捨てる鬼畜あれば、拾う女神あり!
「あっはっはっ!アンタそんな事があったのかい!」
そんな俺の思い出話を聞いて大笑いするのは、茶赤の髪を一つに結び、女性にしては逞しい腕を持つマリーさん。歳の頃は三十代半ばといったところだろうか。
ここは俺が捨てられた都から少し離れた町の飲み屋の中。
とはいえ飲んでるわけではなく、夜の開店に向けて昼間の仕込みの真っ最中。
店の名前は『酒場・マリー』。
シンプルすぎてセンスを問いたくなったけど、考えてみりゃ日本だって田舎のスナックはそんな名前だったと納得している。
……あの日、俺が捨てられた日。
酒屋の買い付けに王都まで行商にやって来ていたという彼女は、呆然と目の前の森を見て立ち尽くしてた俺に声を掛けずにいられなかったという生粋のお節介焼きらしい。
そしてお節介ついでだとそのまま馬車に俺を乗せてこの町まで連れて来て、人手不足だとそのまま住み込みで働かせてくれた。
あれから既に半月ほどお世話になっている。
「てゆーか、いままで何も聞かずによく俺みたいなわけわからんやつ雇ってくれたよね。危ないよ?」
「あっはっはっ!アンタみたいな華奢なやつにどうこうされるほどに落ちぶれちゃいないよ!これでも元々冒険者やってたんだ!」
「それでも……いや、うん。ソウダネ」
否定しようにも目の前で米俵より大きな酒樽を持ち上げて軽々と奥へと運ぶマリーさんが目に入って俺が遠い目して頷けば、相変わらず豪快に笑われてしまった。
「それでつまり、ハジメは異世界人なんだね」
「そうなんだけど、すんなり認めるよね〜」
「あんたみたいな黒い髪の毛と黒い目、そんでそんな変わった服も、アタシが冒険してた頃も見た事ないしねぇ」
「俺の国ではほとんどみんながこの色。ありふれた髪色とメーカーものの量産ジャージなんだけどね。」
「まぁ国が違えば……、いや世界?が違えばそんなもんなのかもしれないねぇ」
たしかに決して細いとは言われない程度に鍛えていたつもりの体型は、この世界ではヒョロヒョロにも見える。
マリーさんは身長も俺より少し高いし、そのうえ腕周りも俺の倍はありそうだし、それに夜に酒屋へ来るお客さんもゴリラかな?ってくらいの人がゴロゴロいる。いや、それはマリーさんの繋がりだからかもしれないな。そういや召喚された時の教会の人達はヒョロヒョロだったしその辺歩いてる人もそんなじゃないので、この酒屋が異常なのかもしんない。
「しっかしマリーさんは元冒険者ねぇ。アレでしょ? なんかギルドってやつとか? 憧れはあるけど、身分証もない俺には厳しい話っス」
「無くしたんだっけ?」
「多分この世界に呼ばれる時にポケットから落としたっぽい。俺の学生証……金融機関とかで使われてませんように!!お願い日本の安全神話!!」
成人した人間の身分証を無くした怖さに指を組んで願いをかければ、またもマリーさんに笑われた。いやホント町金とか犯罪に勝手に使われるとか怖いのよ。帰れる保証はないけど、ある意味帰るのも怖い!なによりこれだけ異世界いたなら単位落としてるの確実だからもう留年も怖い!!お願い誰か代わりに単位を!!
「じゃぁこれ」
八百万の神様か大学の友人に願いを送る俺の前に出されたのは、何かが入った麻袋のようなもの。
もしや目の前に座ったマリーさんからの解雇通知かと恐る恐る中身を見れば、そこにはお金。
「え!?」
「半月分だからね。大した額じゃぁないけど、まぁ身分登録料くらいにはなるんじゃないか?」
「マリーさん!俺、家賃も食費も払ってないのに!」
「そりゃ住み込みで働いてるやつの権利だろ?」
「めっちゃホワイト企業じゃん!!」
「ホワイトキギョウ?」
マリーさんの優しさに目に涙が浮かべば、マリーさんはまた笑ってくれる。
「ハジメはちゃんとやってくれるからね。店の金に手もつけないし、あれこれ指示しても嫌な顔せず雑用までなんでもしてくれて助かってるよ」
「そんなの当たり前だし!マリーさんは恩人よ!?」
「当たり前じゃないんだよ……今までのヤツらは……」
握られた拳と、その下の机に入ったヒビにマリーさんの過去が垣間見れて、次に口を開かれれば多分愚痴の嵐になりそうだと俺のカンが告げた為に、改めて御礼を告げながら初めてのお給料をポケットに入れると、
「外掃除いってきまーーす!」そう言って俺は元気に出て行った。
*
「ハジメ〜、この前屋根直してくれてありがとなー!」
「全然いいよ。ジィちゃん!腰気をつけろよな!」
「おー!ハジメ〜!またウチも手伝ってくれよな〜!」
「りょーかぁい!」
掃除してれば町の人たちが気さくに声かけてくれるのに手を振りかえしたりして返事をすれば、マリーさんがジトっとした目で入り口から見てた。
「ハジメあんた、ウチじゃなくても働けそうだね」
「やだなぁ。マリーさん嫉妬?」
ウインクしてマリーさんに返せば、マリーさんは目をパチクリと瞬かせると、
「あっはっはっ!そうだねぇ!!」と笑ってから、優しい笑みを浮かべて、
「うん。ハジメがちゃんと生きていけるならそれでいい」と、手を振りまた店へと入っていった。
「やだ♡男前。俺惚れちゃいそう」
「馬鹿な事言ってないで、手ェ動かしな!」
ちゃんと聞こえてたらしくまた笑い声とともに聞こえた声に返事をして、俺はまた働き始めた時、誰かが俺にぶつかりそのまま去って行った。