昼寝から目覚めたら異世界だった
目に映るのは見渡す限りの草原。
空を見上げればどこまでも広がる蒼い空。
見慣れたビル街はどこにも見えず、町の喧噪もまったくきこえない。
「……どこだここは」
自分の置かれている状況が全く理解できず、ひとりぽつんと広大な草原に立ち尽くす。
とりあえず落ち着いて自分の行動を見返してみよう。
夏休み前日ということで校長先生の長い話をきくだけの終業式もすませ、明日から始まる長期休暇に心躍らせながら帰宅していたところまでは覚えている。
今日は夏にしてはあまり暑くなく過ごしやすかった事と、学業からの開放感から帰り道の途中で公園のベンチに座ってのんびりしていたような。
そこからの記憶が曖昧なため恐らく軽く眠ってしまったのだろう。で、目が覚めたらこの状況、と。
「だめだやっぱり理解できない」
誘拐?記憶喪失?自分の格好は覚えてる限り帰る時の服装と同じだし記憶喪失ってことはないだろう。
そうだとしてもこんなへんてこな場所にいるのはおかしい。
誘拐だとしたら何が目的でこんなただ広いだけのところに放置していったのだろうか。
とりあえず惚けていてもしかたないので少し歩いてみることにした。ぱっとみ周りになにかあるようには見えないが、もしかしたら1時間ほどあるけば町が見えてくるかもしれない。
「それにしても食料とか何もないしこのまま何も見つからなかったら相当不味いよな……」
不安を紛らわすためついつい独り言を呟いてしまう。
何にもない草原をひたすら歩き続ける事体感で1時間、見える風景は一向に変化がなかった。
「……疲れた、ちょっと休むか」
体力的には全然余裕なのだが、こうも何も発見がないと精神的に参ってしまう。
せめて動物でもいれば少しは気が紛れるのだけど。
草原に腰を下ろしてこれからどうしようかと途方にくれていると、一瞬辺りが暗くなる。
雲でも出てきたかと空を見上げると自分の何倍もの大きさの影が太陽を遮って通り過ぎて行った。
「……は?」
自分が見た物を信じられず、硬直したまま空を呆然と眺める。
すると、更に影が通り過ぎて行った後から黒い霧のようなもやもやした物が先ほどの巨大な影を追うように再び頭上を通って行った。
頭の中は混乱で一杯だった。自分が見た物についてもそうだが、今見た物の存在によって自分のなかでこの状況について一つの予測がついてしまったからだ。
「おいおい、まじかよ……。これもしかして今いる場所は日本どころか地球ですらないんじゃないか」
自分の知識の中では今見た物を説明する事は出来ない。
それに巨大な影はともかく後からきたあのもやのような物は絶対に地球には存在しないだろう。
「これは最悪の事態も覚悟しておいた方が良さそうだな……」
昼寝して目が覚めたら異世界でした。何とも笑えない冗談だ。
「ここが本当に異世界なら魔法とかつかえたりしないかな」
だいぶ精神的に疲れてた事もあったのだろう。
その場で腕に力をこめて年甲斐もなく叫んだりしてみた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
結果は変化なし、現実はそんなに甘くはなかったらしい。
「……」
だれにも見られていないとはいえ一人で痛々しい行動をとっていた事に急に恥ずかしさがこみ上げてきたので気を紛らわすために再び歩き出す。
当てもないのでさっきの影が向かった方向を目指してみる事にした。
「せめてなんか異能力とか魔法とか使えたらなぁ……。っていうか本当に異世界なのかなここ」
あんなものが地球に存在していたらたまったものではないが、疲れから幻覚でもみたのではないかという気分にもなってくる。
更に歩く事1時間ほどで、ようやく草原の終わりが見えてきた。
願わくば町でもあれば嬉しかったのだが、残念な事にそこにあったのは深い森だった。
「まぁ変化があっただけいいか……。というかそもそもここが異世界だとすると町があるのかどうかすら怪しいんだよなぁ……」
悩んでいても仕方ないのでとりあえず森に入ってみる。
猛獣とかがいたら身を守る術もない以上死んでしまうのだがだからといって何もしなければこのまま餓死してしまう。
森の中なら食料となる木の実などが見つかるかもしれないと草木をかき分けて奥へ入って行く。
「これは絶対迷うな……。元々ここがどこだかわからないから迷うも何もないんだけど」
恐怖と不安で押しつぶされそうになるが、持ち前の前向きな性格でなんとか精神を保って先に進む。
「目下問題は夜だな……。日が暮れる前に身を隠す所を探さないと」
草原で夜を明かして森の中に入るべきだったと少し後悔するが今更ひきかえすのも体力の無駄だ。
どこか夜を明かせそうな場所はないかと辺りを見回す。
するとどうやら少し先に開けた場所があるようで一カ所木々が薄くなっている場所があるのを見つけた。
「よし、まずはあそこを目指してみるか」
いい加減体力的にも辛くなってきたので少し休憩もしたい。
生い茂る薮を踏み倒して開けた場所へ向かった。