不老不死
ルンルンと聞こえてきそうなニコニコ顔のキミがお散歩に行きたいと言い出したから、今夜はお散歩に出かけた。今夜もお天気だ。空に見える月は十三夜。満月ではない。それなのにちゃんと名前があるのは、昔の人が満月だけではなく、ちょっと欠けた月も愛でてたってことなんだよねって改めて思う。
「もうすぐ、満月だね~」
公園のベンチに座って、夜空に浮かぶ月を眺めるキミが楽しそうに言った。
夜空が大好きなキミは、夜空の写真は全然撮らない。不思議に思って一度聞いたことがある。
「星はすごく遠いからデジカメでは映らないよ。望遠レンズ使わないと」
そんなことも知らなかったの? と一瞬びっくりした顔をしたキミに、ボクはひどく傷ついたの知ってる?
確かにボクもキミも理系大学出身だけど、ボクもキミも工学部出身だけど、星はキミの趣味じゃない……。工学部は関係ないよね。
「お月様の模様って、うさぎさんに見えないよね?」
キミがボクを見上げて問いかける。
「ま~確かに」
昔の人はロマンチストが多かったんだろうなって、いつも思ってしまう。むしろ、現代の人にはロマンが足りないのかもしれないけど。
「どちらかというと、やっぱりカニさんだよね」
は? と間抜けな声が出た。それは、アメリカだかどこか外国の見解だよね?
あの模様がちゃんと「カニ」に見えるキミの感覚も、ボクにはわからない。ボクは現代人だけど、キミは古代人ということか……。
「カニね~」と呟いて、ボクは月を見上げた。
「ねぇ」急にキミがボクの手を握ってきた。
「どうしたの?」
特に怖いことがあったわけでもないのに、キミはなんだか不安そうに月を眺めてボクの手を握る手に力を込めた。
「かぐや姫って、本当に不老不死を望んだのかな?」
は? またキミは唐突な……。
そもそも彼女は地球人ではない。地球人以外は死なない、とは思っていないけど。竹から生まれてくる、なんてこと自体が地球人の尺度では測れない。そう考えると、彼女はいまだ生きているかもしれない。もちろん、かぐや姫が実話だったら、だけど。
「だって、あれは求婚を断るために無理難題を出したわけで、それを望んだわけではないじゃないでしょ」
「あぁ、そうか」
その部分には納得して、でもなんだか寂しそうな顔のまま、ゆらゆら揺れながらキミは夜空を眺めている。
どこにキミの想いが飛んでいるのか、わかった。ちょうど1ヵ月後の今日は彼の命日だ。カレンダーを見ながら、電車の切符買ってこないとね、と言ってたから。キミの想いはまた独りぼっちの世界に飛んでしまっているんだろう。
順当に行けば、確かに血縁者の中ではキミが最後になるのかもしれない。でも、その時でもキミは決してひとりじゃないと思うんだ。ちゃんと誰かがキミの近くにいてくれて、キミのことちゃんと看取ってくれるってボクは思ってる。
「富士山て、不老不死の不死、が由来じゃない」
キミがそう言って、それでかぐや姫か、とボクは思った。
「昔の人はなんで不老不死なんて思ったんだろう」
ね、って言ってキミがボクにもたれかかる。
「そうだね」
「やっぱり、知らないところにひとりで行くのは怖いからかな?」
「そうかもしれないね」
死後の世界なんて、昔の人はどう思っていたんだろう? 誰も行ってきて話なんて聞かせてくれないから、それは不安だったのかもしれない。
「向こうは、真っ暗なのかな?」
どう思う? ってキミが問いかける。
「どうだろう? 行ったことないからなんとも言えないけど……」
苦笑いしたボクに「確かに」と言ってキミはまた少し欠けている月を眺めた。
「死ぬことよりも死ねないことのほうが、私はイヤだな」
そう呟いて、キミはボクから体を離した。キミの体温で温まっていた部分に、夜の空気が触れて、ちょっとひんやり感じる。
「そうだね」
だけどね、ボクは思うんだ。昔の人も死ぬことが怖かったんじゃないと思う。まだまだ先なのに、ボクもキミのことを置いて先に死んでしまうことが心残りでならない。きっと昔の人も同じだったんじゃないかな。
「さ、帰ろ」
ボクは立ち上がって、キミに手を差し出した。キミはボクを見上げて、ニコッと笑ってボクの手をとった。
そうだよ。ちゃんと笑って。キミが何かにとらわれて悲しんでいるのは見たくない。
きっと昔の人も、大切な人が悲しむくらいなら、大切な人がずっと笑っていてくれるのなら、死さえも要らないと思ったんだよ。
不老不死は、大切な人のために自分を犠牲にしようとした昔の人の愛情の一つ、なんじゃないかな。