発情期の兎
「俺の息子は、俺が何もわからないまま死んだんだ。そのことに関してはもちろん調べたさ。だが、誰も何も喋っちゃくれねえ」
「そんなことがあったんだ……」
ヨルタは目を伏せ、悲しそうな顔をしてそう言う。対してアレックスは、キースの死に関して更なる情報をブレイクから聞き出そうとしていた。
「キースの遺体はどうなったんだ? 誰も口を割らないとなると、遺体を調べるぐらいしかないぞ」
「役所の近くに墓地がある。アイツはあそこに埋葬されてるはずだ」
それだけ分かれば十分だった。アレックスとヨルタは工場を出て、二手に分かれることにした。
「俺は墓地に行く。ヨルタ、お前は警備隊の詰所に行ってくれ」
「うん、わかった」
考えが正しければ、詰所の何処かに当時の事件に関する記録があるはずだ。こんな崩壊した世界で当時の人々にそこまでの余裕があったかどうかはわからないが、調べてみる価値はあるだろう。
別々に動き始めた後、アレックスの方が先に墓地に到着した。人気がなく、寂しい場所だ。
「ここの何処かにキースが埋まってるのか」
アレックスは右手を地面に突き、ホワイトウィーブを一帯に張り巡らせる。これなら一つ一つ墓を掘り起こす手間もなく、誰かに見られても怪しまれにくい。手探りで探す以上どうしても時間はかかるが、まあいいだろう。
一方、ヨルタは詰所には向かわずにアランを探した。彼なら力になってくれるかもしれないと考えての行動だ。
「あ、アラン!」
「ん? ああ、ヨルタか。どうした?」
ヨルタは、アランに自身の目的を説明する。しかし彼は難しい顔をしてこう言った。
「いや……悪いが力にはなれそうにない」
「え? どうして?」
当然ヨルタは疑問に思うが、アランは「すまない」とだけ言って立ち去ってしまった。その場に残されたヨルタはため息をつき、今度は詰所の方へ向かう。誰も頼れないというのなら、自分の力であそこに侵入するしかない。
辺りに誰もいないことを確認し、ゴミ箱や換気扇を伝って建物の屋根によじ登る。そこから更に他の屋根へと飛び移り、詰所の真上にまで到達する。
「ここからなら入れそう」
ヨルタが目を付けた侵入口。それは煙突だった。煙が出ていないという事は使われていないという事だろうし、自分の体ならここから出ることも入ることも容易だ。ヨルタは迷うことなく煙突の中に飛び込んだ。
右手に触れた小さな体は所々が欠損している。元よりこの墓場に埋葬されている子供の遺体は少ない。これがキースで間違いない。
アレックスは目当ての墓を掘り起こす。時間はかかったが、掘り起こして出てきたのはやはり子供の遺体だった。半ばミイラ化していて生前の姿は想像できないが、これがキースなのだろう。
「すまないキース。それにブレイク。少し触るぞ」
そう言い、キースの遺体の損傷部位からホワイトウィーブを進入させる。そして遺体を検死する。
「傷の奥深くに銃弾が残っている。埋葬する前に見逃したか、摘出すらしなかったのか。こいつは……5.56mmか」
軍の兵士は銃を使うこともあるが、基本的には9mm弾を扱う銃を好む。一方この町の警備隊の銃は5.56mmの弾を使う。そしてキースは全身を撃ち抜かれて死んだ。つまり彼を殺したのは、町の警備隊の誰かという事になる。
「混乱していたのか……だが何故子供を殺した? 人が兵士になるのはゾンビと同じ原理じゃない。軍の実験のせいだ。区別するのは簡単なはずなのに――」
「そこにいるのは誰だ!?」
入口の方から声が聞こえた。咄嗟に身を隠し、息を整える。
まさかこんなことになるなんて。声のした方を覗いてみると、三人の警備隊員の姿が見える。姿を見られたのもあって、迷わずこちらに迫ってくる。
アレックスは銃を抜くが、彼らは敵ではない。あくまで職務を全うしているだけだ。しかし、だからこそ彼らに身元を特定されるわけにはいかない。兵士の襲撃の一件以来、こちらの顔は町中に知れ渡っている。なのにこんな場所でこそこそと墓を掘り起こしていることが知られれば、間違いなく面倒なことになる。どうにかして顔を見られずに逃げ切らなければ。
「……仕方ない」
アレックスはバックパックからある物を取り出す。それは町を出るときアランから譲り受けた、ヒーローのコスチュームだった。かと言って全身に身に纏うわけにもいかないので、黒を基調としたマスクだけを被り、その上からフードも被る。そして隠れていた物陰から勢いよく飛び出し、手近にいた警備隊の男の顎に拳を叩きこむ。残りの二人は突然の事に動揺を隠せない。
アレックスは気絶した男をもう一人に押し付け、隙だらけの三人目を地面に引き倒す。仲間を押し付けられた男はようやく状況を理解したのか銃を構えるが、逆にその銃を奪われ、銃床を鳩尾に叩き込まれる。
「手荒になって悪い」
アレックスは銃を捨て、詰所へと走り出した。
その彼が向かう先の詰所では、ヨルタが当時の事件資料の発見に成功していた。
「えっと、多分これだよね」
クリップボードに留められた資料には当時の事件について、事細かく書かれている。その中でもヨルタの目を引いたのはこの文章だった。
「父親は息子を射殺、その後放心状態に……? これって――」
さらに読み進めようとした時、こちらに近づいてくる足音が耳に入った。すぐさまロッカーに隠れ、じっと息を潜める。程なくして部屋に入ってきたのは、腹の出た中年の男だった。仕事が終わったのだろうか。男は鼻歌を歌いながら警備隊の制服を脱いでいく。当然、隠れて様子を窺っているヨルタの目には、彼の太った体が事細かに映り込む。
アレックスとは全く違う、だらしない体だ。なのになぜかじっと見てしまう。
アレックスの体は良かった。逞しく、かといって太すぎず。バランス良く成長した筋肉を纏う肉体に触れている時、胸の高鳴りが抑えられなかった。
「触りたいよぉ……」
熱い吐息と共に、小さくだが声を漏らしてしまう。幸い男は気づかずそのまま着替えを終えて部屋を出て行った。
しかしヨルタの頭の中は完全にアレックスの事でいっぱいだった。ロッカーから出てすぐその場にへたり込む。
「た、立てない……なんで?」
力の入らない体を揺すりながら自問自答する。さっきから体が熱い。こんな時に風邪をひいたのだろうか。それなら、治す方法を探さないと。




