自然との調和
アレックスがズベヤーと共に出かけて行ったのとほぼ同時刻に、メリーはデイアから受け渡された弓矢を手に連れられて、森の中へと向かっていた。
自分の素性をほとんど語ろうとしない年上の男と一緒に暗い森を歩くのははっきり言って気まずかった。
何か話そうとしても、厳しい雰囲気を醸し出しているこの男に話しかけるほど、私には度胸は据わっていない。
出来ることなら、アレックスかファリさんと一緒に行きたかったな。
そんなことを考えていると、突然背後から声をかけられた。
「よそ見をするな。目的地に着いたぞ」
頭の中で考えるあまり、メリーはデイアが立ち止まっていることに気づいていなかった。
急いで彼の元まで戻ると、デイアが森の向こうを指差す。
「見えるか? この山に住み着いた鹿だが、軍の奴らのせいで少しばかりでかくなってる。態度もな。お前の仕事はあいつを殺して、皮を剥ぎ、肉を持ってくることだ」
それだけ言うと、デイアは近くの切り株に腰を掛け、腕組みをして黙り込んでしまった。
メリーは地面から生えた雑草を食べている巨大な鹿の方を見る。
見た目は従来の鹿より大きいが、どう見ても狂暴そうには見えない。しかし、命令に逆らってデイアに何か言われるのも嫌なので、メリーは渋々、鹿へと近づいていった。
なるべく見つからないように姿勢を低くして、草むらに隠れながら、鹿を的確に仕留められる距離まで近づく。
草むらの中から弓の弦を引く。思いのほか力がいるので悪戦苦闘したが、必死に力を入れ、なんとか放つことができた。
放たれた矢は見事に鹿の頭に突き刺さり、鹿は短い断末魔を上げて地面に倒れ伏した。
「鹿を倒して、それで終わりじゃないぞ! 肉と皮を剥ぎとれ!」
遠くでデイアが声を上げる。メリーは急いで鹿の亡骸まで走っていき、ハンティングナイフを取り出して言われたとおり、皮と肉を剥ぎとって袋に詰めると、デイアの元へ戻っていった。
「どう?」
「相手が馬鹿だから良かったが、もっと感覚が鋭い猛獣が相手ならとっくに見つかって食われてたな」
デイアが小馬鹿にするように言う。メリーは何か言い返したかったが、案の定何も言い返せず、頬を膨らます。
それを見たデイアは鼻で笑う。そして「行くぞ」とだけ言い、次の目的地へと向かっていった。もちろんメリーもそれに続く。
―
あれからかなりの間、歩き続けているがデイアが歩みを止める気配は全くない。流石に心配になったメリーは彼にどこまで行くつもりなのか聞いてみた。
「あの……どこまで行くつもりなの?」
しかし彼の反応はそっけない。
「黙って着いてこい。もうじき着く」
デイアは前を向いて歩きながらそう言った。
森の奥へと進むにつれ、陽の光が差し込むことができないほどに木々が生い茂ってくる。
やがて森の中はまだ昼間だというのに数歩先が見えないぐらいに真っ暗になってしまった。
辺りを見ていると、今にも茂みや木の陰から何かが飛び出してくるのではないかと思い、メリーはデイアの背中だけを見て歩くことにした。
それからもしばらく歩いて、ようやくデイアの足が止まった。
そこは先ほどまでの鬱蒼とした森とは打って変わって明るく、広々とした空間だった。
その中央部には小さめな湖があって、その湖のまた中心には石造りの直方体があり、人が入れる程度の大きさの穴が口を開けていた。
「ここには『ゴースト』と呼ばれる老人がいる。彼はかなりの年月をここで過ごしていて、一度も出てきたことがないらしい。俺も詳しくは知らないがな」
デイアがそう述べる。しかし、そんな老人の下になぜ私を連れてきたのだろうか?
その疑問を、そのままデイアにぶつける。
「ここにお前を連れてきたのは他でもない、ゴーストにお前を会わせるためだ」
「え? 私が?」
「実は、お前の母親はここに一度来ている。止めたんだがな」
「なぜ、お母さんが?」
そう聞くとデイアは、一度深く息を吸ってから話した。
「言うまでもなくゴーストに会いに来たのだろう。しかし、彼女はここから集落に戻ってすぐに出て行ってしまった」
「そんなことはわかってる。お母さんは、なんでこんなところに来たの?」
「それを今から確かめに行くんだ。着いてこい」
そう言ってデイアは穴の中へと入っていった。メリーは肝心なことを言わずにここまで自分を連れてきたデイアに呆れながらも後を追った。




