新・私のエッセイ~ 第296弾:やられた仕打ちは記憶に刻まれ、残る
・・・不快なタイトルではある。
が、
まぎれもない事実。
コレは、人間だけに限ったことではない。
ペットや野生動物も同じだ。
・・・かならず、脳やカラダのどこかに、
「教訓や記録として」刻み込まれる。
皆さんも、思い当たることはないだろうか・・・?
「ん? いまの男(女)・・・どこかで見たような(会ったことがあるような)気がするけど、どこだったろう。」
「名前も、会った場所や状況も思い出せないんだが・・・なんだか、イヤな気分だな。」
「何か、過去に・・・何年か前に、この野郎にされた気がするんだけど・・・ダメだ。思い出せないや。」
というふうにね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
きっとコレは、
生き物にとっての「防衛本能」なんだろうね。
・・・二度とイヤな思いをさせられないようにするための。
危険を回避するための、ね。
ぼくの場合、具体的な例を挙げるとするならば・・・
那須塩原市の「大阪シーリング」という工場で会った男だろうな。
「しげちゃんの東大挑戦日記」にも書いた、
あの『茶坊主のタコスケ様』のことだ。
のちに、
旧・黒磯地区にあるドン・キホーテの一階の食料品売り場で、
女連れのあの野郎と出くわしたとき、
見た瞬間に、
「過去に、どこかでイヤなこと言われた気がするんだが・・・」という感覚が、
まっさきに生まれたものだ。
皆さんだって、
学生時代や子供時代にされた、不快な思い出の一つや二つ・・・
きっとあると思う。
美絵子ちゃんにだって、
いくら謝罪されたとはいえ、
あの生涯忘れられぬ『魔物事件』があるしね。
こんなエッセイを書いているぼく自身だって、人に「不利益」や「損害」「イヤな思い」を与えたロクデナシのひとりなんだよな。
・・・「聖人君子」じゃあない。
人のことを、とやかく責める資格はないのかもしれぬが。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・ぼくは、ヘビのようにしつこい。
かなり執念深いぞ。
やられたことは忘れることができないし、
それこそ何十年も覚えている。
普通の人が忘れてしまうような、ほんのささいな、つまらん出来事でも、
いつまでもいつまでも記憶している。
昭和初期の『八つ墓村』だの、
『鬼首村』の住民のようにね♪
それだから、
『しげちゃんの〇〇日記』を、
何年たっていても、
思い出して正確にいつでも書ける・・・
というワケ♪
貴重なネタを提供してくれて、
むしろいまでは感謝してるよ。
・・・けっして許さないけど❤️
m(_ _)m
追伸:
ぼくをいじめたり、
ぼくにイヤな思いをさせた皆さん・・・
「あの日、あのときのあなたがたの真正面から見た表情」
「そのときのセリフやイントネーション」まで・・・
ちゃんとこまかく覚えているからね。
あのタコスケ様のばやい、
ちょっと例外的に記憶が薄れてはいたけど。
一般的にいわれるような、
『イヤな記憶というものは、無意識に忘れるようにできている』というのは、
どうやら、ぼくには当てはまらないようですゾ。
・・・気をつけなされや❤️
(何に???)




