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月の遺言

 春の気配がわずかに漂う夜。

 まだ肌寒さの残る風が町を吹き抜ける中、丘の上の古びた郵便局に、月見が静かに現れる。


 銀色の制服に白い帽子。肩には、まだ届けられていない手紙が詰まった皮の鞄。

 彼の足元には、雪解けの水が小さな流れを作り、月の光を反射していた。


 その夜、月見が手にしていたのは、一通の手紙。

 封筒は少し色褪せ、角がわずかに丸まり、文字は力強くもどこか迷いを含んでいた。


 差出人:父・まこと

 宛先:息子・悠人ゆうと


 だが、その手紙は出されることなく、誠の書斎の引き出しに長く眠っていた。


 月見はそれを見つけたとき、しばらく目を閉じていた。

 手紙には、こんな言葉が綴られていた。


 ~ 悠人へ


 お前が家を出てから、何度も手紙を書こうと思った。

 でも、何を書けばいいのかわからなかった。

 俺は、父親として失格だったかもしれない。

 それでも、最後に一つだけ願いがある。


 俺のことは、もういい。

 ただ、母さんに会いに行ってやってくれ。

 あいつも、ずっとお前を待っていると思う。

 何があったかは俺は知らない。

 でも、家族ってのは、最後に残るものだと思うんだ。

 もしこの手紙を読む日が来たら、お前も母さんを許してやってくれ。

 それだけで、俺も救われる。


 お前が幸せでいてくれるなら、それだけで十分だ。

 俺は、父親として何もしてやれなかったかもしれないけど、

 それでも、お前を誇りに思っている。


 誠より ~


 月見は手紙を鞄にしまい、しばらく考えていた。

 この手紙は、誰に届けるべきなのか。


 宛名は息子・悠人。

 だが、彼は父の死にすら顔を見せなかった。


 そして、父が知らなかった真実――母の裏切り。

 それは、悠人の心に深い傷を残していた。


 月見は夜の町を歩きながら、風に問いかける。


「この手紙は、届くべきものだろうか?」

 風は静かに吹き、月は雲の隙間から顔を覗かせていた。

 その光は、まるで答えのように、月見の足元を照らしていた。



 数日後。


 悠人は父の遺品整理のため、久しぶりに実家を訪れていた。

 玄関の匂い、廊下の軋む音、すべてが懐かしくも遠い記憶だった。


 書斎の引き出しを開けたとき、一通の封筒が目に留まる。

 それは、月見がそっと置いていった手紙だった。


 差出人と宛名を見て、悠人は一瞬手を止める。

 そして、開封済の封筒から手紙を取り出した。


 読み進めるうちに、胸の奥に沈んでいた感情が揺れ始める。

 父は、何も知らなかったと思っていた。

 けれど…本当にそうだったのだろうか?


 それでも父は、俺が母に会いに行く事を願っていた。

 その言葉が、なぜか重く、そして優しく胸に響いた。


 父の不器用な愛情が、ようやく届いた気がした。

 それは、怒りでも悲しみでもなく、ただ静かな理解だった。


 その夜、悠人は母の住む町へ向かった。


 何年ぶりかの再会。

 言葉は少なかったが、母の目には涙が浮かんでいた。

 彼女は、何も言わずに悠人の顔を見つめていた。

 そして、悠人は静かに言った。


「父さんの手紙、俺も読んだよ」

 母は驚き、そしてそっと頷いた。

 その頷きには、長い年月の後悔と感謝が込められていた。


 その夜、月は優しく輝いていた。



 月見は遠くからその光景を見守っていた。


 彼の仕事はまた一つ、終わった。


 だが、鞄にはまだ、誰かの心に届かなかった言葉が残っている。


 今夜もまた、月の光に乗せて、彼は静かに歩き出す。


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