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薬指にラッピング

七時二十八分の電車を待つ。通勤用に使っているこの電車は、いつもひどく混んでいて、利用するのをやめてしまおうかと思うくらいだ。それでもやめないのは、愛らしいあの少女のおかげだろう。


到着した電車のドアを開き、暖かい車内に入る。この時点で、空いてる席は全て人で埋まってしまう。まあ、座るつもりもないから別に気にしてはいない。

外との温度差で曇ってしまった眼鏡を拭いて、ついでに欠伸を噛み殺して出た涙を拭き取る。眼鏡をかけ直し、左手にあるものに気がついた。

薬指にはまったシルバーの指輪。もう外してもいい筈なのに、未だに外せないでいる。仮にも十六年間連れ添ったものだから、愛着が湧いているのかもしれない。揃いのものを送った人間には、全く愛着もなくなっているのに。


ぼんやりと薬指を擦っていると、電車が止まった。

私が乗車した時と反対側のドアから、千鶴ちゃんが乗ってきた。目が合う。嬉しそうに頬を染めて、なんとかしてこちらにやってこようとする仕草が可愛らしい。にやけそうになる口元をぐっと引き締め、彼女が来るのを待った。


「おはようございます」


「おはよう」


わざと左手の薬指が見えるように、手を振った。千鶴ちゃんの目が少し見開かれて、すぐに伏せられる。少し切なげなその所作に、心が踊る。

どうやら、思ったより彼女は私に懐いてくれているようだ。


「どうかした?」


追い打ち。わざとらしく薬指を擦りながら、彼女に問いかける。甘く囁くように。途端に真っ赤になって狼狽える千鶴ちゃんが可愛くて、本心から笑みがこぼれた。

彼女の視線が薬指にあるのがわかる。私の顔と、薬指を交互に見て…どういう答えを期待しているのかな。


「これはね、もう意味が無いんだ」


「え、意味がない?」


「そう。離婚したからね」


ぱちぱちと二回瞬きをして、情報を飲み下す少女。理解したのか、千鶴ちゃんはまた嬉しそうに頬を染めた。けれど、すぐにバツの悪そうな顔をして俯く。

千鶴ちゃんは何にも悪くないのに。さらさらの髪の毛が彼女の顔を隠して、何を考えているのか分からなくなる。ここであんまり煽ると泣き出してしまいそうだな。


突然、千鶴ちゃんが鞄をあさり出した。本当にこの子は見ていて飽きない。開いても開いても仕掛けの出てくるプレゼントボックスのようだ。電車が揺れる度にフラつく彼女の肩を支えて、鞄から出てくるものを待つ。


「佐藤さん、あの、これ…家で作ってきたんです。よかったら…」


頬から耳まで真っ赤に染めて、ちらりと上目遣いなんてするものだから、抱き締めたくなってしまった。なんとか理性を働かせて頭を撫でる。手渡されたのは、可愛らしい水色の小箱。リボンで可愛らしくラッピングされていて、小さい割にはしっかりとした重みがある。


「何が入っているんだい?」


「開けてからのお楽しみです」


ふふふ、と悪戯っぽく笑う千鶴ちゃん。ああ、そんな顔もするのか。全く、可愛くて仕方が無い。ありがとう、と頭を撫でて、箱を大事にしまった。作ってきた、ということはお菓子か何かだろう。休憩にでも食べようか。


昼休憩中、千鶴ちゃんからもらった小箱の事を思い出す。後輩にからかわれながらそっと開くと、中にはパウンドケーキがふた切れ。それから、小さなメッセージカード。

ふたつ折りにされたメッセージカードを開くと、感想待っています、の文と共にメールアドレスと電話番号。ああ、もう。どんな顔をしてこの文を書いたのだろう。今すぐメールを送りたいのを我慢して、パウンドケーキを齧る。すっきりとしたりんごの甘味と香りがふんわりと口の中に広がる。


その後の業務に身が入らなかったのは、言わずもがなだ。



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