二十七話、二年前そのご
病院に着いたときには、隣には遊が居た。息を切らしながら
「ハァ、ハァ、追いついた、ぞ」
等と言っている。悲しげな顔を浮かべた俺に、遊は怪訝な目した。二人の離れた立ち位置は、何故か反転し、混ざりあった気がした。
病室には入れなかった。沙羅が拒絶したらしい。遊が必死になって、
「入れてください!」
と言うのを、必死に医者と沙羅の母が押さえつけていた。俺はそんな光景を見ながら、ただ呆然と立ち尽くした。沙羅の命に別状は何もなく、精神的にも安定している。医者の人も、何故自殺したのかがわからないほどだったという。俺は遊に屋上で何があったのかを聞くことはできなかった。聞けなかった。トラウマを背負ったのは俺だけじゃない。遊だって、悲しいのだ。それを察せずに、聞いたら後には戻れない……
静寂が続き、仕方なく俺らは家に帰った。不思議と遊は何も言わなかった。あいたいという願望は存在しているが、会って何を言うか、何故あえないのか、という感情の方が大きい。
「大丈夫か?」
隣に居る遊が聞いてきた。なんで自殺した彼女の彼氏が、友人なだけの俺を心配するんだよ、と客観的なことを考えた。主観的に考えれば何故そうなったかに思い至ることなど、極簡単なことだ。
「大丈夫だ」
一言だけ答えた。遊はそれに対して「そうか」と一言残しただけで、その後、何も言わなかった。
家につき、夜になり、朝が来た。今日も学校へ行く日々は続く。昨日とは明らかな変化を残して、日々はつながる。
俺と遊、二人での登校。一人分の空白が残る登校。無言が続く登校。気まずい雰囲気が流れている。周りの人々は「あれ? どうしたの?」と聞いてくる。「なんでもない」と、遊が答える。俺は呆然と歩くのみ。特に何もできない。プラスチックの人形。脆いのに、動かなく、何もできない。嗚呼、俺らを助けてくれよ、沙羅。
不思議なほどに、沙羅が自殺したことへの嫌悪感も、助かったことによる安堵感もなかった。遊と沙羅がつきあう日々が過ぎて、沙羅への好きが風化したのかな、と自嘲する。朝のHR、沙羅は、“家庭の事情”で、転校した。それを担任の教師が悲しそうな顔で言う。クラスはざわめく。ムードメーカーの転校。クラスに落とした陰はどれほどのものなのか。俺にも遊にもまだわからない。遊に質問できなかったクラスメイトが俺に質問してくる。「わからない」等と答えながら、呆然と過ごしている。そのまま、何も起こらず、その日々は終わった。俺と遊に悲しさとトラウマを植え付け、俺と遊に微妙な距離感を持たせ、代わりに残ったのは何?
たくさんの思い出。
でも、思い出なんて何も力にはならない。何でだろうな、沙羅ともう会えないのに、妙に冷めた自分が居る。何なんだろうか。まぁ、わかるのはただ一つでさ、初恋は、終わったよ。