少女像と臆病者
千鶴ちゃんを自分の家に招き入れて、私達は晴れて恋人同士となった。
もちろん、他人に言える関係ではない。恥ずべき、隠すべきはずのアンダーグラウンドな関係。
人前で触れ合うこともなかなか難しい。
抱き締めあったまま、私は彼女に聞いた。
「こんな他人に言えない関係でもいいのかい」
千鶴ちゃんは一瞬、苦しそうに眉を寄せて俯いた。
きっと彼女は優しいから、私が『性犯罪者』というレッテルを貼られるのを心から恐れているのだろう。
そんな優しい彼女に、焦り、苛立っている自分がいることを、自覚している。
早く私だけのものにしたいのに、彼女は私に遠慮をする。
ちゅ、と音を立てて頬に口付けを落とせば、彼女は耳まで真っ赤になって私を見た。目を逸らせないように、やんわりと頭に手を添える。
じっと彼女の焦げ茶の瞳を見つめて、目で答えの催促をする。
「良い、です。佐藤さんが、いいの」
切れ切れにこぼれ落ちる言葉は、まさしく彼女の本心なのだろう。目を伏せることもなく、真っ直ぐに放たれた言葉は私の胸を突いた。
純真無垢な少女は時折、切なくなるほどの真っ直ぐさで私を貫く。
そろそろ帰らなくちゃいけないと言う千鶴ちゃんを、最後に強く抱きしめた。
最初のようにおずおずとではなく、すぐに背中に腕を回してくれる。さらさらの髪の毛にキスをして、そっと体を離す。
車の鍵を取れば、千鶴ちゃんはくんと私のスーツの袖を引っ張った。
「どうかした?」
「あ、えっと…なんでも、ないです」
するりと離れようとする右手をすぐに捕まえる。そのまま短く切りそろえられた爪に唇をつけた。ひえ、なんて小さな悲鳴が聞こえた。
「手を繋ぎたいんだったら言えばいいのに」
真っ赤になった千鶴ちゃんに心が満たされる。たくさんの表情を見せてくれる彼女が愛しくてたまらない。
彼女を駅まで送ったあと、まだ温もりの残るソファに体をうずめた。
その後すぐ、ベランダへ出る。普段は吸わないタバコをくわえて、ぼんやりと彼女のことを考えた。
優しい千鶴ちゃんは、私が求めればきっとすぐに体を開いてくれるだろう。けれど、それでは不安が残るのだ。
彼女の意志で、体を開いて欲しい。自分から、自らを差し出して欲しい。
情欲も知らないような無垢な娘に、この願いはあまりに酷だろうか。
有毒な煙を肺に取り入れる。吐き出した紫煙に、視界がけぶる。
夕焼けは沈みかけていて、空は赤紫色に染まっていた。
正直な話、私は彼女に触れるのが怖いのだ。決して、犯罪を犯すのが怖いわけではない。それが怖いのなら、彼女に手を出すことなど考えもしないだろう。
「天使…か」
地上八階のベランダから見下ろすと、駅前の天使の石像がよく見えた。
少女像と名付けられたその像は、裸体の少女がしどけなく座り込んでいる姿を摸している。
その背中からは純白であろう羽根が生えており、少女の体を包み込んでいた。
千鶴ちゃんはあの少女に似ている。顔つきや髪型もそうだが、雰囲気がよく似ている。
きっと、彼女も天使なのだ。私のような、汚い大人の欲望を包み込んでくれる、天使。
そんな彼女を、汚してしまうのが怖い。
たったそれっぽっちの理由で、唇を奪うことすらできずにいる。




