覚醒
「ここに……ちが……だろ」
「ですが…もしか」
近くで誰かが話している。おそらく男と女だろう。
話しているのはその二人だけのようで外からはわんわん、と元気に吠える犬の鳴き声が聞こえてくる。
目を開けると蛍光灯の光が目に差し込んできて、その眩しさに思わず目を瞑る。
「誰だ?」と声を出したつもりだが喉からはくぐもった声、と言うより音しか出ない。
周囲の反応を伺う。そして誰も気づいていないようだったので次は体を起こそうと試みる。
しかし体が持ち上がらず体を重いもので挟まれた芋虫のように身をよじらすことしかできない。
だがさすがに気づいたのか誰かが声を上げている。
幸い首を動かすことはできたので声がした方向を見る。
白衣を着た男性が部屋を出ていく最中だった。アレックスのすぐそばには看護婦らしき女性が立っておりこちらを見つめていた。
「あんたは誰だ?」
そういったつもりだったが、やはり声が出ず呻くことしかできない。
「大丈夫ですよ、ここは安全。少し待っていてください」
看護婦はそう言ってアレックスの手を握るがその冷たさに驚き、手を離す。
いつもなら「悪いな、そういう体質なんだ」と言うこともできるが口が動かせず声が出ない。ただ自分が何故ここにいるのか、ここはどこなのかを少しでも理解するために辺りを見渡すことしかできなかった。
―
「お待たせしました」
どちらも白衣を着たふたりの男がこちらに近づいてくる。看護婦はそれを確認するとどこかに行ってしまった。
「私はここ『第4レジスタンス』に所属する医師の一人です。後ろの彼は助手のカッター。新人だ」
そう年配の方の医師が説明する。後ろの男はこちらに向かって軽く会釈していた。
年配の医師は続ける。
「あなたは『軍』に捕獲され、実験の材料として使用されていました。軍はあなたの血液を抜き取り、何かを企んでいる……ああ、軍というのはあなたが知っている軍ではありません」
医師が助手のほうを向いて合図をすると助手はテレビのリモコンを取り、テレビに向けて電源を入れる。
液晶には録画されたと思われる映像が映し出された。
「テロリストは自らを軍と名乗っており現在も世界中でウイルスを……」
突然映像が乱れる。そこで録画された映像は止まった。
「あなたはヘリコプターで仲間と共に街で起きた暴動から逃げて……戦闘機に撃ち落とされた。戦闘機を操縦していたのは軍のエースパイロット。全ては軍の仕業、最初から軍の仕業だったのです」
助手がスマートフォンを持ってくる。
「これはあなたのかつての仲間であるLと呼ばれる人物の物です。彼女のスマートフォンには依頼のメールが……依頼主は、軍」
そういえばLも軍から仕事の話を持ちかけられたと言っていた。
一体軍とは何者なんだ?
そう言いたそうにしているアレックスの目を見て医師は説明を始めた。
「軍。かつては小さなテロリストだったのだが……その統率力と人員、予算の面から軍と名乗りテロを引き起こした。世界規模で」
世界規模!?
アレックスは驚き、一時的に呼吸困難に陥った。
医師は彼が落ち着くのを待ってまた話し始める。
「そのテロは世界中にウイルスを撒き人々をウイルスによって支配する『ウイルスの、ウイルスによる、ウイルスの、そして我が軍のための世界』の創造を目的として引き起こされました。おそらくだが」
医師はそう言ってイラストが描かれた紙を見せてくる。
そこには戦闘機にペイントされていた例のイラストが描かれていた。
「これが軍のシンボルマークです。見えますか?」
アレックスは首を縦に動かす。医師は頷いて絵を置き、またこちらに向かって話し出す。
「話をまとめましょう。あなたは軍からの依頼を受けたように見せかけてホテルの地下にある研究所に誘導された。それはあなたを囮に使い、軍のテロ計画から少しでも政府の目を離そうとする計画だった。ここまではいいですね?」
アレックスは頷く。
「そしてあなたは彼らの思惑通りに動いてくれた。その結果リゾートホテルとその周辺がウイルスの試験場となりあなたは逃げおおせたもののヘリは撃ち落とされた」
確かそうだったような気がする。はっきりとは思い出せないがヘリに乗っていた記憶はある。
「あなたはヘリで全身を打ち付け気絶していたのです。その歳月は……6年間」
「!!?」
アレックスは衝撃を受けた。体感上では数週間だろうと思ってはいたがまさか6年間とは……
驚きのあまりまた呼吸困難に陥る。息ができずに目玉が飛び出るような錯覚に陥る。
「まずい……体に負荷がかかりすぎてる! 鎮静剤を持って来い!」
医師が助手に言う。助手はすぐに鎮静剤が入った注射器を取りアレックスの首筋に注射する。
「落ち着いて……落ち着くんです」
次第にアレックスの瞼は落ちていき、完全に目を閉じる。呼吸も完全とまではいかないものの安定してきていた。
―
ここはどこだ?
なんで俺はこんなところに?
アレックスは石でできた高所に架けられた橋の上に立っていた。ふと前を見てみるとそこにはLがいた。
「L?]
声を出したつもりだがやはり声は出ていない。
そうこうしているうちにLが後ろを向き橋の奥へと行ってしまった。
そして入れ替わりに例の目のない奴らが現れこちらに襲いかかってくる。
「っ!?」
目を開けるとベッドの上だった。さっきのは夢だったらしい。
安堵してもう一度目をつむり、頭を枕に落とす。
しばらく目を閉じていると誰かがこちらを呼んでいるのに気がつき目を開ける。
「アレックスさん。ご体調のほど、いかがですか?」
昨日の医師の助手だった。
「6年も昏睡していたためあなたの筋力は非常に衰えています。しかし今から使用する装置を使えばある程度の筋肉を取り戻すことが可能です」
つまり今日は昏睡していた間に衰えた筋力を回復させる、ということなのだろう。
「それでは運びますね」
助手がそう言うと突然ベッドが動き出し、MRIのような機械の中をくぐっていく。
そこから抜けると次は足から機械に入っていき停止した。
「立ってみてください」
そう言われて体を起こす。
少し時間はかかったもののなんとか体を起こすことに成功した。足をベッドから降ろし地面に付け、自分の足で立つ。
しかし上手く力が入らず膝をついてしまう。
「大丈夫ですか?」
助手が肩を貸してくる。おかげでなんとか立ち上がることができた。
「ああ……」
声を発することもできるようになっている。やはりあの機械のおかげだろうか。
「筋力の回復に成功したようですね。完璧に、とはいきませんでしたが……」
助手はペンで紙に何かを書き込んでいる。おそらくアレックスの容体を書き込んでいるのだろう。
「これから先生の指導のもと、少しずつリハビリをしていきます。それからウイルスが撒かれた後の世界の現状も……」
そこまで言って助手は少し悲しそうな表情を見せる。
しかしすぐに顔を上げ、「ここで待っててください」と言いどこかに行ってしまった。
―
それから約3週間
医師の指導のもと昏睡する前の筋力や身体能力を取り戻すことに成功した。
そしてウイルスによって崩壊した世界のことも。
どうやら今の世界はウイルスによって凶暴化した人々によって昔とは違い都市や施設といったものがほとんど残っておらず荒れ果ててしまっているらしい。
さらにウイルスは今でこそほとんど死滅しているもののそれまでは変異を繰り返し動物や昆虫を凶暴化、更にはまったく別の生物へと変貌してしまったらしい。
テロを免れて生き残った人類の人口はおよそ3割まで激減してしまった。
政府はもはや機能しなくなり軍が世界中の支部から各地域を支配している。
厄介なことに徒党を組み、荒くれ者と化した人々は略奪を繰り返し各地で資源を求めた暴動が勃発しており法というものは曖昧な存在となった。
そんな中アレックスを救助した人々やその他の常識的な人々は『レジスタンス』と呼ばれており世界各地で軍に対する抵抗運動を起こしている。
「つまり……ポストアポカリプス、というわけか」
「そのとおり。今や人々は生き残るため、レジスタンスは軍の支配から人々を解放するためには手段を選んでいる状況ではなくなってしまったのです」
「……」
まるで映画のようだ。アレックスは心の中で笑った。
しかしそれが今ここで起きている現実でもある。俺はこの過酷な環境を生き抜かなければならないのだ。
そのためには……
「なあ、あんた達もレジスタンスなんだったよな?」
「そうですが……それが?」
「俺も……レジスタンスに加わりたい」
医師は表情こそ変えなかったものの、アレックスの突然の提案に面食らっているようだった。
「君、ゲラルドを呼んできてくれ」
医師が助手に命令すると助手はすぐに部屋を出ていった。
「ゲラルドとは?」
「この第4レジスタンスのリーダーを務める男だ。頼りになる男だ」
医師はそのゲラルドという男を信頼しているようだった。その口ぶりからゲラルドは非常に優秀な人物だと、アレックスは推測した。
―
「先生!」
「ゲラルドは?」
「案内を寄越すので彼を、連れて来いと。」
助手がアレックスを見る。医師は目で「彼のところへ行ってくれ」と頼んできた。
アレックスはそれに無言で答え、部屋を出る。
扉を開けると壁にパンクな服装の女性が立っていた。彼女はこちらを確認すると歩み寄ってくる。
「あんたがアレックス?」
「ああ」
「ふ~ん……」
女は品定めでもするような目でこちらをジロジロと見ている。そして口を開いた。
「フフッ、なかなかイイ男じゃない。そのおヒゲもセクシーよ」
そう言って自分の顎と鼻の下をなぞる。
釣られて自分も同じ動作をすると無精ひげがかなり伸びていた。
「鏡を見てなかったの?」
「あんたがゲラルドのメイドか?」
彼女の問いに答えずに本題に入る。
「メイドじゃなくて、娘よ。ターニャ・マクラファティ。よろしくね」
そう言って彼女は手を差し伸べてくる。
アレックスがそれを握ろうとすると手を引っ込め
「残念。やっぱ触らしてあげなーい」
そう言って扉のところまで歩いていきこちらに手招きしてくる。
アレックスはため息をつき彼女の後についていった。
扉を開けると太陽の光が差し込んでくる。明るさに目が慣れてくると次第に視界が広がっていく。
そこは周囲一帯が壊れた車やガラクタで埋め尽くされていた。奥の方には広場がありそこの中央から巨大な木が伸びている。
広場を中心として左側には商店街が続いており右側にはボロボロの住居が立ち並んでおり正面には6階建ての汚いオフィスビルが建てられていた。
広場では大人たちが会話を楽しんだり子供たちが走り回っている。
ターニャはその間を縫うように歩いていきオフィスビルの玄関扉の前に待機している。
アレックスも後を追うが大勢の人が話しかけてきてなかなか前へ進めない。
「あら、目を覚ましたのね! よかったじゃな~い」とおばちゃんが。
「お兄ちゃんどこから来たの? もしかして、軍の人?」と4人組の女の子が
そして 「早く来てよー!パパは待たされるのが嫌いなの!」とターニャが。
人ごみを掻き分けなんとかターニャのもとへたどり着く。
そのままターニャに付いて行き6階の一番奥の部屋に案内された。
「パパ、連れてきたよ」
ターニャが言うがパパ、もといゲラルドは反応しない。椅子に腰掛けたまま顔にタオルを被せている。
ターニャは舌打ちをしてタオルを取り、それでゲラルドの顔を叩く。
「起きろって言ってんのよ! このエロじじい!」
ゲラルドは驚いたように目を開け辺りを見渡す。サングラスを掛けイヤホンを着けているがターニャに全て外されアレックスの足元に投げ捨てられる。
すかさずそれを拾い、サングラスを掛けるとレンズには筋肉質な女がひ弱そうな男を鞭でしばき倒す映像が映っておりそれに合わせてイヤホンからは鞭がしなる音や男の悲鳴が聞こえてくる。
「また買ったの?」
「うるせえな……新境地を開拓しようとしてたのによ」
不機嫌そうな顔のゲラルドの顔にまたもタオルでのビンタが命中する。
「客の前でそんなことしないでよ! まったくも~……」
ターニャが救いを求めるような目でこっちを見てくる。アレックスはどうすればいいか分からずゲラルドの前の机にサングラスとイヤホンを置く。
「サンキュー。あんたがアレックスか、噂は聞いてるよ。覚醒おめでとう」
ゲラルドがサングラスとイヤホンを机に収納し、こちらに向き直る。さっきまでのだらだらした態度とは打って変わって真剣な面持ちになった彼にアレックスは問いかける。
「いつもあんな感じなのか?」
「いや。趣味に浸ってただけだ」
そう言ってゲラルドは笑う。そして何やら書類を取り出す。
「うちのレジスタンスに入りたいんだって?」
「ああ。軍のやつらにはいろいろと言いたいことがあるしな」
「ふむ……しかしひとつ条件がある。それを承諾した上でこの書類に、サインしてもらう」
「その条件とは?」
アレックスが聞くと突然ゲラルドが銃を抜き椅子から立ち上がった。
「レジスタンスはよぉ……抵抗軍ってこともあって軍に度々襲撃されるんだ」
ゲラルドは窓際に向かい外を見る。そして小さく舌打ちをしこちらに戻ってきた。
「ははっ、ちょうどいい。お前さんの入団条件はせめてきた軍の『兵士』をひとり残らずぶち殺すことだ。やってくれるならレジスタンスに入れてやる」
ゲラルドは返事を待たずにアレックスにハンドガンを投げ渡してくる。ハンドガンをキャッチし、ターニャの方を見ると既にショットガンを用意しておりゲラルドとともに外に出ていった。
アレックスは窓から外を見る。
「ここから見えるだけでも敵の数は6……いや、8人」
窓の外で行軍を進める兵士は全員がフードを被って思い思いの武器を手にしている。
中にはロケットランチャーやスナイパーライフルを構えているものもいる。
一度発見されれば苦戦を強いられるだろう。
そう考えたアレックスは窓を開き、そこから飛び降りて屋根の上を見つからないように匍匐で移動し、スナイパーライフルを持っている兵士の後ろに回り込むことにした。
後方から銃声が聞こえてくる。おそらくゲラルド率いるレジスタンスと軍の兵士が戦い始めたのだ。
そのいざこざに紛れて屋根の上を全速力で走り出す。
屋根から屋根に飛び移り、障害物をジャンプやスライディングで回避しながら狙撃手の位置まで走る。
途中ロケットランチャーを担いだ兵士に気づかれるが発射よりも早く兵士のところにたどり着き腕を掴む。
しかしアレックスはその顔を見て驚愕した。
5年前、研究所で自分を襲った目のない男だったのだ。
とりあえず壁に向かって投げ飛ばし気絶させる。そしてロケットランチャーを拾ってそれを兵士が密集しているところに向かって撃つ。
地面に着弾して爆散し、兵士の大群が吹き飛ぶがその顔のどれもが目がなく顔が真っ青だった。
どうやら軍はウイルスに感染した人間を兵として使っているらしい。
ふと狙撃手の方を見ると、いなくなっていた。
「何?」
辺りを見渡すと東の一際高い住居のベランダからスコープの反射光が見えた。
咄嗟に飛び退き換気扇の裏に隠れるのとほぼ同時に先程までアレックスの頭があった位置に銃弾が飛んできた。
「あ、危なかった……」
判断が遅れていたら死んでいただろう。
ほんの少しだけ顔を出してスナイパーの位置をもう一度確認する。
おそらく移動したのか、反射光はもう見えない。知能は高いようだ。
それを機にアレックスは屋根から飛び降りロケットランチャーを持ったままスナイパーが最後に狙撃してきた地点へと急いだ。
―
そのころターニャは父とともに数で押してくる兵士に苦戦していた。撃っても撃ってもどこからか湧いてくる兵士の物量作戦に既に仲間の半数が命を落としていた。
「くっ……ターニャ! ここは任せるぞ!」
突然ゲラルドが自動販売機の影から飛び出し敵が隠れているかもしれない路地へと突撃していく。
ターニャも後を追おうとするが別の方角からスナイパーに狙撃され思うように動けない。
しかしそこに見えるのはスナイパーだけではなかった。
「アレックス!?」
スナイパーがいるベランダの近くでアレックスが屋根の上で兵士の一人を投げ飛ばしているのが見えた。
その鮮やかな格闘技術につい目を奪われ、自身の頭にレーザーサイトが当たっていることに気づけず気づいたときには既に弾丸が発射されていた。
「ううっ!?」
体を無理によじることによりなんとか弾丸を回避する。しかし弾丸は耳たぶを掠めていき傷口から血が流れ出る。
「うう……クソ! いいスパイスになったわ!」
自身の血を舐めアサルトライフルをスナイパーのいる方角に向けて乱射しながら移動する。
スナイパーから見えない位置まで到達すると身を晒さないように注意を払いながら父が向かった路地へと近づく。
路地の方からは銃声が聞こえている。おそらく父のものだろう。
無事だといいが……
―
アレックスはスナイパーが居たベランダへの窓をぶち破ってベランダに突入する。
やはりというべきかスナイパーの姿はなく、既に移動したあとのようだった。
「だろうな……次はどこに行く?」
アレックスは相手の立場に立って考えることにした。スナイパーは俺が換気扇に隠れた姿最後に見て移動を開始した。
それじゃあまだこちらの位置が掴めていないはず、さらに運がよければ相手はまだ換気扇周辺を警戒していることになる。
そう考えてアレックスも移動を開始した。目標は右斜め側に見えるマンションの4階のベランダだ。あそことここはひとつ建物を挟んでつながっている。
相手もこちらが追跡してくることを考えて罠を仕掛けているかもしれない。気をつけないと。
―
ターニャはクリアリングを入念に行い路地に飛び出る。しかしそこには父の姿はなく大量の血液が飛び散っていた。
「死んでなんか……ないよね?」
ターニャは死体の中に父が紛れていないか探す。しかし目に入るのは気味が悪い幽霊のような兵士の死体だけで革のロングコートを羽織った父の姿はなかった。
きっと逃げおおせたのだろう、そう思いたい。
「どこにいるのよ……」
そうつぶやいて改めて自分が弱気になっていることに気がつく。
ダメだダメだ、こんな時に弱気になってどうする。私はまだ兵士を殲滅してパパとみんなと、そしてアレックスとレジスタンスとして活動していたい。
ターニャは自身の顔をピシャリと叩き移動を開始した。
―
予想通りスナイパーは換気扇の辺りを警戒していた。
自身が仕掛けた罠をすべて解除されたことも知らずにのんきにスコープを覗いている。
音を立てないようにスナイパーに近づいていく。
そしていざ首を絞めようとした瞬間
「うぐっ!」
既に気配を察知されていたのか突然兵士が振り向き、振り向きざまに銃身で殴りつけてきた。
後ろに倒れたアレックスにのしかかり首を絞めようとするが腹を蹴られベランダに背中を打ち付ける兵士。
アレックスは体勢を立て直し、同じく体勢を立て直していた兵士と組み合う。
?
「クソ、うわあ!」
取っ組み合いの末お互いがつかみあったままベランダから落ちてしまった。
幸い下にはパラソルがあり、それがクッションとなって無傷で着地することができた。
「アア……ア」
兵士は彼ら特有の発泡スチロールをこすったような声で呻き立ち上がろうとするがアレックスに顔を蹴り飛、顔を抑えてのたうち回る。
「ギャアア!! ギャアアアア!!!」
「終わりだ」
そう言ってアレックスは銃の引き鉄を引き兵士の頭を撃ち抜いた。
―
路地の奥から銃声が聞こえてくる。父親かと思い、音が鳴った場所に向かって駆け出す。
そこにいたのは父ではなく銃を構えたアレックスだった。
「あんたは……」
「アレックス! 無事だったのね!」
ターニャは喜びのあまりアレックスに飛びつきそうになるがかろうじて抑える。
「何があったの?」
「スナイパーに狙われてた。今はごらんの有様だがな」
アレックスが銃口で指した方向には頭を撃ち抜かれて死んだ兵士の死体が転がっていた。
周囲にもアレックスがやったと思われる兵士の死体が転がっている。
「すごい……これ全部ひとりでやったの?」
「ああ。これ以上増えたら苦しかったがな」
アレックスはそう言うがまったく苦しそうではなかった。むしろ余裕そうだ。
「ゲラルドは?」
「こっちに向かったのは見たんだけど……」
話していると遠くから銃声と怒号が聞こえる。まだ兵士たちは残っているようだ。
「話は後だ。援護しに行くぞ」
アレックスがスナイパーライフルを拾って駆け出していく。
「あ……ちょっと待ってよー!」
ターニャも急いで後を追った。
―
路地を出るとすぐ目の前をレジスタンスが通っていく。
彼らは物陰に弾丸を撃ち込んでいる。おそらく2階に物陰に兵士が隠れているのだろうが……
「ひどいな……」
「言わないで。訓練中なの」
レジスタンスはへっぴり腰でただ弾をばらまいているだけだった。これでは当たる弾も当たらない。
「2階に隠れてるのか?」
アレックスはレジスタンスの一員に問う。レジスタンスは頷くだけで銃を撃つことに必死だった。
そんなレジスタンスの腰に付けられたグレネードを二つほど拝借し、ターニャに指示を出す。
「よく聞けターニャ。このグレネードをあのビルに向かって投げるんだ。出来るな?」
「え? ええ……投げ物は得意だけど」
「よし。俺が合図を送る。そしたら投げるんだ」
それだけ言うとアレックスは走り去っていった。ターニャはアレックスの姿を目で追い、合図を待った。
1分半ほど経っただろうか。アレックスが目標のビルから身を乗り出し、突然兵士に向かって銃を乱射し始めた。
「なにやってんだアイツ!?」
レジスタンスたちは信じられないという顔でアレックスを見ているがターニャはそれを彼の合図だと判断しグレネードを二つとも投げる。
一つは兵士たちを吹き飛ばし、もう一つはビルの支柱を砕きこちらに向かって倒れてきた。
「あぶなーい!」
「倒れるぞー!」
レジスタンスたちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ去り、ターニャも倒壊したビルから離れようとするが瓦礫につまづいてしまう。
「きゃあああ!!」
下敷きになる寸前で腕を引っ張られ、助け出される。
そちらの方向を見ると父が自作のマジックアームを手にこっちに手を振っていた。
「ヒーローは遅れてやってくるってな!ハハハハハ!」
「……ばーか」
そう言ってターニャも笑う。
「兵士は一掃出来たみたいだな」
「ええ。そうだ! アレックス!」
ターニャが声を上げ、ビルの方を振り向く。
するとビルの窓から誰かが顔を出し飛び降りてきた。
「よっ、と」
アレックスだった。どうやら無事だったらしい。
「やるじゃないか、ターニャ」
「ふん、当たり前でしょ?」
実際は失敗したらどうしよう、とばかり考えていたことを隠すように胸を張ってそう言う。
それを察したのか父も会話に割り込んでくる。
「多大な損害を出したがよく働いてくれた。あんたが第4レジスタンスに所属することを認めよう」
ゲラルドが握手を求めてくる。アレックスもその手を握り返し、固い握手を結んだ。