喧しい
*
ギャァギャァと城の分厚い窓を通して魔物の声が部屋へと響く。
あれから力を取り戻しつつあるオレの姿は幼子のようだった頃と比べれば随分と背が伸びたが、まだ人で言えば13か14才のガキ程度の大きさ。
何故自分が人里で、しかも幼子の姿になり意識を取り戻し、記憶までも失っていたのかは思い出せぬまま。
記憶も魔力もないままに、赤目赤髪で人里にいれば迫害の対象になっていた。
何がなんだかはわからんが、ウェントゥスに言わせるとオレがこうして現れるまでに100年以上の時間が空白の時間になっているらしい。
しかしオレには以前の最後の記憶はまだ欠如している。
思い出したのは、ただ人の弱さが気に食わず、にも関わらず平伏さぬ態度も癪に触り、そのくせ幸せそうに笑い合う姿すら理解の及ばぬことすらも憎かった。
そんな姿を見たくなくて暴れ、魔物の中で過ごしていいるうちにいつの間にか魔王と呼ばれていた気がする。
この手は力を込めれば炎が上がる。
振り上げ下ろせば地面が歪む。
横に薙げば空気を切り裂く。
万能とも思えるその力を持つ手を見ても……何故か思い出すのは、小さかったこの手を優しく握るあの手のひら。
何の力も無いくせに、オレを見捨てるのは嫌だと強く握ってきた手。
ただの薬草も見つけられず、汗をかいて笑う。
『アオー!見てみろよ〜!変な虫〜』
『それ毒虫じゃないか?』
『うわぁっ!マジか!!』
せっかく拾った薬草を虫一つでばら撒いて、自分の行動に笑って、安い宿屋で俺の頭を洗い、風邪をひくぞとオレの髪を遠慮なく拭き、そうして夜になれば小さなベッドで2人で寝たこと。
「おっ!アオエーン様が復活したってマジだったのか!!」
思いに耽っていたオレの部屋を無礼にもノックもなしに入ってきたヤツに視線を向ければ、アイツよりも背が高く、その背には大きなオノのような武器を担いだ、黄色い髪に牛のような角を生やした男。しかしその一本は途中で折れている。
「……トニトロス」
頭に浮かんだ名前を言えば、そいつはその赤黄色の瞳を歪めて笑う。
「なぁんだよぉ〜。名前、覚えてたのか」
ヘラヘラと笑いながら近付いてくるのを静止することなくいれば、トニトロスは瞬時に速度を上げると、目の前に現れその手でオレの首を取る。
「なんだ人のガキみたいになったと思えばさぁ〜、やっぱり力も落ちてんのかよぉ〜」
莫迦にするようなその顔に視線をむけると、気に食わないとばかりにその手に力が入る。
「マオーサマ。その座、自分にくれよぉ」
「別段拘るわけではないが、断る」
魔王と呼ばれたことが気に食わず視線を歪め淡々と告げれば「へぇ」っと呟き、手の力は強くなる。
「じゃ、奪うしかねぇなぁ〜」
「抜かすな」
その腕の下で右から左にオレの手を薙げばトニトロスは表情を変えるよりも早くオレから離れて背後へと飛んだ。
「弱まったんじゃねぇのかよ〜」
「弱ったな。こんな程度の力を使うのに手を動かさねばならん」
オレの上にある天井はクズさえ落ちない程にスッパリと切れたが、少しずつ出てくる記憶では以前なら城ごと切れたと溜息を吐く。
「お〜なんとも怖いねぇ〜。それで?」
「なんだ」
「封印されてる間はさぁ〜、どこにいたんだよ~」
侮蔑の笑みを浮かべての質問に答える必要は無いと、前に手を向ければトニトロスはその風の力で部屋から押し出されたところで風の向きを変えて扉を閉める。
「……喧しい」
アイツとの騒がしかった日々とは違うソレに、オレは何故だか頭痛をおこしそのままソファへと横になった。