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月夜の手紙

 秋の風が静かに吹き抜ける夜。


 拓海は母の遺影の前に座っていた。

 部屋の灯りは落とされ、窓から差し込む月の光だけが、彼の顔を優しく照らしている。


 母が亡くなってから、もう三年が経つ。

 病室で最後に交わした言葉は、「ごめんね」だった。

 それは母の言葉でもあり、拓海の心の中にもずっと残っている言葉だった。


 彼は、ずっと言えなかった言葉を、今夜こそ伝えようと決めていた。

 机の引き出しから、古びた便箋を取り出す。

 ペンを握る手は少し震えていたが、彼はゆっくりと書き始めた。



 ~ 母さん、聞こえてるかな。


 あのとき、僕は何も言えなかった。

 病室で、あなたが苦しそうにしているのを見て、ただ手を握ることしかできなかった。


 『ありがとう』も、『大好き』も、言えなかった。

 それがずっと、胸の奥に引っかかってたんだ。


 でもね、


 今日、手紙を書く事にしたよ。

 言葉にするのは怖かったけど、書いてみたら、少しだけ心が軽くなった気がする。


 母さんが好きだった黄色いガーベラ、店に並べたらすぐに売れたよ。

 きっと、母さんの笑顔みたいに、誰かの心を明るくしたんだと思う。


 僕は、母さんの息子でよかった。

 母さんがくれた優しさを、少しずつでも誰かに渡していけたらいいな。


 ありがとう。


 そして、またいつか・・・


 夢の中でもいいから、会いに来てね。 ~




 手紙を書き終えた拓海は、それをそっと封筒に入れ、机の上に置いた。

 そのままベッドに横になり、静かに目を閉じる。


 その夜、月はひときわ明るく輝いていた。



 そして、窓から差し込む光の中に、静かに一人の郵便屋が現れる。


 白い帽子に銀色の制服。

 肩には、届かなかった手紙が詰まった皮の鞄。


 彼の名は、月見。


 拓海の机に置かれた封筒に目を留めると、月見はそっとそれを手に取った。

 差出人の名前も、宛先も書かれていない。

 けれど、手紙の中には、確かに「伝えたい想い」が宿っていた。

 月見は目を細め、静かに頷く。


「これは、届けるべき手紙だね」

 彼はその手紙を鞄にしまい、夜の町へと歩き出す。

 誰にも見られず、風だけが彼の足音を知っていた。



 その夜、拓海は夢を見た。

 夢の中で、母が微笑みながら立っていた。

 手には、彼が書いたはずの手紙を持っている。


「手紙、読んだよ。ありがとう」

 母はそう言って、拓海の頭を優しく撫でた。


 目が覚めたとき、拓海は涙を流していた。

 けれど、それは悲しみではなく、安堵の涙だった。


 机の上に置いたはずの封筒が消えているのに気づき、拓海は納得したようにうなずいた。


 彼は窓を開け、夜空を見上げた。

 月はまるで微笑んでいるように、優しく輝いていた。


 その月の光の中に、月見は静かに立っていた。


 彼の仕事は終わった。


 だが、鞄にはまだ、誰かの心に届かなかった言葉が残っている。


 今夜もまた、月の光に乗せて、静かに歩き出す。



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