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佐藤の独白

珍しく新人がミスをした。普段は優秀な子だから、許してさっさと帰らせたのだが、思ったより後処理が面倒だった。

結果、残業代がかなり入ることになった。まあ、少しくらいいいだろう。どうせ妻も娘も別居中なのだから。


街の光が眩しく感じる。さっきまでディスプレイを見つめていたのに、おかしな話だ。

冷たい夜風が首のあたりを通り抜けていく。首をすくめてコートの襟を立てた。


離婚調停中の妻…元妻のことを思い出す。

元妻の言い分は、家族のことをもっと見て欲しいということだった。ごもっともだ。全く、言われて気づくとは私もまだまだということか。


「家に居てくれるだけでよかったんだよ」


馴染みのバーのカウンター。マスターであり、古くからの友人にぽつりと零した。カクテルを頼む前の、コンソメスープを啜る。暖かく、味わい深い液体が全身を温めていく。

頼んでもないのに出されたカクテル。

真っ赤な液体と氷がグラスいっぱいに入っている。ハーブや果実の苦味を味わうための、カンパリ·モヒート。


「それ飲んで現実の苦味を味わえよ」


「…お前、嫌味な奴だなぁ」


カウンターの向こう側の友人はニヤリと笑って、サービスだ、とだけ告げて他の客の相手をしに行った。全く、頭が下がる。


昔からそうだ。相手の事を考えず、自分が相手に与えることばかり考えてしまう。身を粉にして働いて、家族に楽をさせてやるのが幸せだった。…あいつらはそうではなかった、それだけの話だ。

カクテルを一口含んだ。途端に広がる苦味と、ライムの後味。アルコール度数はそこまで無い筈なのに、くらりと頭が揺れる。しまった、何か腹に入れておくべきだった。


ふと、電車の中でよく会う少女を思い出す。千鶴ちゃんは、こんな酒一生飲めないだろうな。むしろ、酒というものが駄目そうだ。飲んだ時の反応は、どんなものだろう。想像して、意地の悪い笑みがこぼれる。

最初に出会った時から思っていたことだが、あそこまで異性に警戒心のない女の子も珍しい。普通、知らない男に抱き寄せられたら怖がるだろうに。あの子は顔を真っ赤にしながら素直にくっついてきた。人懐こいだけかと思ったがそうでもないみたいだ。…私が特別、なのかな。なんて、ずるい考えが頭をよぎる。


大事に大事に、可愛がってやりたい。それは、娘に抱く気持ちにも似ている。

だが確かに違うのは、そこに異性としての気持ちも混ざっていることだ。キスをしたい、抱き締めたい、体に触れたい。そんな欲がむくむくと沸き起こる。

髪の毛に触れるのだって、まだもう少し経ってからにするつもりだったのだ。それが、彼女が香水なんてものをつけてくるから。


大人とは得てしてずるく、あくどいものだ。

相手が自分に向かって抱いている感情を大体予測できてしまうからだ。そのくせ、相手には自分の感情を悟らせない。のらりくらりと、煙に巻くように誤魔化す。

無垢で純真な少女。あの子が私に好意的な気持ちを抱いているのはわかっている。


後はそれを、どうやって恋心に変えるか、だ。

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