認識
駅の改札口で佐藤さんと別れる。佐藤さんは南口、私は北口から出て行くから。この瞬間がちょっと名残惜しいけれど、佐藤さんも私も、遅刻するわけには行かないのだ。
人の波に揉まれながらゆっくり進む。
駅前はいつも混雑していて、いろいろな靴が、コンクリートを叩く音で溢れている。鞄を持ち直して、ふわりと香る鈴蘭の香りに口角が上がる。
佐藤さん、気付いてくれた。あの時、本当に小躍りしたくなるくらい嬉しかった。お腹のあたりがふわっとして…その後香りを近くで嗅がれてしまったものだから、途端に恥ずかしくなってしまったのだけれど。
ふと、自分が締まりのない顔をして歩いていたことに気付く。だめだめ、ちゃんと引き締めなくちゃ。むにっと頬をつまんで、気を引き締めた。
学校に着くのはいつも始業五分前だ。下駄箱を開いて乱雑にシューズを取り出す。…こんなところ見られたら、嫌われるかも。ローファーは優しく、そっと入れた。
きちんと踵まで履いて、二回つま先で床を叩く。階段は一段飛ばしで駆け上がる。一年生は四階に教室があるため、そこまで清楚でなんてやってられないのだ。先生に見つかったら怒られるけれど。
からりと引き戸をあけて、ひとまず席についた。教室はがやがやと、騒がしい。
女子校らしい、耳につく高い声ばかりだ。左斜め後ろの友人に目配せして、ショートホームルームが始まるのを待つ。この間読み終わった本は鞄の中にあるし、無難な感想も考えてある。先生の足音が近づいている。
引き戸が開かれると同時にチャイムが鳴った。
皆背筋をピンと伸ばして、膝の上に行儀よく手を載せる。それは私も例外ではない。担任の先生は礼儀作法にすごく厳しいのだ。
ホームルームも終わり、十分間の休憩時間に入った。すぐに友人…赤坂美結が駆け寄ってくる。目がくりっと大きく、赤茶色の髪がよく似合う可愛らしい女の子だ。
「千鶴!本読んだ?」
「うん、読んだよ。はい」
取り出してあった本を手渡して、無難に感想を告げる。美結は嬉しそうに笑って、私の椅子のすぐそばにしゃがんだ。
「いいよね〜大人の人と恋って!」
「…そう、かなあ」
だって、そんな。独身ならまだしも、奥さんがいたら…。
そこまで呟いて、美結の視線に気づく。不思議そうにくりりとした瞳でこちらを見る彼女はまるで子供だ。
「千鶴、好きな人いるの?」
「はっ、え?」
美結がきょとんとした顔をしたまま言うものだから、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。耳が熱い。
美結は目を細めて、犬歯を見せて微笑む。悪戯な小悪魔みたいな笑顔。
「しかも、大人の人なのね!」
立ち上がりわざとらしく手を叩いて、美結は言った。否定はしない。というより、出来ない。
だって、今気づいたのだもの。
「うん。…好きな人、できた」
佐藤さん、あなたが好き。