私たちの家
優しい子守唄で目を覚ます。どうやら自分は今、ベッドに寝かされているようだ。そして、子守唄を歌っているのがアベリィであることも分かった。
「アベリィ……ここは……?」
「私たちの家よ」
そう答えるアベリィの声には抑揚がなかった。それどころか、顔色一つ変えて見せない。そんな彼女の姿に、アレックスは不気味な印象を持った。そしてすぐ、その要因がオメガにあると理解した。アベリィもメリーも、オメガに洗脳されてしまったのだ。
そしてここが家だという事は、オメガはすぐ傍にいる。
「オメガはどこにいる?」
「あの子は、ホープと一緒にいるわ」
そうだ、ホープだ。過去にオメガは、世界を破壊するためにホープが必要だと言っていた。これまで落ち着く暇がなかったので考える余裕もなかったが、一体ホープの何が特別なのかを知っておかなければ。
だが、アベリィはこちらの内心を読み取ったのか銃口をこちらに向けてきて、
「駄目よ。ホープは今“教育”を受けている。邪魔はさせない」
トリガーに指を掛けるアベリィ。その目は、見たものを凍り付かせてしまいそうなぐらいに冷え切っていた。どうやら説得は無理らしい。
ならば実力行使だと、右腕に力を込める。こうすればホワイトウィーブが使えるはずだった。
「メリーの薬があなたの能力を無効化したの。それでも抵抗するというのならやってみなさい」
つまり捕まる直前に打たれたあの薬は、ただの麻酔薬ではなかったという事か。抵抗できない歯痒さにアレックスは舌打ちする。
アベリィは銃を仕舞い、椅子に足を組んで腰かけた。そんな彼女の装備を観察していて気づいたのだが、彼女の右手首には変幻自在のブレスレットが付けられていた。あれさえなければ、アベリィをどうにかした後に脱出することも可能だろうが、ホワイトウィーブが封じられたこの状況ではどうにもならない。アレックスはベッドの縁に座り直し、チャンスが訪れるのを待つことにした。
一方、応急処置を終えたヨルタを乗せ、リベンジャーはアレックスを連れ去ったトラックの痕跡を追っていた。その結果、一人と一台は森の奥にある寂れた廃車工場へと辿り着いたのだった。
「ここにアレックスがいるの?」
「そのようです。ですが見てください。四角形を描くかのように廃車が積まれています」
工場の周囲を移動しながら、リベンジャーは話す。こんな辺鄙なところにある森の、更にその奥深くにある廃車工場に来る物好きなど滅多にいないだろうと。オメガはそこを利用して廃車を使った防壁を築き上げ、その中に自身の拠点を造り上げたのだ。
「私の武装なら、積み上げられた廃車を破壊して内部に突入できます。一気に畳みかけるチャンスです」
「だめ、私が見つからないように行く。もし見つかったら、その時はよろしくね」
そう言ったヨルタは装備を着用し、外に出る。当然、リベンジャーは彼女を止めようとするが、
「私なら大丈夫だよ。リベンジャーもいるんだし」
ぐっと手を握って見せるヨルタ。そんな彼女からは、いつもとは違う確固たる意志が感じられた。その意志を信用してもいいかもしれない。いざとなったら自分が援護すればいいのだ。
「分かりました。ですが、くれぐれも油断はしないように」
ヨルタは頷き、廃車の防壁に上がる。そこから見渡した限り、防壁の内側には緑の草木が生い茂っていて、その中央に立派な屋敷が建てられているのが分かった。外の荒れ果てた光景に見慣れた後だとまるで別世界に迷い込んだかのような場所だが、あの屋敷の周囲を兵士が巡回しているのを見るに、あそこにアレックスがいることは間違いない。ヨルタは飛び降り、手近な物陰に身を隠した。
「侵入者ね」
突然立ち上がり、窓の外を見て呟くアベリィ。こんなところにやってくる侵入者など一人しかいない。ヨルタだ。
しかし妙なのは、何故アベリィはこの屋敷の周囲に侵入者がいると分かったのか。彼女はずっとこちらを見ていたはずだが……。
「メリー、アレックスを見ていて。私は狩りに行ってくるわ」
恐らくヨルタである可能性の高い侵入者を、見てもいないのに確認できた理由について考えを巡らせているうちに、アベリィは無線機でメリーに指示を下していた。
「ここから出たらだめよ、絶対。もし逆らえば、痛い目を見ることになるわ」
アベリィは念を押し、部屋を出た。すぐに入れ違いでメリーが入ってくる。彼女は扉の前でこちらを一瞥した後、何も言わず、アベリィが座っていた椅子に腰掛ける。
メリーに気づかれないよう目だけを動かし、武器になりそうなものを探す。しかし彼女の左腕はアームキャノンに変形する。それを使っているところを見たのは、ここに連れてこられる前の一回だけだが、針を撃つだけで終わるような代物とは思えない。そして気になるのが、アリスの足やメリーの腕、それにアベリィのブレスレットは誰が開発したのか。まさかミセス・キュートかとも思ったが、もしそうだったら、ピンクのボディスーツとナイフだけで敵と渡り合おうとは考えないだろう。
となると、オメガはまた何らかの手段で協力者を得たという事になる。
「どうしたの?」
声がしたので顔を上げると、思わず驚いて後ろに身を引いてしまう。メリーが目の前に立って、こちらに息がかかりそうなぐらいに顔を近づけていたのだ。
「何か考え事?」
「いや……」
アレックスは顔を背けるが、メリーはその顔を掴んで無理やり自分の方へ向けさせる。
「ここからどうやって出ようか、とか考えてた?」
メリーの言った事は外れていたが、彼女の心を見透かされてしまいそうな眼に見つめられると閉口する他なかった。
メリーは手を放すと、何を思ったのか、こちらの膝に座ってくる。
「何のつもりだ?」
「抱っこ」
そう言うと、メリーは身を寄せてくる。まさか抱きしめてほしいという事なのかと尋ねてみる。
「そう。血の繋がった家族なんだからそれぐらい当然でしょ?」
メリーにそう言われ、アレックスは、彼女と自分が親子であることを思い出した。かつてアベリィを探して旅をした時にはその事実を知らず、今でもメリーのことは自分の子供というよりも、信頼できる一人の仲間であるという認識の方が強い。
その事を察したのか、メリーは悲しげな顔をする。
「アレックスにとってはそうなんだね……でもいいの。これからはずっと一緒なんだから」
そう言ってメリーは膝から降りる。そして顔を近づけてきてこう言う。
「ちょっと待っててね。すぐに助けてあげるから」
「何?」
聞き返すよりも早く、メリーは部屋を出て行ってしまった。アレックスは後を追おうとドアノブに手を掛けるが、扉は開かない。鍵を掛けられた様子はないのだが……。
それよりも気になるのが、さっきメリーが言った事だ。「助ける」と言っていたが、それは一体――
「まさか……メリーは“洗脳されていない”のか?」




