親切な竜と一筋の希望
「……俺の人生終わった」
目の前には鼻息荒く自分を睨みつける巨大な竜。
水晶を思わせる蒼く透き通った綺麗な躯も今この時は自分の命を消し去る凶器にしか見えない。
なんとか薮をかき分けて開けた場所にでたのだが、その目と鼻の先には先ほど頭上を通ったと思われる巨大な生物が居座っていたのだ。
「短い人生だったな……」
現実逃避気味に呟くがそんな事をしている場合ではない。
元の世界だと竜は知能が高いみたいな話を聞いた覚えがあるしもしかしたら言葉が通じるかもしれないと声をかけてみることにした。
「俺に害意はありません!たまたま通りすがっただけなので見逃していただけないでしょうか!」
言った直後にこれどう見ても俺餌だし餌の言う事なんか聞かないよなぁとどこか現実味を感じられない脳がそんな呑気な事を考えている。
しかし、すぐに食べられるかと思っていたが一向に襲われる気配がない。
顔を上げて竜の様子を見ると、訝しげにこちらを睨んではいるが先ほどのように敵意を向けているわけではないように見える。
『……人間』
急に頭の中に響くように声が聞こえ、驚いて一瞬身体がびくっと硬直して辺りを見回してしまう。
『こっちだ人間』
軽く地面が揺れ小さな地響きが竜の方から聞こえる。
片足で地面を叩いたらしい。どうやらこの声は目の前の竜が発しているようだ。
『なぜこの地に人間がいる?ここは貴様らが入り込めるような場所ではないぞ』
頭の中に響く声に戸惑いながらも、だめもとであったがどうやら会話が出来そうだという事に胸を撫で下ろし返答する。
「えっと俺もなんでここにいるのかわからなくて、寝ていて目が覚めたらここにいて、その、なんだかよくわからないんですけど気がついたら迷い込んでて」
自分に起こった事を話そうとするがうまく纏まらない。自分が思っていたよりも遥かに追いつめられていたらしい。
うろたえる俺をみて竜がまるでため息をつくように頭を項垂れる。
『落ち着け人間、害意がない事は伝わった。こちらも危害を加えるつもりはない』
「え、俺を食べないんですか?」
竜の言葉にきょとんとしてつい間抜けな返答をしてしまう。
『私は誇り高き竜族、人間を食ったりなどしない』
非難の目で見られてどうも居心地が悪くなってしまう。
『まぁよい、落ち着いて何があったか話してみろ』
俺はもういちどゆっくりと自分の身に起きた事を話した。
寝ていて目が覚めたらいつのまにか草原にいた事、草原で見た巨大な影の事、そして自分が恐らく別の世界から来た事を出来る限り詳しく。
『……ふむ。にわかには信じられない事だが過去にそういう例がなかったわけでもない。そうでもなければこの場所にいるとは思えないしな』
話を聞いて少し黙っていた竜であったが、ある程度納得してくれたようだ。
「そういえばここはどこなんですか?本当になにもわからなくて」
やっと話が通じる相手に出会えた事と、とりあえず命の危険が去った事からテンションがあがり、思わず食い気味に竜に質問してしまう。
『ここは竜の王国。本来竜族以外が立ち入る事はいっさい出来ぬ神聖な土地。最も最近は無粋な輩がちょっかいを出してきているようだがな』
「無粋な輩?」
自分の事だろうかと少し不安になり聞き返す。
『何、君のことではない。もし君が言う事が本当であればむしろ君は客人としてもてなすべき相手だからな。君も先ほど見たのだろう?黒い霧の様な物を』
さっきみたあのもやもやを思い出す。
確かにあれはどう見ても竜には見えなかった。
『奴は外の世界で魔物と呼ばれている瘴気の固まりだ。この世界に災厄をもたらし、世界の守護者たる竜に刃を向く者。この世でもっとも忌むべき存在だ』
竜が憎々しげに呟く。
「あの……それじゃあまだあの魔物とか言う奴はこの近くにいるんですか?」
『いや、奴は追い払ったから近くにはいないだろう。だがまだとどめは刺せていない。本当はいますぐにでも追いかけたいのだが不覚をとって傷を負ってしまってな』
言われてみて初めて気がついたが、どうやら竜は翼と後ろ足に怪我を負っているようだった。
どうやらこの傷をいやすためにここで休んでいたらしい。
『そうだ、人間よ。一つ頼みがある。この森には傷を癒す力がある果実があるのだがそれを5つほど探してきてはくれないか?すぐに保護してやりたいところだが生憎私はこの調子だし奴を放っておくわけにもいかんのでな』
そう言うと竜はかぎ爪を使って器用に地面に絵を描く。
『このような形の蒼い実だ。数は少ないが目立つので見つかればすぐわかるだろう』
ここがどこだか教えてくれた礼もあるし、行く当てもないため素直に竜の言う事を聞く事にした。
「わかりました、探してきます。色々教えてくれてありがとうございました」
深々と頭をさげて竜に礼を言う。
『こちらこそ恩に着るぞ人間。それとなるべく早く見つけてきてほしい。奴の狙いは恐らく私のため体制が整えば再びこちらを襲ってくるだろう。まだ当分の間は大丈夫だと思うがよろしく頼む』
頷いて早速森の中に木の実を探しに行こうとした所で思い出したように竜に呼び止められる。
『行く前にこれをもって行け人間』
竜が前足を宙にかざすと、蒼い光が前足の前で眩く光る。
そして光が徐々に刃物の形に変わっていき、光が収まった所で地面に落ちる。
「これは……ナイフ?」
落ちたそれを拾い上げ、空にかざす。
蒼く透き通る刀身はまるで氷のようだ。
『私の加護を込めて作った武器だ。この森に危険な動物はいないはずだが魔物が入り込んでいる以上安全とはいえん。それに慣れてなければ道に迷う事もあるだろうからな。私を思い浮かべてそれを握ればそれが道しるべとなってくれるはずだ』
確かに道もないこんなうっそうとして森で木の実を探して歩き回ったら迷子になってしまう。
非常にありがたいものを貰ったようだ。
「なにからなにまでありがとうございます!」
もう一度頭を下げ今度こそ竜の傷を癒すため森の中へと進んで行った。