二十八話、ラブレターの行方
「さて、学校に行くか」
俺は誰もいないところで、一人、呟いた。母と弟の声が喧噪として、耳に伝わる。
「行ってきます」
家の人に聞こえたかはわからない。聞こえた可能性は低い。なぜならか細い、消え入るような声だったから。それに気づかずに、空太は家を後にした。
「おはよう」
「おう、おはよう」
挨拶をして、二人は歩き出す。
「屋上のは全部断るよ。受けたって、相手を幸せにできるとは思えない」
遊ははっきりと言った。曖昧な自分とは大違いだが、根本的には何ら変わることはないのだろう。
「そうか」
俺は一言呟いた。あいつ等は所詮知人。よくて友人だ。知らない奴もいるだろう。
人間をランク分けする。誰だってするだろう。大事な人が自殺未遂をしたから、気に病むのだ。見ず知らずの人が猟奇殺人されて、報道されたとして、俺はそれを二年の間も覚えているだろうか? 確実に覚えていない。そんなもんなんだ。ランク分けで、自分の価値観は決まる。
考えごとをしているうちに、遊への会話の答弁が疎かになっていたらしい。
「大丈夫か、ボーッとして」
そう遊が伝えてくる。
「あぁ、大丈夫だ」
そう一言答えた。
遊が朝から一人ずつ断りに行ったという噂は、瞬く間に広まった。律儀な奴という評価ばかりで、貶すものは皆無だった。誤り方も誠実そのものだった。俺も遊が佐々木に謝るところをみていたが、あれほど誠実な断り方を、俺はほかにみたこともない。
冷静に考えると、他人が告白を断るのを目にすること事態が希だと思い至った。
何人かクラスの人が「何で断ったの?」と、無粋なことを聞く。近くにいた佐々木が反応を見せる。佐々木の方を見ず、遊は質問してきた女子を見た。
「俺がさ、まだまだだからだよ。昨日告白したすべての女子の真摯な思いには心を動かせられたけど、まだ僕自身が、その人たちの気持ちに答えられるだけの人間じゃないんだ」
そう、答えた。良い奴じゃないか、俺は素直にそう思った。遊の言葉が終わった時、教室は静まり返った。だが、数刻経つと、元の喧噪に戻った。そのまま……放課後になった。
「遊、帰ろうぜ」
俺は言った。
「あぁ、わかった」
そう、遊は答えた。何気ない帰りの挨拶。溝があるのかはわからない。
「終わったのか?」
特に何が、といれずに質問した。
「ああ」
遊からは、ただの一言だけ帰ってきた。十分だ。なぜか俺は満足した。
「そうか」
そう俺が言った。そして、俺らは歩きだした。数歩歩く。音が鳴る。どこだ? ドアだ。 どこの? 教室の。
教室のドアが何者かの手によって、ものすごい勢いであけられた。「マッハ越えているかもな……」教室の中から、くだらないつぶやきが漏れる。ドアが開く。出てきたのは……
「遊君! 逃げてばかりで、そんなことでいいんですか!?」
北条……だった。