生きる為に必要な事
目を覚ますと、天使が半身を起こしてこちらを見ていた。
はじめて目にした瞳の色は髪よりも緑がかった金色だった。
カーテンの隙間から漏れる光に照らされている姿は、まるで絵画のように美しくて少しの間見とれていた。
「助けてくれたうえ、治療までして頂き本当にありがとうございます」
頭を下げてからそう言われた。
まだ顔色が良くないように見えるし、少しだけ息が荒い。
「どういたしまして、私は双葉ユキ。ユキって呼んで。身体は大丈夫?」
ベッドの横にあった椅子に座りながら尋ねる。
「あ、はい。なんとか大丈夫です。えっと、私はシルヴィアといいます。呼びづらいのでシアと呼んで下さい。それで、一体何が……?」
シアさんは覚えていないのか不安そうに聞いてくる。
体調が心配だけど、状況を説明してひとまず安心してもらう事にしよう。
「シアさんね、よろしく。昨日、悪魔との戦闘中に落ちてきたんだけど……」
同族の、しかも熾天使に叩き落とされたなんて言えず言い淀んでしまう。
「悪魔と戦っていたのは覚えているんですが……」
「やっぱり戦っていたんだ。でもなんで熾天使が?」
「熾天使様がどうしたんですか?」
考えが口に出ていたみたいで、仕方なく説明した。
「そう、だったんですか」
何か思い当たる節があるのか納得しているようだった。
「私、生まれが特殊で純粋な天使ではないんです。だから、あまり良く思われていなくて」
「でも、熾天使……最高位の天使からもそう、思われているなんて……。天使は排他的だって聞くけど、そんなに酷いものなの?」
シアさんはこの質問にどこか困ったような表情で答える。
「自分達は正しく在るべきだ、という意識が強すぎるんです。自分達は正しい、だから他は間違っている。認めないって感じです」
こちらが正しいから認めないなんて、まるで喧嘩みたいだなんて思ってしまった。
「っ……!」
そんな事を思っているとシアさんの呼吸がさらに荒くなった。
「ごめん、長く話しすぎたね」
シアさんの額に手を添えながら顔色がを見る。
熱はないようだけどさっきよりも青白い。
寝かせてから布団を掛けようとして、抱きつかれた。
「え……あの、シアさん……?」
戸惑いつつも、どうしたのか聞こうとした時、首に痛みが走った。
「痛っ」
鋭い痛みと共につぷっと刺さる感触と血が溢れ出る感覚がする。
突然の事に動けないでいると、少し食い込みを浅くしたようで更に血が溢れ出た。
「んむ……んん……」
シアさんが最初は舌で舐めとるように、次第に喉を鳴らせながら飲み始めた。
「ちゅう……んく、じゅるる……ん、んく」
私はボーッとする頭でうなじにかかる息と言い様のない幸福感を感じていた。
どれくらいそうしていたのかは分からないけど、しばらくしてシアさんが離れた。
「あ……ごめんなさい!あ、あの……大丈夫、ですか……?」
自分が何をしていたのか今気付いた様子で、こわごわとのぞき込んできた。
その瞳はさっき迄とは違い深紅に妖しく輝いていた。
「ん……少し目眩がするけど、軽く貧血だと思うから……驚いたけど大丈夫だよ」
「よかった……」
安心したのか、ホッと息をつくシアさん。
その間に瞳の色は少しずつ緑がかった金に戻ってく。
顔色も健康的な肌色になっている。
「あの、傷を治すので少しだけジッとしてくれませんか?」
「そんな事できるの?」
「はい、この程度の傷までしか治せませんが」
そう言いながら傷に手をかざすと柔らかな光が溢れた。
少しくすぐったく感じながら大人しくしていると、光が消えた。
「これで治りました。もう、大丈夫です」
そういって安心したように微笑むシアさん。
首に触れてみるが傷痕さえなく元に戻っているようだ。
「ありがとう。えっと……シアさんは天使、なんだよね?どうして血を……?」
「生まれが特殊と言いましたが、私は……天使と吸血鬼のハーフなんです」
不安そうな顔でためらうながら答えが返ってきた。
「天使と吸血鬼のハーフ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
なんせ、天使と吸血鬼が結ばれること自体があり得ない。
もしそうなったとしても両方とも殺されるか、良くても天界と魔界からの永久追放だろう。
特に天界は異質や穢れを嫌うので一族ごと滅ぼす事など簡単にやってしまうのでは、と言われている。
そこで気がついた。
「じゃあ、熾天使に襲われていたのって……」
「悪魔を倒すついでかもしれませんが、そういう事だと……」
気まずそうに答えが返ってきた。
しばらくの間、お互いに話はなかった。
シアさんはわからないけど、私は色々と考えていて。
「シアさんは、それでいいの……?」
「それ、とは?」
何を聞かれているのか分からないという感じで聞き返された。
「生まれが少し特殊なくらいで殺されてもいいの!?」
思わず声を荒げてしまう。
「っ……そう言われても、そういうふうに決まっている事なので」
戸惑いが伝わってくる。
「生きたいとは思わない?」
「私は普通に生きることを許されていないので」
当たり前だと言うように答えられた。
「私が知りたいのは、天界の規則なんかじゃなくて、シアさんの気持ちが知りたいの!」
両肩を掴んで問いかける。
「私の……気持ち……」
長い沈黙の後に蚊の鳴くような声が聞こえた。
「どうすればいいのか……どうしたいのかわかりません……」
「だったら、天界の事だけじゃなくて私達人間の事や色々な事を知って、それから決めればいいと思う」
そう言うと、堪えていたものが溢れたようにシアさんは声を上げて泣き出した。
ゆっくりと抱き締めると、おずおずと抱き返された。
シアさんが泣き止んでも少しの間抱き締めていた。なんだか離してはいけない気がして。
「ごめんなさい、もう大丈夫です」
そう言って離れたシアさんに問いかける。
「これからどうするの?なんだったらうちに住む?」
「え……で、でも、親御さんの了承とか……それに血を吸わないといけないし……」
だいたい予想通りの答えだった。
「両親はもういないし、私は血を吸われてもべつにいいよ。それに、シアさんには必要な事でしょ?」
「でも、迷惑になりませんか?」
躊躇いつつもどこか期待するような表情で聞かれた。
「迷惑になんかならないよ。それに、一人でいるならシアさんと一緒にいたい」
少し、顔が赤くなってるかな、なんて思いながら答える。
「では……お世話になります」
笑顔と共に涙を溜めながらシアさんが言う。
「私、今までずっと避けられてて……必要にされなくて。だから、そんな私と一緒にいたいって言ってくれて……」
その後の涙と共に溢れでた言葉は聞き取れなかったけど、伝えたいことは分かった。
だから、そっと抱き締めて言う。
「うん、分かったよ。これから一緒に頑張ろうね」