竜の友と仮契約
まぶしい日の光に晒され、うっすらとまぶたをひらく。なんで俺はベットじゃなくこんな地べたで眠っているんだ?
まとまらない思考を頭を軽く振って振り払う。
『起きたか人間』
ぼんやりとしていると聞き覚えのある声をかけられた。
「あぁそっか、俺異世界に来てるんだっけ……」
自分の置かれている状況を改めて理解して、竜に挨拶をする。
「おはようございます」
固い地面で寝ていたため身体のあちこちがいたい。
とはいえ竜の懐で寝かせてもらっていたため寝冷えしたりはしていなかった。
『ぐっすり眠っていたようだな』
「あはは……。お恥ずかしながら」
昨日は結局数分と持たずに眠りに落ちてしまった。
まぁ昨日一日でだいぶ心労を重ねたからしょうがないとはおもうのだが。
『疲れが取れたようなら良かった。さて、早速魔物を片付けて住処に戻るとしたい所だが探すのも面倒だ。放っておけば奴からこちらにむかってくるだろうからその間に知りたい事などを話してやろう』
確かに、この世界についてとか知りたい事は山ほどある。
特にこの先の行動を決めるためにも聞いておかなければいけない事があった。
「俺は、どうやったら元の世界に戻れるんでしょうか」
何の心構えもなくこんな世界に迷い込んでしまったのだ。
俺も今の状況に心躍らないわけでもないがやはり元の世界に未練はたくさんある。 出来る事なら帰りたいのだ。
『帰る方法はあるはずだ。かつて君と同じようにこの世界に迷い込んだ者がいたが、その者は使命を果たした後元の世界に帰ったと言われている』
帰る方法があると聞いて表情が明るくなる。だが一筋縄ではいかないようだ。
「使命?それは一体どんなものだったんですか?」
『世界が崩壊する危機を救ったと聞かされている。最もどんな危機だったのかは知らされていないがな』
言っちゃ悪いが世界を救うとはまたありきたりだななどと思ってしまう。
「世界の危機、ですか。俺普通の何の力もない人間だしそんな勇者みたいな事できるのか……?」
正直全くと言っていいほど希望がわかない。
本気でこの世界で生きていく事を考えるべきなのだろうか。
『まぁ今は帰る方法はあるという事だけ覚えておけ。そもそも危機がなんなのか、今この世界にそんな危機が訪れようとしているのかすらもわからないからな』
確かに竜の言う通りだ。帰る方法も漠然としかわからないし、今はあまり悲観的になるのは良くないだろう。
『他に聞きたい事はあるか?』
竜の問いに少し考えてから口を開く。
「この世界の人間の生活ってどうなってるかとかわかりますか?」
この世界での滞在期間のめどがたたない以上、一応生活水準くらいは把握しておきたい。
『私は滅多に人間界にでることがないからあまり詳しくはしらないが、今の時代はそれなりに安定しているはずだ。魔物の被害に脅かされてはいるが飢餓や戦争が起きているなどという話は聞かなくなったしな』
どうやらある程度治安はいいようだ。
最も元の世界にくらべれば遥かに危険はあるだろうが。
「あ、そうだ。大事な事を聞き忘れてた。この世界ってもしかして魔法とかあったりしますか?」
異世界といったらやはり剣と魔法だと思う。
こうして目の前にお伽噺でしか存在しない竜もいるわけだしこれは期待してもいいのではないだろうか。
ナイフ作ってたのもなんか魔法みたいだったし。
『あぁもちろんあるぞ。というか人間達はみな魔法を駆使して生活をおこなっているはずだ』
その言葉におもわずガッツポーズをしてしまう。
「やっぱりあるんだ魔法……!これは異世界生活も捨てた物ではないかもしれない!」
一人はしゃぐ俺を見て竜があきれた様な視線を投げかける。
『随分とおかしな事で喜ぶのだな。君が元いた世界には魔法がなかったのか?』
「えぇ、それこそ本や物語の世界だけの物でした。そんなものが実在するって聞いたらつい気分が高揚してしまって」
少し大人げなくはしゃいでしまったかと頭を掻く。
だがやはり魔法というものに多少なりとも憧れをもっていた身としてはこの情報はありがたい。
『魔法の力を借りずに生活できているとは不思議な世界もあるのだな。そのうち詳しく君の世界の事も聞いてみたい物だ』
竜が目を細め静かに呟く。
「あ、そうだ。そういえばあなたには名前とかってあるのですか?」
国と言っていたしこの世界には何匹も竜がいるのだろう。
だとしたらいつまでも呼び方が竜では色々混乱しやすい。
『そういえば自己紹介がまだだったな。私とした事がうっかりしていた。私の名はガウルという。君の名も聞いておこう』
「俺の名前は俊、花崎俊っていいます」
もうであってから大分たってしまったが改めてお互いになのり合う。
『シュンか、覚えておこう。私の友の名としてな』
友と言ってもらえた事が嬉しくてつい笑顔がこぼれてしまう。
『さて、互いに名もなのったところでどうやら都合良く奴もやってきてくれたらしい』
そう言うと翼を広げガウルが立ち上がる。足と翼はすっかりよくなっているようだった。
「奴って……昨日の魔物ですか」
昨夜の恐怖を思い出して軽く身がすくむ。
『何、心配する事はない。だがそうだな、もし頼めるのであれば少し力を貸してほしい』
ガウルの思わぬ提案に目を丸くする。
「力を貸すっていっても、俺には何の力もありませんよ?」
昨日の人型程度ならばいざしれず、あんな巨大な魔物相手に自分が役に立つとは思えなかった。
『何、奴の相手は私がする。そのサポートを少ししてほしいというだけだ。そのための力は私が授けよう。手を出してくれ』
言われた通りに手を差し出すと、ガウルは頭を下げてその鼻先で手の甲に触れる。
「……ッ!」
急に熱い痛みの様な物が手の甲にはしり思わず手を引っ込める。
見るとそこには幾何学的な模様が刻み込まれていた。
『それは私との契約の証。もっとも大分簡略化しているから仮契約といったところだがな。その契約印を通してある程度私の力を自由に使う事が出来る』
それはつまり昨日のナイフが発したような力を使えるようになるという事だろうか。
「契約って……こんな簡単にしていいものなんですか?」
『何、契約と言っても仮だといったろう。正式な竜と人間との契約はもっとしっかり行う必要があるが今はそれで十分だ』
緊急処置といったところだろうか。だがこれなら自分も少しはガウルの役に立てるかもしれない。
「わかりました、俺にできることなら何でも手伝います」
『ありがとうシュン。では参ろう。私の背に乗るといい』
すでに木々の隙間から俺の目でも目視できる近さに黒い霧が迫っている。すぐにガウルの背中に回り込むとその大きな背に飛び乗った。
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