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オートマチック恋心

佐藤さんに手を引かれて一緒に電車を降りる。定期券は私の降りる駅までだから、追加料金を払わなきゃ。

財布を取り出すと、佐藤さんに押し戻される。見ると、佐藤さんの手にも黒の革張りの長財布があった。しかも、小銭が追加料金分取り出されている。


「私が払うよ」


「えっでも、私のわがままですから」


いいから、と押し切られ、私は渋々財布を鞄に仕舞った。

どうも私は押しに弱い。そう思いながら、駅員さんにお金を払う佐藤さんの背中を見ていた。

そっと見渡すと、この駅がかなり古い建物だということがわかる。駅の壁は大半が木で出来ていて、ところどころ染みが出来ている。周りが古く見えるせいか、エアコンや券売機などの機械がすごくアンバランスに感じられた。


とんとんと肩を叩かれて、ぱっと振り向くと佐藤さんが車の鍵を持って出口の方を指差している。

眼差しは優しくて、それでも妙に緊張してしまう。また、佐藤さんの右手に左手を取られ、歩き出す。

かちりと鍵についているボタンを押すと、真っ白な車の方向指示ランプがぴかぴかと光った。これが佐藤さんの車なんだ、となんだかときめく。

そう言えば、私は佐藤さんのことをまだ何も知らない。


「乗って。これから私の家に行くから」


助手席のドアを中から開けてもらって、申し訳なく思いながら乗り込んだ。お願いします、と口の中で呟いてドアを閉める。

鍵を回してエンジンがかかると、真っ白なこの車は低く響く音を出して発進した。

時折佐藤さんの手ががこんと何かのレバーを動かす。

父はこんな動作していなかったけれど…。車によって違うのだろうか。

一から二へ、二から三へ、リズミカルにレバーは動く。初めて見る動きに、目が離せない。


「マニュアルの車は初めて?」


「ま、マニュアル…?」


マニュアルって、なんだろう。オウム返しにすると、佐藤さんが運転しながら説明してくれた。

車にはオートマとマニュアルがあって、オートマは機械でスピードを調節するけど、マニュアルはシフトレバーでスピードを調節する、らしい。


「自分でやるか、車がやるか…ってことですか?」


「そうそう。千鶴ちゃんは頭の回転が速いな」


そう言われて、胸のあたりがあったかくなる。ハンドルを握る佐藤さんを見つめる。

佐藤さんは前の景色をじっと見ていて、私の視線に気づかない。ほっとするような、こっちを見て欲しいような、変な気分だ。はやく、おうちに着かないかな。


ほどなくしてマンションに着いた。

一階の駐車場に車を停めて、佐藤さんは車を出た。さくさくと歩き出してしまうから、焦ってしまい助手席でオタオタしてしまう。すると、開こうとしていたドアを外から佐藤さんが開けてくれた。


「ありがとう、ございます」


照れ笑いでお礼を言うと佐藤さんはにっこり笑って、私の頭を撫でた。

そしてそのまま、髪を伝い、肩を伝い、腕を伝って私の右手を取る。あんなに長く触られたのは初めてで、でも全然嫌じゃない。もっと触って欲しい…なんて考えてはっとする。いやらしい子みたい、だ。


マンションの扉を開いてエレベーターに乗り込んだ。8と書かれたボタンをかちりと押すと、エレベーターは扉をがこんと閉めて上へ登っていく。ボタンは全部で十個あるから、佐藤さんのおうちはだいぶ上の階みたいだ。

エレベーターが止まり、またがこんと扉が開く。佐藤さんの革靴がコンクリートの通路を叩く音が響いた。随分と音が反響している。


805号室。表札は〝佐藤〟とだけ素っ気なく書かれている。

黒く重い扉を佐藤さんが開いて、玄関先で突っ立っている私に手招きをした。固まる足を叱咤して、そっと玄関に入る。

背後で扉が閉まる音がした。


靴を脱いで、佐藤さんのあとをついて廊下を歩く。

曇りガラスと白枠の綺麗なドアが開かれて、視界が開けた。広いリビングは白を基調に綺麗にまとめられている。

そんな真っ白な空間に佐藤さんはしっくりと溶け込んでいて、なんだか居心地が悪い。まるで私がこの部屋に歓迎されてないみたい。


「座ってていいよ。ココアでいい?」


クリーム色の革のソファをぽんと叩いて佐藤さんは言う。こくりと頷いてソファに沈みこんだ。

背もたれに背中を預けることはできなくて、なんとなくぴんと背筋を張ってしまう。学校で先生を待っている時みたいに、膝に手を載せて、佐藤さんを待つ。


「お行儀がいいね」


困ったみたいに佐藤さんは笑って、ソファの前のテーブルにマグカップを置いた。甘い香りがふんわりと漂う。

ココアには小さなマシュマロが浮いていて、口に含むとあっという間に溶けて消えた。柔らかくて優しい甘さが、ココアのほろ苦さにとても合う。

ココアを堪能していると、佐藤さんの手が肩に回された。そのままぐっと引き寄せられ、頭を佐藤さんの肩にくっつける形になる。マグカップをテーブルに置いた。


「佐藤さん、あの」


佐藤さんは何も言わずに、思い切り私を抱き締めた。

目の前は佐藤さんのスーツのグレー一色になって、一気に鼓動が早くなっていく。何がなんだかわからずに、彼の背中に腕を回した。


「ずっと、君を抱きしめたかった」


耳たぶにかかる息が熱い。どくどくと早まる鼓動は、私の意志なんてお構いなしだ。


「すき、です。佐藤さん」


やっと言えた。

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