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伝わる想い

冬特有の冷たい刺すような空気はどこへ行ったのか、今朝はとても暖かい。思わず眠くなってしまうような陽気の中、あくびを噛み殺し涙を拭いた。

七時三十二分の電車はなぜか遅れていて、これは遅刻確定だな、と眠い頭で考える。いいや、今日くらい。

目の前に止まった電車に乗り込んだ。半自動のドアを閉めて、佐藤さんを探す。


「あれ」


佐藤さんがいない。いつも反対側のドアの前にいるのに。…お休み、なのだろうか。

思わず唇を尖らせてしまう。この電車は佐藤さんがいるから楽しみにできるのに、彼がいないなら苦痛でしかない。ふう、とため息をついて、いつもの位置につく。吊革も銀色の柱も定員オーバーしている。今日は厄日かもしれない。


幸い今日はこの前みたいに揺れはひどくなくて、ドアにぴったりとしがみつけばなんとか体を安定させることができた。その分、人の波に押されてしまうのだけれど。


さっきから誰かの手が体に当たっている。

そっとよけたりしてもまた誰かの体温を感じる。別に撫で回されたりとかそういうのではなくて…ただ本当に当たっているだけ。そんな状況で、誰かに助けを求めるのはなんだか自意識過剰みたいで嫌だった。ぎゅっと目を閉じる。

きっと、そのうち終わるはず。そう心で呟いて、俯いた。


「、あ」


ずっと動いていなかった手のひらが動き出した。いやらしく、舐め回すみたいに。太ももからウエストのあたりまで、ゆっくりと。ぞわぞわっと鳥肌がたつ。

いやだ、気持ちが悪い。

熱いくらいの体温が、ゆっくりと体の線をなぞる。てのひらで、指先で、私の体を舐め回す。


「いや、」


後ろを振り返ろうとして体が固まった。

膝丈のスカートが捲りあげられ、直に肌を触られている。汗ばんだてのひらが太腿を往復する感覚に、涙が溢れた。ドアの窓ガラスに自分の顔と、後ろでにたりと笑う男の人の顔が映る。


「千鶴ちゃん、いい反応するね」


「ひ、いや、」


耳元で名前を呼ばれると、首筋に嫌な汗がつたう。

佐藤さんに呼ばれる時はあんなに幸せなのに。口からはかぼそい悲鳴しか出てこなくて、まるで声が出なくなったかのようだ。満足に抵抗もできず、右手を取り押さえられてしまう。怖い。


「今日はあのおっさんはいないから、助けてくれる奴はいないよ。おとなしくしてな」


ぎりりと右の手首を掴まれて、声も出せなくなる。太ももを触っていた手がするすると足の付け根まで登ってきて、下着をくいと引っ張った。右手は押さえられているし、左手は鞄を持っているからどうにもできない。半ば諦めて目を閉じた。


車内アナウンスが流れ、ドアが開いた。咄嗟に前を向く。車外に逃げてしまおうとしたけれど、人の波に押されて結局動けなくなってしまう。


「おとなしくしてろっつったろ」


手首に爪を立てられ、痛みと恐怖で視界が歪む。頬を暖かい涙がつたって、ぽたりとスカートにシミを作る。


「千鶴ちゃん」


聞きなれた優しい声に目を見開いた。大好きな彼の声。

真正面に、大好きな佐藤さんが立っている。

佐藤さんは少し痛いくらいの力で私の左腕を掴んで引き寄せた。彼の胸に顔が押し付けられる。佐藤さんの、匂い。安心して、大粒の涙が溢れる。


「乗ってきたばっかりだけど…次の駅で降りてもらうぞ、お兄さん」


ひどく冷たい声が上から聞こえた。同時に、さっきまで私の体をまさぐっていた男の人の焦った声も。

痛いと喚いているから、佐藤さんになにかされたのだろうか。振り向こうにも、佐藤さんが私の頭を胸に押し付けているから動けない。


「千鶴ちゃんにも一応降りてもらいたいんだけど…学校に連絡してもらってもいい?」


うってかわって優しい声で、佐藤さんは私の髪を撫でる。号泣していて声にならないから、こくんと頷いて返事をした。


学校には休みの連絡を入れた。思いっきり遅刻だったし、心身共に疲れ果てていたから。

駅員さんに痴漢の人を引き渡して、佐藤さんと二人きりになる。


「今日は疲れたでしょ。私も遅刻だし、一緒に帰ろうか」


相変わらず声が出ないから、またこくんと頷いた。佐藤さんはふわりと笑って、私の手を取った。そっと指を絡める。ぴったりとくっついて、隙間がなくなるように。


お互いの体温が一部のズレもなく同じで、触れているのか触れていないのかわからなくなる。とくとくと触れる脈が愛おしい。


この体温に乗せて、想いはきっと伝わっている。


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