駅
終礼の後、僕は消えるようにクラスを去る。
授業の遅刻や、廊下での奇行を探られないためだ。
僕だってあの事をどう説明したらいいか分からない。
質問攻めされるのも、好きじゃない。
僕は赤い少女のような滑らかな歩きで校門へ向かった。
夕飯をもう食べる事を知っているせいか、空腹の不安は何処かへ落としてしまったようだ。
自転車でのらりくらりと駅へ向かう。
駅まではなだらかな一本道。
脱力した体を、感覚だけで操って進む。
けれど不思議なことに、今度はワンピースも少女の姿もなかった。
いや、普通はないのが正常だけれど。
脳はそう割り切って運転に集中する。
辞書を開き出す事はなかった。
駅の改札前に、僕に気づいて飛び跳ねる妹がいた。
大したようでも無いのに、張り切ってショルダーバッグを握っている。
妹は幼稚園生で、今日は友達の親に送ってもらってここに来たようだ。
ノロノロ自転車を漕ぐべきじゃなかった。
「ねぇ、焼き肉で何が一番好き?」
妹が明るい声で聞いてきた。
熟考せず、タンと答えた。
「じゃあ、野菜なら何が好き?」
再び、邪気の無い声で聞いてきた。
間を置いて、キャベツと答えた。
その後も、合流の電車が来るまで質問攻めは続いた。
嫌、とは流石に言えなかった。
「お兄ちゃん、靴紐解けてるよ」
すると突然質問の雨が止み、代わりに雷鳴が鳴り響く。
柚葉にも指摘されると思わなかった。
僕は無視の姿勢を示す。
そうしたら、あちらはもう靴紐には触れなくなった。
僕の冷たさの尻拭いをするように、電車がホームに来るアラームがうるさく鳴った。
僕たちは、この電車に乗る予定だ。
すると、さっきまで大人しかった僕の腹が、長く呻き声を上げた。
妹はそれに大笑いして、さっきの調子を取り戻してしまった。
「お兄ちゃん、焼き肉めっちゃ楽しみじゃん!」
…どうせなら、電車のアラームがもっとうるさければ良かったのに。
アラームと笑い声は、腹と共鳴して不協和音になっていった。
迫る電車を横目に、こっそり靴紐をチェックしておく。
あくまで、既に踏んでいないかを確認するだけである。
耳の奥底に、自然と電車の警笛が流れ込む。
足元を見ると、靴紐は各々自由にくねり飛び散っていた。
僕の足は、黄色い点字ブロックの上にいる。
靴底から突き上げてくる気がして、足を浮かせたくなった。




