売している装備より(はる)かに高性能なものが多いの。まずは金で買える装備を調えて、その上で旧世界製の装備を探しに遺跡に向かうことになると思うわ。実力の方は、訓練と実戦で身に着けるしかないわね。安心して。私のサポートによる最高品質の訓練が受けられるわ』

 アキラには訓練の内容が全く予想できない。だが自信満々に説明するアルファの様子から、(すご)く効果がある訓練を付けてくれるのだろうと思った。

「それは(すご)く助かるけど、そこまでしてもらって良いのか?」

『気にしないで。これも報酬の前払分よ。それにアキラに私の依頼を完遂してもらう(ため)だから、私の都合でもあるの。前払分だからって(もら)いすぎだと思うのなら、その分だけきつい訓練に耐えることで応えてくれればいいわ』

「わ、分かった。できる限り努力はする」

 アキラはアルファの不敵な微笑(ほほえ)みに訓練の過酷さを感じてたじろぎながらも、しっかりと(うなず)いた。

 アルファも満足そうに(うなず)く。

『当面の目標は、高性能な装備を手に入れる(ため)にも稼げるハンターになることよ。アキラにはハンターオフィスにハンター登録だけを済ませた自称ハンターを早く卒業してもらわないとね。……一応聞くけれど、ハンターの登録はもう済ませたのよね?』

 アキラが懐からハンター証を取り出す。見るからに安っぽい紙切れに、東部統治企業連盟認証第三特殊労働員の文言と、ハンターとしての認証番号、登録者の名前が記載されていた。

 アルファがその幾らでも偽造できそうなハンター証を見て、一応確認を取る。

『……ハンター証って、そんな安っぽい作りのものだったかしら。勘違いしないで。別にアキラの話を疑っている訳ではないの。ハンター証として使えるなら問題ないわ。……大丈夫よね?』

「……大丈夫だと思う。多分」

 アキラがハンターオフィスで登録を済ませた時、職員からハンター証としてこの紙切れを渡されたことに間違いはない。だがその紙切れから漂う何とも言えない安っぽさを指摘され、自分でも改めて見直すと、だんだん不安になってきた。

『どこでハンター登録を済ませたとか、いろいろ聞いても良い?』

「分かった」

 アキラはその時の様子をアルファに話しながら、嫌な出来事も一緒に思い出して僅かに顔を(ゆが)めた。


 アキラはクガマヤマ都市の下位区域にあるハンターオフィスでハンター登録を行った。

 スラム街の外れにある派出所は潰れかけの酒場のような外観をしており、半分壊れて文字も薄れている看板に記されているハンターオフィスのマークがなければ、そこがハンターオフィスだと気付くのも難しい状態だった。

 アキラの応対をした職員はアルコール中毒手前のような男性で、まるでやる気の感じられない風体をしていた。ハンターオフィスの職員は東部でも人気の職種で、そこの職員は有能な者が多い。だがその男からそのような雰囲気は感じられない。人気職とはいえスラム街付近の勤務を嫌がる者は多く、この男も左遷されてここに流されてきたのだ。やる気も能力も相応だった。

 アキラが緊張しながら職員に手続きを頼む。

「ハンター登録に来ました。登録の処理をお願いします」

 職員が面倒そうに舌打ちをした後で読みかけの雑誌を脇に置く。そしてスラム街の子供への応対を明らかに嫌がっている様子を見せながら職務を進める。

「……名前は?」

「アキラです」

 職員が手元の端末を操作する。近くのプリンターから安っぽい紙に印刷されたハンター証が出力されると、雑な手付きでそれを取り、面倒そうにアキラに渡した。そして仕事は済んだとばかりに再び雑誌を読み始めた。

 アキラは受け取ったハンター証と職員を交互に見ながら困惑していた。ハンター登録にはもっといろいろな手続きがあると考えていたのだが、名前を聞かれただけで終わってしまったからだ。本当にハンター登録が済んだのか不安になり、思わず声に出す。

「お、終わり?」

 職員が嫌そうな表情で雑誌からアキラに視線を移す。

「終わりだ。とっとと帰れ」

「名前を聞くだけで終わり? 他にもいろいろ聞いたりするんじゃ……」

 職員が心底面倒だという表情で、手でアキラを追っ払う仕草をしながら言い放つ。

「すぐにくたばるお前から、何か聞くことでもあると思ってるのか? どうでも良いやつのどうでも良い情報なんかどうでも良いんだよ。別にお前の名前だってどうでも良いんだ。規則だから聞いてるだけで、偽名だろうが何だろうが知ったことか」

 アキラは既に知っていたはずの自身への評価を再認識して、ハンターオフィスから黙って出て行った。


 ハンター登録時のことを話し終えたアキラが自分のハンター証をじっと見ている。その目には、現状を理解しつつ、そこから意地でも()い上がろうとする意思が込められていた。

 アルファがアキラを元気付けるように微笑(ほほえ)む。

『取りあえず、訓練は読み書きからね。情報の取得は非常に重要よ。安心しなさい。私のサポートは超一流だから多少の読み書きぐらいすぐに習得できるわ』

「分かった。頼む。……何で文字が読めないって分かったんだ?」

『そのハンター証だけれど、登録者の名前が、アジラになっているわ』

 その雑な仕事に、どこまでも軽んじた対応に、アキラは思わずハンター証を握り潰してしまいそうな自分を必死に抑えていた。

 アルファが苦笑しながら提案する。

『取り()えず、クガマヤマ都市に戻りましょうか。話の続きはそこでしましょう。読み書きの勉強が終わるまでは、私が代わりに読んであげるわ』

 アキラは黙って(うなず)いた。ハンター証を仕舞(しま)い、クガマヤマ都市へ向けて歩き出す。アルファも並んで歩いていく。

 アキラが不愉快な気分を紛らわす(ため)に軽く尋ねる。

「そういえば、クズスハラ街遺跡で倒したモンスターは何て名前のやつなんだ?」

『ウェポンドッグよ』

「……えっ? 全然違うように見えたけど、あれも同じ種類のモンスターなのか?」

『恐らく自己改造の仕様変更に失敗した個体なのでしょうね。だからアキラでも倒せるほど弱かったのよ』

「あいつ、見掛け倒しだったのか?」

『そこは解釈次第ね。あのモンスターにはアキラでも倒せるような致命的な弱点があって、幸運にもその弱点を()いただけかもしれないわ。アキラが今からあれともう一度戦っても問題なく倒せるって言うのなら、見掛け倒しって解釈でも良いと思うわ。勿論(もちろん)私のサポート無しでよ?』

「絶対無理だ」

『それなら、それだけ私のサポートが(すご)いってことね。感謝してくれても良いのよ?』

「ありがとう御座いました」

『どう致しまして』

 アキラ達は雑談を続けながら都市へ向けて歩き続けた。

 今のアキラの姿は、歩きながら虚空に向かって話し続けている少し正気を疑う子供だ。だがそのアキラを見ているものはいない。

 アキラと出会ってから、ずっとアキラを観察し続けているアルファを除いて。

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