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荒れ果てた世界で  作者: ハヌア
第1章 荒野へ
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出会い

アレックスは正式に第4レジスタンスとして認められ、その一員として物資調達や隠れ家の周辺の警備などの仕事をこなしながらレジスタンスと共に生活していた。

軍の攻勢作戦は今のところなく、人々は毎日日が沈むまで仕事をこなし夜には思い思いの生活を営んでいた。


「おうアレックス。来たか」


ゲラルドがこちらを呼んでいる。今日は彼から大事な用件があると聞いて彼の部屋までやってきている。


「なんの用だ?」


「お前さんに手紙だ。今朝運び屋がきてお前に渡してくれと」


そう言ってゲラルドは手紙を取り出しこちらに手渡してくる。

運び屋というのは崩壊した世界において各地を渡り歩くよろず屋のようなものだ。人によって呼び方は違い、キャラバンというものもいれば運び屋と呼ぶものもいる。


「今時手紙なんて珍しいな」


「電波や信号の送受信は軍に監視されてるからな」


アレックスは手紙を取り出し中身を確認する。


オーシャンサイドに行け。α


「オーシャンサイド?」


「サンディエゴの都市の一つだな。誰か知り合いでも待ってるのか?」


「わからん。それにこの手紙、差出人も書かれていない。運び屋が何か言っていなかったか?」


「そういえば運び屋の男も差出人が書かれていない、とか言ってたな。彼の話によると顔を隠した『L』と名乗る人物が手紙の配達を依頼してきたらしい」


「L……」


5年前の出来事がフラッシュバックする。ヘリで俺を助けに来た女。ヘリが撃たれた際も機内にいたはずだ。

それに手紙の最後に書かれている『α』

これは5年前のアレックスのイニシャルを取ったコードネームだった。

俺をこう呼ぶ者といえば彼女しかいない。


「オーシャンサイドはどっちだ?」


ゲラルドが地図を広げ、サンディエゴの少し北のほうを指す。


「この辺りだ。ここから南下してサン・クレメンテホテル跡を抜けていく必要があるが……」


ゲラルドが言葉を濁す。


「ホテルに行くまでの道のりでウイルスの影響で凶暴化した生物に出くわすだろう。それにホテルには無法者、アウトローがいるかもしれん」


「……俺を誰だと思ってる?」


「ああ、ああ。あんたが強いことは理解しているが……」


その時突然部屋のドアが開かれターニャが入ってきた。


「ターニャ?」


ゲラルドは驚き、彼女の名を呼ぶが返事はない。

ターニャはこちらへ近づいてくる。


「アレックス、オーシャンサイドに行くのなら私も一緒に行くわ」


「なんだって!? あそこまでの道のりがどれほど危険か知っているだろう!?」


ゲラルドが声を荒げる。しかしターニャは譲らなかった。


「私……前の襲撃でほとんど何もできなかった。わかったのよ。私はパパやアレックス、それにみんなに頼ってただけだって。だから少しでも経験を積んでみんなの役に立ちたい! いつまでも子供なのはゴメンなの!」


ターニャが机を手で叩く。ゲラルドは何か彼女をなだめる言葉を探している様子だ。

そんなゲラルドに代わってアレックスが彼女を諭す。


「ターニャ。俺についてきたからといって、必ずしも強くなれるわけじゃないぞ」


「でもあなたの戦い方を参考にすれば何かわかるかも知れないわ!」


ターニャはそう言うがアレックスにはそれがどう見ても意固地を張っているようにしか見えなかった。


「アレックス……すまんが、ターニャを連れて行ってやってくれないか?」


「なんだって?」


ゲラルドは申し訳なさそうにそう言う。


「実は前々から彼女はレジスタンスの任務を受けたがっていたんだが、まだ19歳の小娘……しかも俺の娘だ。どうしても任務を与えることができなくてな」


「だから俺に連れて行けと?」


「まあそういうことになるな。すまないが……」


アレックスはため息をついてターニャとゲラルドを交互に見る。


「わかった。ただし報酬はいつもより多く払ってもらうぞ」


「ありがとう! お前は俺のかけがえのない親友だ……本当にありがとう」


「いいさ。二人とも無事に戻ってくる。行くぞ! ターニャ」


「え、ええ!」


ターニャは戸惑いながらも荷物を持ってアレックスの後に続いて扉を出た。その部屋に一人だけ取り残されたゲラルドは部屋の外に誰かいないか確認して扉を閉め、鍵を閉めた。


 ―


第4レジスタンスの集落を出るゲートを門番に開いてもらい、外に出る。

見渡す限りの広大な大地が広がっており遠方には高いビルや巨大な橋、青い海が見える。住居や道路も形を残しているものの雑草に覆われたりしてかつての面影はなくなっていた。


「5年間の間に……こんなことに」


「そっか、あなたは知らないんだったね。私も崩壊する前の世界のことは知ってるけど……外に出たことはなかったから」


「つまり二人とも外は初めてってわけか。楽しい旅になりそうだ」


「あ、それってイヤミ?」


二人は顔を見合わせて笑う。そしてオーシャンサイドに向かって歩き始めた。


 ―


あれから歩いてしばらく立つが特に危険な生物とは遭遇せずにサン・クレメンテホテル跡に到着した。

ホテルはまさに廃墟と化しており元の面影は影も形もなかった。


「アレックス、誰かいる」


ターニャがアレックスの腕を引き岩陰に隠れさせる。


「アウトローだ……」


ターニャは持ってきた双眼鏡を覗きながら呟く。男たちはアサルトライフルやハンドガンで武装していた。


「何人いる?」


「5,6人は……どうするの?」


「……」


アレックスは考える。どうすればあのホテルを突破できるか。

ターニャから双眼鏡を借り、覗いて敵の配置を確認する。


「4人が2人ずつ検問を張ってるのが見えるな。高台にスナイパーが1人……まずい!?」


「どうしたの?」


顔をあげようとしたターニャを強引に伏せさせる。弾丸はギリギリでターニャの頭には当たらず、後ろの地面にめり込んだ。


「完全に見つかった」


「どうするの!?」


「……俺が奴らに向かって撃つ。その間に向こうまで逃げろ」


アレックスはホテルの壁を指さす。確かにあそこなら面積が広い壁が盾となって弾丸は当たりづらくなる。


「死なないでよ」


そう言ってターニャは走り出す。スナイパーはそれを撃とうとするがアレックスが放った弾丸が頬を掠めたため一度身を隠す。

下にいるアウトローたちも異変を察知したようでこちらに向かって銃を構えており、中には威嚇のため発砲しているものまでいる。

アレックスはターニャに向かってグレネードを投げるようにジェスチャーで指示する。

理解したターニャはグレネードを投げ、アレックスも同時にパンを作るために持ってきた小麦粉を投げる。

それは粉塵爆発を巻き起こし一時的に敵の視界を防ぐ。その隙にアレックスは移動を開始した。


「スナイパー!」


アウトローの一人がスナイパーの名を呼ぶ。スナイパーは言われる前にホテルの廃墟内をスコープで狙い始めた。

しかしそのスナイパーの頭が突然弾丸によって貫かれ、銃を抱いたまま地面に落ちていく。

アレックスは粉塵を利用して移動したのではなく粉塵の中からスナイパーを狙撃していたのだった。こちらも視界が悪くわずかに見える反射光のみでの狙撃ではあったが奇跡的に命中したようだ。

粉塵が晴れるころにはターニャも移動しておりアウトローたちは自分たちの先入観を利用されたことと、スナイパーがやられたことで頭に血が上り冷静さを欠いてしまった。

こうなるともはやアレックスの敵ではなく背後や上からの奇襲で一人ずつ仕留められていった。


「これで全部か。大丈夫か?」


「ええ。やっぱりあんたってすごいのね。あの数を全部一人で……」


「慣れればこれぐらいできるようになるさ。多分な」


そう言ってアレックスはスナイパーが持っていたスナイパーライフルから弾倉を抜き取りバックパックに詰める。そして岩陰に置いていたリュックを背負い、ターニャのリュックを彼女に渡す。


「行こう。オーシャンサイドはすぐそこだ」


そう言ってアレックスは歩き出した。ターニャはその後を追いながら考える。

私は彼が来てから何度彼の後を追ってるんだろう、と。

私は誰かのあとを追うんじゃなくて誰かを守るためにオーシャンサイドに赴くアレックスについてきたんだ。

今のままじゃ私は誰も守れない。


― 


アウトローたちの遺体から武器を拝借し、それからもしばらく歩いてようやくオーシャンサイドにたどり着いた。ビーチにはパラソルや浮き輪などの道具が置き去りにされており海が満ち引きを繰り返している。

ターニャは時々アレックスを呼び止めては海を一緒に眺めようとしているがアレックスには海の美しさやこんな状況でも健気に飛んでいるカモメには興味がなく、ただLと名乗る者の正体を見極めるために先を急ぐことだけを考えていた。


「も~、アレックス! ちょっとは私の意見を尊重してくれてもいいんじゃない?」


「あ、ああ。そうだな……」


何度目かわからないターニャの呼びかけにようやく反応する。アレックスは足を止め比較的傷が少ないベンチにターニャと腰掛けた。


「何を急いでるの? あなたらしくないわよ」


「……」


L。彼女は生きているのだろうか。同じヘリに乗っていた自分は生きていたから彼女が生きている可能性ももしかしたらあり得るかもしれない。


「Lって人のこと……聞かせてくれない?」


ターニャがこちらの顔を覗き込んできた。


「仕事仲間だ」


「それだけ?」


「ああ」


「もっとあるでしょ? 例えば……えーと……どんな人だったの?」


「変人だ」


「会ったことはある?」


「ない。いつも電話かメールで、電話で話すときは必ずボイスチェンジャーを使ってた」


「何それ、確かに変人ね」


ターニャが笑いながらそう言う。アレックスはなるべく冷静を装って話してはいたが話すうちにLに会いたいという気持ちがどんどん大きくなっていくのを感じた。

たった一度しか顔を見たことがない女にこれほど会いたいと思ったのは生まれて初めてだった。


「どうしたの?」


「いや、なんでもない」


しかしターニャは表情から心情を読み取ったのか少し笑って顔を上げ、リュックからコーラを取り出し飲み干す。


「最悪……すっごいぬるい」


二人は顔を見合わせて笑う。世界が崩壊しているとは思えない平和な一時だった。

アレックスもとっくにぬるくなってしまったコーラを受け取り蓋を開けて飲む。

炭酸が目に染み涙が浮かぶ。


「やはりコーラは美味い!」


「同じく。コーラって最高」


そう言ってターニャは空になったボトルを砂浜に投げ捨てる。ターニャのボトルが落ちた所はもはやゴミ溜めと化しており中にはまだ使えそうな物もある。そのどれもがパンデミック以前の代物で人々の環境に対する意識の低さが垣間見える。


「あの箒の柄とカッター、使えそうだな」


そう言ってアレックスは立ち上がり、ゴミ溜めに近づく。そして使えそうなものを手に取って戻ってくる。

そしてリュックの中からテープと紐を取り出しまずはテープでカッターを箒の柄に固定し、その上から紐でぐるぐる巻きにして固く結んだ。そして一通り突いたり振り回したりして強度を確かめる。

それが十分なことを確認するとリュックの金具で止めていつでも取り出せるようにする。


「よし、これでいい」


「あんたって意外と器用なのね」


「これぐらい普通だ。そろそろ行こう」


アレックスはリュックを背負う。そしてターニャがリュックを背負い、立ち上がった瞬間に遠くから悲鳴が聞こえた。


「何!?」


「あっちからだ! 行くぞ!」


二人は声が聞こえた船着場に向かって走り出す。そこには三人ほどの兵士が座礁した船のマストを見上げており、マストには血が付着したノースリーブの白いワンピースを着た少女が必死にしがみついていた。

二人は物陰に身を隠す。

まだ兵士はこちらには気づいていない様子だった。


「よし、ターニャ。左と中央の兵士を片付けてくれ。俺は近づいて右の兵士をやる」


「うまくいくの?」


ターニャが不安げな目でアレックスを見るがアレックスは既にこちらにスナイパーライフルを差し出していた。


「ああ……もう」


渋々差し出されたスナイパーライフルを受け取り、左の兵士に狙いをつける。


それを確認したアレックスは、足音に気をつけながら走り出す。そして兵士をハンドガンの射程内に収めるとしゃがんだ姿勢で頭に向けてトリガーを引く。

それを確認したターニャはすぐに左側の兵士を撃ち、アレックスに気づいた兵士のこめかみを撃ち抜いた。

スナイパーライフルを抱えてアレックスのもとに駆け寄っていく。


「やったわね」


「ああ。次は……あの子だ」


そう言ってアレックスはマストにしがみついたままこちらを見下ろす少女を見る。


「お姉さん達は仲間だよー! 降りておいでー!」


ターニャの言葉に反応した少女はマストの窪んだ部分に足をかけようとするが、やはり怖いのか足を戻し首を振る。

焦れたアレックスは彼女の下まで行き、受け止める姿勢をとる。


「飛び降りろ! 受け止めてやるから」


少女はそれほど高くない場所にいる。受け止めても怪我をする可能性は低いはずだが少女はやはり飛び降りようとしない。

やはりこちらを警戒しているようだ。


「降りてこいって。俺が敵ならすぐに銃で撃ってる。あいつらは銃を持ってないから君が下りてくるのを待ってただけだ」


少女はアレックスとターニャを交互に見るが、やがて決心ができたのか目を瞑って飛び降りてくる。

アレックスは少女を受け止めると同時に衝撃を逃がすために深くしゃがみ込んだ。


「大丈夫?」


「ああ、なんとか」


まだ目を閉じている少女を地面に下ろす。

やがて少女は目を開き、立ち上がってこちらを見つめてきた。


「大丈夫? その……血が付いてるけど」


ターニャが安心させるために笑顔を作りながら言うが少女は一言も口を開かず、じっとアレックスを見つめている。


「何なんだ?」


しばらく見つめ合っていたが、アレックスが先に口を開いた。

それでも少女は沈黙を守る。そんな彼女の意図が読み取れず、アレックスもターニャも戸惑っていた。

やがてターニャが一つの提案を持ち出す。


「その、とりあえずパパのところに戻らない? もうちょっとで日が沈んちゃうし」


そう言って空を指さすターニャ。確かに既に太陽は海の向こうに沈みかけており、辺りは暗くなりかけていた。


「名案だ。おい、歩けるか?」


アレックスの問いに少女は首を振って右の足首を指さす。そこは赤く腫れていた。どうやら捻挫しているらしかった。


「よくマストに登れたな。まあいい、ほら」


そう言ってアレックスはしゃがみこみ、少女に背を向ける。


「おぶってやる。それでレジスタンスでゆっくり治してもらおう」


少女は恐る恐るアレックスにおぶさる。背中にリュックを背負っていたがリュックの中にはもはや何も入っていなかったため少女の邪魔になることはなかった。


「よし、行こう」


ターニャが先導し、アレックスがそれに着いていく。少女はアレックスの背中に顔をうずめ、目を閉じた。


 ―


第4レジスタンスの拠点に着く頃にはすっかり日は落ちており、風も冷たくなっていた。

背中にしがみついている少女の体が寒さで震えているのがよくわかる。

ゲートのそばに設置されている見張り台にいる男に開けるよう頼む。

男は一瞬ためらったがやがてうなずき、レバーを引いてゲートを開けてくれた。

ターニャがゲラルドがいるビルへと向かう。アレックスは自身が目を覚ました診療所へと向かった。


自分が眠っていた部屋に看護婦がいた。その看護婦に自分を担当していた医師がいるか尋ねる。


「連れてきます」


看護婦は少女を背負ったアレックスに驚いてはいたものの、すぐに奥の部屋へと消えていった。しばらくして看護婦と医師が出てきた。


「何か用でも……その子は?」


医師が少女をまじまじと見つめる。いつの間にか目を覚ましていた少女はその視線から逃れるように顔を背ける。


「足を捻挫したみたいなんだ。手当してやってくれないか」


「確かに足首が腫れていますね。わかりました。ベッドへどうぞ」


アレックスは少女をベッドに降ろし、腰掛けさせる。後は医師に任せても大丈夫だろうと判断し、部屋を出ようとする。


「行かないで」


突然少女が腕を掴んできた。彼女が喋ったことに驚き、振り返る。

その表情はまるで初めて留守番を任された子供のように寂しそうだった。


「俺は用事があるんだ。お前はここで治してもらえ」


「行かないで」


少女はもう一度言った。アレックスは助けを求めて医師の方を見る。彼のほうが子供と接することは得意だと思ったからだ。


「私が相手をしておきます。ゲラルドが呼んでいるので行ってきてください」


医師がそう言うと少女はようやく諦めたのか手を離し、俯く。アレックスは今度こそ部屋を出てオフィスビルへと向かった。


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