ショートケーキ
ショートケーキの苺は最初に食べる?
それとも、最後までとっておく?
私はね、一口でぜーんぶ食べちゃうの。
食いしん坊とかじゃないんだよ。
苺とショートケーキを一緒に味わいたいの。
一気に食べるのは勿体ないかな…。
でも一口でいくのはショートケーキだけだよ。
チョコケーキとかチーズケーキは普通に食べるの。
だから苺が乗ってるショートケーキは特別。
そして今日のおやつはそのショートケーキなのね。
しかもお母さんが奮発して高めのお店で買ってきてくれたんだよね。
今回は流石に一口で食べちゃうのは本当に勿体ない事かなあ…。
あ、でもお高いショートケーキだからこそ一気に食べちゃった方が良いのかも。
どっちにしたって食べたら無くなるし。
そうだ、そうしよう!
時計を見ると、短針は『3』を、長針は『12』を指している。
もちろん夜中じゃなく、おやつの時間。
私はいつもの椅子に座り、いつものテーブルを正面に見据える。
これから出てくるであろう『おやつ』が楽しみ過ぎて、無意識にリズム良く足で床を叩く。
キッチンの方から『うるさい』とお母さんに叱られたけれど…今はそんなことも気にならない。
さあ、早く出てこいショートケーキ!
『はい、今日のおやつね』
お母さんがそう言って運んで来たのは、期待していた白いケーキではなかった。
『……?ねぇ、これ何?』
目の前には真っ黒な四角い物体が置かれている。
何だこれ。あの白くて甘いケーキはどこ?
真っ赤で甘酸っぱくて美味しいあれは?
『何って……羊羹よ、それ』
ヨウカン!?
なんでヨウカン!?
『ちょっと待って。今日のおやつはショートケーキじゃなかったの!?』
今朝からずっと楽しみにしていたのに!
この口いっぱいにクリームとスポンジと苺を頬張る準備をしていたのに…!
『私もそのつもりだったんだけどね。さっき冷蔵庫覗いたら、ショートケーキが無くなってたのよ』
無くなってた!?なんで無くなる!?
まさか…泥棒が高級なショートケーキ欲しさに盗みに来たのか?
いや、もしかしたらこっそりお母さんが食べたのかもしれない…。
理由が何であれ、今この家にショートケーキが無いという事が分かった。
『ごめんね……。また今度買ってきてあげるから』
お母さんは申し訳なさそうな顔をして私の頭を撫でる。
今度っていつなんだろう。
来週?来月?…もしかしたらもっと先かも。
だって、お高いショートケーキだよ?
そんなにすぐ買ってこないもん…。
拗ねたように口をムッと尖らせて、不機嫌オーラを撒き散らしながら羊羹を一口で食べた。
羊羹も意外と美味しかった。こしあんだった。
おやつを食べ終わって、小さく溜息をつきながらリビングへ向かった。
すると、今日は仕事が休みだというお父さんが、ぐーすかと寝息を立てながら熟睡中。
でも今はそんなお父さんもいじる元気がないから放っておくことにしよう。そう思って、ぐっすり眠るお父さんの隣に座る。
気分転換にテレビを見るためにリモコンを手に取ろうとしたら手が滑って、あろうことかお父さんの顔面を直撃してしまった。ちょっと笑った。
『いてて……なんだ、リモコンか』
びっくりしたのと痛かったので、お父さんがゆっくりと起き上がった。
目の前にあったリモコンを手に取ると私の頭にコツンと当てる。
『わざとか〜?このやろう』
ニコニコと笑うお父さんの顔を見て、私もつられて笑ってしまう。
…いや、笑えない。
笑えるはずがない。
お父さんの口元を、ただ無表情で凝視する。
そしてお父さんはというと、私に見られているというのを気付いていないのか、手に持ったリモコンで悠長にテレビをつける。
私はその大きな手に持たれたリモコンを奪い取り、無表情でお父さんを叩いた。
『いってぇ!?な、なにすんだ!』
有無を言わさず、殺す勢いで殴り続ける。
お父さんは涙目になっているけど…仕方ない事だ。
だって、お父さんの口元には
私が大好きな…真っ白で甘いケーキのクリームと思しきものが残されていたのだから。
ちなみに明日お父さんに、お高いショートケーキをたくさん買ってもらうつもりです。