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荒れ果てた世界で  作者: ハヌア
第二章 V
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白ばっかり

 仲間たちと別れてから数日後、雪が降る中をアレックスはあてもなく、各地を転々としていた。ロサンゼルスに向かえばアリスたちがいるだろう、かつて世話になった米軍を頼ることも考えたが、オメガたちに見つかって追われることになれば、今度は彼らに迷惑をかけることになる。


「腹が減ったな……」


 この数日間、まともに食事を摂っていない。オメガの髪から授かったこの能力は空腹までは解消してくれないようだ。おまけに無法者や変異した生物に襲われることも少なくない。これまでは銃や右腕のおかげで凌いできたが、そろそろ体力も限界だ。

 少し休憩しようと思って辺りを見回した時、初めて自分が森の中に足を踏み入れていたことに気づく。地面に降り積もった雪が月の光を照らし返してくれるおかげで最低限の視界は保たれているが、どこからどうやって出ればいいかもわからない。自分の足跡が残っているはずだと振り返って見る。しかし激しい積雪で足跡は完全に消え失せてしまっていた。


「何か火を熾せるものは……」


 力なく呟き、悴む手でバックパックの中を漁る。幸いなことに、マッチが入った箱があった。

 急いで薪になりそうな木の枝を集め、どうにか火を熾す。朦朧としていた意識が少し回復する。


 焚火の傍らにしゃがみ込み、炎に向けて手をかざす。それでも体の震えは止まらないが、楽にはなった。そうすると、今度は急に眠くなってくる。


「クソ、ダメだ。ここで寝たら……」


 閉じてしまいそうになる瞼をこすり、頬を叩いて無理やり意識を取り戻す。そして愕然とする。焚火が消えていたのだ。勢いを増し、もはや吹雪と化した降雪が原因であることはすぐに分かった。


「どこか……寒さを凌げるところに……」


 行かなければ。どうにか立ち上がるが、すぐに倒れ込んでしまう。もうアレックスには動く力が残っていなかった。

 そんな彼の視界には、やはりオメガの姿が映っていた。


「お父様、私を残して逝くおつもりですか? そんなこと許しませんよ」


 そう言い、近づいてくるオメガの姿は、恥部に自身の髪が巻き付いているだけでやはり全裸だった。その姿が夢か現かを判断する思考も、今のアレックスは持ち合わせていなかった。

 ただ、こんなところで死ぬことへの無念だけが、アレックスの胸中を支配していた。


 吹雪は数時間で止み、朝になる頃にはその場に何も残らなかった。いや、ただ一つだけ残ったものがある。それは足跡だった。


 森の奥深く。アレックスがやってきた方とは反対側に当たる位置に小さな小屋があった。決して快適ではないが、そこにアレックスは運び込まれていた。


 彼が静かに眠るベッドの傍の机にボウルを置き、立ち上がる。華奢なその白い手で父の手製の弓をしっかりと持ち、今日を生きるための狩りを始めるつもりなのだ。ついでに帰ってこない父の捜索も続けなければ。

 扉を開けると、肌を刺すような寒さが風に乗ってやってくる。全身を覆う防寒具のおかげでそれほど苦痛ではないが、未だに眠り続ける遭難者のためにも、早く閉めてやらなければ。

 無論、遭難者というのはアレックスの事である。“彼女”から見たアレックスは、この森によく迷い込む遭難者のうちの一人でしかないのだ。


「父の足跡は消えている。けど、あの人の事だから何か手掛かりを残しているはず」


 呟き、辺りを見回す。すると白色の雪の中に一つだけ混ざった異物を見つけた。

 どうやらそれは刃物のようだった。柄から先端にかけて緩やかな弧を描くその形状は、間違いなく父の愛用していた物と一致する。


「父はこっちに行ったみたい」


 刃物を置き、木々の奥へと歩みを進める。途中で見つけたウサギを何羽か矢で仕留め、腰の紐に引っ掛ける。腹を満たすには少し足りないが、仕方がない。それよりも、父の追跡が先だ。

 しばらく歩いていると、突然足が膝の辺りまで雪に沈んだ。急いで沈んだ足を引き抜き、後方に飛び退く。数秒後、さっきまで自分の立っていた場所一帯が崩れ落ちて行った。どうやら雪の下には人間の重さに耐えられるぐらいの足場がなかったらしい。


「それほど深くない。父はこの先に行った?」


 覗き込んだ先では滑り降りられそうな斜面が伸びていた。ここを下りれば後戻りはできないだろうが、この先に父の気配を感じた。


 行くしかない、と覚悟を決め、雪の斜面を滑り降りる。下りた先は洞窟のようになっていた。

 しかし妙だ。この奥から、何かが木霊している。


 それが父の声だと気づくのに、耳を澄ます必要すらなかった。


「見つけた!」


 滑りやすい足元に気を付けながら、洞窟の奥に向かって駆ける。しばらく進むと、やはり最深部には父と侵入者の姿があった。


「ベンディ、助けに来た!」


 実の娘の声には応えず、ベンディは黙々と目の前の敵を倒し続ける。それはアレックスたちが兵士と呼ぶ存在だった。


 ベンディの背後に立ち、お互いがお互いの死角を補い合うように位置取る。離れたところにいる兵士は矢で射抜き、近くにいる兵士は弓に取り付けたナイフで切り裂き、その命を絶つ。二人の力が合わさり、戦闘は予想よりも早く終わった。


「ベンディ、怪我は?」


「問題ない。それより、遭難者の状態は?」


 相変わらず冷徹な口調で言う自身の父を、彼女は無言で導く。洞窟の奥に出口があり、そこから自分たちの小屋に戻ることに成功した。


 その二人の足音を、ちょうど目を覚ましたアレックスは聞きつけた。しかし意識がはっきりとせず、動くこともままならない。そうこうしているうちに、二人が小屋に入ってきた。


「ベンディ、彼、目を覚ましてる」


 ベンディと呼ばれた男は大柄で、見た者に寡黙そうな印象を与える出で立ちだ。顔や腕には痛々しい傷の痕が幾つも見える。

 そんな彼とは対照的に、もう一人はまだ顔に少女のあどけなさを残す、色白の女だった。しかしその手には変わった形の弓が握られている。


「お前、どこから来た」


 ベンディがそう尋ねてくる。そうは言っても答えようがないので黙っていると、ベンディはこちらの腕を掴み、


「質問に答えろ」


 怒気を孕んだ口調でそう言い、こちらを睨む。反射的に振りほどきそうになったが、彼は命の恩人だ。そんな無粋な真似は許されない。なので素直に礼を言うことにする。


「助けてくれたことは感謝する。だが、自分でもどうやってここに来たのかわからないんだ」


「何をバカなことを。まさかやましいことでもあるんじゃないだろうな? あの侵入者たちの仲間だとか」


「侵入者?」


 アレックスが首をかしげると、逆にベンディも怪訝な顔をしてこう言う。


「お前、アイツらを知らないのか? 外から来たように見えるが」


「何のことだ」


 そう問うと、すぐに答えが返ってきた。アレックスの目の前に、ベンディが兵士の首を突きつけてきたのだ。


「こいつらは外からやってきた。お前もそうなんだろう?」


「……」


 素直にそうだと言って良いものなのだろうか。下手をすれば、兵士の仲間だと勘違いされる可能性もある。しかし、見ず知らずの自分を助けてくれた恩を無下にするわけにはいかない。


「ああ。俺は森の外から来た」


「やはりか」


 それだけ言うと、ベンディの目つきが変わる。腰に差していたナイフを取り、こちらの左胸に突き刺そうとする。


「っ!」


 咄嗟に右手でガードする。ナイフはアレックスの右手の平に突き刺さった。


「ベンディ!? 何を――」


「黙れ! しかしこの手は一体……」


 こちらの右手を見て、ベンディは驚いていた。だがアレックスにとって、その反応はもう見飽きたものだった。それ故に冷静だった彼は右手でナイフを握り潰し、指を髪の状態に戻してベンディの首を絞める。そしてそのまま地面に引き倒した。


「俺を助けておいて、今度は殺そうってのか? 気が早すぎる……」


 そこまで言いかけて、アレックスは背後の気配に向かって肘を放つ。案の定、ベンディと一緒にいた女がロープを手にしてアレックスを縛り上げようとしていた。その鳩尾に、アレックスの鋭い一撃が入る。女は呻き、腹を抑えて地面に膝を突く。

 その様子に拭いきれぬ罪悪感を覚えたが、今はそれどころではない。


「一体全体どういうつもりだ? 俺は敵じゃない」


 二人に敵意がないことを示すべく、両手を上げて後ろに下がる。彼らの様子を見るに、こちらを襲ってきたのには何か理由がありそうだ。

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