出発の朝
灰蒼色の朝日が「起きろ」とカーテンの隙間からイオの顔を覗かせた
直射する朝日に意識は起きているはずが体が追いつきそうもない
もう少しだけ、もう1度だけ大丈夫と接着剤で止められているような重たい瞼を擦りながら時計を確認する
朝、8:06分
脳細胞が起きてない頭で時間を計算すると今後待っている試験に余裕が持てそうなので
予定より少し早いが起きることを決意した
「起きなきゃ」
いつもするようにカーテンを開け朝日に目を細めながら、窓を開けると肌寒い風が滑り込むように入って来る
「成人式・・・か」
この村には18歳になると成人式という行事があるらしい
内容も森の中にあるダンジョンのモンスター退治というものだ
7年前この村に拾われた身で住人ではない彼にとって興味すらない事だったが村長に命じられた盟約の中に成人式を執り行う事が含められていた
人として約束した守るべき遵守と行いはこなすべきだ
と自分らしくはなかったが守ってみようと思い立ったのだ
今となれば不思議な連鎖ではあったが運に乗っかった結果に出会えた物なので彼にとって幸福とも言えていた
ともあれとまでは行かないが時間を示すかの様にグルルルとお腹が合図する
「とりあえず朝ごはん」
そう思うと台所に立つ。
豆を挽く余裕はないのでインスタントにはなるが無地のコップに粉末状の珈琲を入れて片手に円を描くようにお湯を注ぐ
この世の暗いそこのようなブラック珈琲をテーブルに置くと昨日おばさんに貰ったクロワッサンを頬張る
咀嚼と鳥の鳴き声、それ以外は無音。
生憎、村の人から好かれていないため、この家に来る人はまずいない、そのためいつも一人だ
静かなのは嫌いじゃない、むしろ好きだ
だから今この空間が好きだ
ふと壁にかけてある時計を見る
朝の8:30と示されている
森の入口に9:00時に集合なので
そろそろ支度しないと危ないと思い残りのパンを一気に食べ支度する
予め洗面台にて顔や寝癖を直しているので後は身なりだけ
引き出しから三日前に受け取った村の鍛冶屋が作ってくれた戦闘向き防具を部屋着の上に着る
両腕、両足、胸の上につける簡単な装備と緑輝かしいブレスレットを着けてその上にローブを着る
この防具はある程度なら攻撃を防げる固さと動きを意識の範囲で制限されない重さで戦闘向きと言う言葉が似合う防具だ
これである程度完成系に近づき、急ぎ足であるものを手にする
「んっ眼帯、眼帯」
彼の右目は隻眼となっている。
そのため目を晒すより相手の不快な気持ちを避けるためいつも眼帯をしている
本音をいえば気まずい空気やそれを踏まえての手厚い心がけが不愉快だと思ってしまうからだ
ただ目が違うだけ
それだけで人とは違う扱いを受けるのが腹立たしい。
そういう気持ちを抱くのが嫌だった
「これで大丈夫。ゆしっ頑張るぞ」
鏡の前でほっぺを軽く叩き気持ちを入れ替える
(頑張らないと頑張って殺さないと)
光の薄い瞳を晒し取り憑かれたように雰囲気が変わる
目的のため、自分のため動かすのは手足と心臓
「いってきます」
閉じられた扉を後に黒い羽が散りばめられたような幻想の中、風が吹いた。
外は晴天の青空と澄んだ空気で春だと言うのに日差しが強く照りつけ一瞬目を細めたがすぐに慣れるので
「ふぅ〜」
と気持ちいいほど深呼吸をし澄んだ空気が肺へ送り込み、ゆっくりと気持ちを落ち着かせるように外に吐き出した
(黙るか、手を出す訳には行かないし)
何処と無く刺さる目線、可哀想と撫でられても仕方の無い
村の住人たちの彼に対する冷たい声は届いていた
(仕方ないよね・・・)
七年前、名も無き最果ての島四方は海で隔離され全ての叡智が語り継がれる歴史ある場所に古い村があると知った
歴代神々を守る村人の前には立つことも許されない才溢れた村。
その中でも隋を抜いて存在を知らしめるのがそれらを束ねる長
計り知れない剣術の達人でありながら武人としても名を刻む歴代最後の魔術師とも言われる者
噂が帯を引いて膨れ上がった情報に依頼を経て接触を試みた
大した金額を積まれた訳もなく涙程度の金を経て
偵察員として冒険者を名乗り村を訪れた
この村では冒険者は物珍しいのだと花束を抱え村長含め村人に歓迎された
その刹那、村長が発するのだ
得体の知れない殺気と当てられたナイフを片手に
酒に酔った声を拗じる
たった一言「坊主話そうか」と言葉を並べた老体に心の底から体が恐怖を叫んだのが目に見えた
死を覚悟する
この言葉の意味を理解せずとも貫かれた感覚に村から早く撤退せねば死ぬのだと微塵の時間稼ぎとして少し事実を交えながら嘘を並べた
その一つに
「冒険者だから転々としているので家がない。
そろそろ落ち着いて身を固めたい」
と軽く冗談みたい言ってしまった矢先
「ならば住むかここに、暗躍に闇雲に動くよりかは平和と秩序を守りながら生きてみるか」
投げ渡された金貨の入った小包を見るからにして一生分くらいの価値がある
このご老体は見抜いているその上で利益となれというのだろう
無論、村人以外には誰にも手を出さない。
但し含まれないものに関しては薬となり得る人材のみ選定しろという指示だ
毒になる人材に関しては言わずとも飲み込めという指示でもある
書面もなければその場限りの言霊での契約
破る可能性、そもそも無いことになど出来る一瞬の出来事
上手い話には毒があるように
住むのなら富をその代わり平和の為に毒となれ
その提案を鵜呑みにした訳では無く番犬になった訳でもない
「隙あらば貴方を殺す、貴方が死ぬまで僕はここで遵守すべきルールと共に虐げよう」
その一言を残して留まった
守るべきものの目に触れぬよう毒を積み上げている
平穏無事に過ごせる環境のために毒となったのが7年前である
「どこまで行くんだ?」
得意の何も聞こえないフリをして地面の草と土を見て歩き続ける呼び止められた
いつも間にか森の入口まで来ていたらしい
「見ていなかっただけですよ」
在り来りな演じているような薄ら笑いを浮かべる
人間性に乏しいイオにとって最大限の人間を出しているに過ぎないが、嘘つきと言われればそれもそうだ。
「笑顔を作るのなら出来るようになってからしろ」
渡されたのは紐で丸められた古びた1枚の紙、何度か見たことがあるクエストを書かれてある擬似書だ
本来クエストと言うものは魔法がかけられるため、ギルドという国家公務員たる担当と呼ばれる人が働く管理局を通さなければならない
個人にしろグループにしろ全ての手順はギルドから正式な用紙を伝って依頼と言う形になるのだが
裏仕事では当たり前になりつつある、予め手順を省いているものは擬似書となり犯罪である
クエストとしての依頼書としては機能しても報酬やそれに因む物を渡されない可能性を含むためだ
そのため個人の争いを防ぐため犯罪となった。
これも見つかれば罰則として扱われる
開かれたクエスト用紙を見ると中央に焼かれた文字のようなものが刻印されている
クロロリン0/10
モンスターの名前と討伐数だ
クエスト用紙を作成する際に規定の魔法をかけるため文字通りの討伐や採取した場合文字がカウントされていくシステムだ
「そこら辺にいるモンスターだ、武器はお前が持っている短刀でいいだろう」
ポーチから取り出したのは1度だけ村長に見せた事がある短刀
元々の材料を複数混ぜ合わせた結果、黒い素材から生まれたもので刃の先から全て黒一色で統一されている
刃の部分には花が描かれた短刀は錆びてはいなかった
「行くぞ」
「あ、はい」
短刀を戻し待ってくれていた村長を先頭に森へ入る
1度足を踏み出せば森は異様な程寒く空気は更に寒い
周りは草と木、足元には苔のついた石が転がっている
みずみずしいほど綺麗な森を見渡しながら進んでいく
すると進んだ先にソレはあった
そこは円を描くように地面には綺麗な砂に水が貯まりその中心に青い扉が浮かぶようにあった
「あれが入口だ」
噂には聞いていたが初めてダンジョンの入口を見た
あの、ただの年季の入った扉が入口だなんて確かにこの場所だけは特殊だと思ったが信じられなかった
「不思議ですね」
ある研究者はダンジョンは異世界にあり、それを繋ぐのが扉なのだと唱えた人はいたが
結局は誰もわからないのがダンジョンだ
だからこの場合異世界の扉と表現すればいいのか、ただの扉と言えばいいのかわからなかった
「とりあえず行ってきます」
村長は小さく頷いたのを見て扉に触る
所々刺が立ち、色が剥がれている所がある
見れば見るほど不思議でどこかで見たことがあるような気がしていた
少しづつ上から撫でながら扉にあるドアノブに手をかける
冷たい鍵穴があるドアノブをゆっくりと回し
ガチャと音が鳴り古い扉を開けると同時に甲高い悲鳴ににも似た扉の軋みがイオを不安へと煽り立てた
扉を開くと水の膜が貼ってあり、微かにその先のぼやけて緑色が見えた
胸の中にある不可解な黒い感情を抑えながら
恐る恐る扉の向こうへ足を勧める
「行ってきます」