初戦闘と竜命の実
普通に考えたら相手の動きもわからないし攻撃を与えるなんて無謀なのだが、今の俺にはこの武器がある。
どうもあいつはこの光を嫌っているらしく積極的にこちらに近づいてこない。
これだったら魔物に向き合ったまま後ずさりながら逃げた方がいいのではないかとも思ったが、徐々に相手の動きが早くなってきているのをみて考えを改める。
「動きが鈍いうちに、倒せないまでも深手を負わせられれば……!」
魔物は黒い腕を振り上げこちらを襲ってくるが、まだ動きは緩慢なため目で見てからでもよけられる。
身体を反らして振り下ろされた腕をよけ、そのまま懐に転がり込んだ勢いで魔物の脇腹当たりを切り裂く。
「よっし!!……ッ!」
ナイフがあたった事に喜んだのも束の間、魔物は怯む事なく空いている方の腕で掴み掛かってくる。
「あっぶ……ないっ!」
咄嗟にしゃがんで避けるが、その行動を予測していたようで俺の頭をめがけて魔物が蹴りを放つ。
思わず目をつぶってしまい、このまま頭を蹴り潰されて死ぬ事を覚悟したが、後少しというところで魔物が大きく後ずさる。
何事かと思って自分の手を見ると握ったナイフが一際強く輝いていた。
「本当に助かる、これがなかったら何度死んでた事か……」
態勢を整えてもう一度魔物を見据える。
どうやら強い光をもろに浴びたようで顔を抑えてぷるぷる震えていた。
「今のうちに!」
相手が動けない間に全速力で近づき、その頭をナイフで突き刺す。
悲鳴をあげることもなく静かに何度かけいれんしたあと、魔物の身体がから力が抜け黒いもやへと霧散する。
「はぁ……はぁ……。やれば……なんとか、なるもんだな……」
命の危険から解放された事でどっと疲れが押し寄せてくる。身体をみると藪の中を走ったせいで体中切り傷だらけだった。
「本当にあの竜には感謝しないと……。これがなかったら速攻で殺されてたな」
手にした水晶のナイフを眺めながらぽつりと呟く。
疲れがひどくていますぐにでも座り込みたい所だが、まだ周りに他の魔物がいないとも限らない。
重たい身体を引きずってナイフの指示に従いながら元いた所を目指すことにした。
『無事に帰ってきたか。どうやらその様子だと魔物にであったようだな』
あれからナイフが光る方向を目指してずっとまっすぐ歩いていたら、なんとか元来た道にでることができた。
やっとの思いで戻ってくると竜がすまなそうに声をかけてくる。
『本来なら客人としてもてなす所だというのにこのような危険な目に遭わせてしまってすまない。それで木の実はみつかったか?』
体力の限界が来ていたおれは竜の隣に座り込むと、鞄から木の実をとりだす。途中で潰れていないか心配だったがどうやら無事だったようだ。
「これでいいんですよね?」
竜の方に木の実を差し出すと満足そうに頷く。
『助かったぞ人間。ではこれを三つすりつぶして傷口に塗ってくれないか』
そういうと身体を地に貼付け、傷ついた足と翼を差し出す。
竜の言葉に従い、木の実をナイフで切り裂いてその果汁を傷口に塗っていく。
「おぉ……」
果汁が傷口に触れると、白煙をあげて傷がふさがっていく。どうやらこの木の実の力は思っていたより遥かに強いらしい。
『ふぅ……。大分痛みも引いてきた。これなら明日にはしっかり動けるようになるだろう』
傷口が全て塞がると、竜はその巨体をゆっくり動かして立ち上がる。
そしてゆっくりと翼を羽ばたかせた。
改めて竜の全身を見て、俺はその美しさに見とれてしまう。
貰ったナイフと同じように蒼く透き通る鱗。
背丈は森の木々ほど高く、その身体のたくましさは竜の力強さを象徴しているようだった。
そして身体と同じ蒼くすんだ瞳は元の世界でみたどんな宝石よりも清らかな輝きを放っている。
『人間よ、改めて礼を言おう。そして迷惑をかけてすまなかった』
その澄んだ瞳でみつめられ、思わず姿勢をただしてしまう。
「い……いえ、そんなことは!むしろ俺の方こそあなたの存在に救われていますし!」
実際見ず知らずの所で一人ぼっちというのはとても心細く、話せる相手がいるというだけでとてもおおきな心の支えになっていたのだ。
『そう言ってもらえると嬉しい。そうだ人間よ、残った二つの実を食べるといい。ここに来てから何も口にしていないのだろう?』
竜にそういわれて途端にお腹がすいてきた。
いままでは緊張と不安で気にする余裕もなかったが、言われてみれば昼から何も食べていない。
「それでは……いただきます!」
青い果実にかじりつくと瑞々しい果汁が溢れ出してくる。
「甘くて美味しい……。それになんか元気がわいてくる感じが……」
味は絶品だった。甘すぎず酸っぱすぎず、ちょうどいい味に加えて舌触りもすばらしい。そしてなにより一口たべるたびに身体の奥底から活力がわいてくる感覚がする。
『その実は竜命の実といって、かつてこの地で死んだ私たち竜族の亡骸から魔力と栄養を吸って出来た実でな。私たち竜族にとっては生命力の結晶なんだ』
自分が口にしている物は大層すごい物らしい。
まぁあれだけの傷を一瞬でなおしてたしそんな気はしていたが。
『さて、腹もふくれたら今日は休め。色々聞きたい事はあるだろうが今日はもう疲れただろう。ここにいる限りは安全だからゆっくり疲れをとるといい』
そういうと竜は身体を丸めて人が一人眠れるくらいのスペースを作る。
「あの、いいんですか…?」
食も寝床も一応用意されて願ったり叶ったりなのだが、この世界の竜は見ず知らずの人間に対してこんなに親切なものなんだろうか。
『構わんよ。本来客としてもてなす相手といったであろう。それに傷を治してもらった恩もある。なにも気後れする事はない』
悪い気もしたがそういってくれるならありがたく寝させてもらう事にした。
正直、もう身体も精神もとっくに限界を超えている。
「じゃあお言葉に甘えて寝かせてもらいます」
そういって竜の懐に入り横になる。
空にうかぶ三つの月を眺めつつ、竜の体温の温もりを感じながらあっという間に眠りに落ちていった。