贈り合いたいのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第16弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「何も知らないのは、君のほう。」の後の話です。
「行ってきます」
そう言って出勤するノインを見送り、オルガは扉を閉める。
そして。
「ふ」
小さく笑うとオルガはテーブルまで戻り、使い終わった食器を片づけ始めた。
手早く洗い、次の作業に移る。
瓶を抱えて家を出て、共同井戸に向かう。
(いつやってたのって聞いたら、朝の4時半頃とか言うんだもん……)
そんな早朝に水汲みをノインがしていたのなら、いくらなんでも気づくことができない。
石組みの井戸が見えてきて、ちらほらと人が並んでいるので安堵した。
そこまで人が並んでいないようなので、早く済ませられる。
(二往復しないと甕は満杯近くにならないから、一回目は早いほうがいいんだよね)
列に並び、オルガは足元に瓶を置いた。
順番に滑車を使って桶を上げ、持ってきている瓶に水を入れていく様子を見て、オルガは少しだけ身をすくめた。
顔を完全に憶えられれば、会話もあるはず。
オルガは手持無沙汰の中、自分の手を擦り合わせた。
(手が赤い……ちゃんと仕事してる、って感じの手)
水を使うとどうしても荒れる。
と、ノインの手を思い出して、動きを止めた。
(…………荒れてた、っけ)
騎士なのだし、剣を使うのだから、当然なのかもしれない。
(………………うん!)
思いつきに笑みを浮かべ、オルガは空を見上げた。今日はいい天気になりそうだ。
**
帰宅したノインは、いつも通りに外套を脱ぎ、剣帯をはずす。
定位置に剣を立てかけて、小さく息を吐いた。
(や、やっぱり夕飯の時に渡すのが一番いいよね……)
そわそわしていると、ノインがなにか差し出してきた。
「?」
不思議に思いつつ、手をだす。置かれたのは、小さな布袋だ。
「? なにこ」
「給料です」
さらっと言われ、びくっとオルガが反応する。
思わず、手の中にある袋とノインを見比べた。
「だ、」
ダメ、と言いかけたのを、ノインが遮る。
「もう君のお金も少ないと思うので、使ってください」
「う」
ためらいつつ、手の中の感触を確認する。
硬貨が数枚……。
「開けていい?」
「どうぞ」
おそるおそる、コインの数を確認しようと左手に出して、仰け反った。
「き、きき、金貨が二枚……!」
さらに、銀貨も四枚ある。
「すみません、少なくて」
「…………え?」
「やはり色々制限すると少なくなりますね。
前は三枚くらいはいったのですが」
さっ!?
(金貨三枚は確実に稼いでたってこと!? 一ヵ月で!?)
一ヵ月の二人の生活費は、金貨一枚と少しで可能だ。贅沢をしなければ。
「そろそろ魔物討伐からの応援要請が入るはずですから、来月はもっと多いはずです」
これで十分暮らしていける。
危ないことしないで欲しい。
でも。
(ノインは騎士で、危ない仕事をする人で、困ってる人がいるから)
頭の中が混乱して、整理できない。
「またなにか考え込んでますね」
「ち、ちが……」
「これから君は、毎月金貨二枚は受け取るんですよ?」
その通りだ。
(ま、毎月……。村にいた時は、こんなにもらったことない……)
現金などほぼ触ったこともない。村の中にいると、必要ないからだ。
小遣いとして月に銅貨を……多くて十枚ほど。
ほぼ使うことのなかった貯めていたそれを、王都で使っている状態なのだが……。
「……な、泣かないで」
「へえ……?」
ノインの声に驚いて瞬きすると、ぼろっと涙がこぼれた。
「あれ……」
「そんなに驚くと思わなくて……」
慌てるノインの前で袖でぬぐい、息を整える。
「大事に使うね」
「いえ、たいしたものでは」
「大事に使うね!」
「……は、はい」
(これだけあったら、もう一品くらいはおかずを増やせる)
フフフ。
しかし、金貨に対してもノインの反応は薄い。
普段から使わないから興味もないのかもしれない。
ちょっと困ったようにうかがっているノインを見る。
「? どうしたの?」
「あ、の……君がここに来て、そろそろ一ヵ月くらい……なので」
「?」
急に口ごもり、恐々とした様子でオルガに渡してくる。
「……軟膏です」
急に顔を真っ赤にして、ノインは視線を逸らした。
「さ、最近、手が少し赤い、なと思って……騎士団で使ってる者がいて、評判は良いそうなので」
「…………」
「迷惑だったら捨ててください」
「これ、どうやって使うの?」
「手に塗るんです、こう、して」
小さな壺のフタをとって、少しだけ指ですくうとオルガの手に塗った。
「…………」
(手に、しみない……。やさしい匂いがする……村で見たことのある軟膏と、違うのかな)
「なんこう、って……」
「村で見るものとは違いますよ。あれはただの気休め程度の塗り薬ですから」
手におさまる陶器の小さな壺を見て、「絶対高いやつだ」とぼんやり思ってしまう。
「寝る前に使うんです。毎日使うものなので」
「で、も……」
「騎士も手は大事です。君の手も、大事にしてください」
オルガは目を軽く見開く。
気づいた。
(私の手のこと、見てた……)
見てたんだ。
ちゃんと、見てた。
また涙が出てきて、オルガはつんとする鼻をすすり上げた。
(私がこっちでの生活、慣れてないから……がんばってたの、見てた……)
「大事にするね」
「……使ってください」
「大事にするね!」
「は、はい……」
視線を合わせてこないノインを見上げて、オルガは声をかける。
「あとであげようと思ってたんだけど、これ」
「?」
不思議そうにしながら、やっと視線を合わせてくる。
どうしてそんなに。
(怖がらなくていいのに)
四隅を丸く縫っている小さな布を渡すと、首を傾げていた。
「ノインは手袋とか滅多につけてないっぽいけど、剣を振るでしょ? 手袋をつけた時に内側に入れる、汗取りとか、擦れ防止に使って欲しくて」
「……………………」
驚いているのか、完全に硬直してしまった。
「いい布じゃないけど、ノインも手が赤くなってたから」
言うと、恥ずかしくなって顔が熱くなった。
つられるようにノインがまた、耳まで赤くして「え」と動揺した。
「っ、……」
ぽろぽろと涙を流され、うわあああ、とオルガは慌てた。
「なっ、ノインまで泣かないでよ! たいしたことないんだから!」
「……すみませ……大事にします」
「いや使ってね!? ノインは絶対に!」
「…………」
「使わないならあげないよ!?」
「ぐ……つ、つかいます」
使いたくないとばかりに呻かれるので、やれやれと思ってしまった。
「ノインも大事にしてね、手」
「……はい」
だって。
(街の人たちを守る剣を使うけど、魔物を倒す剣も使うんだから)
ノイン自身を、守るためにも。
こんなことしかできないけど。
「お、おまけだけど、これもあげる!」
「? なんですか?」
「小さいけど、か、香り袋。ノインは匂いに敏感でしょ? 薬草をちょっとだけ入れてあるから、外套のポケットとかに入れて使えるかなって……ほとんど無臭なんだけどね」
「……こんなにもらったら、どうやってオルガに返せば……」
まずい。また泣きそう……!
「いらないってば!
ふ、夫婦になるんだからこれくらい普通だよ!」
本当にそうだろうかと、思うこともある。
だって。
(村で、こんなふうにお互いでなにか贈り合うことって、ないし)
労わるとか、好きだからっていう理由でそんなことをする人はいない。
「夕飯の準備するから、顔と手を洗うこと!」
「はい」
**
「ノインって、小隊なんだよね」
「? はい」
「小隊の他の人って、えーっと、ジョスって人と、ク……コニーって人の他に誰がいるの?」
「…………」
「渋る必要ないと思うんだけど……」
もう騎士団に行くことは……ないと思うし。
でも。
(ノインになにかあった時のために、知っておかないと)
ノインが騎士団から、家の中でできる仕事をもらってきたので外出の必要がなくなったのだ。
(ノインと同じ名前の騎士もいるっていうし……ちぇ。確かめたかったのに)
無表情で足音ほとんどしないんだっけ?
むすっとしているノインを見ながら、オルガはスープを口に運ぶ。
(よくある名前じゃないとは思うけど、だからって、後にも先にも一人しかいない名前なんてものはないし)
村にだって、同じ名前の人はいた。
年上のエマと、若いほうのエマ、という単純な分け方をして呼ぶのが普通だ。
どんな人かなあと考えていると、ノインがやっと口を開いた。
「八人編成の小隊です」
「八人?」
「はい。小隊長が一名、そして正規騎士が六名、見習い騎士が一名の、八人です」
「しょうたいちょう……」
あまり憶えていないけれど……。
(前に市場で会った人……なんだよね)
「小隊長はまともな人ですが、他はまともではないので近づかないように」
まともじゃないってどういうこと???
「そ、そう?」
「うるさいので」
うるさい?
よくわからずに首を傾げてしまう。
「でも、仲間なんでしょ?」
「ただの仕事仲間です」
ええ?
「助け合ったりとか、その……」
「……ああ」
合点がいったのか、ノインが小さく笑う。
「現実はそんなことないんですよ。
みんな仕事だから協力するので」
「けっこう……ドライなんだね」
「感情だけで命を預けられるわけないです」
……それもそうか。
(ノインが仕事以外で誰かと協力するとか、ちょっと想像できないし)
「変な人たちなの?」
「見習い騎士を除いて全員俺より年上ですが、とてもうるさいです」
「そんなに? でも、ノインは小隊で下から二番目なんだね」
「一応、正規騎士の若手です」
若手……。
考えてみればその通りだ。
強くても、ノインは騎士としては若い。
「見習い騎士はいくつの子なの?」
「十六です」
「…………ノインも見習い騎士からスタートしたんだよね?」
「そうですね。雑用と訓練ばかりでしたけど」
あまり想像できない……。
「正式な騎士になったのは?」
「……十六です」
ん???
「十六?」
「はい」
はい!?
「ま、待ってよ。だって、ノインの隊の見習いは、えっと、十六歳なんだよね?」
「俺は早いほうでしたから。ふつうは十八です」
早すぎない!?
(やっぱりノインは、騎士が向いてるんだ……)
すごいな……。
「…………ねえ、ノイン」
「はい?」
「騎士団の中で、ノインが負ける相手って……いるの?」
質問に、きょとんとされた。
思案してから、「います」と答えられる。
(いるんだ!)
「相性が悪い相手、状況によって読み間違いが発生した場合、こちらの感情を利用された時、ですね」
ん???
「相性?」
「はい。
正確には負ける可能性がある相手、ですね」
んん?
「大抵は油断しないですし、俺のほうが速いので勝てますが……。
相性が悪いのは、手段を選ばない相手や、鈍器を使う相手、そして経験値が高い相手です」
「……んんん?」
「勝つためになんでもする相手だと、性格が悪すぎて相手にするのが億劫になるんです。
鈍器は……いわゆる斧や一撃が重い相手です。うまく力を利用して勝てますが、こちらが一撃を受けたら終わってしまいます。
経験値が高い相手は、実戦だった場合に読み間違いをすると確実に負けてしまいます」
「ま、負けちゃうの?」
「いえ、勝てます。可能性があるだけなので、その隙は潰します」
はっきりと言い切られたが、ノインが警戒するような相手がいるのは驚きだった。
(それもそっか。ノインは無敵ってわけじゃないもんね)
「感情を利用って? イライラした時に模擬戦とか申し込まれた時?」
「……俺の弱点を使おうとされた時、です」
弱点?
「ノインに弱点なんてあるの!?」
「あります」
即答した!
(い、いけない気分かも)
知りたい!
「じゃ、弱点って?」
「………………渡した軟膏ですが」
「ん?」
「練習の後に、俺が塗ってあげます」
にこっと微笑まれ、オルガは慌てて首を横に振った。
「い、いいって! 自分でやるから!」
「気絶したあとに、しておきます」
「しっ、しない! 気絶しないからっ」
「…………」
「信じられないって顔しないでよ!
ノインが悪いんでしょ!」
「……俺が?」
「そ、そうだよ! わ、わけがわからなくなるんだって!」
「………………」
「あと好き好き言い過ぎ!」
言ってき過ぎだとは何度も思ってはいるが、やはり多いと思う。
特に、夜の練習中に!
「うーん、場合によって好きの意味は異なります」
「ば、場合!?」
好きに意味の違いが……?
「気になるなら教えます。どの『好き』が気になりますか?」
えっ、弱点も気になるけど、そっちも気になる!
「……れ、練習の時」
ああ、とノインは納得したものの、思案している。
(な、なに……? 考えるようなことなの……?)
「思っていることをそのまま伝えると、さらに恥ずかしがると思うので、わざと好きと言ってます」
「???」
どういうこと???
「好き、も間違ってはいないですよ」
「お、思ってることって……?」
ちょっと嫌な予感はするけど、聞いたほうがいい気がする。
ノインは少しだけ目を丸くしてから、「ふふ」と笑った。嫌な予感が、さらに……!
「かわいい声。もっと聞かせて。……とか」
「っ」
「キスする時、苦しそうだけど応えようと頑張っててかわいいな。……とか」
「わああああああああ!」
なんて恥ずかしいこと思ってるの!?
真っ赤になって唇をへの字に曲げると、はははと笑われた。
「まあそんなこと考えてるのは、余裕があるうちだけなんですけど」
「も、もういいよ!」
「少しは呼吸できるようになってること、気づいてます」
「ぎっ、もおおおおおおおお!」
*****
後日。
「……おまえの弱点寄越せって、きたぜ?」
書類を見ていたノインが、視線だけナーヴに向ける。
「てか、おまえの嫁のことなんだが」
「…………」
「安心しろって。嫁は弱点にはならないって答えてるからな」
「…………」
「でもま、それでもチョッカイ出そうってやつがいると思うから、そん時は先に知らせてやる」
「……あの、書類は手伝いませんよ?」
「…………手伝えって!」
「嫌です」
「ちょっとため込んだだけなんだよ」
「嫌です」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
オルガが王都に来て、一ヵ月経過回でした。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
もしなにか感じるところがあれば、そっと教えてもらえたらさらに嬉しいです。




